無害な悪戯
私が最初に目にしたのは破壊だった。
建物は瓦礫と化していた。空気はスモッグのような霧に覆われ、視界が狭くなっていた。
その霧の中、遠くから幽玄なささやきが聞こえてきた。
"由美子..." それは、まるでサイレンの呼び声のようだった。その源を特定することはできなかった。
その音はどこにでもあるようで、どこにもないようだった。
轟く風がすべての音を消した。
歩いていると、私の足音が空虚な空間にこだました。しかし、やがて別の音が現れ、次第に大きくなっていった。
ひび割れ、折れた翼を持つ闇の天使たちが上空を舞い、その鋭い赤い目が私を凝視していた。
角を曲がるたびに、彼らは私の行く手を阻み、行きたくもない方向へ私を誘導した。
彼らの存在は息苦しく、険しい表情は破滅しか予感させなかった。
必死で逃げるうちに、世界は崖っぷちに変わった。
"由美子..."
私の背後には奈落があり、ダーク・エンジェルの軍勢が前進していたため、私の選択肢は少なくなっていた。
しかしその中に、他の天使たちとは違う、長い黒髪の少年がいた。
彼は私と同じくらいの年齢に見え、天使たちは彼の後ろに隊列を組み、彼に従うように見えた。
「逃げ場はないぞ、愛する妹よ」彼は悪意に満ちた声で宣言した。
"由美子...?"
その言葉ひとつひとつが、私の魂を深く切り裂いた。
絶望が私の心を引っ掻き回した。崖っぷちに背を向けた私の眼下は、迫り来る大群に比べれば魅力的に見えた。
拉致されるくらいなら、落ちたほうがよかったのだろうか?私は胸をドキドキさせながら考えた。
しかし決断する前に、手が伸びてきて私の腕をつかみ、安全な場所まで引っ張ってくれた。
"由美子!"
そう思った。その手の主は金髪の少年だった。感情のない彼の目が私を見つめた。
「その声は優しさと残酷さが入り混じった不協和音だった。
何の前触れもなく、彼は私を押した。私は落下する感覚を覚え、風が通り過ぎ、彼の笑い声が遠くに響いた......。
"ユミコ!"
私は目を見開いた。私は息をのみ、冷や汗をかいた。
瞬きをすると、現実が押し寄せてきた。
ダーク・エンジェルの姿も、金髪の少年の冷ややかな目つきもなかった。代わりに、私はベアトリスとリリスの心配そうな顔に囲まれ、自分が安全であることに気づいた。
「私は... 生きてるの?"
私はリリスとベアトリスを見回した。
前触れもなく、ベアトリスは私を強く抱きしめた。
"ただの悪夢よ..." 私はまだ鮮明な恐怖に震えていた。
"由美子、話して!" ベアトリスの声は本当に心配そうに震えていた。
私は荒い息をしていた。
"私は...大丈夫..."
私は自分の腕を見た。真ん中に大きな切り傷があった。そして出血していた。彼らは気づいていないようだった。
ベアトリスは顔をしかめた。
リリスは焦った様子で、"あなたは叫んでいた "と言った。
私は息をのみ、ためらい、それから夢の話をした。
「暗い天使がいて...長い黒髪の男の子がいた。彼は...私を "シスター "と呼んだ。
リリスとベアトリスは心配そうに顔を見合わせた。
"ユミコ、兄弟はいるの?" リリスは尋ねた。
"ただそれだけです。兄弟がいた覚えはありません。" 私は声を震わせながら答えた。
ベアトリスはため息をついた。一度、チョコレートの海で溺れている夢を見たわ。それが現実だったとは限らないけど」。
私は弱々しく笑って、"チョコレート?"と言った。
ベアトリスはニヤリと笑った。美味しかったけど、怖かった」。
リリスは私の腕を見下ろし、目を見開いた。
「腕をどうしたの?彼女は切り傷に気づき、目を見開いて警戒した。
ベアトリスは顔をしかめ、身を乗り出した。
「由美子、ひどい傷ね!どうして教えてくれなかったの?
「かすり傷だよ。私は腕を上げ、痛みにうずくまりながら言った。
リリスとベアトリスは困惑して私を見つめ、ベアトリスは部屋を見回した。
「ベッドが呪われているのかもしれない。私はいつも、あの古ぼけたベッドは怪しげだと言っていた。
リリスはベアトリスに疲れた視線を送った。
"今はあなたの理論に付き合ってる時じゃないわ"
ベアトリスは嘲笑した。ベッドは裏切りものよ"
彼らを無視して、私は思い出そうとした。
「どうしてこんなことになったのかわからない。こんな風に目が覚めたの"
リリスはため息をつき、私の腕をそっと握った。"片付けましょう。ベアトリスは?呪われたベッドの話はもうやめて、お願い」。
ベアトリスはにやにや笑って、両手を上げて防御した。
「わかった、わかった。でも、もし今夜から浮き始めたら、あなたのせいにするわ"
壁に影が踊り、薄暗く揺らめく光に包まれた部屋は、ベアトリスの冗談の後、一瞬落ち着いたように見えた。
悪夢の後遺症の重苦しい雰囲気にもかかわらず、彼女の発言は束の間の休息をもたらすことができた。リリスが温かいお湯を持ってくると、ベアトリスは布を持って戻ってきた。
"デビルズに治癒能力があればよかったのに..." リリスは布をそっと水に浸し、絞ってから私の傷口から血を拭き取り始めた。
痛みは再燃したが、満足感はあった...。奇妙なほど。
ベアトリス 弱々しい笑みを浮かべて、その場の雰囲気を和ませようとした。
「ユミコ、味見させてくれないとどうなるかわかる?結局、自分で自分を傷つけることになるんだよ!"
