27.重い空気と残酷
それから暫くして、4人は再びビスカーサに向かった。シュウは気まずかったのか、それともゼツにまだ怒っていたのか、ずっと無言だった。そんなシュウの様子に、ゼツもまた余計な事を言ってはいけないと、自らは話さなかった。
そんな少しだけ重い空気の中でも、徐々に魔物の量は増えて行った。ビスカーサは、魔王がいると言われている場所に最も近い村だったという。だから危険なエリアであり、人とすれ違うこともほぼ無かった。
「私も戦えたら良いのですけどねえ」
魔物との戦いで付いた傷をケアラが治しながら、そう呟いた。
「何言ってるのよ。ケアラがいなかったら、傷だらけで今頃戦いなんてできてないわよ」
ミランがそう言っている間に、ミランの腕に付いた切傷がみるみるうちに消えて行った。こんなに何でも治せる回復魔法は、ゼツもなかなか見たことが無かった。
「ケアラって、本当に何でも治すよね。実際、どこまでいけるの?」
そんなミランの治療を見ていたゼツも、興味本位で尋ねた。
「うーん。残りの魔力量にもよりますが、怪我ならば生きていればなんとかなると思いますよ。かなり時間もかかりますが」
「実際、ケアラが王都に来た時は、天才回復師が来たって騒がれてたらしいわ。しかも独学なのよね」
「その代わり、基礎はめちゃくちゃでしたけどね。……本当は、お母さんの体を治せたら良いなと思って始めたのですが、残念ながら既に弱ってしまった身体は無理でした。その代わり、魔物や魔族との戦いでどれだけ怪我をして瀕死になっても治してみせますよ!」
「それは心強いね! それなら本当に、無理に戦わないで魔力を温存しないと」
ケアラの言葉に、ゼツは少しだけほっとした。もしそうだとしたら、なんとか時間を稼げれば、誰かが死ぬ確率が減るかもしれない。少なくともゼツは、3人とも死んで欲しくなかった。
「あっ、でも、何もできないのは申し訳ないので、実はイエルバで色々作って持って来たんですよ! 基本的に危険なので、市場にはほぼ出回っていない品です!」
そう言ってケアラが取り出したのは、紫色や赤色などの毒々しい色をした何かの薬だった。
「毒薬に、麻痺、睡眠……。これは爆発ですね! 消耗品なので一回使えば終わりですが、これなら私の魔力を使わずに戦えますです! ちなみに、自分で調合できるように、ちゃんと作り方もメモしてきました!」
確かに、ゼツも本で見たことはあったが、店頭に並んでいるところは見たことが無かった。実際そういった品は、ゼツの店でも客から求められたことはあったが、薬品を扱うための免許が無いと販売できない。そして売る相手も、最高難易度の試験をクリアした免許を持つ者のみだ。それを自ら生み出せるのだから、間違いなく強いだろう。……そのような危険薬品について楽しそうに話すケアラは少し怖いが。
と、ゼツは白く濁った薬品に目が止まった。白色の薬品はいくつか知っていたが、危険な薬物は思い浮かばなかった。
「ねえ、ケアラ。この白い薬は何?」
「へ? あっ、こっ、これはですね……」
ケアラは少し気まずそうに目を逸らす。
「じっ、自白剤です……」
「自白剤!? そんなものがあるの!?」
ゼツは驚いて声を上げた。そんなものは、物語の世界にしか存在しないのだと思っていた。
「えっ、でも、何のために……」
「えっと、自白剤って、本人の意思に反して言葉を発するので、非常に脳に対して危険な薬なんですね。なので、使うにしても5回までしか質問してはいけないって決まりなんです。それ以上質問すると、廃人のようになってしまう可能性がありまして……。た、ただ、裏を返せば、自白剤の解除薬を飲ませずに5回以上質問すれば、相手を廃人にさせられるのかな、と……。例え不老不死の魔王でも……。まっ、まあ、相手に飲ませるのが難しいのですが!」
ケアラの言葉に、ゼツは言葉につまった。それはミランも同じようで、顔が少しひきつっていた。
「いっ、色々あるのね。ある意味ケアラを一番敵に回したくないかも」
「ひ、人には使わないです! 絶対に! 間違えて飲んでも、ちゃんと解除薬も用意していますし!」
そうは言っているが、イベルバの時のケアラを見る限り、もし感情が優先したらわからないだろう。流石にゼツも廃人にはなりなくもなく、そうでなくても解除薬すら手元にあって準備万端なケアラを本気で怒らせたくはなかった。
「そっ、それよりです! 森が見えてきましたよ! あれがビスカーサへの入り口でしょうか!」
ケアラはケアラで、話をごまかすように前方を指さした。確かにそこには、重く広がる森が見えて来た。
「そうだな。いくぞ」
先ほどからずっと無言だったシュウが、その森を睨み、拳を握りしめながら言った。そんなシュウの様子に、誰も何も言えず静まり返る。ただシュウの後ろを、3人は付いて行った。
シュウは例の事件以来、ビスカーサに来ていなかったと言っていた。シュウ以外も誰も来ていなかったのだろう。森の中に入れば、明確な道は無くなっていた。以前人が使っていたことがかろうじてわかるような場所はあったが、草で覆われていた。唯一の救いは、イエルバのように危険な植物がいないことだろう。アビュの魔法は使われていないようだった。
魔物の数だけは異常に多かった。けれども4人の実力であれば、まったく問題なかった。ゼツもある程度は一人で、魔物を倒していく。
と、シュウが突然足を止めた。そして突然、その場にへたり込んだ。一瞬何が起こったかわからず、ゼツはシュウを庇うようにシュウの前に立ち、戦闘態勢に入る。けれどもそこに広がる光景が目に入った途端、ゼツも何も言えなくなった。
目に見えたのは、ぼろぼろになって人が住めなくなった多くの家。そしてその家の傍に、時には村の外に手を伸ばすように、多くの人であったであろう骨が転がっていた。