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ギガントアームズ ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~

作者: MUMU



「コール、これは星皇軍せいおうぐん救難信号、付近の部隊は応答されたし、認識番号は……」


応答はない。この惑星への大気圏突入の際にアンテナがいかれたか、あるいは超光速通信を受信できる施設が数十光日の範囲にないかだ。


レクチャーによれば、僕たち兵士は遭難の際にはその場を動いてはいけない。機動兵器ベーシックの中で休息を取りつつ、青旗連合ブルーフラッグとの接触を避けねばならない。


「……といっても、もう呼びかけ続けて240時間……。信じがたいけど、半径1光年の範囲で超光速文明圏シグナルエリアが存在しないってことか……?」


そんな空間が星皇銀河に存在するはずがない。これも信じがたいけど、この惑星は外宇宙にあるのだろうか。


「ストリングシフト兵器……噂には聞いてたけど本当にあるのか。それを食らってしまったってことか……」


コクピット内に異音。胃の幽門が開いて胃液が小腸へと流れ込む音だ。水洗トイレを流すときの音に似ている。


「さて、カロリーバーは尽きた……造水システムは生きているが、これ以上の機内待機は生命活動に支障が出ると判断……」


すでに大気組成の分析は終えている。幸運なことに生存可能惑星だ。


「ナオ=マーズ少尉、船外活動を開始する」





極相に達した森は歩きやすく、重力、気圧とも快適。悪臭や不快な生物などもない。リラクシーヴィジョンで見るような美しい森だ。


僕は誰もいない空中に命令を投げる。


「空気中の水分、流水音などを調査。水場を探せ」


パイロットスーツのAIは機動兵器ベーシックのそれと連動している。僕の視覚野に青い柱のようなものが出現した。水場を示すアイコンだ。ついでに音も拡大されて届く。


「これは……滝の音だな、採取しやすい水ならいいけど」


やがて木立を抜け、滝の水音と飛沫が顔を打つ。


落差15メートルほどの立派な滝だ。滝壺があり、そこから扇状の範囲が浅瀬になっていて、そこで水浴びをしている人物……。


「……え」


それは女性だ。膝丈の水に立って、手で水をすくって体を磨いている。


「な、人が……そんな、文明圏じゃないはず」


はっと、その子が振り向く。滝の音で気づくのが遅れたのか。

なぜかその子は目隠しをしている。黒字に金の刺繍で模様の描かれた布だ。それ以外は糸ひとすじも纏っていない。


「――」


何かを言う。おかしいな、翻訳されない。


「ちょっと待ってくれ、僕は星皇軍第六旅団所属の軍人だ。このあたりに通信機はないか、あるなら借りたい」

「――」


目隠しをした子はこちらを向いて何かを話している。銀の鈴にも似た軽やかな声。語彙数は多く感じる。美しい顔立ちに銀色の髪、頭髪以外に体毛はほとんどない。やはり知的生物なのか?


そしてなぜ! 裸なのに視覚野のプライベート・セーフが作動しないんだ!?


くそ、スーツがいかれたのか? 軍人である僕にはタブーな行動だが、僕は少女から目をそらして話す。


「すまない! プライベート・セーフが作動してない、君から申請して作動させてくれ、いやその前に何か着てくれ!」


ばしゃ、と水場を駆ける音。

その子が僕にしがみつく。


「え……」


彼女が青旗連合ブルーフラッグのゲリラだったら、そんな可能性は頭から吹き飛んでいた。彼女の歳は僕より少し若く、15か16だろか。体はじわりと熱を持っており、猫のように柔らかい。何かをずっと喋り続けているが、そこにはどこか必死さのようなものがある。


「――への、――示すため――私の――」


自動翻訳機能が作動しだした。単語数が溜まってきたので推論翻訳が機能しているのだ。


「落ち着いて……ゆっくり話してくれ」


僕は彼女を引き離し、少し膝をかがめて目線を同じくする。


「少し話せば言葉が通じるようになってくるはず……まず名前を名乗ろう。僕は星皇軍少尉のナオ、ナオ=マーズだ」

「ナオ?」

「そうだ、名前、分かるかな、君の名前は」

「――、――名前、――シール」


シールか。語彙分析によると「固有名詞」と推論されてる、たぶん彼女の名前だろう。


「シール、僕たちの会話を翻訳機にかけてる。いろいろ話してみてくれ。語彙が500も貯まれば少しは意思の疎通ができるはず」

「――、――ナオ――」

「その前に……お願いだから何か着てくれ」





それから数十分。

僕たちは土の道を歩いていた。シールが村に案内してくれるそうだ。


「そうか、やっぱり星皇軍のことを知らないのか」

「はい、申し訳ありません」


信じられないが、ここは人類の文明圏の外側。つまり異なる銀河まで飛ばされたことになる。


「ストリングシフト兵器か……恐ろしいな。広大な宇宙の中で地球型惑星の近くに飛ばされたことがせめてもの幸運か」

「ナオ様は迷い人だったのですね……」


シールは白いワンピースを腰のあたりで縛った簡素な服装。それなりに文明レベルが高く思える。ベーシックの修理ができる設備があればいいけど。


「村まではどのぐらい?」

「歩いて一時間ほどです」

「君は……一人でそんな距離を?」


シールはずっと目隠しを付けている。黒字の布は光を透かすようには見えない。彼女は柄頭に鈴がついた杖を突いていて、一歩ごとにその鈴をしゃりんと鳴らしながら歩く。


「はい、毎日の沐浴もくよくは巫女の務めですから」

「巫女ね……」


AIのデータベースにアクセス。宗教的儀式の執行者の中で女性を指す言葉。あるいは宗教的施設の中で働く女性のこと。

他にもつらつらと説明が並ぶ。僕はまばたきをしてそれらを閉じる。かなり古い概念であり、少し理解が難しい。


それよりも彼女が平然と歩けていることを驚くべきか。ざくざくと土の道を突きながら、道のカーブに沿って歩いている。


「君は眼球以外の視覚デバイスを使っているのか? それとも衛星を使ってミリ単位の位置データを獲得している?」

「はい……?」

「ええと……失礼だが完全な全盲なのか? それとも少しは見えるのか?」

「まったく見えません。光は失っています」


ではなぜ歩けるんだ……?

