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覇王伝説  作者: ふくだ えりこ
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覇王伝説4

 皆が見守る中、輿が降ろされ、女官が御簾を上げて手を差し伸べると、その手の上に白い手が重なり、ゆっくりと玉蘭が輿の中から姿を現した。


 玉蘭に似合うだろうと、海煌が選んだ白生地に豪華な金刺繍が施された衣装を身に着け、美しく結った黒髪には煌びやかな簪が幾本も飾られていたが、その衣裳や簪さえ目に入らぬほどに、皆の視線は玉蘭に釘付けになっていた。


 絶世の美姫と言う派手さや艶やかさではなく、清楚で、今にも消え入りそうなほどに儚げで、それでいてどこか凛としたものを感じさせるしなやかな立ち姿に、目を奪われてしまったのだ。


 海煌の前に歩み寄り、この上もなく優雅に一礼をすると、我知らず溜め息を吐く者も居た。


「あの……」

「あ? な、なんだ?」


 いつも見慣れている海煌ですら、始めて見る玉蘭の正装姿に茫然としてしまっていた。


「何処か……おかしゅうございますか? 新蘭国の正装を身に着けるのは初めてでございますゆえ……」


 周りの様子を気にしつつ、こう問うた。


「は? い、いや! 全然おかしくない! す、すごくキレイだ!」

「ま……」


 恥ずかしそうに袖で顔を隠す玉蘭に、またも周りから溜め息が漏れる。


「二度惚れなさいましたか、陛下」


 何処からかこんな声が飛んでくると、

「ば、馬鹿言うな! 俺は、会うたびに惚れ直してる!」

と、答えたものだから、その場は笑いの渦に巻き込まれた。




「慶国王のご到着です!」

 その笑いを止めたのは、従者のこの一言であった。


 緊張が門の前に走る。

 海煌が振り向くと、慶国王の乗った馬がゆっくりとこちらに向かって来ていた。


 ある程度の距離で馬を止めると、慣れた動作で馬から降り、海煌達の方へと歩み始めた。


 出迎えるべく歩き出そうとした海煌の腕に、玉蘭が手を添えた。

 どうしたのかと玉蘭の方を見ると、

「申し訳ございません。ゆっくり、お歩きくださいますか?」

と、すまなそうに言ってきた。

「あ、ああ、そうだな」

 慣れぬ正装に、緊張する場に出て来たのだから、これ以上身体に負担を掛けてはいけないと、海煌は玉蘭の歩調に合わせてゆっくりと歩き出した。


 だがそれが、他国の王を出迎える、一国の王の威厳を感じさせる歩みに皆の目には映った。

 当然、慶国の者達にもである。


「ようこそ、おいで下さいました、慶国王陛下」


 玉蘭がにっこり笑って兄を迎える挨拶をした。


「玉蘭、元気そうで何よりだ」


 この一言に、海煌の頬は引きつりかけたが、何とか笑顔を作った。


「ようこそ、新蘭国へ。新蘭国王、遼 海煌にございます」

「おお、ご挨拶が後になり、申し訳ございません。慶国王、慶 勇輝でございます」

「こたびの我が国と覇国の戦に大勢の派兵を賜り、感謝いたします」

「いえ、それを言うなら、我が国の砦を守れましたこと、心より感謝申し上げております」

「この様な所ではなんですので、どうぞ、中へ。貴国の様に立派な宮ではありませぬが、旅の疲れを癒すくらいは出来ましょう」

「ありがとう存じます。ですが、その前に……」

「は……?」


 勇輝が後ろを振り返ると、勇輝の馬を引いていた従者が頭を下げた。

 海煌は意味が分からなかったのだが、玉蘭が嬉しそうな笑顔を作った。


「まぁ、蘇芳! あなたも来たのですか」

「はい! 玉蘭様。陛下にご無理を申しました」

「蘇芳……?」


 こんなに嬉しそうな玉蘭を見るのは初めてであった。

 蘇芳と呼ばれた者は、年の頃は海煌と同じくらいの若者で、甲冑を身に着けている所を見ると、この戦にも出るようである。


「この者は、十数年前に隣国に滅ぼされた、琴国の王族の生き残りなのです」

「琴国の?」

「我が国に助けを求めてやって来たので、暫くの間宮で過ごしていました。その時、玉蘭がよく世話をしていた様です」

「はい! 玉蘭様のお陰で……ここまで来られました。まこと、感謝致しております」

「私は何も……。琴国の王族ですのに琴が苦手で、教えるのに苦労したくらいかしらね」

