16.やるべき事と大切な人
「頼みって何?」
シュウの言葉に、ゼツは尋ねた。
「ケアラを追ってくれないか? ケアラ一人では、父親を運べないだろう。俺は他の人を運ぶ。落ち着いたら合流してくれ」
わかった。そう言おうとして、一つの疑問が浮かんだ。もし何か意図があって自分では行かずゼツに頼んでいるのであれば、確認しておきたかった。
「シュウは行かないの?」
「……俺が行くとケアラを特別視してしまう、と言ったら、察してくれるか?」
「だいたいね」
シュウの言葉に、ゼツはそれだけ言って、そしてケアラを追った。何となくだけれども、ゼツに頼んだ理由は理解できた。
きっと、シュウはケアラに特別な感情を抱いているのだろう。それが恋だとゼツには断言できないけれども、少なくとも最善の選択が取れなくなってしまうと、シュウは判断した。そういうことだろう。
ゼツが走れば、ケアラにすぐ追い付くことができた。ケアラの入った家に、ゼツも入る。
「ミアズマ プロテクト!!」
瞬間、ケアラの声と共に、家の中で倒れていた人が光り出す。
「お父さん、お父さん……! 返事してください……! お父さん……!」
「ケアラ、落ち着いて! 魔法が効いたって事は、生きているのは間違いないから!」
「ゼツさん……!」
魔法は、死んだ人には反応すらしないという話は聞いたことがある。だから、生きているのは間違いないだろう。
「そう、ですね。その通りです……」
「とりあえず、運ぶよ」
そう言って、ゼツがケアラの父親の体を少し起こした時だった。すると、ケアラの父親の目がうっすらと開く。
「……っ!? お父さん! 聞こえますか!? ケアラです!!」
ケアラの父親はゆっくりと口を開いた。そして何かを喋ろうとしたのか、少しかすれ声がした後激しく咳き込んだ。きっと何日も、水すら口にしていないのだろう。それならば、加護で瘴気の影響がなくなっても話すことすら辛いだろう。
ゼツは持っていた水筒を取り出す。
「おじさん。水、飲めますか?」
ゼツの質問に、ケアラの父親は目で頷いた。それを見て、ゼツは水筒の口をゆっくりと傾ける。
「ゆっくり、少しずつ飲んでください」
ほんの少しケアラの父親の口に水が流れた後、ゼツは水筒を再び懐に戻し、ケアラの父親の体を持ち上げた。
ケアラはまだ心配そうに自分の父親を見ていた。本来ならケアラの方が、こういった対応には詳しいはずだった。けれども、動揺しているのか何も動けていなかった。
だけど、シュウの言う通り、ケアラの気持ちばかりを気にしていてはいけないだろう。気にしていては、ケアラの大切な父親でさえ殺してしまうのだ。
「ケアラはシュウから頼まれた食事と、追加して水を準備できる?」
「はっ、はいです……」
ケアラはまだ、上の空だった。目には涙が滲み出ていた。
「ケアラ。お父さんはきっと何日も食べていない。食事はお父さんを助けることにもなる。これは、ケアラにしかできない事だよ」
「はっ、はいです!」
ケアラは涙を拭き、立ち上がった。そして、何かを探しに部屋の奥へと消えた。その姿に心配にはなるけれども、シュウの言葉を汲み取るなら、これがいいのだろう。
そうして、ゼツが集会所にケアラの父親を運んだ。丁度シュウも別の人を運びに来ていた。シュウもゼツに気付いて、目が合った。
「ゼツ! ケアラは……」
けれども、その続きの言葉は出なかった。一瞬シュウは深呼吸した後、ゼツをまっすぐ見た。
「俺は西……、ここから見て右の方から運んでいる。ゼツは反対側を頼む」
「りょーかい」
そう言いながらも、ゼツはシュウが何を聞きたかったのか、わかった気がした。去っていくシュウの背に、ゼツは叫ぶ。
「ケアラは今、やるべき事をやってる!」
「……そうか! ありがたい!」
そう言って少しだけ振り向いたシュウは、少し笑顔を見せていた。ゼツもシュウに背を向け、走り出した。
人を運ぶのは、ゼツの疲れない体では難なく行われた。勿論大柄の人は苦労したが、その時はシュウに助けを求めながら、そしてシュウからも助けを求められながら、運んでいった。
暫くして、良い匂いが漂い始める。ケアラもまた、街の人を助けるために奔走していた。ケアラの父親にだけ付きっきりになっている様子は無かった。
そんな様子にホッとしながら、自分も頑張ろうと心に決めた、その瞬間だった。ゼツはある一カ所を見て、足を止める。
街の隅に見えたツインテールの赤い髪。少し顔を青くしてかがんでいた彼女の元に、ゼツの足はまっすぐ向かってしまった。
「ミラン!!」
「ゼツ……!」
ゼツを見た瞬間、少し嬉しそうに笑ってくれた姿を見て、ゼツは今更ながら、シュウの頼みの理由を心から理解した。これは、きっと今の状況では不適切だとわかっている。けれども、ミランの所に駆け寄らざるを得なかった。
「大丈夫……?」
「ちょっと疲れて休んでただけよ」
「でも、顔色が……」
ミランの顔色は明らかに悪く疲れていた。何かあったのではないかとゼツは不安になる。
「……多分、瘴気にやられたのね。加護は完全に防ぐわけじゃないから」
「なら、集会所に行く? あそこは、ほぼ花を散らしてるでしょ?」
ゼツの言葉に、ミランは首を振った。
「後ちょっとだから、頑張るわ」
「なら、前みたいに俺が運んで……!」
そう言ったゼツの額を、ミランの指が弾く。
「あなたはあなたのやれることがあるでしょ? あたしだって、ゼツに甘えてばかりもいられないわ」
そう言って、ミランは立ち上がる。
本当はそんな事言わずに甘えて欲しい。頼って欲しい。ミランに必要とされたい。けれども、本当はミランの言う通り、お互いやれる事をやった方がいいのだ。
「わかった。でも無理しないでね」
「わかってるわよ」
そう言ってミランはゼツに背を向ける。けれども、そのまま立ち止まった。
「で、でもよ? ゼツが気付いてくれて、ちょっと元気になったわ。……ありがとう」
そうして、ゼツを見ないまま、ミランは走り出した。
ミランの言葉に、本当はそんな事思っている暇などないのに、ゼツの心は幸せで溢れて仕方がなかった。