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23.信念と我儘

 赤い花が散っている所を頼りに走って少し、ようやくイエルバの街が見えて来た。置きっぱなしのジョウロやスコップに子供が遊んだまま仕舞われていないボール。そこに人だけがいなかった。


「やり遂げた……、ですね……?」

「……だな。欠片は……」

「あるよ。はい、欠片」


 そう言ってゼツは、シュウに欠片を渡す。紫色の欠片は、黒い剣の柄のくぼみにしっかりと合った。勿論、まだ欠けているが。


「とりあえず、一つ、か」


 そう言うシュウは、どこか暗い顔をしてきた。シュウだけじゃない。誰もが皆、どこか落ち込んでいるような顔をしていた。


「俺の、せいなのか?」


 シュウはポツリと呟く。


「俺のせいで、ここの人たちは危険な目にあったのか?」

「そんな事を言ったら……!」


 ケアラはそう言って、そして力無く肩を落とした。


「お母さんが危険な目にあったのも、ここの人たちが亡くなったり、死にそうになったのも、全部、全部、イベルバのご先祖さんがここに街を作ったから……」

「だ、だが、こちらを惑わせる嘘かもしれない……!」


 シュウもそう言いはしたが、寧ろそうであって欲しいというシュウの思いでしかなかった。誰もがわかっていた。アビュの発言が、魔力が暴走するほどの本心だったことも、その言葉に矛盾が無かったということも。


「私もイベルバで過ごしていたからわかるです。毒は時には薬になる。薬草だって、扱い方を間違えれば毒にもなるし、人も殺します。でも……、それでも……!」


 ケアラは、植えられていた薬草に触れる。それは、赤い花を散らすための魔法で、少しだけ傷んでいた。


「誰かを助けたかっただけなんです。きっとご先祖様も……」

「少なくとも! 知らずにそこに街を作ったとしても! 彼らは何もしていない! そうだろう……!?」


 シュウはすがるような目で3人を見ながら言った。


「住んで欲しくないなら、暴力的な行動をせずに話せばよかったはずだ! 魔王を守りたいなら、イベルバの人を襲わずに、俺達だけを襲えば良かった! そうだろう!?」

「……その通り、です。イベルバの人なら、ちゃんと話せばわかってくれたはずです。住まないで欲しいなら、無理やり住もうだなんて……」

「そうだ! それに少なくとも魔王は、俺の故郷を襲って村の人たち皆を殺した! 何もしてなかったはずなのに!」


 そう言ってシュウは、拳を握りしめた。


「……だから、魔王は殺さなければいけないんだ。俺はずっと、そのために生きてきた。そして二度と同じ悲劇が起こらないために……。だから、俺は間違ってなんか、いない」


 そう言うシュウに、ゼツはどう声をかけて良いのかわからなかった。アビュと話ができれば、また何かがわかるかもしれない。けれどもそれは、少なくとも今は無理な話だ。

 ゼツは小さく息を吐く。きっと、シュウやケアラにとって必要な声は、自分からではないだろう。それに、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。


「……シュウ、ケアラ。今はとりあえず街を出よう? 少なくとも、今はイエルバの人たちが、皆の無事を祈ってる」

「……そうだな」

「……そうですね」


 そう言って、二人は街の外へと歩き始めた。

 そんな二人をぼんやり眺めながら、ゼツも歩き始めた。ただ数メートル先を歩く二人の背中が、どうしてか遠く見えた。

 二人とも、信念を持ってこの旅を続けていた。対して、ゼツは唯一自分を殺せるかもしれない剣のそばにいたい気持ちと、ただ今のぬるま湯に浸かって生きていたい気持ちとで宙ぶらりんな思いをかかえたまま、旅を続けていた。

 そう思いながら、ゼツは心の中で自分に呆れて笑った。“ぬるま湯”なんて、そんなことを言えば、きっと二人に怒られてしまう。死んでしまうかもしれない旅をして、実際人も死んで、過去には大切な人を奪われたのは前を歩く二人。ただちょっと親と折り合いがつかなくて、自分の出来損ないな所を棚に上げながら人の家族を羨ましがっているのは、我儘な自分。明らかに“ぬるま湯”なのは自分の方だ。多分きっと、自分が欠陥品だから、考えることもおかしいのだろう。


 と、ゼツは隣を歩いているミランを見た。ミランも何も言わず、ただ二人を見ていた。


「ミラン」


 ゼツは前を歩く二人に聞こえないように、ミランに尋ねた。


「ミランも、過去に何かあって、この旅を続けてるの?」


 ゼツの言葉に、ミランはゼツからふいと目を逸らす。


「……残念ながら、二人とは違うわ。あたしは、ただ逃げたかっただけ」

「何か逃げたい事でもあったの?」

「……魔力の暴走。それで、色んな人を傷つけて、迷惑かけてきたの。運よく人殺しにはならなかったわ。丁度あたしの住んでた所は魔法を使える人が多くて、回復魔法を使える人も沢山いたから」


 そう言って、ミランは小さく息を吐いた。


「でも皆、あたしと関わりたがらなかったわ。パパとママだけは、一緒にいてくれたけど。でもあたしのせいで沢山色んな人に文句言われてた。二人は隠してたけど、でもわかった。ずっと、迷惑かけてきたの。そんな時、勇者と一緒に旅をできる仲間を探してるって聞いたわ」


 そう言いながら、ミランは困ったように笑った。


「あたし、魔力だけは人より多くて、しかも戦闘向きの炎系の魔法を使えたから。だから、こんなあたしでも世界の役に立てて、そしてパパやママの迷惑にならずに済むのなら、って。二人と比べたら不純な動機でしょ?」

「それなら、俺なんてちょっと商人の仕事が面倒になっちゃった、って気持ちもあって付いてきた」


 ゼツはミランに優しく笑いかける。


「お揃いだね」

「ふふっ。ゼツでもそんなこと思うんだ」


 ミランもまた、今度はくすりと笑った。そんなミランの表情に、ゼツは嬉しくなる。


「そう。だから実は、この旅がちょっと楽しい」

「あたしも」

「またお揃い。だけど」


 ゼツはミランの頭をぽんと撫でる。


「気持ちが沈んだら、俺に言って。話だけでも聞けるよ。ミランより不純な動機で旅に出てる俺だったら、言いやすいでしょ?」

「ふふっ、なにそれ。……でも、ありがと」


 ミランは心からの笑顔をゼツに見せた。本当は、少しだけ似ているミランの話に、共感して安心したかっただけ。けれどもそんなことも知らないミランの純粋な笑顔に、ゼツも少しだけ、幸せな気持ちになれた。

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