21.作戦と意表
全員の目が覚めた頃、ゼツ達は住民たちと別れ、4人は再びイエルバへと向かっていた。
もしアビュを倒したと仮定すると、他の三傑に気付かれる前に神珠を取っておきたかった。仮にアビュが生きていたとしても、“勇者”からイエルバの人達を離す方が安全だと、ゼツの話から判断した。
「ゼツ」
イベルバに向かって歩いていると、シュウがゼツを呼んだ。
「何?」
「ちょっと……」
シュウは、ゼツに近寄り、耳元である事を言った。その言葉に、ゼツは驚いてシュウを見る。
「えっ、でも……」
「本当にどうしようもない時だ」
「で、でも、俺じゃなくても……」
「いや、ゼツからの行動が一番確実に……」
シュウは、そう言いかけて少しだけ考えるように口を止めた。そして少し悩むような顔を見せた後、シュウは再び口を開いた。
「何かあった時、ゼツが一番確実に動けるだろう? 特に相手は死の花を使ってくるからな」
「確かに……」
何故言い直したのか、ゼツには検討もつかなかったが、確かに理には適っていた。けれども内容が内容なだけに、ゼツは頭を抱えた。
「まっ、どうやればいいか考えといてくれ」
そう言って、シュウは去って行った。
神珠のあるであろう場所は、確かに想像以上に危険な場所だった。死の花は勿論の事、猛毒や麻痺状態にしてくる植物も沢山あった。人が通る前提ではないそこは、道すら無かった。
けれどもどこに行けば良いのかはわかりやすかった。危険な植物が増えていき、赤が増えていく場所が神珠の方向だろうと想像できた。
だからゼツが方向を確認しつつ、ミランが死の花を散らし進んでいく。もちろん毒や麻痺はそれで防げないため、加護の許容量を超えて状態異常が発生すればケアラがキュアで回復する。そうすれば、なんとか進むことはできた。
と、少しだけ視界が開けた。真っ赤に咲き乱れた死の花の花畑。その中心に、太い紫色の茨のような植物が、何かの台に絡みつき中のものを守っていた。
「きっとあそこね。一気に行くわ。オーバーブラスト!」
通常のブラストよりも激しい爆風が、死の花一体を襲う。蔓だけはびくともしなかったが、死の花は全て簡単に散った。
「ミランさん、流石です!」
「しかし、あの蔓は頑丈だな。剣で切れるか、それとも燃やすべきか……」
「あははっ、やっときたあ! アビュ、待ちくたびれちゃった~!」
と、聞きたくなかった声にゼツ達は顔を上げた。上には、先ほどゼツが見たのと同じように、アビュが浮かんでいた。
「やはり、ゼツを惑わすための演技をしていたのか」
「はあ!? 何のこと!? ちなみにあれ、ほんと痛かったんだよお? 今もまだヒリヒリするしい!」
そう言って、アビュは自分の頬をつつく。確かに、アビュの頬には火傷のような跡がいくつか残っていた。
「ならどうやって……」
「あははっ! ここで死ぬなら意味ないじゃん! エナジードレイン!」
「オーバーブラスト!」
赤い花ができあがっていく瞬間、ミランが魔法で吹き飛ばす。咲くのに少しの時間が必要な死の花は、吹き飛ばしてしまえば効果が発動するまでに散らすことができた。
「でもそれ、ある程度魔力いるやつでしょ? あははっ、魔力いつまで持つかなあ! それに、受けてるだけじゃアビュを殺せなーい!」
「そのために俺は鍛えてきた!」
シュウが目にも止まらぬスピードで後ろへ回り込み、そして地面を蹴り上げ高く飛び上がる。慌ててアビュは避けたが、それは一つの隙となった。
「ファイアストーム!」
「きゃあ!!」
炎の熱さにやられ、アビュは地に落ちる。
「熱い、熱いよお!」
「今まであなたがしてきたことへの報いです! シュウさん、やっちゃってください!」
「任せろ!」
シュウが剣を振り上げる。その瞬間だった。
「アイスウォール」
冷たい声が、森に響いた。その声と共に、アビュの後ろに大きな氷の壁ができる。
「ちっ、仲間がいたか」
「スイ……! ねえ、痛い! 痛いよお!」
「まったく。アイスボール」
スイは手のひらを上に向け、小さな氷の球を作る。
「ほら、これで冷やしておけ」
「ありがとお! スイ、大好き!」
「それより、おまえの言う勇者は……」
スイは、まっすぐシュウの方を見た。けれどもアビュは、キョロキョロと辺りを見渡す。
「あれえ、いない……」
「えっ……」
スイが驚いた瞬間だった。
「ミラン! やっぱ燃やさないと無理そう! 燃やして! ただ変な粉が付いてるから絶対に触れないで!」
「わかったわ! ブルファイア!」
青い炎が、紫の茨を燃やす。けれども、通常の炎よりも威力が高いはずの炎でも、少し焦げる程度ですぐに消えた。
ゼツはそれに触れる。
「何故だ。その茨は加護すら貫通する即死性の猛毒なはず……」
スイが驚いているのを横目に、ゼツは叫んだ。
「駄目だ! でもちゃんと焦げてるから、時間かも!」
「仕方ないわね。インフェルノ!」
それは、ミランの使える最上級魔法だった。対象のものへ炎が纏わりつき、その対象が尽きるまで燃やし尽くす。例え水にのみこまれても消えない、そして異常な痛みが襲う地獄の炎。
「ハッ。これでは全てが灰になるまで炎が消えず、お前たちも取れないだろう。時間稼ぎか」
スイはシュウの方をまっすぐ見て戦闘態勢に入る。それは確かに“時間稼ぎ”としては正しい判断だっただろう。最上級魔法を使ったミランは、もう魔力量に限りがあり、ほぼ戦えない。ケアラは回復のみ。ゼツのみスイには判断がつかなかったが、直感的に一番戦えるのはシュウだと判断した。
シュウも、それを察して剣を構え、そしてニヤリと笑う。
「取れたよ!」
ゼツの声が、森に響いた。