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28.記憶と成長

 シュウの言う事件が、どれくらい前にあったのかゼツは知らなかった。ただ恐らくその時のまま、ただ人が骨になって全てが残されていた。

 ゼツはチラリとシュウを見る。恐らく当時のことを思い出しているのだろう。シュウは茫然として、動けなくなっていた。ミランもケアラも、この惨状に動けずにいる。もしかしたら自分の心は冷たいのだろうかと思いながらも、ゼツだけが冷静に周りを見ることができていた。


 目の前に広がるのは、人が死んだあとだけでない。人のいなくなった家は過ごしやすいのか、魔物が多くたむろっていた。少し前シュウ達と話した作戦では、ここを拠点にと言っていたはずだ。そのためには、いや、それ関係なく、ゼツはここの魔物を一掃して、せめてシュウをこの村とゆっくり向き合う時間を作ってあげたかった。

 ゼツはイエルバでの、シュウの事を思い出しながら、どう言おうか考えた。そして考えがまとまった頃、小さく息を吐いて3人を見た。


「ケアラ。シュウの傍にいてあげてくれる? 何かあったら、さっき見せてくれた薬品で守りながら、俺達を呼んで欲しい」

「は、はいです!」

「ミラン、魔物たちと戦える?」

「も、勿論よ!」

「ただし、家だけは壊さないように気を付けて」

「そうね、わかったわ!」


 ミランもゼツの意図がわかったのか、強く頷いて走り出した。ゼツもその後に続く。

 そこにいた魔物は、比較的小さく狩りやすいものが多かった。魔物は動物に似ているものが多いが、いたのはウサギやネズミ、小さめの鳥に似ている魔物が中心で、ゼツやミランが近づくだけでも逃げるものもいた。そのため、2人だけでもある程度魔物を追い出すことができた。

 そうしていくつか身を守れそうな場所を見つけた後、ゼツとミランはシュウやケアラの元へと戻った。


「大丈夫?」

「魔物に関しては、大丈夫です。木の陰に移動したので、魔物には見つからなかったみたいで……。でも、シュウさんは……」


 ケアラは、チラリとシュウの方を見た。シュウは、ただ膝を抱えて震えていた。


「助けて……。誰か……」


 まるで幼い子供のようにそう呟いたシュウの前に、ゼツはしゃがみ込む。そして、シュウの頭を優しく撫でた。


「もう大丈夫。魔物は全部倒したよ」


 ゼツの言葉に、シュウは顔を上げる。


「本当!? 父さんや、母さんは……。あっ……」


 シュウはゼツの顔を見て、そして目を伏せた。


「……すまない。どうかしていた」


 そう言って、シュウは立ち上がる。その姿は、いつものシュウだった。


「……本当にあの頃に戻って、ゼツが来てくれたら良かったのにな」

「ごめんね。怖かったよね」

「何を言っているんだ。俺はもう正気で、そしてそんなことは無理だって……」


 そう言いながらも、シュウの目からは涙が溢れていた。


「あれ、なんで、こんな……」


 シュウは必死に手で涙をぬぐおうとしていた。けれども、止まることなく涙は溢れ続けた。そんなシュウを、ゼツは黙って抱き寄せた。もうシュウの涙は止まらなかった。


「怖かった……! 助けて欲しかった……! なんで、なんで……!」


 そう叫ぶシュウの背中を、ゼツは子供をあやすように撫でた。子供の頃のシュウをあやすように、ただ優しく撫でた。




「……もう、大丈夫だ」


 そう言ってシュウは顔を上げた。少しだけ、シュウの顔はスッキリしていた。


「すまなかった。村の中の魔物を、全部やっつけてくれたのか」

「うん。いくつか安全そうな家があったよ。でも……」


 ゼツはチラリと村の方を見る。村に魔物はいなくなったが、人の死体は溢れていた。


「問題ない。ゼツのおかげで、しっかりと向き合えそうだ」


 そう言って、シュウは村の中へと入っていった。ミランもケアラも、最初心配そうにシュウを見ていた。けれども、しっかりとした足取りに少し安心したのか、少しほっとした顔でシュウの後ろを付いて行った。


「……懐かしいな。昔のままだ。ここで、よく同い年ぐらいの友達と追いかけっこをしていた。大人の真似事をして、木の棒で魔物と戦う真似事をしていた」


 村の中心で、シュウはそんなことをぽつりと呟いた。大人たちはギリギリまで戦って、村を守ろうとしていたのだろう。広場にある骨のそばには、錆び付いた武器が一本ずつ落ちていた。


「そうして、そんな俺達を優しく見つめるように、母さんが……」


 シュウは、一つの家を見つめた。その家もまた、ボロボロになって屋根が少し崩れていた。シュウは何も言わず、その家の中に入った。扉は、既に壊れて開いていた。

 そして、中に入った瞬間シュウは無言で足を止めた。


「シュウさん……」


 ケアラが心配そうにシュウの顔を覗き込む。そこには、一人の骨となった死体が転がっていた。


「大丈夫だ。わかって入った」


 そう言ってシュウは、その死体に向かってしゃがみ込む。そして、手の近くにあった卵型のペンダントを拾った。それは二つに開くようになっていて、シュウが開くと、男性と女性、そして二人に挟まれて幸せそうに笑う幼いシュウがいた。


「これは、魔物の素材を売りに行くついでに記念にと取った写真だな。多分母さんだ。母さんは、いつもこのペンダントを大切そうに持っていた。そして、父さんも。俺は恥ずかしくて、その時はいらないと言ってしまったが」


 そう言いながら、シュウはそのペンダントを自分の首に付けた。そうして、静かに立ち上がる。そして、きょろきょろと周りを見渡した。そして、何かを見つけたとおもったら、ふっと笑った。


「すまない。これで思い出に浸るのは最後にする。ただ、最後に一つ。お願いがある」


 そう言ってシュウは1本の柱を見た。そして、シュウの肩ぐらいにある傷をなぞる。その傷は、いくつも並ぶように下に続いていた。その柱に、シュウは背中を合わす。


「もう、ゼツじゃないと無理かな。きっと母さんでも無理だった。頼む、俺の身長の所に、傷を付けてくれ」

「わかった」


 そう言って、ゼツはシュウの頭の上にまっすぐ線を刻む。そして新しくつけられた傷にシュウは触れて、目を閉じた。


「父さん、母さん。俺はここまで成長しました。そして、今、魔王を倒すため、勇者となって頑張っています。二人も、見守っていてください」


 そんなシュウに返事をするように、壊れたドアが風に押されて、錆のすれる音が鳴った。


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