AIによる推測。なるほど杖の鈴か。鈴の音が両脇の立ち木に跳ね返る音で位置を推測……。あるいは風の音で周囲の地形を確認している……聴覚が発達してるんだな。


「生体ゲルで治せばいいのに……いや、そうか、無いんだな。原生生物保護法に引っかかるからそのことは伝えないようにしないと……」

「そろそろ私の村です」


シールが言う。まさにその時、道の果てに建物が現れたところだった。丸木小屋のような立派な建物で……。


「……これは何だ?」


僕は見上げる。村の入り口から百歩ほどの場所。巨大な剣のような物体がある。


「はい、巨人族ザウエルの剣です」


それは高さ7メートルほど。白くすべすべとした石の剣。同じく石製の台座があり、それに突き刺さってるように見える。


「巨人族?」

「はい、偉大な力を持った方々だったそうです。人々の祈りを受けて降り立ち、人々に知恵や技術を与え、時には自ら剣を振るって人々を守ったと伝えられます」


AIによる推測、なるほどこれも宗教か。巨人というモチーフは上古の時代には星皇銀河にも見られた……まあ大きい人間は偉大だというシンプルな発想だな。


「数千年前、世に悪しき竜の跋扈せし時代のことです。その時からこの村を見守っているのです」

「……数千年? 見たところただの石材に見えるが、とてもそんな古いものには……それにリュウというのは何のことかな」

「竜は悪しき存在です。竜使いに支配される竜もいますが、この村にも時々、はぐれ竜が……」


があん、と金属質の重低音が鳴り響く。

急な音だったためにスーツが音紋を分析。今のは金属板を木製のハンマーで殴りつけた音だ。

なぜそんなことを? まさか敵襲警報バルドコールのようなものか? 村の住人に警戒を走らせるための音?


「はぐれ竜が出たぞー!!」


女性の声。音とともに木戸が閉まる音が連続する。シールが声のほうに駆け出す。


「あっ、待って!」


があん、と金属音は連続している。悲鳴や金切り声、そして地響きの音。


「シール! 戻ったか!」

「村長様……村に竜が出たのですか」

「いま毒餌どくえを用意している、だがコルカナとエイミが……」


シールに追い付く。

二十軒ほどの木造建築が集まった小さな集落。周囲は身の丈ほどの塀で囲まれている。


そして見た。村の中に巨大な何かがいる。


大きさは20トン級の輸送車ほど。膨らんだ胴体に無数の鱗。印象としてはセンザンコウかアルマジロに近いか。


そいつは鼻っ柱を建物の一つに突っこんでいる。建物はギシギシと悲鳴を上げ、中から女の子の悲鳴が。


「あれは……まさか恐竜? 大型の爬虫類? この星の原生生物か」


襲っているのは窓のない箱状の建物。ごふうと空気を吐き出す音や、激しく首を動かして入り口を押し広げんとする気配がある。


「メリオ! 中に子供がいるの!?」

「そうみたい、二人が咄嗟に倉庫に逃げて……」


子供が……。


「ナオ様、ここにいてください」

「え……」


シールは僕を置いて村の中央へと走り、持っていた鈴付きの杖で地面を打ち据える。


「なっ……」


あの原生生物の気を引く気か。無茶な、もし首を抜いて君を見つけたら……。


「くそっ……武装。個人兵装はナイフだけか」


「シールやめて! いま毒餌を持ってくるから!」

「間に合わない! 少しでもこっちに気を向けないと!」


どうする――。


僕の視界野に文字列が浮かぶ。

未登録文明への接触は軍務遂行のため仕方ない。だが原生生物のうち大型獣の殺害は違法だ。生態系にどんな影響があるか分からない。それに僕は異邦人であり、この星に必要以上に干渉するわけには。


竜が荒ぶる。地面を打つ鈴の音が響く。

ある瞬間、竜は動きを止めてその首を抜く。鰐とトカゲの中間のような口から多数の牙がはみ出し、それが唾液を垂らし――。


「来い! ベーシックE-2876!」


どがあん、と強烈な爆発音が山々に響く。ベーシックの自己射出によるものだ。脚部の薬圧サスペンションを全開にし、重量2.4トン。体高8.8メートルの体を2キロほど飛ばす。


そして来る。スラスターをふかしつつ村の空き地に、手足のサスペンションを利用して四つ足での着地。もうもうと砂塵が舞い上がる。


村人たちが仰ぎ見る、それは白い巨人。

人間の肉体を模してはいるが、全体的に四肢が太くずんぐりとした体形。各種センサーを内蔵している頭部はさらに大きくアンバランスな印象だが、すべての武装が剥がれている状態だから仕方ない。大気圏突入の際にほとんどの火器を離断パージしたし、追加装甲も根こそぎ剥がれてしまったのだ。


