2nd 覚醒
「猫々、具合はどうだ」
「心配かけてごめん、アル姉。もう平気だよ…ていうかそっちこそ大丈夫なの?ボロボロじゃん」
自室のベッドに横たわる彼を心配するアルマ。自身も怪我をしているのに、一番に心配してくれる主を嬉しく思いつつ、その身を案ずる
「あはは。ちょっとしくじっちゃってな…」
「全く……ねぇアル姉。フィーリアって子、助けに行くんだよね?お願い、僕も連れて行って」
静かに、だが固い決意を感じさせる声で言い、猫々はアルマを見つめる
「…命を落とすかもしれないよ?」
「承知の上だよ。彼女を助けるってのもあるけど、フォルテって小娘に舐められっぱなしじゃ悔しいからね。ねぇノーラ」
「そうね…あたしの大事なマオを傷付けたんだもの。お礼はしないとね」
隣で寄り添っていたノーラに同意を求めると、彼女もまた強い意志を称えた瞳でアルマを見つめる
「2人とも…分かった。共に行こう…ただ皆で帰ってこよう、必ずな」
「勿論!死ぬつもりは無いよ……にしても、“あたしの大事なマオ”かぁ…んふふ」
「なによ、気持ち悪いわね」
「だってそれだけ僕を思ってくれてるって事じゃん?嬉しくてさぁ」
「ばっ…違っ…あくまでパートナーとしてよ!べ、別に深い意味なんて無いんだからっ!」
真っ赤になり、早口で捲し立てるノーラをニコニコしながら猫々が抱きしめる。そんな2人をアルマ達は微笑ましく見つめる
「マスター、彼女達も出撃させましょうか?」
「そうだな、戦力は少しでも多い方が良い。あの子達なら快く受けてくれるだろう」
「かしこまりました。マスター、必ず取り戻しましょう貴女の大切なものを」
「あぁ…!」
力強く頷き、アルマは答える。その瞳に強い意志を湛えて…
「ふぁ…暇だなぁ…」
「全くだ…早く交代にならねぇかなぁ…」
「お前ら、もう少し真面目に……“カツンッ”何だ…?」
足元に転がった玉が爆発し、辺りが煙に包まれる
「なっ…煙幕…っ!」
「オーッホッホッホ!!」
「誰だ!?」
「誰だ、何者だと聞かれたら…!」
「…名乗ってあげるが世の道理…」
「わ、我等こそ…アルマ様の、直属親衛隊…!」
「「「その名も…エレメント3!!」」」
「……」
ドヤ顔で決める赤髪の少女、呆れた表情の蒼髪の少女、恥ずかしそうな表情の緑髪の少女の3人が謎の爆発を背景にポーズを決める。その珍妙な光景に唖然とする兵士達
「決まった…!見てみなさい、完璧すぎて言葉も出ないみたいよ」
「…姉様、多分呆れているだけですわ…」
「んなっ…」
「はぁ、遊びなら他でやれ。子供の相手をしてる程、暇ではないんだ…ほら帰れ帰れ!」
「子供…ですって…?それは…この私、フィアンマの事かしら…?」
ピクリと赤髪の少女の顔が引き攣り、纏う雰囲気が一瞬で変化する。
「ここまで愚弄されたのは初めてよ…アックア、ヴェント!徹底的に叩き潰すわよ!」
「はぁ…やはりこうなるのですね…」
「ま、まぁ…アルマ様からのご命令は陽動ですし、これで良いと思いますよ、アックア姉様。ボクたちも加勢しましょう」
「そうですわね…姉様だけでは危ういですし」
巨大な戦斧を振り回し、兵士達を次々と薙ぎ倒していくフィアンマに頭を抱える、蒼髪の少女。そんな彼女を緑髪の少女は苦笑しながら宥めつつ、アックアは槍、ヴェントは双剣を手にし、戦闘に入った
「始まったようだな」
