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覇王伝説  作者: ふくだ えりこ
3/17

覇王伝説3


 豊真が義悌と細かく打ち合わせをし、色々と手続きやらを決めて陣に帰って王に報告しようと、王の陣幕の中に入ると、海煌は今まさに荷造りを終えた荷袋を肩に担いで、立ち上がろうとしていた所であった。


「王! 何をなさっておいでです! 何処へ行かれるおつもりですか!」

「何処って……。戦も終わったし、早く玉蘭に無事な姿を見せてやろうと思って。心配してるだろうからな」


 慌てる豊真を尻目に、気楽な口調で答える。


「その様な……! 今からでは途中で夜になってしまいますぞ!」

「野宿は慣れてる。大丈夫だ」

「お立場をお考えください! すぐに供をする者を選びますので、少々お待ちを!」

「え~? んじゃ、いい」

「……よろしいのですか……」


 こうあっさり引くとはと、豊真はちょっと拍子抜けした。


「ん。俺は後ろで報告聞いていただけだけど、皆は戦で疲れているだろう? それに、考えてみれば、皆家族を置いて来てるんだ。俺だけ先に女房に会いに行くってのも悪いからな」

「王……」

「じいさんも疲れただろう。座って酒でも飲もうぜ」


 荷袋を置き、椅子に座ると、野宿の時に温まる為に飲もうと思っていた酒袋を取り出し、盃も机の上に出すと、そこに酒を注いだ。


「は……はぁ……」


 王にこんな事をさせていいのか、と思いながらも豊真も椅子に座った。

 お互い盃を開け、一息ついた所で、

「王、お聞きしてもよろしいですかな」

と、おもむろに口を開いた。

「あ? なんだ?」

「今年の作物の出来があまり良くないと、先程言われておられましたが……誰からお聞きに?」

「誰って……。玉蘭の所に出入りしている農家の夫婦からだけど?」

「玉蘭様の所に!?」


 婚儀の夜に毒を盛られてから、玉蘭の食べ物はすべて王宮ではなく、玉蘭の住む庵で作られている。

 食材も、別に持ってこさせていた。その食材に触れられるのも、信の置ける者だけと言う徹底ぶりである。


「そ、その様な者達と……話されておられるのですか」

「ん。玉蘭も気軽に話してるぜ」

「玉蘭様も!?」

「この頃じゃ、子供達もやって来て、賑やかになってる。あれなら、玉蘭も寂しくなかろう」


 政や、戦の準備やらで、豊真はこの所玉蘭の庵に行っている暇がなかったので、こんな事になっているとは露程も知らなかったのである。


「左様でございますか……」


 それがいいのか、悪いのか、と豊真が考えていると、海煌は荷袋から小さな袋を取り出し、ジャラジャラとその中身を机の上に出した。


「また……陣取り合戦でございますか」

「ん! 負けるわけにはいかないからなぁ」


 言いつつ、再び荷袋に手をやり、今度出してきたのは地図であった。それを机の上に広げ、海煌はその上に陣取り合戦の石を置いた。


 ひとつの玉石を新蘭国に、そしてもう一つの玉石は、覇国の上に。


「……何を……?」

「今回の策が失敗したんだ。覇国の王様はそりゃ怒ってるだろう? となると、今度こそ、玉石を新蘭国に置いてやって来るはずだ。じゃね?」

「それは……」


 戦が終わったばかりであるのに、すでにもう次の戦を考えているとはと、豊真は驚きに目を瞠るばかりであった。


「……ただの……お遊びだと思っておりました」

「俺も始めはそうだった。けどさぁ、玉蘭に言われちゃったんだよね」

「玉蘭様に? なんと言われたのですか」


 農家の夫婦の子供達が庭先で遊んでいる楽しそうな声を聞きながら、陣取り合戦をしていた時の事である。


「ああ! もう! また負けた! もうやめ! もうやんない!」


 負け続けて、拗ねて横を向く海煌を優しく微笑みながら見つめ、玉蘭は海煌の前に置かれた玉石を手に取った。


「この玉石は……あの子供達にございます。海煌様」

「は?」

「あなた様は、この国の王。王が守りしは、この国の民達。ではありませぬか?」

「そ、そりゃ、そうだけど……」

「この玉石が取られると言う事は、あの子供達の生活も未来も、命さえ取られてしまうかもしれぬと言う事にございます」

「ん……ん~~~~……」

「あの子達の為に……この玉石、守られてくださいまし」

「ん~~~!! 今度は絶対に勝つぞ!」

「うふっ……はい」



「そのような事を……」

「あんな暴君の国に、あの子供達の未来を奪われてたまるかって! 絶対に負けられねぇからな!」

「王……」


 子供の頃から海煌を見てきた豊真であった。

 勉強嫌いで、宮を抜け出しては、身分の低き者達と遊びほうけていた。

 それを、王族らしかぬとずっと諌めて来たのだが。

 今、王とは何かと、改めて豊真は考えてしまっていた。


 そして、玉蘭が生まれた折りに、占術師であった玉蘭の母が言ったと言う、

「この娘は、覇王の傍に居る運命を持って生まれた娘にございます」

この言葉を思い返していた。


 まさか……あれは真の占術であったのか……? と。



 覇国の捨て石になり、死を覚悟していた者達が、海煌のお陰で命拾いをし、新たな生活を得られたと周りの者達に触れ回ったので、海煌が何をしたかが兵士達に知れ渡り、海煌の株は急上昇した。


 砦を守り得た事で、慶国からは、感謝の印として作物が送られて来たので、この年の作物の出来の悪さを気にする事がなくなり、それもまた海煌のお陰と、民達は海煌を王として受け入れ始めた。


 海煌はと言えば、そんな事は気にもせずに、相も変わらず気楽に会議が終われば玉蘭の庵に行って過ごすと言う、いつもの生活をしていた。



 今日も今日とて、詰まらない会議が終わったので、王の務めは果たしたとばかりに意気揚々と玉蘭の元へ向かう途中で、豊真に呼び止められた。


 少々どころではなく、随分と暗く辛そうな顔をして自分を見る豊真に、何があったのかと訝しげに豊真の言葉を待っていたのだが、豊真が呼び止めた理由を言った途端、大声で叫んだ。