それはまるで白いマネキンのような、人間のデフォルメのような姿に見えただろうか。


僕は開いた胸部から乗り込む。ハッチが閉まり、シートに腰を下ろすと同時に全画面モニターが展開。空に浮く椅子に座っている心境。


竜が吼える。およそ生物の声とは思えない重低音。村を囲む森がおぞけのように震える。


「駆動限界……128秒か、Cエナジーがまるで溜まってないが……」


竜が迫る。大地を踏み鳴らし腹で地面をこすり、その太い体の先には細身の頭部、それで僕に噛みつかんとする。


「なめるなよ、しょせん生物だろうが……」


僕は右腕を真上に。重量にして120キロ以上の拳を握る。


竜が食らいつく。その重量でベーシックを押し倒さんとする刹那。全身の駆動系を連動させた拳が竜の背中に突き刺さる。


どおん、と肉の奥まで響く衝撃。コンクリートのビルすら一撃で破壊するだろう。


竜は全身を硬直、そして首がだらんと弛緩するかに見えて。

その全身から力が抜け、どうと横倒しになる。ベーシックの全身から排気が。


そして住人たちから、歓喜の声が上がった。





「まことに有り難いことです、村人全員を代表してお礼申し上げます」


村長と名乗る人物はかなりの高齢。白い髭を胸にまで垂らした人物だった。背は曲がっており、かなり小柄、村の女性を数人従えて僕にひざまづく。


「なりゆきなんです。あまり気にしないで」

「あなたはもしや、伝説の巨人族ザウエルの御使いでは」


声が震えている。畏敬の念と恐怖が半々という印象だ。無理もない。見たところ彼らの文明には電気すら見られない。機動兵器なんて見たこともないだろう。


「違います。その……あなたたちの知らない遠くの国の兵士です」

「あ、あの石の巨人を術で従者とされているのでは?」

「術? いや、そんなものじゃないけど」


日は暮れている。あのあと竜が壊した柵を村人たちで直し、逃げるときにケガをした人たちを手当てして、村の周りにぐるりと罠を張り直したのだ。ベーシックはCエナジーの不足のため手伝えなかった。


「すまないが補給をしたいんだ。食料と水と、あるだけの工具を……あと適当な金属片があれば」

「おお、食料ですか、ではこれより祭りを行います。竜を供しますので、召し上がられるとよろしいでしょう」

「竜を……」


そして村の中央に篝火台が置かれ、30人ほどの村人が周りを囲む。まだ点火されてはいないが、村のあちこちにある小さな篝火によって暗くはない。


「どうぞナオ様、この村で作っております果実酒です」

「あ、ありがとう」

「ナオ様、ナッツとビノン葉の焼き菓子です」


なぜだろう、この村にいるのは女性ばかりだ。

ここは狩猟の村で、男は狩りに出ているのかとも思っていたが、どうもそうでもないらしい。

女性たちは簡素な麻布の衣服だが、虹色にも見える鮮やかな布を肩や腰に巻いている。それは彼らなりのお洒落であるらしい。花輪を首にかけたり、金属の飾り物を髪にさしている女性もいる。


「ナオ様」


シールがやってきた。眼が見えないはずなのに、すっと僕のそばに座る。


「これより竜の肉を分け合います。最初の一皿はぜひナオ様に」

「あ、ああ……そうしてほしいなら」


篝火台のそばに厚手の板が置かれ、その上に首から上だけになった竜が運ばれてきた。

村長が板に上がる、彼は装飾のある短剣を持っていた。この村に男性は村長だけなのだろうか。男女比が極端に偏った種族なのかな。


何やらしわがれた声が流れる。すでにだいぶ語彙は収集したがうまく翻訳されない。普段の言語と類似性はあるが、かなり古い言い回しのようだ。


シールが移動し、村長のそばにひざまづく。両手を組み合わせ、一心に何かに祈るような構え。


「ヴァグラン・エル・ソルズレイ」


村長の言葉、語彙が少しづつ翻訳される。すべての……竜を殺す……光?


短剣を竜の頭に突き立てる。短剣はその頑丈そうな竜の頭部にするりと入り込み、下まで抜ける。女性たちが竜の頭を持つと、果たしてそれは左右にぱっくりと割れた。

すると周りの女性たちからおおという歓声が上がり、全員がシールと同じように祈る構えとなる。頭を地面につくほど倒している人もいる。


「……今のは?」

「ありがたいことです……巨人の残したまじないの光でございます」

「どのような堅固な鱗もするりと斬り裂く光なのです」


村長は今度は松明を用意する。あかあかと燃える炎だ。


「ゼルド・アシュ・ヴァーニス」


今のも古い言葉のようだ、彼らの言語との類似性で判断すると……「わざわいの炎を盾で防ぐ」となるのかな。


村長が松明に手を突っ込む。炎の中で揺らめくしわだらけの手。数秒後に引き抜くが火傷はない。女性たちから感嘆の声があがる。

村長は篝火台にその松明を投じた。


ごう、と立ち上がる炎。村の中央から光がぱあっと広がり、すべての建物を照らし出す。


「……」

「ナオ様、最初のひとかけをどうぞ」


シールが持ってきてくれる。この篝火のはぜる音と、祭りの賑わいの中でよく僕を見つけられるものだと感心しながら、ミディアムな肉片を一つまみ。


「……うん、美味しいよ」


培養肉プロパーミートではない天然の肉か。味わい深くて滋養がある気がする。いちおうパイロットスーツの機能を使って毒物チェックはするけど。


「よかった」


シールの艶やかな口元が花のように笑う。その金刺繍の入った目隠しは闇色であり、夜の中でさらに黒みを増すかに思える。口元と小ぶりの鼻がわずかに見えるだけだが、彼女は美しかった。他の村人もみな礼儀正しくて優しげだけど、彼女にはそれ以上の魅力が感じられた。


これは何だろう。彼女の笑顔にはもっとずっと奥深い意味があるような。彼女の整った美しい顔にはもっともっと深い理解が必要な気がする。淡い笑顔の中に数多くの言葉がある。僕の意識は彼女への興味に埋没していきそうに……。