「はぁー…相変わらず凄いねぇ彼女達」
研究所の裏側の小高い丘から、戦闘の様子を眺めていた猫々が呟く
「ふふ、僕の隠し玉の1つだからね。さて此方も行くとしようか」
「りょーかい」
研究所目掛け、坂を滑り降り、研究所の裏口へと辿り着く
「此処からなら気付かれずに侵入できるだろう…」
「…っ!アル姉!下がって」
猫々が叫び、アルマがその場から飛び退く。彼女の鼻先に刃が掠める
「はぁー…懲りないねぇお姉さん達も…せっかく助かった命、無駄にする気?」
暗がりから先程の少女フォルテが姿を現し、呆れたように呟いた
「お生憎様、フィーリアを救うまで僕は死ぬ気は無いよ」
臨戦態勢に入ろうとしたアルマとリンネを制し、猫々とノーラが前へと出る
「アル姉、先に行って。コイツは僕らが止める」
「はは、本気で言ってんの?お前らさっきボコボコにされたじゃん!勝てるとでも思ってんの!?」
「あぁ、思ってるよ。僕とノーラは最強コンビなんだから。それとも何?負けた時の言い訳考えてないから怖いの?」
嘲笑うフォルテに臆することなく猫々は挑発するように言葉を投げ付ける
「はぁ…?何勘違いしてんのさ、一度戦った雑魚なんざ相手にしてらんないって言ってんだよ」
「その割には随分突っ掛かってくるじゃない。あ…もしかして貴女、構ってちゃん?あらあら、寂しんでちゅかー?」
「お前ら…死にたいようだなぁ…っ、良いよ…相手になってやるよ…僕を馬鹿にしたこと…あの世で後悔しなぁっ!!」
「ふふ、挑発に乗ったわね」
「こういう奴は扱いやすくて助かる…行くよ、ノーラ!」
「OK!」
「「同調!」」
迫りくるフォルテの斬撃を躱して叫び、ノーラが赤い粒子となり、猫々と重なる。両手に爪を装備した真紅のチャイナドレスに身を包んだ猫々が現れた
「へぇ…お姉さんの時と武器変わってるね。ちょっとは楽しめそうじゃんっ!」
「はっ…!存分に楽しませてやるよ!アル姉、早く行って!」
フォルテの攻撃を受け流し、アルマに向かって叫ぶ。力強く頷き、彼女は研究所の中へと消えた
“ま、マスター。止めなくても宜しいのですか…?”
「五月蝿いな!道具は口出しすんな!」
“ひっ…ご、ごめんなさい…っ”
「随分、冷たいじゃないか…パートナーは大事にしなきゃ…ねっ!」
「パートナー?笑わせないでよ。コイツは只の道具、人間に使われてこそ意味があるんだよ!」
鎖を飛ばし、猫々を捉えようとするも、持ち前の素早さで易々と躱して着実に近付いていく。
「くそっ…このっ…!」
「そんな闇雲じゃ僕は捕まえらんないよっ…はぁっ!武爪連斬っ!」
「くっ…がっ…!うわぁぁっ!?」
射程範囲に入り、蹴りからの両爪の怒涛のラッシュを放つ。ギリギリで防いでいたが、追い付かず連撃が直撃、大きく後方に飛ばされる。
「大口叩いてた割に、大したこと無いね…君、弱いでしょ?」
「ふざけんな…お前なんて直ぐに殺してやる…!タナトス、完全同調だ!」
「まずい…!」
“……”
怒りを滲ませたフォルテが叫ぶが、タナトスは無反応だった。
「おい、聞いて“あー!もううんざりだ!”…え…?」
急に豹変したタナトスに唖然となるフォルテ。それに構わず彼女は喋りだす
“いつまでお前みたいな雑魚をマスターなんて呼ばなきゃなんねーんだよ!大体使い方も下手くそだし、戦い方もなっちゃいねーよ!”