私は弱々しく笑い、痛みを紛らわそうとしてくれた彼女に感謝した。
リリスが私の傷を洗い、手当てをしてくれたとき、私は夢の話をした。
腕の手当をしている間、悪夢の名残が寒気のようにまとわりついてきた。
私を悩ませたのは単に夢の鮮明さではなく、悪夢が残した不吉な予感だった。
まだ肌を覆っている冷や汗のせいではなく、自分の潜在意識がこのような呪われたシナリオを作り出したことに気づいたからだ。
何か不吉なものが地平線上に潜んでいるという警告、信号のような気がしたのだ。
しかし、私はその少年の顔と話す言葉に親しみを感じた。
「由美子、ここにいるのは一人じゃないよ」。ベアトリスの声が私の瞑想を打ち破った。
「私たちはあなたのためにここにいる。いつもね"
リリスは同意してうなずき、その表情は静かな安心感に満ちていた。
「悪夢は不安なものだけど、私たちがいれば安全だということを忘れないで。
彼女たちのサポートは私を温め、夢の余韻が氷のように残るのとは対照的だった。しかし、アドレナリンが出てくると、疲労が押し寄せてきた。
悪夢の出来事は遠い現実のように感じられ、私の心の執拗な想像力が落とした影のように思えた。
私はなんとか弱々しい笑みを浮かべた。
「ありがとう、2人とも。あなたたちがいなかったら、私はどうなっていたかわかりません」。
ベアトリスはニヤリと笑い、その目には悪戯心が踊っていた。
"あなたはきっと、悪魔のような子猫たちに食べられてしまうでしょうね"
リリスは目を丸くし、好意的な笑みを浮かべた。ここは安全よ"
私は弱々しい笑みを浮かべて、ベッドを後にした。
午後は、仕事を受け、鍛冶をし、溶岩の凝縮結晶を稼ぎ、ベアトリスに料理を教えるという繰り返しの日課に移行した。
しかし、悪夢の名残が私にまとわりつき、あらゆる交流に影を落としていた。
鍛冶場では、ハンマーを叩くたびに、夢に出てきた少年の冷ややかな声が響いてくるようだった。
かつては私に安らぎをもたらしてくれたモルドゥーンの賑やかな通りも、今では囁き声がこだまする迷路のように感じられた。
その晩、ベアトリスに料理を教えている間、私の視線はたびたび地平線のほうに流れた。
リリスはそれに気づき、彼女の鋭い目が私の遠い視線をとらえた。
「夢は単なる悪夢ではないかもしれない。メッセージかもしれないし、記憶がよみがえろうとしているのかもしれない。
ベアトリスは嘲笑した。あなたたち人間にもあるでしょ」。
「私も溶岩を噴出する巨大な鶏の夢を見たことがある。硫黄パイの食べ過ぎで消化不良になっただけだったんだけどね」。彼女は続けた。
「あなたが次の魔王になったら、この次元が心配だわ......」と私はつぶやいた。私はつぶやいた。
ベアトリスは口を尖らせた。
"そうは思わないわ" 私は心の中でささやいた。
その夜、食事を共にした後、私は心の整理をつけるために一人で外出することにした。
ベアトリスとリリスは、日が暮れてからモルドゥーンをうろつくのはよくないと忠告してくれたが、ずっと暗かった。
突然、世界が歪んで見えた。気のせいだろうか。
囁き声が聞こえた。
由美子...」。どうして忘れてしまったの?
止まらない。どんなに無視しようとしても止まらない。
"由美子... どうしてそんなにがっかりさせるの?"
私はめまいを感じ、頭がズキズキしてきた。
突然、地面が熱くなり、地鳴りのような音が激しくなった。血も凍るような恐ろしい遠吠えが響き渡り、私は恍惚状態から抜け出した。
その音のした方をちらりと見ると、恐ろしい光景が目に飛び込んできた。毛皮に炎を宿し、悪意に輝く目をした巨大な獣が、赤い炎の跡を残しながら街を暴れまわっていたのだ。
彼らは行く先々で大混乱と破壊を引き起こした。
最初の遠吠えが空中に響き渡ると、私の心臓はパニックに陥った。地面が足元で震え、世界が歪んだように見えた。
影が長くなり、不気味な深紅の光が魂の石の道にグロテスクな形を投げかけた。
声を出す間もなく、私は痛みに焼かれながら地面に倒れこんだ。すべてが闇に包まれる前に......。
***
「情けない...」。
囁きがまた始まった...。
"お前は本当に哀れだ..."