「ナオ様……?」

「あ、いや、何でもない」


ほんの数秒、ありえないほど彼女の顔を凝視してしまった。自分でも不思議な感情だった。


「ナオ様、どうかこの村をお守りいただけますか」

「ずっと、とは約束できないけど……まあ、逗留している間は」

「よかった」


シールは心底ほっとしたように胸をなでおろす。


……ずっといるわけにはいかない。僕は星皇軍の軍人として、戦場に戻るすべを探さなければ。

ここは超光速文明圏シグナルエリアの外なのだから。

僕が立ち入っていい場所ではないのだから……。





僕は数日の間、シールの村に滞在していた。


「そうですか、男は戦争に出ていると……」

「ええ、その通りです」


村長の名はカンヴァス。彼は80年近く生きていて、彼らの平均寿命を大きく超えるらしい。この村で唯一の男性だ。

腰には竜の頭を割ったあの短剣を下げており、腰は曲がっているが、話す言葉はしっかりとしている。

村長の家は村の一番奥にあり、やや重厚な木材が使われた高床式の家だ。僕は何度か村長の家に招かれて歓待を受けた。


「竜使いたちの王、竜皇りゅうこう陛下の御下みもとにて、悪しき竜たちを従える戦いに出ているのです」

「竜……あの巨大な生物ですね」


内装は色鮮やかな織物や、丁寧な造りの小物棚。家具はそのぐらいでシンプルな印象。

窓のそばには、ひと抱えほどの鳥かごが下げられていた。中は空だ。それが風に揺れ、室内に複雑な影を落としている。


「……鳥かご、インテリアかな」

「ナオ様のおかげで肉を無駄にせず竜を得られました。この村はしばらく飢えを遠ざけることでしょう」

「どうも……」


あの竜は重量が4トン以上あった。僕も解体を見学したが、金属のような骨、石版のような鱗、そして筋繊維は荒縄のように固い。


取れる肉は300キロほどだ。内臓に近い部位には毒性があり、手足の肉は硬すぎて食べられない。大半は捨てるしかないのだという。


「でも……男をすべて戦いに送るというのは……村にだって働き手が必要でしょうに」

「詮無きことです。我々はせめて、男のいない間の村をしっかりと守らねば」


僕はベーシックを修理する傍ら、必要に応じて村人から物資の援助を受けた。食料や水に加えて補修用の金属片、道具類などだ。


この村の女性たちはみなよく働く。木をり倒して炭を焼き、畑を耕し、そして野良の竜を駆除する。


狩りは毒餌だ。何かのキノコを混ぜたひき肉を焼き固め、竜に食わせる。竜はしばらく森を歩き回ったのちに昏睡に落ち、戦士が槍で心臓を突く。

毒餌を食べた竜は食べられる部分がさらに少なくなるが、それでも解体の儀式を行い、頭部の希少な肉を僕と村長らで最初に食べる。


「みんな熱心に竜を狩るんだね……怖くないの」


そう聞くと、村の女性はにこやかに笑って答える。


「はい、竜皇様の勅令ですから」

「いざとなれば村長様のまじないがございます。滅竜の光を受けた短剣、あれこそ偉大なる巨人の力なのです」

「そうなんだ……」


男性のいないその村に不自然さを感じることもあったけど、僕は何も言わない。

深入りしすぎてはいけない。僕の関わることではないのだから。


「よし……装弾装置の修復完了、排莢部分もよし……あと何かあったかな、技術マニュアルを」


僕はベーシックの修理を進める。星皇軍の技術マニュアルは実に気がきいている。焼きごてとハンマー、それに鉛くずでもそれなりの修理ができるのだから。

まずは最低限の武装だ、敵勢力と接触しないとも限らない。チェーンガンだけでも直さないと……。


「ナオ様、お食事をお持ちしました」


森の中で作業をしていると、シールが食事を届けてくれた。僕は溶接の手を止めて機体を降りる。


「ありがとう、でも危ないからここまで来なくてもいいよ。食料を求めるときは僕が村に行くから」

「少しでもナオ様の助けになりたいのです」


シールは機体を見上げる。見えてはいないはずだが、風が機体を取り巻く音で大きさを感じるのだろうか。


「この巨人は……からくり仕掛けの人形、なのでしたね」

「そうだね、まあ広義で言えばね……」


多環境戦闘用機動兵器『ベーシック』


星皇軍にて広く使用されている機体だ。その驚くべき汎用性と拡張スロットの多さ。あらゆる使用状況を受け入れるタフネスにより名機と呼ばれている。しかしほとんどの装備を剥がしているので、外見は衝突実験用のダミー人形のようだ。頭部だけはカメラアイを二つ備え、顔っぽく造形されている。

