覇王伝説6
そのままその場で倒れてしまうのではと、周りの者が心配するほどに顔色を青ざめさせた玉蘭は、倒れるどころか脱兎のごとく豊真や、侍女達を押しのける様に駆け出した。
「海煌様!」
海煌の名を叫びながら走る玉蘭の後を、豊真が追う。
王宮まで駆け続け、宮に入ってからも海煌の寝所を目指して駆けた。
不慣れな王宮の中であったが、慶国王が来た折りに何度か訪ねていたので、その時に覚えた寝所までの廊下をひた走る。
見覚えのある寝所の扉を、案内も請わずに大きく開き、中に飛び込むようにして入ると、寝床の上に座る海煌と目が合った。
「え……?」
予期せぬ情景に、玉蘭が戸惑っていると、
「よ、早かったな、玉蘭」
と、海煌が元気な声で言ってきた。
「海煌……様……?」
状況が呑み込めぬ玉蘭に、
「やっぱ、じいさんでも芝居が出来るんだなぁ。前の時もちゃんと言っておけば良かった」
明るくこう言うと、高熱などどこで出ているとばかりにひょいっと立ちあがった。
「芝居……? 豊真殿、これは一体……」
後ろに付いて来ていた豊真に事情を聞こうと振り向いたが、そこに豊真の姿はなく、開け放った扉は固く閉ざされていた。
「これは、どう言うことにございますか、海煌様」
他に聞く相手が居ないので、仕方なく海煌に聞くと、
「どう言う事かは、こっちが聞きたいな。夫婦の営みも出来ぬほどの身体で、庵からここまで走って来られるとは、どう言う事かな、玉蘭」
反対にこう問い返され、ハッとしたように玉蘭が顔色を変えた。
「そ……それは……」
「なぁ、知ってるか?」
玉蘭の返事を待たず、海煌は寝台の横に置かれた椅子に腰かけながら話し出した。
「何を……でございましょう……」
「妾妃の話が出た時に、豊真のじいさんが何を一番に心配したか」
「それは……元遼国と、元蘭国の……」
「ん! それも勿論あった。けど、一番心配したのは、妾妃に子供が出来てから、おまえに子供が出来るようになる事だ」
「え……!?」
「どっちも男だと、それこそ王位継承問題が出てきちまうからな」
「そ、そのような事……」
「だから! 最初におまえを診た医者に、どのような症状で、どれくらいの回復が見込めるかをきちんと聞こうと思ったわけだ、じいさんは」
「え!?」
「だけど、その医者は、毒の治療が出来ず、おまえをそんな身体にした責任を感じて宮を辞めていた」
「あ……はい……」
「けど、じいさんは探させたんだよねぇ」
「探させた?」
「そう! 国中、あっちこっち! 隈なく! それでも見つからなかった。だが、風の噂で国を出たと言う話を聞いた」
「国を……それでは……」
「それでも! 諦めの悪いじいさんは、他の国をも探させた。で、見つけた」
「見つけた!?」
「ん。どこでだと思う?」
「……さ……さぁ……」
「慶国でだ」
「……………………」
「だからさぁ、あんなに時間が掛かったんだよねぇ、妾妃を決めるのにさ」
鼻の横をポリポリと掻きながら、海煌は椅子から立ち上がり、玉蘭の方へとゆっくりと歩み寄って行く。
海煌が近付く歩数だけ、玉蘭が後ろへと下がる。
「やっと見つけた医者を訪ねさせたら、どうしたと思う?」
「………………………」
医者が居たのは、慶国の片田舎の小さな農村であった。
そこで診療所を開いていた。腕がいいと評判で、村人から有り難がられていて、名を告げると、すぐにその診療所に案内してくれた。
診療所の庭では、親が畑仕事している間預っているのか、子供達が賑やかな声を上げて遊び、その様子を微笑みながら見守っている医者の姿があった。
だが、診療所に近づく新蘭国の服装をした者を見るや否や、医者は悪鬼にでもあったかのような顔になり、庭を飛び出し、逃げ出し始めた。
同盟国とは言え、他国である。何があるかわからないので、訪ねさせたのは腕に覚えのある兵士達であった。
日ごろ鍛えている兵士と、老齢の医者の足では結果は目に見えている。