「玉蘭様! それは言わぬ約束でありましょう!」


 顔を真っ赤にして困り顔をする蘇芳に、勇輝と玉蘭が笑い合う。


 それを、余り快くなさそうな顔をしてみている海煌に、豊真がそっと近寄り、

「よく、ご挨拶が出来られましたな」

とボソッと言った。

「玉蘭に文言を書いてもらって、必死に覚えた」

 なるほど、と豊真は納得した。

「難しい言葉を並べられなかったから、助かった……」

 本心がポロリと口を突いた。

 これも豊真が納得していると、

「この者も、同席させて頂いてよろしいでしょうか?」

と、勇輝が聞いてきたので、

「勿論にございます」

と、返事をしたものの、なんとなく気乗りしなかった。


 そう言えば、玉蘭が他の男と話してるのを見たのは、豊真くらいだったなと、海煌は思った。


 この心のもやもやは、まさか嫉妬か?

 自分と同じ年くらいとすると、十数年前なら七つか八つか……。

 玉蘭にすれば、弟みたいなものだろう。

 いや、ちょっと待て! それなら俺だってそうなるじゃないか!

 いやいや! 俺は玉蘭の夫だから!

 あ~~、実際には夫になってないけど……。

 いや! それでもだなぁ!


 と、勇輝王を案内しながら、海煌が自分勝手な愚にもつかない事をグルグルと考えていると、ふと、玉蘭が歩みを止めた。

 気にはなったが、勇輝王と話をしていたので、歩みを止めるわけにはいかずに豊真へと視線を向けた。


「玉蘭様、どうなさいました?」

 身体の調子が悪くなったのかと、慌てて豊真が近付き問うと、

「……あの方は……どなたなのでしょう……?」

と聞く玉蘭の視線の先を辿ると、将の最後尾に居る者であった。


「あの者ですか? あの者は、仁 義悌と申しまして、少し前まで覇国の将であった者です」

「覇国の……」

「ですが、今では海煌王に忠誠を誓い、この度の戦におきましても、覇国内の事情に詳しく、策を立てるのに役立ってくれております」

「そうですか……」

「あの者が、何か……?」

「ああ、いえ……。将の並びに居ますのに、甲冑姿ではないので、どうしてかと」

「ああ。あの者は、この度の戦には参りませぬ故」

「参らぬのですか」

「我が国に忠誠を誓ったとは言え、生国である覇国や、これまで一緒に戦って来た者達にに弓を引くのは辛いだろうと、陛下が」

「そうですか。海煌陛下らしゅうございますね」

「はぁ……」


 そのやり取りを見つつ、義悌なら、玉蘭の夫に相応しい年齢だなぁと思い、その思いを打ち消すようにブンブンと首を振って、勇輝王に不思議な顔をされた海煌であった。


「玄武……でございますか……」

「ん……」


 久方ぶりに庵にやって来た海煌は、月を見上げながら玉蘭と話をしていた。


 いつもは玉蘭の身体を気遣って、こんなに遅くまで長居はしないのだが、出陣を明後日に控え、逢えるのは今夜だけなので、ついつい腰を上げられずにいた。


 海煌は勇輝王の接待やら、両国の将の顔合わせ、作戦会議にと忙しく、あまり顔を見せないのも不審がられるからと、玉蘭も時々宮に赴いてはいたが、そうゆっくりと話せる時がなかったのも、長居してしまっている理由のひとつであろう。


 話しは、両国の将を交えての作戦会議の折りの事である。


 覇国王のあまりに非道な所業について話が及び、いくら弟とは言え、王殺しの逆賊とせず、すんなり王位に就かせたのはどうしてかと言う問いに、

「……あの方が産まれた折りの”占”の為でございます」

と、義悌が言ったのである。


「”占”……」

「うん。覇国の王族は、産まれた時に占術師にみて貰うのが習慣らしくてな。その時に、北神玄武の加護を得て生まれ来ている、と言う”占”が出たらしい」

「……そのような……”占”が……」

「玄武もさぁ、人、選び間違えちゃったぁって思ってんじゃないのかなぁ。それとも、ああ言う事をさせたくて、選んだのかな」

「あの……」

「ん?」

「……義悌……と言う方は、どのようなお方なのでしょう……?」

「あ? ……なんでだ?」

「あ……あの……その様な”占”を為された王を……裏切られるものかと……」

「ん~? あいつは、あまり気が進まなかったそうだが、父親がな、現国王に仕えると決めたそうだ。それで、まぁ、仕方なしに今の王に仕えていたみたいなんだよな。その父親は、先の隣国との戦で亡くなったらしい。それで、我が国へ来る事にしたそうだ」

