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一話

 テレビの音声から聞こえてくる批評家の言葉を思い出す。

 「人を傷つけるってことはですね、自分を傷つけるってことなんですよ。いつか巡り巡ってそれは返ってくるんです」

 当時の私は「何言ってんだろこのおばさん?」くらいにしか思ってなかったし、なんならこの瞬間が来るまでもそれは変わってはなかった。

 でも今はその言葉が酷くうっとおしい。

 あぁ、言う通りだと思う。ご尤もだと思う。因果応報、そんなありきたりな言葉を信じずにはいられなかった。

 赤。綺麗な赤。鼻にこべりつく鉄の匂い。舌に感じる粘り気と苦味。

 現実だ。紛れもない現実だ。目の前に流れる血も、それを見て思考が飛んでる自分も。それを俯瞰してるよくわからないこの感覚も。

 落ちていく体と骨と肉がぶつかる音が私を動かす。

 こんなことになるなら出会わなければ良かったのに。そんなありきたりなフレーズが頭に巡った。



 突然だが私達の街にはヒーローがいる。消防士?警察官?確かに彼等もヒーローだけど、彼等は瓦礫の山を肉体一つで片付けたり、ビルの間を飛び回ったり、強盗犯を傷つけることなく制圧できるかな?

 絶対に無理だ。でも、そんな馬鹿げたことをやってのけるヒーローがこの街にはいるんだ。顔を隠して、ダッサイマントとスーツを着たアメコミみたいなやつ。

 そんなやつに私達の街は守られてる。そいつにかかれば災害も、犯罪者も、はたまたテロリストだってアリンコと変わらない。

 自慢の腕力で持ち上げ、銃弾を弾く鉄の体で受け止めるだけ。人質?そんなものがいるときには何よりも早く助けるだけさ。犯罪者が傷つけるよりも何倍も早くね。

 まさに正義の味方、この世界のヒーロー。加えて無償の正体不明。

 重ねて言おう。この街にはヒーローがいる。警察や消防士、果ては自衛官よりも優れたヒーローが。

 私はそんなヒーローが…



 「だいっきらい!」

 私の言葉を受けて目をキョロキョロとするのは親友のユキ。長い髪、それをまとめてひとつ結びにした姿は男子のアイドルだ。

 「あんたさぁ…いい加減テレビのニュースに噛みつくのやめな?ぶっちゃけ電気屋のテレビに吠えるJKとかないわ」

 ユキの目が私を嗜める。この子の目はキッと擬音がつくぐらい吊り上がるため正直怖い。悪いのは私だが。

 「ごめんよぉ〜つい反射で」

 「あんたが嫌いなのはよーっく、それこそこの4年間!たっぷり聞いたから。」

 ため息をつきながらユキは私の頭を弾いた。彼女の指は長い。背中の筋肉と長い指を惜しみなく使った攻撃は普通に痛い。

 「私が悪いにしてもしばくな!親友だろ!」

 「こっちが良かった?」

 そういってひらひらと振る手は拳だ。あれはいかん。命に関わる。なんなら花の女子高生生命が終わりを告げる。

 「すみませんでした!」

 「ならよし。しっかしあんたのソレ、どうにかなんない?」

 「生理的に無理」

 「さいでっか」

 テレビから流れる音声が活躍を映す。トラックに轢かれそうな子供を救助。ありがたい話だ。今どきはこんな心臓に悪い映像も取れるくらい人の目はが発達してるらしい。

 「正直さ、私も彼がやってることは正しいと思うよ」

 「うん?」

 ユキがこっちに目を向ける。二人してテレビに釘付けだった。

 「彼が現れてからというもの、この街はずっと平和だよ。テレビの映像にしてもそう。小さなことだって助けに来る。でもさ気に食わない」

 街は腑抜け、人の活力が消えてる。気にしすぎ?そうじゃあない。確かに街は平和そのもの。

 でも事件自体はずっと増えてる。理由?そんなものはわかんない。でも確かに増えてる。

 目がギラついたやつは増えたし、私の仕事もずっと増えた。それが何よりの証拠。統計なんかよりずっとあてになる。

 「この人助けしてさも当然ですからっていう爽やかさ?それが気に食わない」

 この正体不明のヒーロー様は名前はおろか、出身地、好きな女のタイプそういった情報すらないのだ。

 ただトラブルの前に顔を出してさっそうと解決していく。テレビ側から話しかけたことも当然あった。一時は行政が彼とコンタクトを取ろうとしたこともあった。でも全部不発。助けた人から物を受け取ったこともないらしい。