すぐに追いつき周りを取り囲むと、医者はガクリと膝を落として蹲り、頭を地面に擦りつけるようにしてこう言った。
「も、申し訳ございません! お、お、王妃様に頼まれたのでございます! あのように言って欲しいと! 本当にございます! どうか、どうか、お許しを!」
この状況を話している間も海煌は玉蘭に近づき続け、玉蘭は後退り続けた。
ついに壁までにじり寄られ、ドン! と海煌の手が壁を叩いて音を立てさせた。
「毒を飲んだと嘘までついて! 俺の妃になりたくなかったわけか! 玉蘭!」
「ち……ちが……」
「どこが違うと?」
「ど……毒は……飲みました……」
「へぇ……。それじゃ、訂正しよう。毒を飲んでまで! 俺の妃になりたくなかったわけだ」
「海煌様……私は……」
「最初に聞いたよな! 俺の妃になりたくないから、自分で毒を飲んだんじゃないかって! どうして! あの時そう言わなかった! 言っていたら」
「どうなさいました!?」
「離縁して、慶国に帰したさ! 無理矢理妃にする気はない!」
「それでは! それでは駄目なのです! 駄目だから……私は……」
「何が駄目なんだ? 同盟が駄目になって困るのは新蘭国の方だ。慶国は針に刺されたほどの痛みも感じまい」
「同盟など! 同盟など、どうでもよい事にございます! 私は! 私は、あなた様の傍に居る為に! その為にこの国に参ったのでございます!」
海煌に追い詰められていた時とは打って変わって、真正面から海煌の目を見据え、きっぱりとこう玉蘭は言い切った。
「なんだ、それ。妃にはなりたくないが、傍には居たいって?」
「そうでございます」
「何のために!」
「あなたに、覇王になって頂く為に! その為に私は……」
「覇王―――!? あのなぁ、言い逃れするにしても、もう少し信じられる話しにしてくれないか」
「真実にございます! 私は! 私はあの時、はっきりと見たのです!」
「見た? 何を?」
「あなた様の後ろに、金竜神のお姿を」
「………………あのな……俺とおまえが会ったのは、この国に来てからだろう」
「見たのは……兄の婚儀の日にございます」
「婚儀……」
確かに、現慶国王の 慶 勇輝の婚儀に出た。
煌びやかで華やかで、退屈な婚儀に。
しかし……。
「金竜を見たなんて、子供でも信じないぞ、玉蘭」
である。
「私は……私は、巫女なのでございます」
「巫女? なんだそれ」
子供の頃の勉強不足で、海煌が「巫女」と言う言葉を知らなかったわけではない。
「巫女」の存在が、人々の間から失われて久しいからである。
その昔、まだ神々が地に居た頃、神々の世話をしていた一族が居た。
毎日供物を捧げ、神々への感謝の言葉を述べ日々を過ごす。
そして、人々からの願いを神に伝え、神よりの御言葉を人々に伝えるという、神と人の橋渡しの役をしていたのが「巫女」であった。
神々が地を去る時、いずれ人々の間からこの地を治める「覇王」が現われると、人々に伝えたのも「巫女」であった。
事実「覇王」は現われた。いや、現われかけたと言った方が正しいかもしれない。
小さな集落の一人の男の元に「巫女」がやって来て、その男の前に跪いた。
『あなたの背に、神の御姿が見えます。あなたこそ、この地の「覇王」となられる方にございます』
男は、武力に長け、知に優れ、心清き若者であった。以前より人々から慕われていたが、そこに「巫女」の言葉が加わり、若者の周りになお人が集まりだし、「覇王」として崇められていくようになった。
だが、「覇王」にならんと野心を抱いていた者達には、目障りでしかなかった。
そんな男の中の一人が目を付けたのが、「巫女」であった。
『みな! 騙されるな! 神はこの地を去られた! なのに何故! まだ神の御姿が見えるのだ! あれは、あの女が勝手に言っておるだけだ! 神に仕えし一族がその地位を保とうとして、あの男を神に選ばれたと称し、「覇王」にしようとしているだけだ! この地に神など要らぬ! 神に仕えし者もだ!』
