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覇王伝説  作者: ふくだ えりこ
2/17

覇王伝説2

 それから、王は度々妃を見舞いに行くようになった。


 玉蘭は寝たり起きたりを繰り返し、三ヶ月を過ぎる頃、ようやく床を離れる事が出来た。とは言っても、庵の外に出る事はなく、部屋で過ごす日々が続いていた。


「玉蘭! 居るか!?」


 庵の外に出る事が出来ないのだから、居るに決まっているのだが、いつも王はこう言いながらやって来る。


「はい、陛下。ここに……」


 玉蘭は、いつもの様に部屋で本を読んでいた。

 妃として何も出来ないが、せめて新蘭国の事を少しでも知りたいと、豊真に頼んで国の成り立ちやら、王家の系図やらを持って来て貰っていた。


「なんだ、また本を読んでいたのか。よくそんなつまらない物を毎日読めるな」


 勉強嫌いの王らしい一言に、穏やかな笑みを浮かべながら本を閉じ、傍らに置く玉蘭の前にどっかと王は座り、

「ほら!」

と、一輪の花を差し出した。

「まぁ……可愛らしいお花ですこと」

「玉蘭だ!」

「は……?」

「この花の名だ!」

「そうなのですか」

「ん! そろそろ咲くころだと思ってな。おまえに見せたくて探しに行った。何とか一輪見つけたのでな。持って来た!」


 嬉しそうに胸を張って言う王であったが、

「陛下……ご自身で探しに行かれたのですか」

玉蘭は少し眉を顰めて問うた。

「いけないか」

 いけなくはないが、玉蘭は花を差し出している王の手にそっと手を添え、

「もしや、このお怪我は、その花を探しに行かれた折りに、つけられたものでは……」

と、王の手に付いた小さな傷跡を見てから、心配そうに王を見上げた。

「こんなもの、子供の頃からしょっちゅうつけていた」


 玉蘭に手を握られ、王はちょっと頬を染めながら言った。


「陛下は、この国の陛下におなりなのですよ」


 妃と言うよりは、やんちゃな弟を諭す姉の様に言うと、王は頬を膨らませて、口をへの字に曲げた。


 王になりたくてなったわけじゃない、といつもの返事が返って来るかと玉蘭は思っていたのだが、この時は違った。


「いつまで、陛下と呼ぶ気だ。それとも何か? おまえは王に嫁いだので、俺に嫁いだわけではないのか」


 思わぬ言葉に、玉蘭が目を瞠り、

「そのような事は……」

少々戸惑い気味に否定してから、

「海が煌めくと書いて海煌様とは、素敵なお名前だと常々思うておりました。私は、内陸の国の者でしたゆえ、海を見た事はありませぬが」

と、取り成す様に続けた。


「俺も見た事がない」

「そうなのですか」

「俺が産まれた時は、すでに新蘭国になっていたからな」


 この若き王の名は、遼 海煌 と言った。


 その昔、跡目争いに破れた蘭国の王子が東の海沿いへと逃げ延び、そこに遼と言う名の国を作った。だが、いずれは故郷へ帰るとの誓いを立て、その誓いを果たすのが一族の悲願となり、二十数年前についに蘭国を攻め、手に入れ、新蘭国としたのであった。


 大抵の王は国の名を苗字にするのだが、国の名と苗字が違うのは、こういう経緯からであった。


「この名を付けたのは、俺の母でな。俺が腹に居る時に夢を見たそうだ」

「夢……ですか」

「ん! 大海原を見ている夢でな。その海がキラキラと金色に煌めきだしてな。その煌めきが、こう、海の中からザザザ―――ンと浮き上がって来て、空へと舞いあがって行ったので、すっごくびっくりして、それで産気づいて、俺が産まれたそうだ。で、海煌と名付けたらしい」