「えーと…仲間割れ…かな?」
“猫々!早く止めなさい!”
「ほぇっ?」
“良いから!完全同調よりまずい事が起こるわ!急いで!”
「わ、わかった…うわっ!?」
困惑する猫々に反し、ノーラが焦ったように叫ぶ。彼女の様子に気圧され、フォルテに向かうが鎖が巻き付き、身動きを封じられる
“邪魔しないで、今いい所なんだからさぁ…”
「な、なんで…?何もしてないのに…?」
“バカなの?あんた。同調状態でもこっちの意志で動かせんだよ…こんな風に…なっ!”
「ごぶっ!?あぐっ!やめっ…あがぁっ!!」
自分の体が勝手に動き出し、拳が腹にめり込む。痛みに悶絶する間もなく、顔面に一発、腹にもう一発と続く
「かひ…ひゅっ…げほっ…」
“はぁー…スッキリした。さて今までこき使ってくれた礼だ。今度は私がお前を使ってやる…ぶっ壊れるまでなぁ!!”
「がっ…!?な、なに…?やだ…入って来ないで…っ!やめっ…助けっ…アァァァア!!」
「ちょ、何が起こってんの…!」
“…侵食ね”
「侵食…?」
“えぇ…Dollと同調者のシンクロ率が下がると起こる現象よ。同調者の意識を乗っ取るの”
「それで…どうなるの…?」
“体が壊れようとも、いつまでも弄ばれるわ、操り人形のようにね…”
「Dollだけに人形遊びってか?洒落にならないっての…っ」
「いやだ!いやだぁぁぁっ!!が…っ!?」
割れんばかりの叫び声を上げ、力が抜けたように項垂れる。同時に猫々を拘束していた鎖も外れ、フォルテの体に吸い込まれて行く
「外れた…はあぁ!」
‘ガキィィン!’
好機とみた猫々の一撃を、視認せず軽々と受け止める
「くっ…!?」
「“あはは、侵食完了…”」
“遅かった…!”
「“良い気分だわ……おらぁっ!”」
「うわっ!?危なっ!」
自身を真っ二つにせんと、迫る大鎌を避け、後方へと下がる
「“あはは…どこまで逃げ切れるかなぁ。ミラージュサイス!!”」
大きく鎌を振り回し、無数の鎌鼬を発生させる
「いぃっ!?それは反則だろ…!!」
悪態を吐きながら、刃を避けていく。隙をみて近付こうにも、勢いは収まらず、中々攻勢に移ることが出来ない
「“あははっ!やるねぇ!これならどうだい!?”」
「しまっ…!?うわぁぁっ!?」
鎖が刃に紛れ、猫々の四肢に絡み付く。外そうと藻掻く間もなく、刃が直撃、爆発が起きる
「かはっ…けほっ…うぐっ!?」
「“へぇ…お兄さん、男なのに凄い色っぽいねぇ…すっごくそそる…”」
服が破れ、血を流している猫々を引き寄せ、悦に入った表情でタナトスは囁く
「“ねぇ、お兄さん。私のペットにならない?そしたら殺さないであげる”」
「お生憎様…もう飼い主は…居るんでね…っ」
「“つれないなぁ…じゃあ良いや…死ね…!”」
「…っ!」
‘’ザシュっ!