男はそう叫びながら神に仕えし一族の村を襲撃し、身を守る術を知らぬ一族の者達を一人残らず斬り殺していった。
ただ一人生き残ったのは、「覇王」に選ばれし男の元に居た「巫女」だけであった。
一族の村が襲撃されたと聞いた男が、「巫女」を連れて逃げたのである。
命は救われたが、すでに「巫女」としては認められず、一族の者も皆殺しにされ、「巫女」として生きるのではなく、一人の女として生きる道を「巫女」は選んだ。
「覇王」に選ばれし男と結ばれ、子を為した。
その子が話せるようになった頃、こう言った。
『父しゃまの後ろ、キラキラして、きれい……』
その言葉を聞き、二人は子に「巫女」の力がある事を知った。
「覇王」を失い、地は血を血で洗うような酷い争いの場になっていた。
今一度「覇王」の名乗りを上げるか、それともこのまま、この地の片隅で家族とともに平穏に暮らしていくか、男は悩んだが、今さら自分が「覇王」と名乗りを上げて誰が信じると言うのか。
名乗りを上げれば、妻や子達にも危険が及ぶ。
この地に残された最後の「巫女」をも失うかもしれない。
そして男は、「巫女」を守ることを選んだのである。
それから年月が流れ、「巫女」は密かにこの地に生き続けてきた。いつか、「覇王」となる神に選ばれし者を見つけ、その者を導くために。
「ふ……ぅん。随分長い間、「覇王」になる奴が現われなかったんだなぁ」
丸っきり信じてない、と言う口調で海煌が言った。
玉蘭が言うのでなければ、はなっから話も聞かなかったであろう。
話しが長くなりそうなので、玉蘭を椅子に座らせ、自分は寝台の上に胡坐をかいて座り込んでいた。
それに玉蘭はゆっくりと首を横に振った。
「現われられました。けれど「巫女」の話しを信じず、騙り扱いされたり、身分のない者には会う事も叶わなくなってまいりました。「覇王」になられる方は、やはり国の中心となる方が多うございましたゆえ」
「へぇ……中心ねぇ。ま、俺も一応王族かぁ」
今は王なのだが、王となっても変わらぬ海煌に、玉蘭は目を細めた。
「ですから、”占”を始めたのでございます。占いなれば、当たるも八卦、当たらぬも八卦にございますし、王家の方々も興味を示されましたから」
「覇国みたいにか」
「はい。……義悌様の”占”を為したは、私の母にございます」
「そうなのか?」
「はい。四神の御一方である玄武様の加護を得し者が産まれたのなれば、必ずどこかに金竜神の加護を得し方がおられる。もしくは、これからお生まれになると母は信じ、色々な国を旅したそうにございます」
「どうして、玄武が産まれたら、金竜も居るって事になるんだ?」
「四神は、金竜神の守護神にございますので」
「…………んじゃ、どうして最初の「覇王」の時は居なかったんだよ。「覇王」を守れずに逃げ出さしてんじゃん」
「「覇王」を守る為、お亡くなりになったと……。それ故、お二方は逃げ延びられたのでございます」
「げぇ! 俺、他の奴犠牲にして生き残りたくねぇ」
これもまた、海煌らしいと玉蘭は思った。
「神の気を求め、母は慶国に参りました」
「神の気?」
「なんとなく、わかるのでございます。神がおわす気配が。そして王宮の呼び出しに応じ、参った所、朱雀神のお姿がありました」
「へぇ~~。そりゃすごい! 朱雀神が居たから、慶国はでっかくなったわけか?」
「どうでございましょう……。私は……朱雀神が選ばれるほどの者だからこそ、大きくなったと思うております」
「はぁ……なるほど。ん~~確かになぁ、義悌ならいい王になるだろうし、いい国にするだろうなぁとは思うが……。金竜神が俺ってのがなぁ」
最期の一言に、玉蘭がまたクスリと微笑む。
「あれ? 朱雀神は誰の後ろに居たんだぁ? 前の王さんか? だったらやばいよなぁ、亡くなっちゃったじゃん」
「朱雀神の加護を得しは、兄にございます」
「勇輝王か。あ~なんとなくわかる気が……て、わかってどうする、俺! だからぁ! どうしてお前が毒を飲んでまで、妃にならずに俺の傍に居ようとしたかだ! そこだろう!」