「はぁぁ――――!? 妾妃を娶れだとぉ――――!?」



 海煌は最初驚いたものの、あっさりと冗談にしようとした。

「何、寝ぼけたこと言ってんだ、じいさん」

「寝ぼけてはおりませぬ。国の為、跡継ぎを設けて頂きたいのです」

 だが、真剣な表情を崩さず、豊神はこう続けた。

「跡は、次兄の甥っ子か、長兄の姪っ子にいい婿をと……」

 前に言った事を繰り返す海煌に、

「皆! 皆、あなたの御子に跡を継いでほしいと望んでいるのでございます!」

 そう言い募る豊真の言は、まことの事であった。

 臣下も、民達も、この頃ではその事ばかりを口にしていた。

 早く、海煌に世継ぎが出来れば、と。

「そんなのしらねぇし! それに!」

 ここで海煌はちょっと口籠り、口元を歪めて、

「玉蘭に……なんて言えばいいんだよ」

 小さな声で、言いにくそうに言った。

「王妃様は……ご承知おき下さっております」

「な……! 話したのか!?」

「この事は! ……王妃様より、お申し出くださった事にございます」


 この豊真の言葉が終わるか終らぬうちに、海煌は庵に向かって駆けだしていた。


「王……!」

 駆け出した海煌の後を追おうとして踏み出した足を、豊真は元に戻し、王妃、玉蘭との会話を思い返した。


 数日前、珍しく玉蘭からの呼び出しを受け、何の話しかと訝しがりながら庵を訪れた時の事である。


「妾妃を……でございますか」

「はい。どなたか、良い娘御はおられましょうか」

「し……しかし……」

「こたびの戦で、海煌陛下の御子を望む声が上がっているのは存じております」

「王妃様……」

「本来なれば、私がその責を果たさねばならねど、この様な身となってしまっては、果たせそうにありませぬ」

「それは……」

 玉蘭に毒を盛らせてしまった、新蘭国の責でもある。王妃を守り得なかったのだ。

「されど、私はこの国の王妃にございます。王妃として……この国の将来を守りとう存じます」

「王妃様……。しかし……王がご承知になりますか……。王は、あなた様の事を……」


 豊真のこの言葉に、玉蘭はゆっくりと微笑んだ。

「海煌陛下の母君様は、陛下のお小さい頃にお亡くなりなられたとか」

「は? はぁ……。確か、五つか、六つくらいの御年の時に」

「……きっと、年上の私に、母の面影を見ておられるのでございましょう」

「そ……れは……」

 早くに海煌の父に嫁いだので、亡くなった年は、今の玉蘭と同じくらいになるが……。海煌が玉蘭に母の面影を見ているようには思えなかった。

「海煌陛下の優しいお心づかいは、とても嬉しく思うておりますが……。お若い方を娶られれば、すぐにこんな年よりは忘れてしまわれましょう」


 ほほ……と、小さく笑って口元を袖先で隠す玉蘭は、楚々として儚げで、十分に男心を惹きつけるものを持った女性であった。

 今まで独身であったのは、占者である母の占いのせいであるのは、手に取るようにわかる。そこで、豊真は思い切って聞いてみた。


「王妃様の母君様が為されたと言う占いにございますが……あれは……真の占であったのでございましょうか」

「ま……ホホホ……。あれは、私を生んでから産後の肥立ちが悪く、次の子を望めぬとわかった母が、父の気を留め置く為にした占でございましょう」

「王の気を……その為だけに、あの様な……?」

「少なくとも、私はそう思っております」

「左様で……ございますか。……しかし、妾妃を誰にするかより、王を説得する方が難儀しそうですな」

「それは……私がいたしましょう」