昔は首がなかった時代もあるそうだが、市民から軍人から、あるいは司令官レベルからも不評だったために顔がついたのだとか。


シールはまだ機体を見ている。僕は少し気になって問いかける。


「何か気になる?」

「いえ、巨人ザウエルの伝説に思いを馳せておりました」


例の……村の入り口にあった剣のことか。


「思うのですが……あの剣はこちらの巨人になら扱えるのではないでしょうか」

「そうだね、まあサイズ的にはね」


あの剣は機体の体高より少し短い程度、僕の身長に換算すれば150センチほど。人間なら扱えないサイズだが、土木作業もこなすベーシックなら持てなくはない。


だがあまり意味はない。あの剣が花崗岩のような岩であることは分かっている。剣として振り回せばすぐに粉々に砕けるだろう。


「数千年前よりこの村に伝わっている剣です。きっと、ナオ様に見つけてもらうために存在していたんです」


あの剣はそんなに古いものじゃない。劣化がほとんどなかった。


「君は……その、君というか、この村の人達は巨人の伝説に親しんでるんだね」

「はい、もちろんです。あの巨剣だけでなく、村長様の受け継いでいる短剣や、まじないの言葉もあります。巨人がこの世界に降り立った証拠です」

「……」


彼女は少しだけ口調が強くなっている。むきになっているのだろうか。僕が巨人伝説を信じていないことを察しているのだろうか。


彼女の無垢な気持ちを傷つけたくはない。話を合わせるべきだろう。


「そうだね……きっと巨人は本当にいたんだよ。君たちにまじないの言葉と奇跡の武器を与えた」

「はい」


そのまま、見つめ合う気配。

僕とシールの間を言語化されない意志が行き交う。僕は彼女から目が離せず、彼女もじっと僕を見つめるかに思える。そんなはずはないのに。

時間の流れが引き伸ばされるような感覚。その中で僕の指が無意識のうちに、彼女の肩を。


ばさばさ、と鳥が飛ぶ気配があって、僕ははっと離れる。シールも何かを察したのか、気恥ずかしそうに顔をそむけた。


「ああ、ええと、その、そうだシール、今日の沐浴はまだだろ、ベーシックで送るよ」

「いえ、そのようなお手を煩わせるわけには」

「いいから、そのぐらいさせてくれ、大丈夫、絶対見たりしないから」


ベーシックのコックピットは長期間待機も想定されているため、比較的広い。といっても二人乗りだと圧迫感はあるけど。シールの座る場所がないので、僕の膝に横座りになる。

全方位モニターの様子はシールには見えないけど、それでも何かを感じるのか、ほうぼうに首を動かしながら言う。


「すごいです、本当に飛んでいるんですね」

「そうだね、イオンスラスターは姿勢制御のためのもので、大気圏内で浮くためのものじゃないけど……」


残り少ないCエナジーが減っていく。まあいいか。女性をエスコートするのも軍人の務めだ、たぶん。


滝壺の浅瀬に到着。僕はシールを下ろし、全方位モニターをオフにして、機械しかないコックピットで待機する。


「シールか……おとなしい子だけど不思議な雰囲気があるよな。無垢というか……信仰心があついと言うべきか……あれが宗教の力なのかな」


特に声が魅力的だと感じる。会話ログを聞いてみたい欲に駆られるが、それは控えている。相手の会話を勝手に録音してるのも同じだからだ。

ログ習得は自動で行われるから仕方ないけど、再生はするまい。もちろん視覚ログも。


やることもないので機体のセルフチェックをする。

Cエナジーの残量は0.04%ほど。戦闘行動を行えば一分も持たないだろうが、救難信号を出し続けるだけなら半年はもつ。


「えっと、Cエナジーというのは一種のマクスウェルの悪魔であり、空間からエネルギーを取り出すんだったな……エナジーレインを浴びなくても少しずつ自然に貯まると聞いてたけど、ベーシックを星系脱出させられるほど貯まるかなあ……?」


まあいい、僕は修理完了した武装の確認。駆動系の最適化。夜間のうちに撮影しておいた天球画像から現在地の推測……何度もやってることだが、今日も繰り返す。やはりどの星もメモリーとの該当はない。


「……あれ? 遅いな」


すでに一時間は経っていた。沐浴はいつも30分ほどで終わるはずだ。


まさか転んで怪我でもしたのか。僕はベーシックを降り、念のために薄目でシールを探す。


彼女は滝壺の近くにいた。腰のあたりまで白く染まっている。全身をびじびしと打つ水しぶきの中にいる。


「シール……どうしたんだ、大丈夫か」


何か様子がおかしい。僕は水に入り、ざぶざぶと足の力で水をかき分けるように進んで彼女のそばに。


「シール、もう上がったほうがいい、体が冷えるよ」


肩を掴んで振り向かせて、僕ははっとなる。


彼女は震えていたから。唇を真っ青にして、水しぶきを浴びながら震えていた。

それは寒いからではなく、何かもっと大きな恐怖を押さえつけるような震えだった。熱暴走しかけているエンジンに水をかけるような。いまにも砕けそうな様子。


「どうしたんだ」

「ナオ様……私、あなたがいつか、この土地を去ってしまうのが怖くて」


そのように言う。彼女は僕の胸にそっと入り、囁き声で言う。


「せっかく出会えたけれど、あなたは巨人の御使いではないのですね。いつかはこの村を去ってしまう、どこか遠くの国からの稀人まれびとなのですね……」


……僕は。


「大丈夫、どこにも行かない」


僕は彼女を抱き返す。

その言葉は果たして誠実な言葉だろうか。もし救難信号が届いたら、青旗連合ブルーフラッグの連中が来たなら、僕は軍人に戻らねばならない。


だけど、今だけは。

今、シールをこの腕に抱き、彼女の震えを感じている今だけは。


「嬉しかったんだ……ベーシックで人を守れたと自覚できたことが。軍人としての僕はいつも乾いていた。命令はいつも些末なことで、命がけの戦闘でも相手の顔は見えなくて、星皇軍が勝ってるのか負けてるのかも分からない。そんな日々だった。この地では君たちの役に立てた。野良の竜を倒すとみんな喜んでくれた。それが嬉しかった。この村の……女性たちはみんな誠実だし、働き者だし、好ましい人間が多かった」

「ナオ様……」


彼女は泣いていたのかも知れない。

僕とそんなに離れがたかったのか。圧縮学習からすぐさま兵士になった僕は社会経験が乏しかったけど、それでも好意を受けることは嬉しかった。彼女ともっと深く知り合いたいと……。


「シール、一つお願いがあるんだ」

「お願い……何でしょう?」

「目隠しを取ってほしい。君は盲目のようだけど、もしかしたら僕が何とかできるかも知れない。それでなくても、僕は君の顔が見たい。君は見せたくないかも知れないけど、僕は君の本当の顔が見たい。君のすべてを愛したいんだ」

「ナオ様……」


彼女の震えは止まっていた。優しく僕に微笑みかけると、僕から数歩だけ距離をとる。水に反射して彼女の体に波紋が走る。光のドレスを着て笑う。


「どうか……驚かないでくださいね」

「ああ……決して」


そして彼女は、目隠しを取る。沐浴のために一糸まとわぬ姿だった彼女は、これで本当に生まれた、まま。


の――。


「……その、傷跡は」

「とても醜いですよね……お気を悪くしたら、申し訳ありません」

「そうじゃない……」


僕はパイロットスーツからベーシックの技術マニュアルにアクセス。医療の項目を……。


「……確認するよシール、生まれた当初からそうだったわけじゃないよね。君の全盲は後天的なもの……」

「はい……」

「ベーシック、射出装置で生体ゲルを投げろ」


命令は迅速に叶えられる。アルミチューブが僕の手の平を直撃。僕は手にゲルを出して彼女の肩を押さえる。


「いいかい、少し目の周りがしびれて、5分ほど感覚が無くなると思う。だけど手で触らないように」

「は、はい」


僕は十分な量のゲルを彼女の眼にあてる。

緊急医療用の生体ゲル。それは空気に触れると活性化する代用細胞。周辺細胞と迅速に癒着して自分の役割を認識、麻酔物質で痛覚を遮断しながら本来その場所にあるべき細胞に置き換わっていく。その変化は一律であり迅速。すぐに効果が。


