26.抑えられない感情と気持ち
ゼツの剣の練習は順調だった。疲れない体質のおかげで、剣を長く振り続けられる筋力を付けるための基礎練習は必要なかった。だからすぐに実践練習に入ることができて、シュウと模擬戦紛いの事はできている。とはいえ、かなりシュウは手を抜いて戦ってくれているが。
「ゼツは本当に、筋がいいな。教えればすぐにモノにする」
「シュウ師匠の教えがいいんだって!」
「ふふっ、そうか? そうなのか?」
「お世辞抜きでそうだよ。よく体の動きを言語化して人に伝えられるよね」
「まあ、色々と強くなるために研究したからな」
実際、シュウの教え方は本当に上手だった。攻めるとき、守るときどう動くか、どういった時に隙が生まれるか、カウンターの取り方などなど、全てを言語化してゼツに説明してくれていた。そのため、一週間もすれば弱い魔物であればゼツ一人で倒せるようにもなっていた。勿論、被弾することもあったがゼツには関係なかった。
「まあこれだけ戦えれば、ビスカーサでもなんとかなるだろうな。戦力が増えるのは純粋にありがたい」
ビスカーサはゼツ達が向かっている次の目的地であり、そしてシュウの故郷でもある。いや、正式には故郷だった場所と言うのが正しいのだろう。実際は地図からも消えている、もう無くなってしまった村だった。
「ビスカーサは、魔物が沢山いるんだよね」
「ああ。魔物は基本的に森の中に多く潜んでいるが、ビスカーサは断トツで多かった」
そう言いながら、シュウは進む予定の道の先を見つめた。
「ビスカーサという村が出来た理由も、きっとイエルバと似ているのだろうな。神珠を守るために魔物を沢山置いて、その魔物を狩るために俺達の先祖が住み着いた。そんなところだ」
震えるシュウの背中を、ゼツはぽんと叩く。
「だけど、ビスカーサの人たちは何もしていない。そうでしょ?」
「そうだ! あの時は、勇者なんていなかった! いきなり前触れもなく大量の魔物が襲って来たんだ! だから俺は、魔王を許さない」
ふと、ゼツはアビュの言葉を思い出す。イエルバでは、人のいないところで人が来ないように神珠を守る場所を作ったと言っていた。だから、ビスカーサも人が来ないように魔物を置いたはずだった。
そんな魔王が、わざわざ魔物に人を殺させるだろうか。同じ人物の行動だとは思えなかった。
「ねえ、シュウ。その時、三傑の一人になりそうな人はいなかったの?」
「……残念ながら、逃げるのに必死で覚えていないな」
「そっか。ちなみに、ビスカーサの特徴は魔物が多いだけ?」
「まあ、そうだな。イエルバの死の花のような、特殊な事はない。……何か気になることでもあるのか?」
「いや、特殊なのが魔物に関することだったら、ビスカーサを襲ったのは、魔王じゃなくてそこを守っている三傑の一人がやった可能性もあるなって。魔物が集団で街を襲うって、聞いたことないし」
実際そこまで魔物に知能があったのならば、ゼツの住んでいた街だって魔物にやられていただろう。けれども、そんな話は聞いたことがなかった。それならば、魔物を三傑の一人が操った可能性は、十分にあった。
と、ゼツは無言になったシュウをチラリと見た。そして、一瞬震える。シュウは今まで見たことが無いほど、憎しみを込めた目でビスカーサのある方を睨んでいた。
「そうか。次の戦いが、父さんや母さんの敵討ちとなるかもしれないのか」
「シュウ……?」
「……絶対に、殺してやる。そいつだけは、許さない」
そう言ったシュウの目は、今にも誰かを殺してしまいそうだった。余計な事を言ってしまっただろうかと、ゼツは不安になる。
「シュウ、ちょっと冷静になって。俺達の目的はあくまで神珠を取ることで、殺すことじゃ……」
「煩い! 俺の気持ちなんてわからないくせに、勝手なこと言うな!」
シュウの怒鳴り声に、少し離れた所で休憩していたミランやケアラも、何事かと振り向いた。
「俺はずっと復讐のために生きてきた! もし父さんや母さんの死にビスカーサにいる三傑の一人が関わっているなら、何としても殺す!」
その時、ゼツはシュウの怒鳴り声に、少しだけ恐怖を感じてしまった。幼い頃、力では敵わない父親に一方的に怒鳴られ、時には殴られた記憶。ゼツが成長した今、父親に対してはその恐怖は薄れていたが、力では絶対に敵わないシュウに対しては、同じ恐怖が蘇ってきた。
「ごめん……。余計な事……、言って……」
「……っ。いや……。俺も、感情が抑えられなかった……。すまない……」
シュウの言葉に、ゼツは少しだけホッとした。実際のところは、シュウの気持ちを何も考えないで発言した自分が悪いのだろう。けれどもこれ以上何も言われなかったことに、少しだけ安心してしまった。
「シュウさん。あっちで休むですよ」
「……そうだな」
ケアラが、シュウを少し離れた所へと連れて行く。そしてゼツの方には、ミランが心配そうにやって来た。
「あはは。余計な事、言っちゃったみたい」
そう言ってゼツは困ったように頭をかく。
「シュウは、魔王とか、両親を殺した相手の事になると、たまに我を忘れるから……。私も出会った当初はよく地雷踏んでたわ」
「ミランも……?」
「そっ。これでまた、お揃いが増えたわね」
きっと安心させるために言ってくれたのだろう。だから、もう大丈夫だと言わなきゃいけない。
「ありがと。気持ちがちょっと楽になった」
「い、いつものお礼よ」
「ん?」
「ほら、シュウも落ち着いたみたいだし、いくわよ」
本当は、まだ頭の中で色んなことを考えてしまう。けれども、そんなどうしようもないことで、ゼツはミランを困らせたくなかった。
ゼツは大きく深呼吸して、ミランの後ろを着いていった。