「ですから……!」
「なにか? 「巫女」が傍に居ないと、「覇王」になれないのか?」
「それは……わかりません。ですが! 「巫女」は「覇王」を導く者と言われております。なので……」
「導くねぇ……。で? 妃になりたくなかったのは、俺が嫌だったからか」
「いえ! ……「巫女」は、人の生を捨て、神に仕えし者にございます」
「人の生を捨てる?」
「その……子を為し育てると言う、人の生を選ばずに、神に仕える為だけに生きる者なのです」
「………………それでどうして! 妃になりに来たんだ!!」
「他に! 他にあなたの傍にあがれる方法がなかったからにございます!」
「………………」
「兄にも……無茶だと言われました……」
「勇輝王も、おまえが「巫女」だと知っているのか」
「はい……」
「けど! おまえの母は前慶国王の妾妃になって、おまえを産んでるだろう」
「私を産むために! 母は王の妾妃になったのです!」
「は?」
「「巫女」は……この地にたった一人なのでございます」
「一人……?」
「神に仕えし一族が滅ぼされし時より、「巫女」の力は「巫女」が産みし娘のみに引き継がれて参ったのでございます」
それを聞いて、海煌が眉の間をこれでもかとひっつめる。
「けど、娘を産むのに、子づくりしなきゃならないだろう」
「はい……。ですから……子を産めるギリギリの年になるまで「覇王」を探し続け、自分の代ではそれが叶わぬとわかれば……」
「子づくりに励むって?」
海煌の言い様に、玉蘭の頬が赤らんだ。
「わ、私の母も悩んだそうでございます。前王に妾妃にと乞われた時に。ですが、玄武様も朱雀様もまだ幼く、「覇王」になられる方の気配も感じられない……。なので、自分の役目は次の「巫女」を産むことだと覚悟したそうにございます」
「前王の事は、愛してなかったと?」
「それは……母に聞いてみないとわかりませぬが……すでに亡くなってしまっておりますので……私には……」
寝台の上で胡坐を組んだ足の上に肘をつき、その手の上に顎を乗せて、海煌は顔全体を歪ませた。
「そこまでしなきゃならないものなのか、「巫女」ってのは」
「……そうして……皆、代々の「巫女」はこの地に「巫女」を残してきたのです。その思いを、自分の代で途切れさせるわけには……。その思いが強いのでございます」
「ふぅ……ん。けどなぁ! 毒を飲んじまったら、死ぬかもしれないだろうが! それじゃ「覇王」も「巫女」もなくなっちまうだろう」
「私は……幼き頃より、身体を毒に慣らしてまいりました」
「はぁ!?」
「何があっても! 「覇王」となりし方のお傍にあがるか、次の「巫女」を産むまで死んではならない。そう……母に言われて参りました」
「んな、無茶苦茶な……! おまえの意志は!?」
「ですから!」
「「巫女」の務めを果たすことに、人生すべてを賭けるのが「巫女」ってか!?」
「そうでございます!」
一点の曇りもなく、きっぱり言い切る玉蘭に、海煌は深い息を吐いた。
「婚儀の日に金竜を見たねぇ……。けどさぁ、あの日の婚儀は、すっごい派手でさぁ、山のように人がわんさか居ただろう。金竜を見たにしても、俺の後ろだか、隣の奴の後ろだかわかんねぇんじゃねぇか」
それに、玉蘭は首を横に振った。
「私があなたの後ろに金竜神のお姿を見ましたのは、あまりの人の多さに人酔いをしてしまったのか気分が悪くなり、式の場を出て、庭で休んでいる所でした。突然、神の気配を感じ後ろ振り向くと、式場を囲んでいる幕の下から、一人の男の子が出てまいったのです」
「へ?」
「その男の子の背に、はっきりと金竜神様のお姿が……。すると、すぐにまた幕が持ち上がり、一人の男の方が出て来て……」
『何処へ行くんだ、海煌! まったく! こんな時くらい大人しくしておられんのか、おまえは!』
『だって! つまんねぇんだもん!』
『うるさい! ほら、さっさと戻って座れ!』
『かい……こう……』
あ~~~、確かに抜け出そうとして、怒られた。