「そうでございますか……」

「義悌の事が、そんなに気になるのか?」

「え? あ……ちょっと、聞いてみただけにございます」

「ふぅ~ん」


 玉蘭が、他の男の話をした事など一度もなかった。もっとも、この庵からほとんど出ていないのだから、他の男を知らなかったと言うのもあるであろうが。

 玉蘭の口から男の名が出るのは、あまり心地良いものではなかったが、嫉妬しているとも思われたくなくて、海煌はそれ以上は聞かなかった。


「ああ、宮へ参りました折りに、姪御様と甥御様にお会い致しました。皆さま、とてもお可愛らしくて。特に……甥御様はとても御利発そうで……」

「ん! 俺と違って、頭良さそうだろう?」

「ま、そんな……」

「だからさぁ、次の王はあいつでいいじゃん、て思ってたんだけどなぁ」

「海煌様……」

「でもほら、玉蘭も言ったけど、王位争い?」

「はぁ……」

「そんなのにあいつを巻き込みたくないから……遼国に帰りたいって言ってるんだよね、義姉上」

「遼国に?」

「今は、遼領? 変な名前になったけどな。兄上と、小さな頃過ごした思い出があるらしくてさ。そこであいつを育てたいって」

「そうですか……。それも……良いかもしれませぬね」

「いいって思うか? 玉蘭も」

「はい」

「だよなぁ。けど、どうもさ、またまた遼が蘭に刃向う事になりはしないかって言う奴が居てさ。中々、帰してやれそうにないんだよな」

「左様でございますか……」


 それからしばらく、二人は黙って月を見上げた。

 美しい満月の光りに照らされ、このまま時が止まればいいのにと思いはするものの、明後日には戦へと出向かねばならない。

 出来る限り、両国の犠牲を少なく戦を終わらせたいと海煌は思っていた。

 勿論、慶国の兵達もである。

 慶国と言えば……。


「なぁ、玉蘭」

「はい?」

「あの、琴 蘇芳ってのは、どんな奴だ?」

「どんな?」



 慶国王は、実にざっくばらんな話し方をしてくれたので、助かったぁ~~と思いながら、王が帰国するのを見送った後、蘇芳と目が合ったので、ちょっと話してみるかと声を掛けて見たのだ。


 慶国での、玉蘭の様子も聞いてみたいと思って。


「琴 蘇芳だったかな?」

「……はい」


 ぶっきらぼうな返事に、慶国王や玉蘭が居る時とはえらく態度が違うじゃないか、と思いつつ話を続けた。


「元琴国の王族だと言う話だが、琴国を再興させる気はないのか?」

「…………あなた次第……ですか」

「は?」

「私は、琴国王の孫でしたが、外孫です」


 外孫……と言う事は、娘の子か……。


「ですから、何とか逃げ延びられたのですが、亡国の王族を匿うことに難色を示されたんです、当時の慶国王は」


 まぁなぁ……他国の厄介事には巻き込まれたくないだろうなぁ。


「それに、救いの手を差し伸べて下さったのが、玉蘭様です」

「玉蘭が?」

「玉蘭様の母君様は、身分を問わず、才のある者を集めて育てておられたのです。その中の一人に紛れ込ませて下さったんです」

「へぇ~~」

「ですから! これだけは言わせて頂きます!」

「な、なんだ?」

「玉蘭様を不幸にしたら、絶対に許さないからな! 地の果ての果てまでも追っかけて、ぶっ殺してやる!」

「はぁ―――――!? 玉蘭を不幸にする気なんぞ、これっぱかしもないぞ!」

「その言葉! 何があっても忘れるな!!」


 そう吐き捨てて、去って行ってしまった。


「まぁ……蘇芳ったら……。困った子だこと」


 ”子”!?

 俺と同じ年だぞ! 

 玉蘭に俺は、”子”と思われてるのか!? 