 ハハハ! と笑いながら愉快そうに海煌は語ったが、玉蘭は静かに微笑んで、

「東海には、竜王様がお住まいなられていたと伝えられています。海煌様は、竜王様なのかも知れませぬね」

と、これも静かに言った。

「あ~? ハハ……! そんな事を言ったら、南には朱雀が、北には玄武が、そして西には白虎が居るだろう」

「はい。ですが……。金色の竜は、神々を統べし竜と言われております」

「へぇ~~、それはスゴイな。けど、そんなのにはなりたくないなぁ。俺は、気楽にのんびり暮らしたい。なのに、なんで、今、王をしているのか不思議でならん」

「……覇王に……なられたいとは思われませぬか」

「覇王!? ないない! て言うか、無理だろう。居るならさっさと出て来て欲しいがなぁ。で、さっさと戦のない世を作って欲しいもんだ」


 これに何も答えず、じっと海煌を見つめる玉蘭に気が付いた王は、どうした? と言う顔を玉蘭に向けた。


「他国に……覇王が現われたとなれば……新蘭国はその国の物になってしまうと言う事にございます。その時、この国の民はどうなるのでしょう……」

「ん……? それは、ちょっと困るが……。覇王になる者なら、そう無体な事はしないんじゃないか」

「……だと、よろしゅうございますが……」


 憂いの表情を崩さない玉蘭に、

「まぁ、なんだ。何百年、千年以上かもしれんが、覇王は現れておらん。そう気に病む事はなかろう」

と、慰めともつかない言葉を海煌はかけた。

「左様でございますね」


 これで、この話は終わった。

 何気ない世間話の一つ。海煌はそう思っていた。




「う~~~~ん……」

 机の上を真剣な表情で睨んで、海煌は唸っていた。

「王、どうなさいました。何を悩んでおいでです」

 珍しい王の様子に豊真が何事かと声を掛け、机の上を見ると、四角い紙の上にマス目が描かれ、その上に幾つかの石が並べられていた。


「何でございますか、それは」

「慶国の遊びだそうだ」

「は!?」

「陣取り合戦とか言うそうでな。あの大きな石を取れば勝ちなんだが、中々取れないんだ」

「そんなもの、こうして取れば」

 豊真は手を伸ばして、大きな石を取ろうとしたのだが、王に止められた。

「ああ! ダメだ、ダメだ! 決まりがあるんだ! この石一つ一つに動き方があってだなぁ、その決まりを守って、あの大きな石を取らないとダメなんだ」

「はぁ……」

「なぁんで、勝てないのかなぁ。玉蘭に負けっぱなしで、腹が立って来てなぁ。今度こそは勝ってやろうと必死に考えてるんだ。邪魔しないでくれ、じいさん」

「……はぁ……」


 政も、それくらい真剣に考えて欲しいものだ、と思ってしまう豊真であった。



 だが、それが思わぬ功を奏することになったのは、婚儀から半年ほどが過ぎた頃である。


 他国からの戦を仕掛けられた時であった。


 戦を仕掛けて来たのは、近年頭角を現わしてきた国であった。

 数ヶ月前に隣国との戦に勝利し、隣国の国力は衰え、数年は戦が出来ない状態になったので、隣国の脅威はなくなったが、新しい敵が現われたのだ。


 隣国との戦に勝利した王は、国の名を「覇」に改めた。

 「覇」の王ならば、「覇王」となる。

 堂々の「覇王」宣言をしたのであった。


 戦の準備と、作戦を考える会議が開かれた。


 大きな机の上に地図が開かれ、重臣や武将達が集まり、次々と意見を述べ、作戦が立てられていく。


「敵は三方から攻めくるようです。ですが、地の利は我等にあります。覇国から我が国に攻めて来るには、どこから来るにしても細い山道を通らねばなりません。そこで食い止めれば何と言うことはないでしょう」


 戦上手と言われる武将が言うと、他の者達も大きく頷いた。


「斥候の連絡によれば、この三つの地点に覇国の兵が集まりつつあるとの事。つまりは、この三点を押さえれば、我が領土に一歩も入ることは出来ぬでしょう」


 武将が、細い山道の三つの箇所を指差すと、また他の者達が頷く。

 

