今更①
バカ高に入学したのは家から歩いて五分だったからで、特別な理由はない。校門をくぐった瞬間からなんとも形容しがたい違和感を覚えたが、それを気のせいだと片付けるのにさほど時間はかからなかった。
俺はソフトモヒカンの頭を掻きながら、クラスの席に着いた。隣にはメガネを掛けた細身の男子が座っていた。入学初日のオリエンテーションは滞りなく終わり、翌日からは通常授業が始まった。
「おい、ちょっと訊いていいか?」
隣の眼鏡――山本と名乗った男が、俺の肩をつついてきた。
「何だよ」
「この学校、傾いてないか?」
冗談だと思った。
俺は軽く鼻で笑って、視線を山本から切った。
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねえよ」
相変わらず、山本は真剣な顔つきで続けた。
「いや、本当だ。俺は昨日からずっとそう感じてるんだって。右足にばかり負担がかかるような気がして……歩くときもだし、座るときも、重心がズレるんだ」
正直、こいつ頭大丈夫かと思ったのは言うまでもない。だが、なんとなく山本が言っている「傾いている」という言葉に引っかかりを覚えてもいた。
しかたない。
どうせこんなバカ高に入った俺には暇しかないんだ。ちょっとした暇つぶしと思えば、そう悪くもないか。
「じゃあ、調査する。この後暇だろ?」
俺は半ば強引に山本を連だって、校内をくまなく歩いた。廊下、教室、体育館。
俺は、特に変なことは感じ取れなかったが。山本は相変わらず「傾いてる」と言い張る。
その後、俺は山本が訴える「傾き」の正体を知るため、少しばかり調べ物をしてみることにした。図書館にこもり、建物構造や地盤沈下について書かれた本を片っ端から読み漁った。そして、ついにそれらしき原因を見つける。
「重力異常」。
この地域特有の地形と地質の影響で、微妙な重力の偏りが発生しているみたいだ。最も、普段は気付けないような微小な差ではあるが。
「うーん、でもな」
本当にそうか?
確かに、この辺の地域は重力異常があるのだろう。だがしかし、山本の言っている「傾き」は、重力異常が原因と言えるか。
「……あ、思い出した。そういえば、昨日校門をくぐった時のあの違和感――傾いているみたいな感覚だったな」
となると、山本と同じ現象が俺にも起こっている? いやいや、そんなことあるか?
俺と山本はそういうのに敏感な体質だったのか?
俺はほとんど一瞬で、山本の方は継続的に続いている。これは単なる個人差?
「重力異常よりも、めまいとかの方がしっくりくるか? 回転性めまい、浮動性めまい……いやむしろこっちの方がありえないか? もう自律神経の乱れとかか」
「あー、わかんねーな。どうも」
やっかいな感じがする。
山本には重力異常だったと伝える。
山本は「なるほど」と頷き、「やっぱり俺の直感は間違ってなかった!」と得意げな顔をした。俺は山本の空っぽの頭を軽く叩いてやる。
そうだ、こいつはアホだった。