「あーー」


視神経が接続された。彼女はまだ感覚が戻っていない眼を、うっすらと開く。


そこには宝石のような青い瞳を持つ、美しい眼が。


「こ、これ、は」

「シール、見えてるか」

「は、はい」

「まず服を着て、コックピットに乗ってくれ」


僕は彼女の手を引き、水場の外へ向かう。


「君をこの村から連れ出す」





僕はベーシックで村へと降り立つ。村の女性たちはベーシックに神秘性を感じていたようだが、それだけに何かただならぬ様子に気づいたのか、おのおのの家に引っ込む。


僕は機体を降りて村長の家へ。ドアを勢い良く押し開く、窓枠に吊られていた鳥かごがちりちりと鳴る。


「ど、どうなされましたナオ様」

「シールを連れて行く」


息を呑む気配。カンヴァスは僕の全身にさっと視線を走らせるのが分かった。武器の有無でも見ているのか。


「彼女はこの村に置いておけない、僕が連れて行く」

「そ……それはなりません。シールもこの村の働き手、竜皇様の御使いより指名を受けし村の巫女なのです。この村に置いておかねば」

「そのために目をえぐったのか」


鼓動が早まるのを感じる。視覚野に身体異常の警告メッセージが流れる。僕は指先をわずかに動かしてメッセージボックスを閉じる。


「僕は医者じゃないが、傷跡を鑑定するすべを持っている。あれは病気でも外傷でも、先天性の異常でもない。おそらく7歳か8歳の頃に眼球をえぐられている。ろくな道具もないやり方で」

「そ、そのようなこと……」

「巫女とは見せしめの存在か」


AIによる推論と僕の想像、それらを合わせた結果だ。カンヴァスの反応を見るに当たっているのか。


「村に意図的に盲人を生み、竜皇とやらに仕える巫女とする。人間にそのようなことができる竜皇の残虐さと、圧倒的な権力を見せつけるための生き証人だ」


だが、人の心はその恐怖に順応しようとする。


この村は巫女を作ることを受け入れ、つつましく暮らすことを受け入れた。長年そのように暮らすうちに、巫女は本当に神聖な存在となっていく。やがては村人たちも恐怖が信仰に置き換わり、竜皇を崇拝するようになる……。


「そういう理屈だ。そして竜皇はこの村にかなりの圧政を課してる。男手をすべて奪い、村を広げられなくしている」


ここから導かれることは、すなわち。


「人という種の断絶……」


カンヴァスは玉の汗を浮かべている。その老人の体は絞った雑巾のように縮み、顔には樹皮のような皺が。


「民族浄化か人間の間引きか……竜皇は人間そのものをごっそり減らそうとしている。あまりに非人道的だ」

「り、竜皇様はけしてそのような……偉大な術を操る竜使いなのです。やがてはすべての竜を統べるお方……」

「術だと」


僕は机に置いてある短剣を見る、僕が来てから、村長はその剣に視線を向けない、位置すら確かめようとしない。


「その先端が引っ込む短剣のことか」

「ううっ……」


何ほどのこともない。竜の頭は最初から切れていた。先端が引っ込む短剣で斬ったように見せただけだ。

松明に手を入れたのはもっと単純、不燃性の樹脂で作った作り物の手だ。80の老人がやる手品にしては凝っている。


他の村人はそれで騙せていたかも知れない。この村の女性たちは敬虔けいけんだったから。


だがシールは気づいていた。

彼女は聴覚が発達している。短剣が竜の骨を斬り裂く音がしないこと。村長が服の中で偽物の手と入れ替えていることに気づいていた。


あの時。


初めて会ったとき、彼女はなぜ僕に抱きついたのか。何を訴えていたのか。もっと早く会話ログを振り返るべきだった。


盲目の彼女に、村にいないはずの男である僕はどう映ったか。

自分の知らない言語を話す僕を……。




――あなたは、もしや巨人の御使いなのですか


――どうか、お助けください


――この大地は竜使いたちに蹂躙されています


――村長様は、偽りの技で村の人々を支配している


――竜の皇帝への服従を示すために、私の目を……




ぎり、と血が出るほどに唇を噛む。僕は何度もこの村長の歓待を受けていた。



――私、あなたがいつか、この土地を去ってしまうのが怖くて



間抜けな自分が憎くてたまらない。シールがどんな気持ちでそれを言ったか。



――村長様の受け継いでいる短剣や、まじないの言葉もあります。巨人がこの世界に降り立った証拠です



彼女は迷信を自分に言い聞かせようとしていた。彼女は伝説の巨人ではない僕を巻き込むまいとしていた。頼れずにいたのだ。


シールがじっと僕を見つめたように思えた瞬間、彼女はずっと助けを求めていたのだ! 


