15.焦りと惨状
「待て!」
一人で走って先に進もうとしたケアラの腕を、シュウは掴んで止めた。
「離してください! お父さんが……! 街の人が……!」
「今行けばケアラも瘴気で精気が奪われてしまう! 俺達もだ! だから、まずは加護をかけてくれ!」
「そんな暇は……! そう、ですね……。その通りです」
ケアラも少し落ち着いたのか、立ち止まって静かにゆっくりと息を吐いた。けれども、恐らくケアラの母親の事を思い出しているのだろう。ケアラは震えていた。
「加護をかけます……。ミアズマ……、プロテクト……」
ケアラがそう言えば、光がゼツ以外の3人を包んだ。けれども、先ほど毒や麻痺の加護をかけた時よりも光は弱く、すぐに光は消えてしまった。
「駄目、です……。魔力は回復した……、ですのに……」
ケアラはそう言いながら、その場にしゃがみ込んだ。他の2人も、立っていられなくなったのか、同じように地面にしゃがみ込む。
「なんで……。集中力が、続かない……。お父さん、助けなきゃ……、ですのに……」
そう言って、ケアラはポロポロと涙を流した。その涙は、地面を濡らして消える。そんな様子を、ゼツは何もできずに見ていた。
ゼツだけが動くことができた。だから、ゼツがどうにかしなければいけなかった。けれども、どうしたらいいのかわからなかった。
「瘴気を消す方法は無いの?」
「恐らく死の花をどうにかすれば……。でも、一つ一つ摘んでいても……」
「あたしの、魔法なら……? 爆発なら、危険なく燃やせる、はず……」
ミランの言葉に、ケアラも少し希望が見えたように顔を上げた。
「いける……、かもしれません……。摘んで簡単に散るのなら、爆発でも……」
「わかったわ。ゼツ」
ミランがまっすぐこちらを見る。
「あたしも、きっとケアラみたいに、集中力が、続かない。お願い、あたしの代わりに、場所を教えて? そして、体を支えて?」
「わかった」
ゼツはそう言って、ミランを抱き上げる。すると、ミランは安心したように、ゼツに体を預けた。
「あの日ぶりね……」
「そうだね」
「どうしてかしら。安心するわ」
そう言って、ミランは花のある方に手を伸ばす。
「ブラスト!!」
そうミランが言えば、大きな爆発が遠くで起こった。通常、爆風であれば地面に根差している草木は吹き飛ばない。けれどもどうしてか、ドレインフラワーだけは灰のように散った。
「やった……!」
「じゃあミラン。次はこっちだ」
「どんどん行くわよ……っ!」
ミランは瘴気にやられた状態でも、正確に、そして十分な威力でドレインフラワーを散らしていった。そうして、見渡す限りでは赤がほぼ無くなった頃、後ろから声が聞こえた。
「ミランさん! ゼツさん! ありがとうございます! もう大丈夫てす! ミアズマ プロテクト!」
先程とは違うしっかりとしたケアラの声に、今度は強くミランやシュウの体が光る。
「無事、加護が付きました!」
その声に、ゼツとミランはお互いを見て笑った。けれどもミランは、どうしてか急に顔を赤くした。
「もっ、もう大丈夫だから下ろしなさいよ!」
「えーっ、なんで?」
「なんでって、なんでもなの!」
「ここは危険な植物があるから、あっち行くまで大人しくしてて」
暴れるミランをたしなめ、ゼツは植物の生えていない場所へ向かった。本当はそれを口実にして、もう少しミランの温もりを感じていたかった。
けれども距離なんてわずかで、あっというまにミランを下ろすことになる。触れていた場所が恋しい。けれども、そんな事言っていられないだろう。
「お二人とも、行くですよ!」
ケアラの声と共に、ゼツはケアラの背を追った。
森が少し開けると、イベルバが見えてきた。イエルバは、街とは言っても舗装されていない地面と、至る所に植えられた薬草であろう植物で溢れ、まるで森に現れた広場のようでもあった。
だからこそ、悪い予感も的中してしまっていた。様々な薬草の隙間を狙って咲く赤い花。街は死の花で赤く染まっていた。
「そんな……」
ケアラの震える声を聞きながら、ゼツもこの惨状に怒りを覚えずにはいられなかった。大人も子供も関係なく、あちこちで人が倒れていた。
と、シュウは一番近くで倒れていた男へ近寄る。
「皆、聞け! まだこの人は息がある! つまりはまだ助けられるということだ!」
その言葉に、皆顔を上げた。まだ希望はある。それならば助けたい。それは4人とも共通の思いだった。
「ケアラ、ここにある薬草が駄目になってもいいか?」
「はいです! 命より大事なものは無いのです!」
「多くの人を介抱できるような広い場所は?」
「この道をまっすぐ行った所に集会所があるです!」
「情報に感謝する!」
シュウは、大きく息を吐く。そして、三人の方を見た。
「ミラン、ブラストで赤い花を散らしてくれ! 介抱する場所を優先的に頼む!」
「わかったわ!」
「ゼツは倒れている人をケアラの言う場所に運んでくれ!」
「りょーかい!」
「ケアラは水と胃に優しいスープか粥を作ってくれ、と言いたいところだが」
シュウは、優しくケアラを見つめた。
「まずは父親の所に行くといい。じゃないと、身に入らないだろう?」
「あっ、ありがとうございますです!」
そう言って泣きそうになりながら、ケアラは走って行った。
そんな様子を見て、シュウは流石だなとゼツは思う。現状を把握してすぐに、全員の特性を活かした的確な指示と、ケアラの気持ちを考慮した提案。流石勇者に選ばれただけのことはあった。
ゼツも自分にできることをしようと、走り出そうとする。
「ゼツ」
けれどもシュウは、ゼツを呼び止めた。
「どうかした?」
「ゼツに頼みがある」
そう言ってシュウは、真剣な顔でゼツを見つめた。