11.危険と初心者
沈んだ気持ちも、街を踏み出せば少し薄れた。初めての場所に対する新鮮な気持ちは、前向きな気持ちにもさせてくれる。
「ちなみにだけど、これからどこに向かってるの?」
情報を事前に知っておきたくて、ゼツは3人に尋ねた。食事のタイミングで簡単には聞いていたが、具体的には知らなかった。メンバーに途中から入ったのだから、極力迷惑はけけたくなかった。
「はい! ここから北西に行ったところにあるイエルバという街に行きますです!」
「イエルバって、薬草の栽培が盛んな街だよね?」
「そうです! お詳しいですね!」
「よく冒険者向けの薬を取り寄せてたからね。質が良いで有名だって聞いたよ」
そう言うと、ケアラは嬉しそうに笑った。
「そう言ってもらえると嬉しいのです! イエルバは、私の出身地でもあるのです!」
「そうなの!? それ、大丈夫なの!?」
確か、欠片は三傑がそれぞれ守っていると、以前食事の時に言っていた。つまりは、危険な場所のようにも思えた。けれども交易の勉強をしている中で、そういった話は聞いたことがなかった。
「住んでいる所は全く問題ないですよ? 神珠の欠片も、伏せられていたからイエルバの人は誰一人知らないです。ただ……」
ケアラは、少し悲しそうに笑いながら言った。
「入れば危険なエリアはあるです。毒や麻痺にする危険な植物が多かったり、精気も吸われて動けなくなる瘴気が漂う場所です。それに魔物や魔族が関係している事は知っていましたが、理由が神珠の欠片の保管場所だからというのは、魔王を倒すためのメンバーに選ばれてから知ったです」
どうしてそんな顔をするのか、ケアラに聞いていいのか少し迷った。けれどもそれを察したからか、ケアラは少し視線を落としながら、口を開いた。
「昔、母が間違えてその森に入ってしまった事があったです。一度入ると、精気が吸い取られて動けなくなるのです。加護をかけていればある程度はしのげるですが、母は何もかけてなかったみたいです。見つかった時には、毒と麻痺が体中に浸透して、命は取り留めたのですが、下半身に麻痺が残ったです。体も弱っていたのか、3年前に亡くなったのです」
「そっか……」
ケアラの言葉に、ゼツはなんて返していいのかわからなかった。ただ安直な慰めはしてはいけない気がした。けれども、顔に出ていたのか、ケアラはニコリと笑った。
「そんな顔しないでくださいです! でも、だからこそ、もう二度と私の母みたいな人が増えないように、魔王討伐のための旅をするって決めたです! 母の事は辛いですが、それを糧にして頑張るって決めたのです!」
「そっか」
凄いな。ゼツはそう思った。些細な事ですぐにウジウジしてしまう自分とは違い、ケアラは辛い過去があるのに前を向いて生きていた。そんなケアらの助けになりたいと思った。
「言葉が上手く出てこなくてごめん。でも、一人で頑張り過ぎちゃ駄目だよ。俺の体質も、使えることがあったら何でも言ってね。絶対に力になるから」
ただ、なんとか言葉を選んで紡いだ言葉。それがゼツには精一杯だった。
けれども、どうしてかケアラの反応は、斜め上を行くようなものだった。
「はわわ。なるほど、これはモテると言われるのもわかりますねえ。危険です。シュウさん、これはどう思われますか?」
「そういうのをサラッと照れずに言ってしまう所がポイント高いですわ。こうやって何人の女性を泣かせてきたのでしょう」
二人が何を言っているのか、ゼツには全くわからなかった。先程の話から、どこがどうそうなったのだろうか。
「ねえ、待って、何の話?」
「おい、ゼツ。おまえ、何人の女を泣かせてきた。つか、街に置いてきた彼女とかいないのか?」
そう言ってシュウは、ゼツの肩に手を回し、うざ絡みをしてくる。何故どうしてそうなったのかはわからないが、まあきっと重くなった空気を変えようとしてくれたのだろう。そう思って、ゼツはそのノリにノッてみる事にした。
「そんなに俺チャラく見える〜? 残念ながら、生まれてこの方、恋人なんていたことないんだよね〜。悲しいことに」
「へっ?」
「はっ?」
ゼツの言葉に、シュウもケアラも驚いた声を上げた。何か間違ったノリだっただろうかと焦る。こんな風に誰かとふざけた経験は、あまりなきった。
と、どうしてかさっきから無言なミランとも目が合う。ミランもまた、驚いた顔をしていた。
流石にこの歳になって恋人の一人もいないのは、ダサい男に見えるだろうか。確かに貴族以外は、自由恋愛による結婚も多かったし、好きに恋人を作っていた。
「でも、いい感じになった女の子とか一人ぐらいいただろう?」
「いやいや、俺を好きになってくれる子なんて、いるわけないじゃん」
一瞬の静寂。また何か間違えただろうかとゼツは焦る。けれどもそれは事実で、こんな出来損ないの男を好きなってくれる人はいないと思っていた。女の子と仲良くなっても、きっと嫌われる事をしたのだろうけど、どうしてか避けられて疎遠になることも多かった。
「そ、それよりも、皆のほうがモテそうじゃん!」
話の方向を変えようと、ゼツは慌てて口を開いた。
「だってシュウは金髪碧眼の皆が憧れる王道的なイケメンで、まさしく物語に出てくる勇者って感じだし、ケアラも小さくて守ってあげたくなる感じと、エメラルド色の綺麗な髪がお姫様って感じだし、ミランは……」
コロコロと変わる表情が可愛い。そう言おうとして、思わずゼツは口をつぐんだ。なんだかミランに思ったことだけは客観的じゃなく、ゼツ自身の感覚な気がして、そんな気持ちを悟られたくなかった。
「ちょっと、あたしは何なのよ!」
そう言いながらキッとゼツを睨むミランに、慌ててゼツは答えた。
「……ギャップ?」
「へっ?」
「いやあ、ミランがまさかあんな白……」
「なっ、ゼツのばかあ!!!」
そう言ってミランは、ゼツの頬を平手で叩く。悲しいことに痛くはなかったが、それでもゼツは笑ってしまった。本当に、コロコロと変わる表情も、なんだかんだ素直に感情が出る所も、可愛らしい。なんて、恥ずかしくて癒えないけれど。
「あらあ、本当にゼツさんは恋愛初心者かもしれませんねえ」
「だな」
ケアラとシュウは、二人の様子を見ながらそう言った。