6/10
私にはなにもできない
兄の姿は薄暗い部屋の中に沈み込んでいた。
微動だにしない視線は、どこにも焦点を合わせていない。
机には散らばる参考書と、幾度も握りしめられた答案用紙。その隣に小さな通知書が、寂しげに置かれていた。「不合格」と、その二文字が無情に彼を突き刺していた。今でも封筒を開けた兄の指の震えを覚えている。
以来、兄の表情は石の彫像のように硬く、どこか冷たさすら感じさせるものになった。
「どうして、兄さん...」
問いかける言葉は喉の奥で絡まり、声にならなかった。兄が感じている絶望の深さを、私では埋められない。ただただ、それを癒す術も力も持っていない自分が情けなくて悔しい。
私の存在が兄にとってなんの慰めにもならないのだと思うと、涙が止まらなかった。
薄く開いたドアの隙間から漏れる光の中。
兄はカッターナイフを持っていた。
ドアの前で震える拳を握りしめ、私は口の中でできる唾を次から次へ飲み込む。
「兄さん、ファイト」
兄に向かって小さな声援を送る。やっと決意してくれたのだから、是非とも兄にはここで死んで貰いたい。