32.恐怖と意外
どうして三傑がロウ様と呼ぶ魔王が自分を求めているのか、ゼツには検討もつかなかった。自分の体質を脅威に思ったのだろうか。けれども、それであればシュウの持つ剣の方が脅威で、剣を奪うことを優先するはずだった。途中ラスやスイに聞いてみたけれども、二人とも『ロウ様が求めてるから』としか言わなかった。
ただ一つ安心したのは、ラスもスイもゼツの側にいることだった。二人がいるということは、ミランやシュウ、ケアラが危険な目に合うこともない。一瞬アビュが三人を襲う心配もしたが、その不安もすぐに消えた。
「そういえば、アビュはどうしているのかしら?」
「ああ。あいつは行けないことに拗ねて部屋に篭っている」
「ふふっ。後でお菓子あげないと。あの子の魔法はエナジードレイン以外、私のお友達にも影響が出るから、どうしても戦いにくくなるのよ」
なるほど、だからアビュはいなかったのかと、ゼツは一人納得した。それに、確かに魔物にも、毒や麻痺、眠りは効く。魔族のみが使える魔法、シュウ達が闇魔法と呼んでいたもののみ、魔族や魔物には効かないのかもしれない。
そう思いながらゼツは、ぼんやりと下を見る。地面が遠く、何もかもが小さく見えた。
恐怖は無かった。どうせ落ちても死なないし痛みもない。それならば、ここから落ちて逃げるのもありかと思った時だった。ゼツの体がスイにぐいっと軽く引っ貼られ、姿勢を正される。
「逃げようとするな。逃げればあいつらを再び襲いに行く。実力差は見ててわかっただろう」
そう言われてしまえば、ゼツも大人しく従うしかなかった。確かに、今の三人ではスイとラスに敵わないだろう。勿論ゼツ一人でどうにかなるとも思っていなかった。それであれば、寧ろ魔王が何を思ってゼツを呼んだのか知ること、そして何か勝つためのヒントになることを探す方が大事だろう。
この、死なない、痛みもない体では、何をされるのかという恐怖は無かった。寧ろ、ミラン達が死ぬことの方が怖かった。
そうして、ラスが『イグちゃん』と呼んだ鷲の魔物、イグリーに乗って暫く経った頃、森の奥に一つの城が見えてきた。
「すごい、城がある……」
そんな子供のような感想を呟いたゼツを見て、ラスはふふっと笑った。
「お城を見るのは初めてかしら」
「うっ、うん……」
「そう。皆で作ったのよ。凄いでしょう?」
そう言って懐かしそうに城を見つめるラスに釣られ、もう一度ゼツは城を見た。王都ですら行ったことがないゼツにとって、これだけ大きな建物を見たことは無かった。だからこそ新鮮で、少しだけワクワクしてしまっていた。
城に近付けば、その周りには街もできていた。空を飛んで移動していることと、魔物が当たり前のようにいる事以外は普通の街だった。買い物をしている者やお喋りをしている者、子どももいて、広場で追いかけっこをしていた。
そんな街の上空を通り、ゼツは城へと降ろされた。降りた先には、一人の少女が待っていた。
「お、お待ちしておりました……。ご案内します……」
そう言ってお辞儀をする少女は、どうしてかビクビクとしていた。と、顔を上げた少女とゼツの目線が合った。その瞬間、少女はまるで化け物でも見るような顔で怯え、震えた。そんな少女を見てか、ラスはゼツの前に立つ。
「他の子達は?」
「えっと……」
チラリと、少女は後ろの方を見た。少女の後ろにあるドアの陰からは、数人の様々な年齢の子供が覗いていた。ゼツがそちらの方を見ると、慌てて扉は閉じられた。
「えっと、その……。じゃんけんで負けて……」
「ふふっ。そうなの。でも安心して。彼は大丈夫な人よ」
「ちょ、おい! 勝手な事を……」
スイは慌てて否定しようとしたが、ラスはゼツの方を見て、そうでしょうとニコリと笑った。
ゼツは、目の前の少女がどうして自分に対して怯えるのか、わからなかった。ここにいるということは、きっと魔族なのだろう。けれども、ただ怯えて怖がっている少女をどうこうしたいという発想はゼツには無かった。
ゼツは、少女と同じ目線になるようにしゃがみ込んだ。そして、少女に向かってニコリと笑う。
「大丈夫。俺は何もしないよ」
「ふえっ。えっと、はい……。あの……」
「どうしたの?」
ゼツは可能な限り、優しく、ゆっくりと伝えた。
「ご、ご案内します!!」
少女はそう叫んで、扉の方へと向かった。
「わかった。ありがとね」
ゼツがそう言えば、再び少女はチラリとゼツの方を見た。それ以上少女は何も言わなかったが、少女の震えは止まっていた。
ゼツが連れて来られたのは、ソファーと少しの装飾品がある、応接室のような場所だった。ゼツはそこで待つように言われて少し戸惑った。まるで客人のような扱いで、無理やり連れて来られたはずなのにゼツの頭は混乱した。恐らく逃げようとすればラスやスイにすぐ捕まるだろうが、二人の監視がある以外は寧ろ好待遇だった。
と、扉が開く。ラスもスイも立ち上がって礼をしながら待っているから、恐らくは魔王が来たのだろう。ゼツにも少し喉が渇くような緊張感が走った。
「えっ……」
けれども、現れたその存在に、ゼツは驚いて思わず声を出した。真っ黒な髪に赤い目、少しだけ口から見える八重歯は確かに魔王らしかった。ただ目の前に現れたのは、まだ13歳ぐらいの幼さが残る少年だった。