 皆が、これで策は決まったな、と思った時、

「あのさぁ……」

と、口を開いたのは、海煌であった。

「何でございましょう、王」

「その作戦って、玉石が我が国にある時だよなぁ」

「は? 玉石?」


 玉石とは、玉蘭との陣取り合戦で、その石を取れば勝てると言う石であった。


 それを唯一知っている豊真が、コホンと咳払いし、

「覇国は、我が国に宣戦布告をして参ったのですから、我が国にある物ではありませんか?」

と、少々諭すように言った。

「ん~~。そうなんだけどぉ。もし、玉石がここにあった場合、あっさり取られそうなんだよなぁ」


 そう言いつつ海煌が指したのは、慶国であった。


「はぁ!? 慶国でございますか?」


 あまりに突飛な話に、豊真も戸惑い気味に問うた。

 他の重臣や、武将達は苦笑を漏らすのを我慢したほどである。


 海煌が作戦会議に出た事は、これまで一度もなかった。

 優秀な長兄が采配を振るい、海煌は命じられた役割を、その武術の腕で遂行して来ただけであった。

 今も、王になったのだから出さないわけにはいかないが、とにかくそこに座っていてくれればいい、程度にしか他の者達は思っていなかった。


「だってさぁ、慶国から援軍が来てくれるんだろう? それもたくさん」

「それは……同盟国となりましたからな」

「ん。こっちには有り難い話だけどさぁ、慶国の守りは手薄になるよなぁ」

「それは、まぁ……。ですが」

「ここの一軍が、こっちにではなく、慶国に向かったとしたら、どうなる?」

「……ですが、その程度で慶国が破れる事は……」

「ないにしても、痛手は被るよなぁ。もし、この国境沿いの砦が落とされた場合、無茶苦茶しんどくならない?」


 隣国が破れたため、覇国と慶国の国境は近付きつつあった。

 覇国に対する防衛の要となりうる砦であった。

 そこの砦が落とされずとも、機能が低下すれば、覇国が断然攻めやすくなる。


「ん~~~む」


 これには、他の武将達も唸らざるを得なくなっていた。


「しかし! そちらに向かわず、こちらに攻めてきた場合、我が国はどうなります」

 これは、至極当然の問い掛けであった。

「いっそのことさぁ、ここまで敵さんを引きこんじゃわない?」

「はぁぁ!?」


 海煌が指差したのは、新蘭国内の平原であった。


「そんな所まで敵を入れては、その後どうやって戦えば……」

「挟み撃ち」

「はぁ!? どうやってそんな事が出来るのですか!」

「相手は山の細道をやって来るのですぞ!」

「そのような事が出来よう筈がありませんでしょう!」

 口々に異を唱える武将達を尻目に、海煌は涼しい顔で、一つの山に指を置いた。


「ここの山の中腹にさぁ、洞窟があるんだよねぇ」

「洞窟……!?」

「うん! 案外広い洞窟なんだけど、入り口は下から見ただけじゃわかんなくてさぁ、その先がここに通じているんだ」


 そう言って、指を移動させた先は、細道の中程であった。


「そ、その様な所に……そんな洞窟が……?」

「子供の頃、山の中で鬼ごっこしてる時に見つけたんだよなぁ」


 遼国から新蘭国となってまだ二十数年。すべての地形を把握しているとは言い難い状態であった。


「そこで挟み撃ちにするにせよ……。敵が慶国に向かった場合、どうしようもないのでは……」

「こちらへの数を減らせばいいじゃん」

「そのような事をすれば我が国が」

「慶国軍の数が減れば、策がばれたとわかり、慶国へ向かうのをやめ、こちらに向かってくる可能性が高くなりましょう」

「んじゃ、数は一緒で、兵力を落とす」

「兵力を……!?」

「そ! 強いのを残して、頭数だけ一緒にすればいいんじゃん」

「……それで……我が国は勝てましょうか……?」

「もし、こっちの軍が我が国に向かって来たなら、この平原に引き込むまでの間に、強い兵達に援軍に来て貰ったらいいだろう?」


 さらりと言ってのける王に、重臣や武将達は目をぱちくりさせながらも、王の言に逆らうことは出来ない、の体を残しつつも、心の中でどこか納得しながら、王の策で行くと言う事で会議を終えた。