彼らの嘲笑が耳に響いた。
私は目を開けた。私はベッドの中にはいなかった。モルドゥーンにもいなかった。どこまでも続く白い深淵の中にいた。
非常に濃い霧が立ちこめ、地面は灰色のマルチで覆われ、枯れた灰色の木々が空虚の中にまばらに生えていた。
突然、記憶の猛攻撃が押し寄せてきた。それに伴う痛みは強烈で、まるで私の心を突き刺す矢のようだった。まるで人生のすべての瞬間を一度に追体験しているかのようだった。
"神様! この痛みは一瞬でも消えてくれませんか!" 私は叫んだ。
痛みが、驚くことに、正確に1秒だけ跡形もなく消えたのだ。
ビジョンが押し寄せ、記憶の奔流が私の感覚を圧倒した。
晴れた日の公園で、黒くて長い髪の少年と一緒にいた。太陽は空に明るく輝き、その光は暖かく明るかった。
彼は笑いながら、メロディアスな声で遊び場に向かって駆けていった。ブランコがリズミカルに動き、子供たちが歓声を上げた。
私は脇に立ち、周囲の音の不協和音が遠く、くぐもったように感じられ、ただ無表情で彼を見ていた。
なぜこんなにも距離を感じたのだろう。
焼きたてのパンとジャムの香りが漂う中、私たち家族はピクニックブランケットに座り、面白くもないジョークで笑っていた。
しかし、私は黒髪の少年に集中していた。彼はいたずらっぽくウィンクをしながら、私の皿からイチゴを取り上げた。私は笑うどころか、奇妙な憤りを感じた。
嫉妬だろうか。私だけが彼の狂気を感じ取ることができたからだろうか。
殺されたペットを取り囲む群衆、血に染まったキッチン、私の手に握られた血まみれのナイフ、そして漆黒の虚空の中にあった見覚えのある顔、私の兄。
私はすべてを思い出した...。
***
私はまばたきをした。私はモルドゥーンの診療所にいて、リリス、ベアトリス、イグナス、ゴードンが私を取り囲んでいた。でも、もう周りに人がいる喜びは感じなかった。
どうせみんな偽物だ。みんな、ページの上の言葉の束に過ぎなかった。
性格も変わったように感じた。
リリスが心配そうに近づいてきた。「由美子、大丈夫?
私は、気持ちが離れていくのを感じた。"大丈夫?これはただの...言葉じゃないの?"
混乱したベアトリスが言った。怖いわ"
「悪魔の血ってどんな味?かろうじて聞き取れる声だったが、不吉なニュアンスが漂っていた。
リリスとベアトリスは心配そうに視線を交わし、雰囲気は急に緊張に包まれた。
イグナスは一歩後ろに下がり、その目には恐怖の色が浮かんでいた。
「なぜ、そんなことを聞く?リリスの声はわずかに震えていた。
私の視線は彼らを貫くようで、瞬きもせず、かつて彼らが知っていた温もりもない。
静寂が部屋に重く漂い、一秒一秒が永遠のように感じられた。
ベアトリスが一歩前に進み出た。その目には、戸惑いと心配が入り混じっていた。
「由美子...。何があったの?" 彼女は心配と恐怖に満ちた声で尋ねた。
「どういうこと?全然平気よ" 私はそう答えた。ベアトリスの目には傷ついているのが見えた。でも、それは妙に納得のいくものだった。
"由美子、気を取り直して!" ベアトリスの声が靄を切り裂き、戸惑いを超越した心配が伝わってきた。
彼女の様子を見る限り、このようなことは初めてではないようだ。
ベアトリスは私の手に手を伸ばし、その感触が私をわずかに揺さぶった。
しかし、彼女の指が私の指に触れた瞬間、私の背筋が震えた。かつては心地よく抱きしめてくれた彼女の温もりが、今は遠い感覚に感じられた。
周囲の世界が非現実的に思え、まるで不吉な幻影の中に閉じ込められているかのようだった。
「これはユキオのゲームのひとつだ。勝つしかない。
ベアトリスは困惑と心配の入り混じった表情で、近づいてきた。
「由美子... ユキオって誰?"
"勝つためには味方が必要なの。でも、ユキオのことだから、私にチャンスを与えて、すぐにそれを潰すだろう......」。私は内心考えた。
不吉なオレンジ色の光を放つ言葉が、医務室の木の壁に刻まれ始めた。
「自分で思い出すこともできなかったのか?
「哀れなほど弱い
メッセージは悪意を持って脈打ち、私の存在そのものをあざ笑うかのように断続的に点滅した。
「由美子、少し休んだ方がいい。リリスはそう判断した。
"ユキオが私の一挙手一投足を見張っているのに、どうして私が休まなければならないの?"と、私は彼らにというより、自分自身にささやいた。
"ああ、まだここにいるんだ......" 私は気づいた。
私はベアトリスから手を離し、窓の外の薄暗いモルドゥーンの街を見つめた。
「本当の地獄が始まるまで、そう長くはかからないだろう......」。