 完全な慈善事業。ボランティア。

 「普通の人はそれを好ましいと思うんですよ。ハルさん?」

 「知ってる。でも無理なものは無理なのです。女子高生なのでね。ユキさん」

 「言い訳に使うな!」

 二人してバカ笑いだ。

 「さ、立ち話も止めて事務所に行きますか!お仕事が待ってるぜ!」

 「急に叫んだのは誰だったかね…」

 呆れる親友の声を無視して足取り軽く、事務所に向かう。ヒーロー様が頑張っても取りこぼしはあるものなのだ。

 


 私達の事務所は所謂花街、色街と表現したほうがいいのかな?夜の街の細路地にある。元々は先代であるおじいちゃんがソープのお姉様に惚れ込まれてここのビルの一室を買ったらしい。女好き極まれりだ。仕事終わりに走るのにもちょうど良かったらしい。

 「…私的にはいい加減引っ越しを提案したいんだけど?」

 「家賃がない今の状況を手放すって?経済的じゃないねーユキは」

 時間は夕方。綺羅びやかなお姉様、お兄様、まだまだ素面なサラリーマン、そっち系のお方。バラエティにこそ富んではいるが秩序は保たれている。今はまだ。

 「さて!そうこう言ってる間に着きましたよ。今日のお仕事はなーにがあるかなぁ?」

 ポストを開ける。手袋を着けて一個ずつ手紙を取り出す。

 「鍵」

 ユキの催促に鍵を投げて返す。

 「看板!出しといて!」

 子供の頃からの付き合いだ。返事すらない、この距離感が心地良い。

 事務所のドアの前にブラックボードがかかる。開店の時間だ。



 「で、ハルさんや今日のお仕事は?」

 「昨日あら方片付けたからねぇ。ぶっちゃけると今日はそんなに、お、あぶねぇカミソリ。」

 花の女子高生にカミソリ仕込むとは太いやつもいたものです。恨まれてますなぁ。

 「いつも思うけどその律儀に手紙開けるのやめない?そのうち怪我するよ?」

 「恨まれてるのは私じゃなく、荒事担当の誰かさんかと思うんですがねぇ…」

 「茶化すな!」

 なんか吠えてるが無視。変えないほうが良いことも世の中には多分としてあるのだ。

 「ピーンポーン」

 チャイムの音が響く。カメラに映るのは男。

 「サラリーマンにしちゃ目がよろしくない」

 「ヤクザなら無視」

 「だねぇ」

 ユキに返した言葉とは逆に私は玄関を開ける。尖った靴、ピンっとしたスーツを着ててもそっち系っていうのはよく分かる。でも今回はなにか違う。

 「おい!」

 「いらっしゃい。いかがされました?」

 相棒には悪いけどあの腹立つヒーロー様にポリシーがあるように私にもポリシーがあるのだ。 

 「ここがトラブルを解決する何でも屋か?」

 「えぇ。そうです。創業から50年以上の老舗ですよ?」

 訝しむスーツおじさん。じっとこちらを見る目は私を怪しむ。あぁ、真っ当な人だ。

 「店主は?」

 「私が店主です」

 「…嘘を言うにしては堂に入ってるな」

 「真実ですから」

 ますます鋭くなる目、これだからこの仕事は止められない。明らかになにかある。表では出てこない特ネタだ。

 「さぁどうぞ、おかけください。助けられることは助けますよ。お金は取りますけどね」

 めいいっぱいの可愛らしい声と共にソファに通す。

お仕事の時間だ。


 

 

 


  

 

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