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第3話 儀式

「……、ありがとうございました」


新人賞の受賞に伴う当たり障りの無い挨拶を終え、席に戻るとまた憂鬱になった。人前であがるなどはしないが、大勢の大人の前でスピーチするなど性に合わない。この後さらに面倒な儀式が待っているのだ。


「お疲れさまでした戸隠さん。おっともう戸隠先生ですよね」


明るい調子で週刊コスモスのデスクの方が声をかけてくる。


「新年発売号のPOSも良さげだし、アンケも好評ですよ。予定通り春から新連載お願いするつもりなんで、よろしくお願いしますよ先生」


「先生は勘弁してください。でも良かったです。ありがとうございます」


コスモスに載った読み切りはまずまず好評だったようだ。自信はあったが励みにはなる。やはり師匠マイスターたるもの、作品でも成果を出さねば。



集談館の新年会の席を早めに辞し、より気が重い場に向かう。

科学漫画協会の新年会だ。例年の会ではあるが、今回は羽田の件でワタシを表彰してくれるそうだ。辞退するつもりだったが、周辺機関、特に文部科学省や経済産業省といった行政のトップへのアピールが必要だとかで、強引に出席を余儀なくされた。

確かに手弁当での活動をしていた、いにしえの師匠マイスターを思えば、そういった予算がある事はありがたいのだろうが…。


あの日、福岡へのフライトは飛ばず、その後も帰省の機会を逃したままだ。


「おばあちゃんに眼鏡見せたかったのに」



セキュリティのシッカリした会場に入ると、中は大人というか中高年の男性ばかりだ。大臣と思しき高齢男性を囲む高級官僚達と協会の幹部。明らかにワタシは場違いだ。

彼らの好奇の、としか言い様がない目線を浴びながら、壇上に歩を進める。


「え〜 会員番号202401 戸隠キズナ殿 貴殿は当会規定による事象3号宇宙・航空機事故JPNR06-001において、その被害を軽減した事について顕著な功績があった事を認め、乙種貢献を認定し、これを称え表彰すると共に、特別な師匠スペシャル・マイスターの称号を授与する。」


「……、ありがとうございました。」

本日2回目、かつ百倍気の重いスピーチを終え、壇上を降りる。大人たちの先程より強い値踏みをするかのような視線と、ヒソヒソとではあるが遠慮の無いウワサ話に、打ちのめされそうになりつつ、ようやく席まで戻る。



「…キズナ」


思考と感情を停止させながら、機械的に大人たちに対応していたが、懐かしい声を聞いてふと我に戻る。


師匠マスター


重たい席での数少ない救いが眼前に立っていた。

星野トシロウ、ワタシの師匠マスターにして、偉大な師匠グレート・マイスター


「お疲れさん。顔見れて良かった。お祖母様には会えてなかったんだっけ?」


年末にお会いしてから、それほど時間は経っていないハズなのに、とても久しぶりの再会な気がする。


「登録日初日に特別な師匠スペシャル・マイスターって前代未聞らしいよ。ボクもなんだか鼻が高くなったよ」


普段と変わらない口調だが、師匠マスターもこういった席は苦手だったハズ。集談館の新年会はパスしても協会には参加してくれた気遣いを感じて、閉じ込めていた感情が溢れ出してしまった。


「……でもっ!アソコに居た何人もの人が死んだ!ワタシ見えたのに、分かったのに… それを表彰って、称号って、一体何なんですかっ!」


思わず大きな声が出て、周囲の空気が固まった。


「あまり自分が何でも出来るとは思わないことです。キズナさん」


師匠マスターの口調が丁寧になる。怒っている時のクセだ。


「だけど……油断せずに、眼鏡をオンにしていれば、滑走路を先に視認出来たかも知れないし、センシングで早期発見出来たかも知れないし……」


「LIGOやLVKリンクでの予測には現時点での限界がありますし、そもそも人間に出来る事自体にも限りがあります。それを受け入れた上で最善を尽くす。それが師匠達マイスターの学びと教えであり、人が歩むべき道だと私は信じています」


「…ワタシは… 最善を尽くせたのでしょうか……」


「マズルブラストも考慮したデザインで、ガラス窓越しの減衰率も合わせると射撃③の射程ギリギリで2発も当ててる。冷静にエネルギーガードも付けてパイロットの方の生命も救っている。間接射撃を誘導して、面制圧に切り替えて付属事故を抑え込んでる」


「…でもそれは師匠マスターが」


「ハハ、間接射撃なんて正確なモニタリングが無ければ当たりはしないよ。面制圧も直接射撃の方がよほど役にたったハズだ」


口調が戻っている。ワタシの叫びで冷えかけた空気も元の雑然に戻っている。ワタシも少しだけ落ち着きを取り戻せた気がする。



「いや〜星野先生、ご無沙汰、珍しいね。そっか、そっちのキズナちゃんだったっけか?先生の所に居たんだよね?子どもなのに良かったよね〜」


大柄では無いが恰幅良く、奇妙なデザインのジャケットを来た高年の男性が声を掛けてきた。

面識がある。協会の理事、日月タケゾウ先生。名作も書かれた著名なマンガ家で特別な師匠スペシャル・マイスターでもあったハズだ。押し出しの強い圧力に気圧されながら、かろうじて挨拶を返す。


「日月先生…ありがとうございます…」


眼鏡の奥底の瞳を怪しく光らせながら先生の言葉が続く。よく見ると眼鏡は普通の眼鏡だ。


「ふっ…まあ複数の死者が出た事故で乙種認定は甘いだ、空港のターミナルビルでの作法が守秘義務違反だのの声も出たがね。協会も仕事してるアピールをしないと官庁から予算の算定にも影響するからさ。天才少女のお子さまの活躍で被害低減とくればお年玉みたいなもんさ」


今夜の儀式ちゃばんげきの実態をあらためて突き付けられて目まいと吐き気が同時に襲ってくる。そうワタシが一番分かっていたのに。


「日月先生、現場そうさく上の事は各師匠マイスターに委ねられているハズです。戸隠先生の行動は出来うる最善だったと協会内で認められたからに他なりません」


早口の丁寧語で師匠マスターがまくし立てる。


「あ〜ま〜星野先生から見りゃそりゃそうだよね。この場で話す話しでもないよね」


さすがに日月先生も矛を収める気になったらしい。眼鏡の奥の瞳をまたもギラつかせながらも、その場を立ち去って行った。



「…キズナ だいじょぶかい?」


立っているのもやっとだったが、再び口調の戻った師匠マスターの言葉で我に返った。


師匠マスターありがとうございました… でも本当の事ですから…」


「あの方も特別な師匠スペシャル・マイスターだったんだ… 年齢なのか地位なのかお金なのか… 何かが最初の思いを曇らせるような事もあるらしい… 」


少し遠くを見るような目付きで師匠マスターが語る。何か過去にあったらしい。


「あ、あと師匠マスターはもうヤメな、キミも一人の師匠マイスターなんだからさ」


そうだワタシも自分のチームでマンガを創って(タタカッテ)行くんだ。







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