「王妃様が……!?」

「それも、王妃の務めにございましょうから……」

「……はっ」


 王妃の務め……か。

 そうではあるが、ああもすんなり妾妃をと言えるものであろうか。

 海煌と玉蘭は、真の夫婦にはなっていない。

 海煌が、自分を母のように思うていると玉蘭は言っていたが、玉蘭の方も……年下の海煌を弟の様に見ているのかもしれぬ。

 そうだとすれば……。

 海煌はまだ若い。夫婦の契りを交わせぬ者にいつまでも縛りつけておくのも……考えものかもしれぬ。


 なれば、はて、誰を海煌の妾妃にするか……少々頭が痛いな。


 このような事を考えつつ、豊真は庵へと向かう海煌の背を見送っていた。


「玉蘭!! 居るか!!」

 いつものセリフを叫びつつ、海煌は案内も請わぬままに玉蘭の部屋へと駆けこんだ。

「はい。ここに……」

 玉蘭も、いつものように、静かに海煌を出迎えた。

「何故だ! 何故! 俺に妾妃を娶れだなどと言う!」

「この国の為にございます!」

 玉蘭にしては珍しく、大きな声できっぱりと言い放った。

「跡は! 跡は、次兄か長兄の……」

「陛下! 王位を巡っての争いが、国力を弱め、滅んだ国が幾つありましょうや!」

「そんなの……し」

「次兄様の甥御様、長兄様の姪御様! その方達も王位争いに巻き込まれるやもしれぬのです!」

「な……なんだって、そんなのに……!」

「その方達を担ぎ上げ、王位に就けて自分の得としようと考える輩が出てこないとも限りませぬ」

「そんな……!」

「権力とは……そら恐ろしい物にございます。覇国も……弟が兄を弑し、王位を奪ったと聞き及んでおります」

「………………」

「今、この新蘭国の王は、あなた様です、海煌様。あなたの御子が王位を継ぐことが、甥御様、姪御様のみならず、この国に生きるすべての民を守ることになるのです」

「そう……かもしれないが! 俺は……!」

「何故! 何故、私を妃になさったのですか」

「! それは……」

「この国の為……ではありませんでしたか? 王として、慶国との同盟の絆を深める為……でございましょう?」

「くそっ!!」


 これ以上、玉蘭の顔を見ていられないとばかりに、海煌は踵を返し、廊下に出ると欄干に強く拳を叩きつけた。


「なんで……! なんで、俺、王になんかになっちまったんだ!! くそったれが!!」


 悔しさに唇を噛みしめていると、ふと背中に温かい物が当たるのを感じた。


「玉蘭……?」


 この場に居るのは、玉蘭だけである。

 海煌が来ると、他の者は遠慮して部屋には近づかなかった。

 とすれば、背に当たる温かな物は玉蘭のものになるのだが、手だけではない温かさが、背からは感じ取れた。


「私は……ここに居ます」

「え……?」

「たとえ……あなた様が妾妃を娶られようと……その方にあなた様の御子が出来ようと……。私はずっと……ここに居ります。あなた様の……海煌様のお傍に」

「玉蘭! 玉蘭!」

 海煌は振り向きざま、玉蘭の身体を強く、力の限り抱きしめた。

 結婚してから、初めての抱擁であった。玉蘭の身体を気遣い、触れる事さえほとんどなかったのだ。


「か、海煌様……苦し……息が……」

 腕の中の玉蘭がか細い声でこう訴えるのを聞いて、ハッとして海煌はすぐさま身体を放した。

「だ、大丈夫か!? い、医者を呼ぼう!」

 狼狽えて、医者を呼びに行こうとする海煌の腕に手を添え、

「大丈夫でございます。少し息が苦しかっただけで……」