 会議を終えてからも、まだ地図を睨んでいる王に、

「まだ何かご不安な事でも?」

と、豊真が問うた。

「嫌な国だよなぁ、覇国って」

「それはまぁ……。ですが、こう言う世の中ですので、戦を仕掛けて来るのも無理からぬかと」

「ん~~。それもそうなんだけどさぁ、もしこの慶国の砦が目的の戦であるなら、こっちの二軍は捨石だよな」

「は……はぁ……」

「つうことは、あんま強い奴は配していないから、囮になって死ねって言ってるみたいなもんだ」

「…………」

「慶国と同盟結んで大正解! さすがは、じいさんだな」

「王……」


 そして、王の策は見事に的を射、慶国に向かった覇国の軍は返り討ちに遭い、多大な犠牲者をだして敗退を余儀なくされた。

 そして、新蘭国の平原で残りの二軍は、新蘭国の軍に挟み撃ちにされていた。


 慶国の砦攻略に失敗したと言う報が、新蘭国にもたらされてから少しして、覇国の軍の様子が変わった。


 皆、浮足立ち、どうしたものかとウロウロし始めたのである。

 その様子から、覇国にも作戦の失敗の報がもたらされたのがわかった。


 どう出るかと、息を凝らして見守っていると、一騎の馬が軍列を離れ、こちらに向かって走ってきた。


「お! 一騎打ちか!」


 そう叫んだのは海煌で、叫んだと同時に、自分の馬を走らせていた。


「王! 何処へ行かれます! 危険ですぞ!」

 豊真が慌てて叫んだが、

「危険、危険て! 危険だからとずっと後ろに居ろって言われて、暇でしょうがなかったんだ! ひと暴れくらいしたっていいだろう!」

と、聞く耳持たずで、突っ込んで行く。


 武術の腕はどれも優れていて、馬を走らせれば、追いつける者は居なかった。

 豊真さえも追いつけず、後を付いて走るのが精一杯であった。


 ある程度走らせたところで、相手の馬が止まった。

 それを見て取り、海煌もある程度の間合いを取って、馬を止めた。

 相手がどのような手に出て来ても、対処できる距離にである。


 覇国の馬に乗っている武将が剣を抜いた。


「あ?」


 と言う間の抜けた声を海煌が上げたのは、武将が剣の鞘ごと腰から引き抜いた為であった。


「我は、覇国二軍を率いし将、仁 義悌! 貴国にお頼みしたき事があって参った!」


「なぁんだ、一騎打ちじゃないのか」

 豊真は胸を撫で下ろしたが、海煌はつまらなそうに舌打ちしてぶうたれた。


「我が国の策、打ち破られし慧眼、まことに感服つかまつった!」


 言って、深々と頭を下げる将であったが、

「……じいさん、けいがんに、かんぷくってなんだ?」

と、海煌は戸惑ったように、後ろの豊真に小声で尋ねた。

「今回の作戦を見抜いた事を、褒めておられるのです!」

 豊真は頭を抱えたくなるのを押さえ、これも小声で言った。

「はぁ? んなの、誰だってわかんだろう。見え見えだったじゃん」

 口を尖らせ海煌は不思議そうに言ったが、あの会議に出ていた者は皆、気付きもしなかったのだ。それを、コロッと忘れている海煌である。


「この戦、我が国に勝ち目はなきものと断ぜざるを得ぬ状況につき」

 言いながら、仁 義悌は鞘に入った剣を水平に前に差し出し、

「我が命を持って、二軍の兵をお助けいただきたき所存にございます! 何とど、お聞き届けいただきたく、伏してお願い申し上げに参りました!」

再び、頭を深く下げた。


 海煌はそれを聞いて、ゆっくりと馬を前に進め、義悌の近くまで行くと、

「あのさぁ」

と、声を掛けた。

「は!」

「俺さぁ、あんま勉強しなかったもんだから、難しい言葉知らないんだよね」

「は?」

「だからさ、平ったく言うけど、おまえさんの命なんて要らないし、後ろの軍を引かせるからさ、さっさと自国に帰ってくれないかな」

「はぁ!?」

 と言う声を、義悌だけではなく、豊真も上げた。


「よ、よろしいのですか……」

「だってさぁ、これ以上戦っても、お互いに死人と負傷者増やすだけじゃん。死体の後始末するのも大変だし。あれってさぁ、気持ち良くないんだよねぇ。どっちの国の兵のでもさ」