「ぐっ…ぁ…っ」
「ノーラ…っ!」
肉を裂く音が聞こえるも、痛みが伴わない事を奇妙に感じ、目を開く。同調を解除したノーラが庇い、大鎌が肩に深々と刺さっていた
「はぁ…っ…はぁ…っ。猫々は…殺させない…っ!殺すなら…私を殺してからに…しろぉっ…!」
「“はぁ…うっさいブス、お前に用はないんだよ!”」
「かはっ…!?」
痛みに耐え、必死なノーラを忌々しそうに一瞥し、蹴り飛ばして鎖で縛り付ける
「“…ったく、雑魚が……ん?”」
「おい…貴様…俺の女に手を上げたな…?」
怒りを滲ませ呟き、手足に力を込める猫々。四肢を戒めていた鎖に罅が入り始める。
「“なっ…!!この…っ!”」
その様子に危機を感じ、更に鎖を巻き付けるも、元々拘束していた鎖もろとも砕け散る
「“な、馬鹿なっ…ごぶっ!?”」
「ノーラ。すまない…俺が不甲斐無いばっかりに…」
後ろで吹き飛ぶタナトスを無視し、倒れていたノーラを抱き上げる。
「…へーき…あんたを…坊ちゃまを護るのが…私の使命だもの…っ」
「ふ…そのくらいの軽口が叩けるなら…大丈夫だな」
悪戯っぽく微笑むノーラに猫々も微笑み返し立ち上がる
「さぁ…マオ。そろそろ決めましょ」
「…大丈夫なのかい?」
「私は頑丈さが取り柄なのよ。あんたと一緒でね」
いつもの勝ち気な表情でノーラは言い、猫々を見つめる
「分かった…一緒に行こう…!」
「「完全同調…!」」
同時に叫び、ノーラが深蒼の粒子となり、猫々へと溶け込んで傷だらけだった彼の体が癒えていく。服が蒼く染まり、両腕に腕甲、両足に脚甲を装備した姿へと変貌する
「さぁ…行くぞ!」
「“舐めるなぁ…っ!!”」
先程と同じく、鎌を振り回し、真空の刃を発生させて、身動きを封じようと鎖を飛ばす
「はっ!それしか芸が無いのかい?てやぁっ!!」
全ての鎖を見切り、蹴りと拳で次々と破壊し、迫っていき、武器の大鎌を粉々に打ち砕く
「“ひっ…!?”」
「さて…どうしてやろうか?」
「“ひぃっ…ゆ、許して下さいっ…降参ですっ…!”」
プライドを投げ捨て、土下座をするタナトス。先程の威勢はどこへやら、完全に小物と化していた
「…どうする?ノーラ」
“んー…良いんじゃない?私はあんたがやられた分、やり返せたから構わないわよ?”
「そう…わかったよ。と言う訳だ、もう二度と僕らの前に現れるな…次は命は無いよ」
「“は、はいぃっ!!もう二度と現れませんっ、誓いますっ!”」
「さて…アル姉を追い掛けるか」
「…なんて言うと思ったか!甘ちゃんがぁぁっ!!」
後ろを向いた猫々に、砕いた筈の大鎌を振り下ろし、その身を切り裂いた……筈だった
「“え…なんで…体が…動かなっ…ぁ…っ”」
いつの間にか体が極細の糸に巻き付き、動きを封じられる。逃れようと藻掻くも、蜘蛛の巣に捕われた蝶のごとく、糸が絡まっていく
「命は無いって…言ったよな?」
「“ひぃっ…!いやだ、死にたくない…私はっ…!”」
「殺してきた者達が懇願した時…お前は何と答えた?」
「ひぎっ…!?」
拳がタナトスの体を貫く。短い悲鳴を上げ、呆気なく絶命し、体が砂のように崩れていった
「…さて、アル姉の…所に…行かな…っ」
「きゃっ!?ちょっ…マオ…!?」
「すー…すー…」
「…寝てる…?もぅ…吃驚させないでよぉ…」
気を失い、同調が解けてそのままノーラの胸に倒れ込む。何事かと猫々の安否を確認したが、眠っているだけと分かり、その場にへたり込む
「ま、頑張ってたもんね…お疲れ様、マオ」
スヤスヤと腕の中で眠る猫々の唇に、自分のそれを重ねる。擽ったそうに呻いた後、規則正しい寝息を立て幸せそうな彼に笑みが零れる
「ゆっくり休んでて。何があっても…私が護るから」
眠る猫々をギュッと抱き締め、ノーラは決意を込めて呟くのだった…、