30.復讐と復讐
「三傑……」
ゼツがそう呟くと、その女性はふっと笑った。
「私はラスよ。せっかくなら、名前で呼んで欲しいわ」
そう言いながら、自分のことをラスと呼んだその女性は、ゼツが腰に付けている剣をチラリと見た。
「あなたは、どっちの子かしら」
そう言ってラスはゼツに向かって手を伸ばす。ゼツも剣に手を伸ばした瞬間だった。
「サモン」
その声と共に、ゼツの背中に衝撃が走って吹き飛ばされた。勿論痛みはない。けれども何も対応できないままゼツの身体は近くにあった木に打ち付けられた。
そんなゼツの前に、月の光に照らされた大きな影がゼツを覆った。それは赤く、大きな熊型の魔物、レッドベア。しかもヌシだろうか。ゼツの2倍以上の身長があった。
「あら、ベアちゃんの爪に引っかかれてもなんともないなんて。あなたみたいね。ロウ様が求めている子は」
そう言ってラスは、ふわりとレッドベアの肩に座ってゼツを見た。そんなラスの言葉の意味を、ゼツは理解できずにいた。
「それは、どういう……」
「ふふっ。教えてあげたいところだけど、お仲間さんが来たみたい」
その言葉と共に、レッドベアの奥に三人の影が見えた。ラスは三人に向かって手を伸ばす。先程の事を思い出したゼツは、慌てて叫んだ。
「気を付けて! 後ろから急に来る!」
「サモン」
ゼツが叫んだと同時にラスは呪文を唱えた。瞬間三人の背後に裂け目が現れ、ウルフルのヌシが飛び出し、三人を襲った。
けれども、流石は戦いに慣れている三人だった。全員瞬時にウルフルの攻撃を避ける。
と、ゼツはミランと出会った時の事を思い出した。ミランは、ヌシ相手に一人ではキツいと言っていた。今は二体。そしてラスの魔法は、魔物を呼び出すものだろう。そう考えると、対策なしでこのまま戦うのは危険過ぎる。
「シュウ! ここは一旦……」
「いや、こういうのは……」
と、シュウは剣を抜き、まっすぐラスの方へと向かう。レッドベアの爪の攻撃を避け、上へと飛び上がった。
「元を倒せばどうにかなる!」
シュウはラスを真正面に捉え、斬りつけた、はずだった。
カキン、と、金属がぶつかり合う音がした。ラスもまた、剣を抜き、シュウの剣を受けた。シュウも一度、地に落ちた。
「チッ。自分でも戦えるのか」
「あたりまえじゃない。だって、大切なお友達は、自分で守らなきゃいけないでしょう?」
そう言ってラスもふわりとレッドベアから降り、そしてシュウに向かって剣を構える。そんなラスを、シュウは睨んだ。
「一つだけ聞く。ここを、ビスカーサを魔物で襲ったのは、おまえか」
「あら、良く知ってるわね。ここの生き残りかしら」
ラスがそう言えば、シュウは少し前、ゼツと話した時と同じ憎しみを込めた目でラスを見た。シュウはギュッと、胸のペンダントを握る。
「おまえだけは、許さない」
そう言ってシュウは、再びラスに向かって行った。
シュウとラス、実力は互角に見えた。シュウの重いひと振りを、ラスが華麗にかわして後ろに回る。そうしてシュウの背後を狙おうとしたラスの剣を、シュウは勢い良く剣と共に後ろを向き受ける。けれどもそれは一対一の場合。この状態で魔物まで戦闘に加われば、間違いなくシュウは負けるだろう。
けれども、シュウの目はラス以外を見ていなかった。幸い、ラスも新しく魔物を召喚する余裕は無さそうだった。それならばと、ゼツは地面にある石を拾う。そして、目の前でゼツに睨みをきかせているレッドベアの頭に石を投げた。
たとえラスによって召喚された魔物であっても、魔物は魔物だった。ゼツがそうやって煽り、そして走り出せば、まっすぐレッドベアも追って来た。
可能な限り、シュウから距離を離す。ミランやケアラもゼツの意図に気付いたのか、二人の目の前にいたウルフルのヌシに軽く攻撃をして、シュウから離していた。
「あら、良い仲間を持ったじゃない」
ラスはシュウに言う。
「そうだな。おかげでおまえを討つことに専念できる」
「随分私は憎まれてるのね」
「当たり前だ! 父さんを……! 母さんを……! 村の人を皆殺して……!」
そう言ってシュウは大きく振り下げた剣を、ラスは両手で剣を持ち受ける。ラスは押されているようにも見えたが、どうしてか余裕そうにも見えた。
「あら、あなた達が悪いのよ? あなた達だって、私のお友達を殺したもの」
「友達……?」
「覚えてるかしら。白いキツネの子。フクちゃんって呼んでた、ずっと昔から一緒にいた、大切な私のお友達。あなた達はそれを珍しいからと狩って、商品として売りさばいた」
一瞬、シュウは動揺して固まった。その隙に、ラスはシュウの剣を押し返し、今度はラスがシュウに剣を向けた。
「だからって、それは魔物で……」
「あなた達にとってはただの魔物。それでも私にとっては大切なお友達。あなたが復讐のために私に剣を向けたように、私も復讐のためにあなた達に牙を向けただけ」
「それなら……、それなら……! 言葉で伝えてくれたら良かっただろう!」
シュウは、ラスの剣を力任せにシュウの剣で払う。
「伝えてくれたら……! 俺達は絶対に殺さなかった……! なのにおまえは……!」
「ほんと、話せばわかりあえるなんて思考、おめでたいわね」
そう言って、ラスは冷たい目でシュウを見て、呆れたように笑った。
「そんなあなたみたいなタイプは、大嫌いよ」
「アイス スピア」
シュウの背後から、別の声がする。その瞬間、シュウの体を氷の矢が貫いた。