「小さな頃に、国も……家族もすべて失くして……。それは辛い思いをして大きくなった子でございます。どうか広きお心でお許しくださいますよう……お願い申し上げます」

「あ……いや、別にあんなのはどうって事ないが……それに……」

「それに……?」

「ああ、なんでもない。それより、そろそろ帰らないと、おまえが休めないな」

「私の事など……。海煌様の方がお休みになられないと……。明後日には出陣なされるのですから」

「俺は丈夫に出来てるから、大丈夫だ」


 言いつつ、そっと玉蘭を抱き寄せた。


「必ず、無事に帰ってくる。安心して、ここで待ってろ。いいな」

「海煌様……。はい。どうか御武運を……」

「ん……」


 庵の入り口まで海煌を見送り、部屋へ帰ろうと廊下を歩いていると、庭の植垣の向こうに海煌の姿が見えた。

 まだあんな所に居るのかと訝しんでいると、海煌の向こうにもう一人の人影が見えた。


「雀蘭……?」


 新蘭国に来てから、玉蘭の身の回りの世話をしてくれている侍女であった。

 年は16,7で、明るく素直な娘で、同じ蘭と言う文字が名に付いていたのもあって、玉蘭も妹のように可愛がっていた。

 もっとも、元蘭国の女は名に蘭の文字を使う事が多い。それで元蘭国の者か、元遼国の者かわかると言うほどに。


 何やら深刻そうに話した最後に、海煌が雀蘭の肩に手を置き、顔を覗き込むようにして、大きく頷いてから、去って行った。


 自分の事を頼んで行ったのだと思うようにしたが、胸の中に何か重い物が渦巻くのを押さえられない玉蘭であった。

玉蘭との久方ぶりの逢瀬の翌々日、海煌は出陣して行った。

 

 だが、先の覇国との戦いが終わってすぐに、海煌は次の覇国との戦の準備を始めていた。それとはわからぬように。


 何を始めたかと言うと、山の木を伐り出し始めさせたのである。

 名目は、隣国との戦で損傷した砦の修復の為であった。

 しかし実際は、山の中に道を作らせるのが目的であった。


 そうだとはわからぬように、巧みに木を伐る場所を指定して。


 覇国と新蘭国の間には、山々が連なり、その間の細い谷を通るしかお互いの国を行き来する手段はない。後は、鬱蒼と木が生い茂った山を登るしかなかった。


 そこに、道を作らせたのだ。

 覇国の軍に動きがあったと言う知らせが来た時、すぐにこの道に兵達を派兵し、覇国の軍を待ち伏せさせていた。


 覇国は大軍を進軍させてきたが、どれほどの人数を集めようと、細い谷の道を通れる数は決まっている。覇国とてそれはわかっているので、人海戦術で押し進めようと言う腹であった。

 前の者が傷つき倒れようと、その者達の屍の上を通って前へ進めと言う命令が下っていた。


 従って、覇国の者達は前しか見ていなかった。

 まさか、横手から突然矢が射掛けられ、伏兵に襲われるとは思ってもいなかったので、軍列は乱れ、いつ横から襲撃されるかわからぬ恐怖に兵士達の士気は下がって行った。


 欠点としては、軍の陣が幾つにも分かれるため、連絡を取り合うのが困難になると言う点であったが、子供の頃海煌と一緒に野山を駆け回った者達が、その役を買って出てくれた。