苦しげな顔を見せないようにか、袖で顔を隠しながら、玉蘭は止めた。


 そんな玉蘭の頭をそっと引き寄せ、今度は優しく胸の中に包み込むと、

「妾妃を娶るのは……国の為だ……。それだけだ! それだけだからな! 玉蘭!」

己にも言い聞かせるように、海煌は叫んでいた。

「はい……。はい、海煌様……」

 そう小さく返事をして、玉蘭は海煌の胸にゆっくりと身を預けた。


 こうして、海煌の妾妃選びが始まったのである。


 それから、豊真は妾妃選びに奔走し始めた。

 政務を臣下に任せ、年頃の娘の屋敷を訪問しては、ふらっと遊びに来た振りをして、妾妃に相応しき娘かどうかを見定めに回った。


 しかし、一月、二月経っても、妾妃は決まらなかった。


 理由は、新蘭国が”新”である事であった。


 二十数年前に、元蘭国の王族であった遼国の王族が、蘭国の王族からこの国を奪い返したのだが、蘭国の王族にしてみれば、王位を簒奪されたようなものである。


 禍根を残さぬようにする為に、長兄は蘭国の王族の姫を娶った。

 次兄は、遼国の姫と恋仲になり、その姫を妃にした。


 問題は、長兄には娘しか生まれず、次兄には男の子が生まれた事である。

 故に、三兄の妃をどちらの国の姫にするかで揉め、三兄は独身のまま戦死してしまったのだ。


 慶国との同盟の為、姻戚を結ぶと言うのは、この問題から逃れられる一石二鳥の得策であったのである。


 海煌の妾妃を誰にするかに、豊真が少々頭が痛いと思ったのはこの為であった。


 一層の事、ずらりと年頃の娘を並べ、海煌に選んで貰おうかとも思ったが、玉蘭以外の女に興味はないとばかりに、

「じいさんに任せる」

の一言で、この案はあっさり却下された。


 豊真が頭を痛めている間も、海煌は以前にもまして足繁く玉蘭の元に通い、妾妃を娶るまでの間の、二人の時を大事に過ごそうとしていた。


 今も、庭に置いた長椅子に二人で腰かけ、玉蘭の頭を肩にもたせ掛けて、優しくその髪を撫でながら夕暮れの景色を二人で眺めていた。


 妾妃を娶ると決めたあの日から、海煌はこんな風に玉蘭と触れ合うことが多くなっていた。


 玉蘭は少し恥ずかしそうにしつつも、海煌の優しい手を拒むことなく、大人しく頭を肩に凭れ掛けさせていた。


「……妾妃様は……まだ決まらぬのでございますか……」


 美しい夕陽を見やりながら玉蘭が聞くと、海煌は途端に頬を膨らませ、

「なんだ、早く俺に妾妃を娶らせたいのか、玉蘭は」

と、不満そうに返す。

「その様な事は……」

「”新”蘭国だからなぁ。後で揉め事が起きないようにしなきゃならないから、じいさん、えらく慎重で、あっちこっちに人をやったりして、悩みに悩んでるって感じだな」

「そうでございますか」

「ま、俺としては、おまえとこうしてゆっくりできる時間が長くなるから、有り難いがな」

「ま、豊真殿がご苦労なさっておられると言いますのに」

「あれは、じいさんの生き甲斐だな、ん!」

「まぁ……」

「そろそろ、風が冷たくなってきたな。中に入ろうか」


 海煌が玉蘭の身体を気遣い、こう言った時、

「陛下! どちらにおいでですか! 海煌陛下!」

と、海煌を探す豊真の声が聞こえてきた。


 玉蘭と海煌は顔を見合わせ、部屋の方へと急ぎ足で戻り、

「ここだ! どうしたじいさん、妾妃が決まったのか?」

と、そうじゃないといいなぁ、と思いながら聞くと、

「いえ! 覇国の軍に動きがあるとの報が届きましてございます!」

豊真は二人の前に膝をつき、こう報告した。

