第1話 序章
東京のアパートを出る直前に到着した手紙の封を切ってみる。
「ふぅ〜」俺は長くタメ息をついた。
「貴殿の作品はこの度の受賞が叶いませんでした。
貴殿の創作活動が充実される事を、心よりお祈り申し上げます。」
そりゃそうだよな。
数々の出版社の賞に送り続けて、落選し続けてきた俺の作品が最大手集談館の権威ある賞に引っかかる訳もない。お祈り文がメールじゃなくて封書で来る辺りが、さすが集談館といった感じだ。
帰省した北海道の実家のベッドに寝っ転がりながら、俺は今後の事を考えていた。
*
「貴殿の作品は集談館科学漫画大賞新人賞を受賞しました。おめでとうございます。
副賞として週刊コスモス新年発売号に掲載させて頂きますとともに、社団法人日本科学漫画協会様から記念品として眼鏡一式を別途送らせて頂きます。」
「フッ」 短く息を吹き文面を読み返す。
正直コレは出来レースだ。ワタシの受賞はだいぶ前から決まっており、新年発売号に載る読み切りがよっぽど評判が悪くない限り、春からの新連載も決まっている。
他の応募者に悪い、との思いが一瞬よぎったがすぐに振り払った。実力が有れば同時受賞だって有り得たんだし、この「眼鏡」はワタシが実力で掴みとったものだ。
眼鏡は毎回、一月ニ日の朝に受賞者の元に届くらしい。
「初夢ってことなのかしらね?」
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スマホの明るい画面がシンドくなると、電気を落とした暗い天井に目を移し、また気がつけばスマホの画面を眺めている。
「東京に戻ったら仕事も決めないとな」
この半年バイトも辞めて、貯金で過ごしてきたがそろそろ限界だ、
「マンガ家 アシスタント 募集」
検索画面を見ると、それ用に最適化された既に登録済みのマッチングサイトが出てくる。
ログインして俺の「アシスタント先募集」宛に来たボックスをチェックしてみる。当たり前のように空だ。
新着の案件を見ても、ほとんどがアシスタント先を募集する人達の長い列、たまに「アシスタント募集」があっても経験者のみ、Webでのデザイナー募集など俺とは当てはまらない条件ばかりだ。
「なかなかマッチングなんてしないんだな」呟いて、他のサイトをあたる。
2段目からは普通の求人サイト内にあるアシスタント募集の案件だ。色々と当たってみるがほとんどWebサイトでのコミック運営アシスタントや、リモートでのアシスタントばかりで、俺がイメージしている、マンガ家さんの近くで仕事しながら経験を積めるようなものは無さそうだ。
「マンガ家 アシスタント 未経験」
検索条件を変えてみる。
経験者求むを除いて、さっきと大してかわらない。
いくつか検索条件を変えてみて、ふと俺は
「マンガ家 アシスタント 情熱」
と入力してみた。そう俺はまだマンガ家になる情熱を捨てていない。捨てていないハズだ。
すると検索結果の最初にこれまで見かけなかったサイトが表示された。
「日本科学漫画協会」求人斡旋
「たしか集談館の賞を共催してたところだよな?」あまり知らなかったが、目ぼしいモノに片っ端から応募していくしか無い。俺は内容に目を落としていく。
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「こんな時間になっちゃった」
新連載のネームを先出ししておく。ただでさえ新人はやることが多いし、アシスタントは当面リナさんとカナさんが手伝ってもらえるように、星野先生が取り計らってくれたけど、やっぱり自分でチームを持つ為に独立したんだし、現場での仕事はリモートだと補えきれない。
「協会の斡旋なら眼鏡を使えるハズだけど」
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実家で食事を考えなくても済むのはありがたいが、居心地は悪い。正月だからか親も気を使って何も言わないが、空気で「これからどうするのよ?」と責めて来る。
「俺だってどうかしたいよ」口には出さず昼前には家を出た。バスと電車を乗り継ぎ新千歳空港に向かう。定刻では15時50分発、日が暮れた頃には東京に居るはずだ。
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チャイムが鳴り玄関を目指す。昨夜はグッスリ寝て初夢も見てないが、現実の方から来たから問題無い。
受け取った小さめの段ボールから、早速中を取り出してみる。厳重な梱包材を解くと、キレイで古風な風呂敷に包まれ、ちょっとしたオセチ料理のようだ。一昔前には付属機器が幾つもついて、本当に豪華三段オセチのようだったという。
のし紙に包まれた箱を開ける。一本上に置かれた眼鏡がワタシので、あとの4本はアシスタントのものだ。
横にはあのペンが5本入っている。こちらは本質的に変わりは無いらしい。
「これがアタシの眼鏡」
早速掛けてみる。屋内で誰も居ないし何も見えないハズだが、光学的に最適化もされている眼鏡はキズナの目には、モワッと光と影が入ってくる。
「眼鏡に慣れてても、職人さんの技でワタシの目に合わせるとこんな風に入ってくるのね。早く慣れないと」
これを受け取る為に帰省を遅らせていた一家は、夜の羽田発の福岡行きを取ってある。
「おばあちゃんに早く見せたいな」
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