29.一緒とバラバラ
「そうだ、お墓を作りませんか?」
と、ケアラが思いついたように言った。その言葉に、ゼツも頷く。
「確かに、このままじゃ皆、可哀相だしね」
「いや、しかし、ここで時間を使っているわけには……」
そう申し訳なさそうにしているシュウの鼻を、ケアラは人差し指でぽんと触れた。
「イエルバの時にも、街の人たちを皆さん助けてくれたじゃないですか。なので、ビスカーサの人たちも、助けてあげたいのです。簡単に穴を掘って埋めるぐらいにはなってしまいますが……」
「あたしも賛成。それに、掘る道具も沢山ありそうだし、4人でやれば案外すぐよ」
「そう、か。それなら、これが本当に最後だ。皆頼む」
そう言って頭を下げるシュウに、皆優しい顔で頷いた。
お墓は、本当に穴を掘って簡易的に埋めるだけだった。場所もあまりなく、寝かせるように埋めることもできなかった。ただ頭の骨と、その周囲にあった骨を集めて埋めるだけ。そもそも座りながら亡くなったり、魔物に荒らされたりした後の骨は、人の形がわからなかった。
けれども可能な限り4人は、その骨の近くにあったものを一緒に埋め、時には棒にくくりつけて少し山になったところに刺した。簡易的ではあるが、ある程度は誰のお墓か判別が付くだろう。
シュウの父親も、ペンダントが目印になってすぐに見つかった。シュウの父親もまた、ペンダントを最期まで握りしめていたのか、手の近くにペンダントがあった。そしてシュウの両親は、シュウの希望で同じ墓に埋めた。一緒に、見つかったペンダントのうちの一つも一緒に埋める。
両親の墓が出来上がった後、シュウは自分の首にかかるもう一つのペンダントを握りしめ、墓の前で目を閉じた。
「これからは、ずっと一緒ですね。もう、寂しくないですよ」
そう、少し照れたように言うシュウの後ろで、ゼツ達3人もシュウの両親の安らかな眠りを祈った。
そうして全員分の墓を作り終えた日の夜、休憩のためゼツ以外の3人は屋根のある所で休んでいた。ゼツはなんとなく、ぶらぶらとビスカーサを歩いていた。少しだけ、3人のいる場所に居づらかった。
ゼツは少しため息をついて、先程の会話を思い出す。
『あたしも、パパやママに会いたくなっちゃった』
それは、ミランの一言から始まった。それから、各々の家族との思い出話から始まった。最初はゼツもただ、聞いているだけだった。けれども、何も話さないゼツに気を使ってか、ケアラがゼツに尋ねた。
『ゼツさんの所はどうですか?』
いつものゼツなら、適当にそれっぽい話でも言って切り抜けていた。けれども、この少しだけ寂しくて、そして優しいこの空気の中であれば、自分の気持ちを言ってもいいかなと思ってしまったのだ。
『あはは。実は俺、あんまり親と折り合いが悪くて、その、今回のも半分親から逃げる感じで付いてきちゃって』
けれども、返って来たのはこんな言葉だった。
『そうなのか? その気持ちは話したのか? 俺みたいに手遅れになっても遅いぞ。もしこの旅が終わったら、ちゃんと面と向かって自分の気持ちを話した方がいい』
『そうですよ。ゼツさんのご両親は、両方とも生きているのですから。ゼツさんは少し遠慮しがちなところもありますから、確かにしっかり話した方がいいのかもしれません。大丈夫です。家族なんですから、ちゃんと聞いてくれますよ』
違う。そうじゃなくて。そう言おうとして、上手く言葉が出なかった。それでも辛いことがあって、なんて言えば、3人の過去と比べられて呆れられる気がした。辛かった、そう母親に言った時、『しつこい』と言われた言葉が頭の中で反芻した。
『あはは、そうだね。話してみようかな』
それだけが、何とか言うことができた言葉だった。
そうして話が落ち着いたころ、周りを見てくるという口実でその場から逃げた。
『ゼツ!!』
外に出てすぐ、追ってきたのはミランだった。ミランは心配そうに、ゼツの服の裾を掴んだ。
『あの、さっき、ゼツの話、なんだか流れちゃった気がして』
ミランの言葉に、再びゼツの心はぐらぐらと揺れた。
『あたし、なんでも聞くからね! 些細な事でも、なんでも! だから……』
些細な事。そんなミランの言葉に、ゼツの揺れた心は、再びミランと離れた方向に傾いた。親の事なんて些細な事。だからきっと、言っても仕方ない。
いや、違う、本当は。ミランにまで拒絶されたら、もう耐えられない。
『ありがと。なんかあったら、ミランに話すね』
『ゼツ……?』
『さっきのは、すぐ思いつかなくて適当に答えただけ。空気読めなくて、間違えちゃったみたい。なんかごめんね』
そう言って、ゼツはミランの手を、自分の服の裾から離した。
『ちょっとあっちの方見てくるよ』
ゼツはニコリとミランに向って笑って、そして逃げるように背を向けた。ミランはそれ以上、追ってこなかった。
と、ゼツは何かに躓き、下を見た。そこには、先程倒したばかりのウサギの魔物が転がっていた。
なんとなく、ゼツはそのウサギの魔物を持ち上げる。綺麗に埋葬された墓の隣でゴミのように転がる魔物たちは、なんだか自分に似ている気がしてそのままにしておけなかった。
そしてゼツは、村の隅の木の下に優しくその魔物を寝かせる。埋めてあげたい気持ちにもなったが、それをしていたら何をしているのだと3人に責められるだろう。それに、散々剣の練習も含めて戦って、そのまま放置してきた魔物の事も考えると、自分の行動はただの偽善な気がしてならなかった。
「あら、あなたは魔物にも優しくしてくれるのね」
と、今までに聞いたことのない女性の声が、ゼツの頭の上から聞こえた。
「そんな優しい子、私は好きよ」
見上げればそこには、綺麗にウェーブがかかった赤い髪をなびかせた、妖艶な女性がゼツを見下ろしていた。