それははっきりと覚えてる。後はさっぱり覚えてないが、と海煌が思っていると、
「すぐに会場に戻り、あなたの姿を探し、お付きの者に名を聞きました。新蘭国の四男様で、名を遼 海煌と言われると。あなたに間違いございません」
と、玉蘭が真っ直ぐに海煌を見据えて言った。
それにまた、肘をついて海煌は考え込んだ。
「……まぁな、おまえが来てからの戦に勝利できたのは、おまえのお陰だとしたら、有り難いとは思う。けど! 反対に俺を「覇王」にする為! 俺をこの国の王にする為に兄貴達が死んだとしたら……」
「それは違います!」
「違う? 言い切る根拠は?」
「あなたの次兄様は……東神、青竜様の加護を得られた方でした」
「中の兄貴が!?」
「同じく婚儀の日に、式場であなたを探して居る時、青竜様が見えました。あなたの並びのひとつ向こうに座った方の後ろに、はっきりと」
「それなのに、どうして……」
「神の加護を得られし方でも、亡くなってしまわれる。それを知った私は、急いだのでございます」
『何!? 同盟の条件に、おまえを妃にしろと言えと!?』
『はい。お願いにございます、兄上様』
『しかし、妃になれば「巫女」の力は失われてしまおう』
『そこは……なんとか致します』
『なんとか……と言っても……』
『お願いです! 「覇王」の傍にあがるのは、私達「巫女」の悲願にございます! この機会を逃せば、また何時になるかわかりませぬ!』
『私達……か。しかしなぁ、玉蘭』
『もう……もう、戦で傷つき、亡くなる者達を出さぬため……。戦で家族を失い、悲しむ者達を出さぬために! どうか! どうか、伏してお願い致します!』
「婚儀が終われば、慶国の者は皆帰して下さるように頼みました。私のことをあれやこれや聞かれぬように……」
玉蘭はそこまで言うと、椅子から立ちあがり、床に座った。
「医者に嘘を言わせ、あなた様を欺きましたこと、心よりお詫び申し上げます」
謝りながら、深々と頭を下げた。
「ですが! ですが、どうかこのまま、あなたのお傍に! この地より戦をなくすため! 人々が平和に暮らしていけるようにするため! どうか、お願いにございます!」
海煌を見上げる瞳に涙を溜め、それを流すまいと必死にこらえている玉蘭を見ながら、海煌は暫く何も言わなかった。
「つまりおまえは……俺の妃にではなく、「巫女」になる為に俺の所に来たわけだ」
「……はい。騙しました事は、幾重にもお詫び申し上げます! ですが、どうか!」
「ああ、謝らなくていい。おまえは「巫女」の務めを果たした、それだけだろう」
言いながら海煌は寝台から降り、玉蘭の腕を掴んだ。
「海煌様……?」
いつもとは違う掴み方に、玉蘭が戸惑い気味に海煌の名を呼ぶと、強く腕を掴んで立ちあがらせ、扉の方へと歩み出した。
「海煌様、何を!?」
問う玉蘭に何も言わず扉を開け、扉の前で心配して待っていた豊真も無視して、海煌は玉蘭の腕を引いて、廊下を歩き続けた。
「海煌様! どこへ! 海煌様!」
不安に叫ぶ玉蘭の方を見もせず、ある扉の前まで行くと、バン! と勢いよく開け放った。
「蘇芳! まだ起きてるか!?」
「海煌陛下!?」
休む準備を整えていた蘇芳が、驚きの声を上げる。
その蘇芳の方に玉蘭を押しやると、
「明日! 玉蘭を一緒に慶国に連れて帰れ!」
こう叫んだ。
「え……!?」
「海煌様!?」
驚く二人に背を向け、扉を出ようとする。
「お、お待ちを! どうか! 何でも致します! 女官でも婢女でもかいませぬ! ここに置いて下さいまし!」
縋るように言う玉蘭に、海煌は向き返り、
「俺は! 「巫女」などいらん!」
と、言い放った。
「「巫女」……?」
その言葉に、蘇芳が二人の顔を見比べる。
「海煌様……!」
「ついでに! 「覇王」なんてものにも、なる気はない!」
それだけ叫ぶと、開けた時と同じく大きな音を立てて扉を閉めた。
「あ……ああぁ……ああぁ……!」
ついに、玉蘭はその場に泣き崩れた。