 海煌が覇国とそんな戦いをしてる頃、玉蘭の庵に、仁 義悌が訪ねてきた。

 戦が始まってから、毎日王宮から誰かしら玉蘭の様子を見に来ていた。前の戦の時もそうであったので、いつものように玉蘭の部屋へと通した。


 雀蘭がお茶を運ぶと、二人は和やかに話しをしていたので、邪魔をしてはいけないと下がっていたのだが、一向に義悌が帰る様子がない。

 不審に思い始めて様子を見に行くと、部屋に二人の姿がなかった。

 慌てて他の者も別の部屋や庭を探し回ったのだが、何処にも玉蘭の姿はなかった。


 雀蘭は王宮まで駆け出し、宮へ入ると大きな声で叫んだ。

「大変、大変でございます! 王妃様が、玉蘭妃様が、何処にもおられません!」


 雀蘭がこう叫んでから暫く後、王宮から幾十騎もの馬が駆けだして行った。


 その中の一騎が、戦をしている本陣へと走り、海煌王に接見を求めた。

 それに応じたのは、豊真であった。


「海煌陛下は、先程別の陣の様子を見に行かれた。陛下に何用か?」

「おられぬのですか!?」

「用件を言え! 今は戦をしているのだぞ!」

「は、はっ! 実は……玉蘭妃様が、攫われた模様にございます!」

「何!?」


 その場に大きなざわめきが起きる。


「何をしているのだ!」

「も、申し訳ございません!」

「誰に攫われたか、見当はついておるのか!」

「はい! おそらくは、仁 義悌かと」

「なんだと! 義悌が!?」

「は、はい! いつぞや玉蘭妃様は、覇王の傍に居る運命を持ってお生まれになっているとか何とか言っておったと、誰かが申していて……。もしや、それが攫った目的ではないかと……」

「義悌がどうしてその事……」


 豊真はそこまで言って、ハッとある事を思い出した。


 慶国王と作戦会議を開いていた時、覇国の王が北神玄武の加護を得て生まれたとの”占”が為されたと義悌が言うと、

「”占”か……。我が妹の玉蘭も、その”占”の為に苦労した……」

と、慶国王がポツリと言ったのだ。

「あの……覇王の傍に居る運命を持って生まれた娘とか、何とか……?」

「御存じか、海煌王」

「は、はぁ……まぁ……」

「玉蘭の母は、占術師であったのでね。玉蘭が産まれた時にその”占”が出たらしいのだけれど、それがまことかどうか……。私の父は信じて、玉蘭を嫁にやるななどと言い出す始末で。年頃の娘の頃には辛かっただろう。まぁ、今は良き夫君を得て、幸せそうだから、安心だが」

「はぁ……」


 あの時か! あの時、玉蘭様の”占”を!

 あの様な”占”を真に受けて、玉蘭様を!


「それで! 義悌は何処へ行ったのかわからぬのか!」

「今、必死に探しておる所でございます!」


 くそっと、豊真が奥歯を噛みしめていると、

「ほ、豊真様……!」

と、ある兵が声を掛けて来た。

「今は緊急時だ! 後にせよ!」

「し、しかし! その……義、義悌が……」

「ん? 義悌がどうした?」

「申し訳ございません! 先ほど、陛下からのご指示で、先の陣に急ぎ届けねばならぬ物があると言うので……」

「な……! 義悌がここを通ったのか!」

「は、はい! う、馬の背には、大きな荷袋が……。こ、このような事になっておるとはつゆにも思いませず!」

「この先は……まさか、覇国へ玉蘭様を!? 急ぎ、先の陣に義悌を通すなと伝えよ! それと、海煌王様をお探しして、この事をお伝えするのだ!」

「はっ!!」


 戦よりも義悌捜索を優先させたが、どこからも芳しい報は齎されず、時だけが過ぎ去っていくばかりであった。


 

 そんな必死の捜索を尻目に、義悌の姿は覇国の王宮にあった。

 王宮とは言っても、王が一人になれる場所が欲しいと建てさせた離宮で、しかも真夜中であったので、数人の者を引き連れ、肩には大きな荷袋を担いでいる義悌達の他に人影はなかった。


 ある部屋の前に立ち止まり、

「仁 義悌にございます!」

と、名を告げると、

「入るがいい!」

と、中から声が掛かったので、扉を開け、中へと進み入った。


 部屋の中は豪奢な調度品が並び、贅の限りを尽くした造りになっていた。

 その中央の机に、どう贔屓目に見ても品があるとは言えぬ男が座っていた。

 椅子にではなく、机の上にである。


「よく帰った、義悌!」


 横柄な態度で、顎を突き出すように言う。


「は!」


 義悌は肩に担いでいた袋を床に降ろし、膝をつくと深々と頭を垂れた。

 後ろに付き従って来た者達も、同様に頭を下げる。

 それから、荷袋の紐をほどき、袋を取り去ると、中から出て来たのは猿ぐつわを噛まされ、後ろ手に両手を縛られた女であった。


「ほぅ……その女が、覇王の傍に居る運命を持った女か」

「左様にございます! 北神玄武の加護を得られし王に相応しき女かと」

「北神玄武……か」


 ニヤリと厭らしい笑みを浮かべると、

「ハハハハハハ……!」

と、覇国王は大きく高笑いした。



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