13.加護と異変
街を出てから数日、ゼツの体に関して新しい事が判明した。
疲れ知らずの体は、睡眠すら不要なだった。勿論寝ることはできるが、一晩見張りのために起きていても次の日に一切支障が無かった。そのため、野営の見張りは基本的にゼツが行う事となった。
そしてもう一つ。食事も取らなくても良い可能性があった。この体になって、一度も空腹を感じたことが無かった。ミランに止められたから、これに関しては実験ができていない。けれども今後何かの作戦に活用できる可能性もあった。
寝なくてもいい、食事も不要なこの体は、想像以上に便利だった。勿論最初は3人に心配されたけれども、次第に慣れたのか何も言われなくなった。けれども同時に、特に見張りのために起きている時間をゼツは持て余していた。
他の3人は寝ているため、話し相手もいない。空を並べてぼんやりとしている時間は、重く苦しい感情がすぐに顔を出す。そうして朝になるころには自分に対する嫌悪感でいっぱいになる。唯一の救いが、毎朝様子を確認しに来るミランとの少しの会話だった。
そして数日後、遠くに森が見えてきた。
「やっとか」
「それでは、作戦通りに」
そう言いながら、ケアラが立ち止まる。
「シュウさん、ミランさん、私に、まず耐毒の加護をかけますね」
加護魔法は、最初にかけるのに沢山の魔力を消費する。本当は毒、麻痺、瘴気全てに対して必要ではあるが、ケアラの魔力量で全て同時に3人にかけることはできない。そのため、段階的にかけていく予定となっている。まずは耐毒の加護、そして森の入口で耐麻痺の加護、瘴気の漂う場所に入る直前に耐瘴気の加護をかける。
「ポイズン プロテクト」
ケアラがそう言えば、暖かな光が3人を包んだ。これで、耐毒の加護が付くらしい。
「念のためご説明しますが、これは毒を完全に無効化するものではありませんからね。弱い毒であれば効きませんが、猛毒を浴び続けると、毒状態になってしまいますので気を付けてくださいです」
なるほど、それであれば猛毒も効かなければ3人の役に立てるだろうか。そう思いながら、ゼツは以前学んだことを思い出そうとする。猛毒は主に魔物が持っていることが多い。通常の植物でもあるにはあるが、ゼツ達が進むのはイエルバと他の街を繋ぐある程度整備された道だった。特に薬草に詳しい人が通るその道では、基本的には駆除されて無いだろう。
そんなことを考えているうちに、森の入口に着いた。道が通っているため勿論明るいが、奥を見れば薄暗い。そんな場所だった。
「ほんと、凄い場所に街があるわね」
「イエルバの人たちにとってみれば、宝の宝庫なのです! それでは、麻痺の加護もかけますね!」
そんなミランとケアラの会話を聞きながら、ゼツは少しだけ森に踏み入れた。と、一つの塊が目に入る。緑と茶色をした丸っこい塊。森の中にあると周囲の草木に紛れ、気を抜いていると蹴ってしまいそうだ。
「これ、魔物のヒトクイソウだっけ」
そうゼツが尋ねれば、加護のかけ終わった3人もゼツの方へ近づいてきた。
「すごい、良くご存知ですね! 基本的には動かないのですが……」
「刺激を与えればいいんだっけ」
そう言って、ゼツは思いっ切りその塊を蹴った。瞬間、紫色の粉が空気中に舞い上がる。確か即効性のある猛毒を持つ魔物だったはずで、実験には丁度良いはずだった。
この魔物がヒトクイソウと呼ばれる理由。それは、その猛毒によって人や動物を動けなくし、木の上にある本体でそれを食べるから。けれどもゼツの体は苦しくもなんともなかった。
「見て! 猛毒でも効かなさそう!」
そう言ってゼツが3人の方を見た瞬間だった。
「ゼツ、危ない!」
瞬間、上から降りてくる影を、もう一つの影が切り裂く。
「ファイアボール!」
そうしてそれは一瞬のうちに燃えて、残骸が地面に落ちた。更に目の前にあった塊も焼かれる。
「ちょっと、動けるなら逃げなさいよ!」
「食われたら死なないにしても、自力で出れないだろう!?」
そう言われて、ゼツはハッとした。確かにゼツは、無敵とは言え自力で脱出する術を持っていない。迷惑をかけることまでは頭が回っていなかった。
「ごめん……」
「今回は俺たちがいるからいい。けれども体が避けないことに慣れてしまうと、一人でいる時でも同じ行動をしてしまう。だから、基本的には必要最低限以外逃げることを意識してくれ」
「それに、いきなり猛毒で実験しないでください! しかも加護をかけたばかりで私の魔力も減っているんですよ! 猛毒が効いたらどうしていたんですか!」
「はい……」
これだから、気が回らないとか、考え無しだとか言われてきたのだろうと、ゼツは思った。これ以上迷惑をかけないようにしないと。そう思いながらも、やはり申し訳なさで溢れていた。
「とりあえず、無事で良かったわ……」
ミランが安心したように、地面にへたり込んだ。心配かけたことを、反省しなきゃいけないのに。けれどもミランの様子に、嬉しくなってしまうのはどうしてだろうか。
けれども、同じことは繰り返してはいけない。ゼツは息を吐く。
「シュウ」
「どうした?」
「体の鍛え方、教えてくれない? 一瞬で目が追い付かなかったけど、あんな風に体を動かせるなんて凄いなって。俺も自分の身ぐらい守れるようになりたいし」
戦いを学んだことは無かった。けれども迷惑をかけないためには、最低限は動けなければいけないだろう。
「なるほど、俺に教えを請いたいと言うのか」
と、シュウの嬉しそうな声が聞こえる。ゼツが顔を上げると、シュウがニヤニヤと笑っていた。
「いいだろう。俺のことは師匠と呼べ!」
その言葉に、ゼツは思わず吹き出す。先ほどまでのかっこよさはどこに置いてきたのだろうか。
「よっ、師匠!」
「ふふふ。師匠……。良い響きだ」
「ゼツ。こんな馬鹿に付き合わなくていいからね」
けれどもこれで、夜の暇な時間もどうにかなるだろうとゼツは思った。何かしていると、気は紛れた。
「ふざけている所をすいません」
と、ケアラが真剣な顔で言う。
「酷いぞ、ケアラ! 俺はふざけてなんか……」
「真面目な話です! 実は……」
ケアラは、とても不安そうな顔をしていた。
「3年前より、人に害を持つ植物が異常に増えているのです」