村長はふと窓の外を見た。無駄だ、助けは来ない。ベーシックが村を見張ってるし、誰がお前なんかを……。


「わ、私は……この村の支配権を授かったのですぞ」


そのように言う。


「そ、それをお前が……。石の巨人だと、そ、そんなものが存在しては竜皇様の権勢が揺らぎかねぬ。村での私の地位も」


その目に見えるのは欲望。僕は嫌悪を覚える。この老人は、ここまで年輪を重ねてきてなお、こんなちっぽけな村での権力を欲しがるのか。

分かっているのか、お前がこの村を任せられた理由は、おそらく年齢的に機能不全な部分があるからだろうに。


「あんな巨人は滅ぼされねばならぬ……絶対に、何があろうとも」

「無駄だ、この星の文明レベルでベーシックを……」


その瞬間、部屋が暗くなる。

パイロットスーツに届く緊急信号。高速接近物体だと? まさか青旗連合ブルーフラッグ? いや、この奇妙なデータは……。


僕は家の外に駆け出す。ベーシックはすでにひざまずき、胸部ハッチを降ろして乗降モードに。申し訳ないが説明してる暇がない、シールの体を押し上げて体をねじこむような着座。


「あれは……!」


降りる。それは戦艦のような異様。


村長の家をかすめ、その壁面を壊して無理やり村に体をねじ込ませる。


それは竜。

だが以前に倒した野良竜より大きい。センザンコウのようだった竜とは違い、今度のはトカゲに翼を生やしたような竜。鱗は銀の板のようにきらめき、全身に異様な力の充実が感じられる。

常識ではありえない巨体ながら体の上半分を起こし、二本の小さな足ですり足のように動く。


「おお……竜使い様、火蛇竜サラマンドラでお越しいただけましたか。よくぞ我が呼びかけにお応えいただきました」


そうか。あの長老の家にあった鳥かご。

レクチャーで習ったことがある。超古代の通信技術。帰巣本能の強い鳥類を利用し、人力よりも早く文書を届ける技術だ。


信じがたいことだが僕たちの世界でも使われるらしい。鳥はレーダーに引っかからず、傍受できないからだ。


カンヴァスのやつ。さては竜皇、いや、この地域を支配している誰かに僕のことを……。


「勘違いするなよカンヴァス、貴様の手柄などではないわ」


背に誰か乗っている。黒い鎧を着た騎士風の男だ。この村の家屋二つぶんほどもある竜の上、大きく立ち上がった上半身の上で、据え付けられた玉座に座っている。


「巨人など存在せぬ。竜皇軍にそんな与太話を信じるものなど一人もおらぬ。私はただ領地を預かる者として、村々を巡回していたまで。カンヴァスよ、あの手紙を我以外の誰かに送っておらぬであろうな」

「は、はい、もちろん」


……竜皇は噂レベルですら巨人の存在を認めたくないのか? そしてこの竜使いとやらも。


「さて……貴様か、怪しげな術を使って巨人を操るやからは」


物静かな口調ながら芯の通ったよく響く声。僕は外部スピーカーを起動させる。


「だったらどうする」

「死ね」


その火蛇竜サラマンドラと呼ばれた竜は一直線に向かってくる。篝火台を踏みつぶし、尾のうねりで民家の一つを薙ぎ払って。


「くっ……!」


右腕の武装を起動。25ミリチェーンガンの毎秒14発の連撃が竜を襲う。


ぎぎいん、と着弾の音が重なって聞こえる。竜は一度大きくのけぞり、ガラスを掻きむしるような悲鳴を上げる。


「ぐっ……死なないのか」


なんという鱗の硬度。いくつかが剥がれて流血を見せたものの、その巨体には致命傷にならない。


「鱗に対して垂直に当てないと貫通させられない。もっと至近距離で……」


警戒アラーム。

これは? 高熱量兵器? 馬鹿な、そんなものがどこに。


「……!」


僕は見る。そのトカゲのような竜の細長い体。顎の下が異様なほど膨れ上がっている。それは真っ赤に赤熱し、赤外線センサーが凄まじい温度上昇をとらえる。1400、1700、1950……。