「虜囚も御取りにならない?」

「りょしゅう?」

「捕虜の事でございます」

 豊真が後ろから小声で耳打ちする。

「ああ、要らない、要らない! 何しろさぁ、今年の作物の出来、あんま良くないみたいなんだよねぇ。捕虜にただ飯食べさせるくらいなら、今回頑張ってくれた兵達に食べさせてやりたいから。ん!」


 義悌と豊真の間に流れる微妙な空気は一切意に介さず、自分だけ納得、満足して、海煌は大きく頷いた。


「……左様で……ございますか。寛大なるご処置、感謝いたします」

「たださぁ!」


 馬の首を返して帰ろうとする義悌に、海煌が呼び止めるように叫んだ。


「何でございましょう?」

「我が国に来たいって奴は、大歓迎するぜ」

「は!?」

 これも、義悌と豊真が同時に叫ぶ。


「半年ほど前の隣国との戦でボロボロになった砦も修復したいし、開墾して、作物が取れる地ももっと欲しい。真面目に一生懸命働いて税を納めてくれるなら、大歓迎だ」

「……何故……そのような事を……?」

「え~? だってなぁ……自国に帰れるってのに、ちっとも嬉しそうじゃなかったじゃん。つうことは、自国の為に喜んで捨て石になったってわけじゃないだろう」


 義悌の目が大きく見開かれる。


「我が国の策……見抜かれしは、あなた様でございますか」

「あ? 見抜いた? ないない! あんなの、丸わかりじゃん! 当たって欲しくなかったけどなぁ。自国の兵を捨て石に使うなんてさ」

「自国……では、殆どありませぬ」

「あ?」

「あの兵達は……殆どが我が国との戦に破れた国の者達にございます。中には兵ではない者もおります」

「げ!」

「まこと! まことに! あの者達をお受け入れ下さいますのか!」

「入れる、入れる! んな無茶苦茶な国に帰る事ないって!」


 海煌は何度も大きく頷いたが、豊真は少し眉根を顰め、

「しかし……諜者が入り込む可能性も……」

「ちょうじゃ……? なんだそれ」

「覇国の回し者にございます。こちらの情報を覇国に知らそうとして、入り込むかもしれません」

「ふぅ~~ん。で、その蝶者ってのは、まだ我が国に入ってないのか?」

「いえ、おそらくは……入り込んでいるかもしれませぬ」

「だったら、一緒じゃん!」

「王!?」

「あの者達を捨て石にする国に帰したらさぁ、寝ざめ悪そうじゃん。俺、そっちの方がやだから。て、事で、後の事はよろしく頼むな、じいさん。俺、手続きやらなんやら小難しい事はさっぱりわかんねぇから」


 軽く手を振って帰ろうとする海煌であったが、

「お、お待ちを! 王!」

義悌が大声で呼び止めた。

「あ~? まだ何かあんのか? 細かい事はこのじい……コホッ豊真に言ってくれ」


 そう言う海煌の前に、馬から飛び降りた義悌が跪き、深々と頭を垂れた。


「前王より覇国……いえ、私が仕えしは、民国にございました。前王は民を思う良き王にございましたが、現国王が実の兄を弑し、王位を奪い、覇国と名を改め残虐無道な国へと変わり果てさせました。あの王の国に帰りたいとは思いませぬ! どうか! この国に、あなたにお仕えする事をお許しいただきたく存じます!」

「……………………」

「お許し……頂けませぬか」

「あ~~~~……。こういう時、なんて言えばいいんだ? じいさん!」

「……許す……でいいのでは? 許されたいのでしたら」

「そうか! ん! 許す! よろしくな!」

「有り難き幸せ! この義悌! 我が命を賭け、あなたにお仕えすることをお誓いいたします!」

「命? やめやめ! んな奴、要らない!」

「は?」

「おまえの命はおまえのもんだ! 誰かの為に使うな! それが出来ないなら、要らない」

「王……承知いたしました!」

「ん! じゃな!」

 ニッコリ笑顔で馬を返しながら、

「あ~~……一騎打ち、したかったなぁ……」

と、ぼやく王を見送りつつ、

「素晴らしい王ですな」

と、豊真に義悌は言ったのだが、豊真はどう答えたものかと返事に困ってしまっていた。




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