「なんだって!? それで! こっちへ来そうなのか!?」

「まだ詳しきことは何も。報を齎しし者を待たせております。急ぎ、宮へとお戻り下さいますように」

「わかった。行こう!」

「はっ!」


 跪く豊真の横を通り過ぎようとして、海煌は足を止め、

「そんな心配そうな顔すんな、玉蘭。この時の為に、色々策は練ってある。必ず、玉石は守り抜いて見せる」

不安そうな玉蘭の方に振り返り、不敵な笑みを浮かべながら片目を瞑った。


 それを見て、玉蘭は目を細めて微笑み、

「海煌様……。強く……大きくおなりになりましたね」

嬉しそうに、そして少し寂しそうにこう言った。

「あ? そうか? んなに大きくなった気はしないがなぁ」


 自分の身体を眺めまわして不思議そうに言う海煌を、豊真と目を見合わせて微笑み合った。



 やはり覇国の軍は、新蘭国に向けて戦を仕掛ける準備を進め始めていた。

 それも、前回の敗退のツケを払うかのような大軍を集めつつあった。


 これにより、海煌の妾妃の話しは先延ばしになった。

 急いで娶った方が、との案も出されたが、もし、妾妃が身籠り、この戦で海煌に何かあった場合、次の王位継承がよりややこしくなるとの意見が出て、お流れになったのである。


 覇国と新蘭国が再び戦をすると聞いて、慶国から以前よりも多くの派兵の申し出が来た。

 前の戦で砦を守り得た事もあるが、覇国と慶国の間にある新蘭国が破れたとなると、次は、慶国がその標的になる。

 

 出来れば、新蘭国で歯止めをしておきたいと言うのが本音であろう。


 それに際し、両軍の親交と士気を高める為にと、慶国の王が新蘭国に来ると言って来たものだから、新蘭国は戦の準備よりも、慶国王を迎える準備に大童となってしまった。


 一番の問題は、玉蘭であった。

 当然、玉蘭に毒を盛られた事は、内密である。

 とすれば、兄を出迎えないわけにはいかない。


 玉蘭の身体を心配する海煌であったが、出迎えの挨拶さえすれば、後は戦の話となるであろうから、すぐに庵に帰り休めばなんとかなるのでは、との医者の判断で、出迎えだけと言う約束で承諾した。



 大慌ての急ごしらえであったが、なんとかかぁとか、王妃の生国である国の王を出迎える準備を整え、海煌はオロオロと宮の門の前をウロウロしていた。


「落ち着かれてください、王!」


 何やら、一年ほど前の婚儀の日を思い起こさせるな、と豊真は思いながら叫んでいた。


「だってよぉ、じいさん! 俺、難しいこと言われたら、さっぱりわかんねぇんだって!」


 慶国との同盟を結ぶ折りは、すべて豊真が交渉に当たったため、海煌が慶国王と会うのはこれが初めてであった。


 それはよく分かっている! だから、あれほど勉強しろと言ったんだ! とは口には出せず、

「もう少しすれば、玉蘭妃様がお越しくださいます。ご挨拶は玉蘭様にお任せになられて下さい」

としか言えなかった。


「玉蘭か……。大丈夫かなぁ……」


 不安そうに後ろを見やると、こちらに向かってゆっくりと輿がやって来るのが見えた。

 庵からこの門まで歩くのは大変だからと、海煌が輿を用意させたのだ。


 婚儀の夜に毒を盛られ、すぐさま庵へと移されたので、玉蘭を見た者はほんの一握りであった。


 海煌の玉蘭へのご執心振りも相まって、どのような女が出て来るのかと、他の臣下や将、女官や従者達は興味津々で輿が地面に降ろされるのを見守っていた。



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