無数の角が生えた頭部が口を開き、高速で射出される何かが。


「なっ!?」


火球だ。超高温を示す火球が迫る。逃れようとする瞬間、全方位モニターに民家が。


かわす。脇を行き過ぎる灼熱。脚部サスペンションを最大にして民家を飛び越える動き。

そのときに流れる警戒警報。無意識の操作でチェーンガンを離断パージ。ガンベルトに装填されていた25ミリ成形炸薬弾が誘爆する。


衝撃と熱量。各部の駆動系が緊急除熱を行う。背後を見れば森の一部が猛火に包まれている。おそらくは着弾地点から5メートル隔てた生木すら燃えだす熱量。


「ば……馬鹿な。今の火球は2500度を超えて」

「ナオ様!」


はっと気づく瞬間、全方位モニターに踊る影。竜の長大な尾が見えた瞬間。モニターにノイズが走って凄まじいGが全身にかかる。


村を囲む塀をなぎ倒し、立木を根本からえぐり返して吹き飛ばされる。意識が消し飛びそうになる。


だあん、とトラック数台分の土砂を撒き散らして背中に強い衝撃。ダメージメッセージがモニターを埋め尽くす。


「う……ぐ、そんなことが、2.4トンあるこのベーシックを……」


視界に赤が見える。流血だ、どこかで頭を打ったか。

膝の上に倒れていたシールを見る、息を荒くしているものの無事だった。僕は駆動系を再起動させてベーシックを立たせようとする。


「ぐ……しかしどうする、チェーンガンはもうない。他に使える武装もない。格闘でやつに勝てるか……」


そのとき、視界にひらめく影。

あの剣だ。巨人がもたらしたという石の剣。こんなところまで飛ばされたか。


「……」


いいだろう、何でもやってやる。

ベーシックがその剣を掴み、台座から引き抜く。台座の石が削れて石粉がこぼれる。


形状を詳細分析、側面はかなり鋭角だが、刃がついてるとはとても言えない。


竜が迫る。僕はベーシックを立ち上がらせる。果たして、こんな長大な武器をベーシックで扱ったパイロットがいただろうか。

霊感にも似た感覚で機体を動かす。両足で地面を踏みしめ、剣を下段腰だめに構える。下から斜めに跳ね上がる軌道。迫らんとしていた竜の鼻先をはじく。


「むっ……巨人の剣か、くだらぬ、ただの石造りの剣で竜と戦うか」


悔しいがやつの言うとおり、だが人間の乗ってる竜だ、さすがに距離を取った。


とことんまでやってやる。首が斬れなくとも、この剣が砕けるまで……。


その時、全包囲モニターの視界が数メートル下がる。

ベーシックが膝をついたのだ。次いでモニターが何段階も暗くなる。


「! どうしたベーシック!」


とっさに剣を杖として耐える。各部の駆動系もエマージェンシーを上げている。

そして気づく。それは戦いの最初からずっと表示されていた警報。


「……Cエナジーが、0.00%」


……。

万事休す、か。


竜はまだ剣を警戒しているのか、近づいてはこない。だが向こうには攻撃手段があるのだ。

竜の喉がふたたび膨らもうとしている。内部に熱をたくわえる気配。もはや赤外線センサーも機能していないが。


「ナオ様……」

「ごめんよシール。君を助けたかったが、もうベーシックは動けない。すべての力を使い果たしてしまった」


無念だ。

何事も成せないまま、こんな星の海の果てで。


「……ナオ様、私は心の底から祈ったことがなかったのです」

「え……?」

「儀式の際も、いつも祈る真似ばかりでした。でも最後の最後は、あなたのために祈らせてください」

「……そうか。ありがとう、シール」


やるだけはやった。

戦いの果て、愛した女性と死ねるなら、それはそれで……。


「……何だ?」


気付く、急に音が止んだ。エマージェンシーコールの大半が鳴り止んでいるのだ。燃料減少ローエナジーの主警報までも。


「Cエナジー充填率、3.5%……!?」


全方位モニターは回復している。火とともに竜が吼える。迫りくる灼熱の滅び。


「回避!」


ベーシックが動く。自分で自分を飛ばすようなサスペンション跳躍。村から離れる方向に跳ぶ。


「うまくよけたか、次は外さん」


これは。


シールは目を閉じ、一心に祈っている。彼女が関係しているのか? なぜこんなことが。


(……巨人族、ザウエルの伝説)


巨人は祈りに応じて来た。


そして竜を滅する武器と、不思議な術の数々を与えた……。


「! AI、野良の竜を倒した日だ! あの日の会話ログを!」


三度みたび、巨竜は火を吹かんとしている。


撃ち出す。これまでで最大、最速の一撃。僕は外部スピーカーを起動させ、叫ぶ。


炎の厄災ゼルド・は盾の前に散るアシュ・ヴァーニス!」


瞬間、ベーシックの腕を包み込む光。竜の火球を受け止め、一息に握り潰す。


「なんだと!?」


竜使いは驚愕。そして隙を逃さずベーシックが走る、これ以上一手たりとも行動させない!


あらゆるヴァグラン・竜を断つ光をエル・ソルズレイ!」


光が。

石の巨剣を包み込む光。それは闇の世界に生まれた裂け目にも似て、彼方から無限の光が溢れ出るような輝き。


振りかぶる。竜が動くより早く、驚愕に目を見開く竜使い。


一閃。


竜使いの影を絶ち、火蛇竜サラマンドラの巨体を煙のように斬り裂いて。


そしてオーロラのような光の波が西の彼方、東の彼方へと突っ走る、世界そのものを斬り裂くかのように――。







「ど、どうか……」


村長、カンヴァスは頭を擦り付けている。僕はどんと土を踏みつけて言う。


「あの竜使いはこの村に来なかった」

「ひ、ひい……」

「あの石の剣は崩れてきたので、砕いて捨てた。誰かが来たらそう報告しろ。全身全霊で偽り続けるんだ」


村長の家を囲む女性たち。村長が僕を殺そうとしたことを知った彼女たちは、しかしまだ素朴さを残していた。苛烈な怒りは持たず、ただやるせない視線を村長に向ける。


「村の女性たちにも、お前の味方は一人もいない、そう心得ろ……」

「は、はい、何とぞ……」


竜使いを倒してから二日。


僕はベーシックを使い、起きかけていた山火事を消し止め、破壊された村を直し、ベーシックや火蛇竜サラマンドラがここにいた痕跡を消した。

完璧とは言えないが、まあ、あの竜使いを誰かが探すとして、その人物のやる気次第だろう。


そして僕とシールは空を飛ぶ。眼下で村の女性たちが手を振るのを見て、向こうから見えないとは分かりつつも手を振り返す。


竜皇を止めなければ、またどこかで不幸が繰り返される。

ベーシックで戦える相手かは分からない、だけど行動しなければ。軍人として、戦士として。


「シールごめん。君が乗ってないとエナジーが補充できないみたいで」

「いいんです。お役に立てて嬉しく思います」


他に場所がないとはいえ、ずっと膝の上というのは色々な意味で良くない……。コンソールを整理して彼女の座る場所を作らねば、なるべく早急に。


なぜシールの祈りがCエナジーとなるのか。


巨人の残した術はどのような原理なのか。


巨人の武器ギガントアームズは他にもあるのか。


そして竜使いたちの王、竜皇とは……。


考えることは多く、探すものは多そうだ。大変な旅になりそうだけど、シールがいれば……。


「見てください! 竜です!」


シールが指差す。その先には空を飛ぶ竜の群れ。エイのような姿をした赤に緑に青に紫まで、色彩豊かな群れが飛んでいた。


「すごいな……あれは何ていう竜?」

「え……さ、さあ、たぶん、幸運の兆しの虹竜コアルドか、雲を食べる彩雲竜シエルトリム、それとも回遊竜フェバーユでしょうか……」

「そうか……長いこと目が見えなかったからな、竜を見た経験はあまりないのか」


僕はシールを見て、明るく笑ってみせる。


「じゃあ僕と同じだ」

「……あ、そうですね! 同じです!」



旅が始まる。

戦いの旅か、探求の旅か。


それとも、まだ見ぬ竜に出会う旅か……。



(完)



連載版はこちら

https://ncode.syosetu.com/n5212if/

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[良い点] 面白かったです〜 MUMU様のファンタジーには竜がよく出てくるイメージがあります
[一言] めちゃくちゃ面白かったです。 連載となることを祈っております
[気になる点] これは短編というか…続きがあるんですよね?
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