覇王伝説1
その昔、神々がこの地を離れ天へと帰られようとしていると知った人々は、神々の居なくなった後、我々はどうすればいいのかと、嘆き悲しんだ。
その姿を見て、神々はこう言われた。
”いずれ、おまえ達の中から、この地を治めし『覇王』が現われよう”
そして、神々が去られた後、『覇王』を名乗る者が各地に現われ、国を興し、
「我こそは『覇王』なり!」
と、他の『覇王』を名乗る者と争い始め、まさに群雄割拠、戦国の地になって行った。
そんな一つの国の王宮の中の一室で、一人の男が部屋の中を右へ行っては左へ行き、椅子に座っては立ち上がって窓の外を見やり、また椅子に座る。と言うのを繰り返していた。
「王。少しは落ち着いて下さい」
臣下らしき者がこう声を掛けたが、男は気付かなかったのか、椅子からまた立ち上がり、また窓の方へと歩み出した。
「王! 落ち着いて下さいと申しておりましょう!」
堪りかねて大声で言うと、男はやっと気が付いたのか臣下の方に振り向き、
「あ? 俺に言ってるのか?」
と、不思議そうに問うた。
「勿論でございます! あなた様は我が新蘭国の王にございましょう!」
責めるように言う臣下に、王らしき男は口をへの字に曲げ、
「なりたくてなったわけじゃないし……なるとも思ってなかったし……」
と、文句めいた事を口の中でもごもごと言う。
臣下は頬と眉をピクピクさせ、
「あなた様がどう思われておられようと! 今! この新蘭国の王はあなた様にございます! いい加減諦め……コホッ! ご自覚くださいますように」
辛抱強くとは言い難い口調で注進した。
王となりし男は、前新蘭国王の四男坊で、王位とは無縁だと思って生きてきた。
長男は文武両道にして人望篤き、実に優秀な男で、次の国王に相応しき人物と皆に崇敬されていた。
が、一年ほど前に流行り病であっさり亡くなってしまった。
それに乗じて隣国が戦を仕掛けて来て、勝利したもののその戦で二男と三男が戦死。
頼りにしていた息子達を一気に失くし、王は病に伏せ、一月前に亡くなった。
長男は妃を娶ってはいたが娘ばかりであったし、次男の子はまだ赤子で、三男は独り身であった。
で、四男坊にお鉢が回ってきたのである。
本人が言ったように、王になるなどこれっぱかしも思わずに、自由奔放に大きくなった。
武術の腕は優れているが、勉強嫌いで政にはとんと興味はなく、王になったからと何をどうすればいいのか、さっぱりわからない始末であった。
王の逝去に伴い、またもや隣国が戦を仕掛けて来ようと画策しているとの情報を得て、臣下達が出した結論は、他国と同盟を結ぶ、であった。
どんぐりの背比べである国の中で、頭一つ抜きん出た国がある。
慶国と言う名の国で、先代の時代に次々と近隣諸国を攻め、領地を大きくしていた。半年ほど前に前王が亡くなり、息子が王位を継いだが、その勢いがとどまる事はなかった。
もう一国、頭角を現してきている国があるのだが、その国と慶国の間にある幾つかの国の一つが新蘭国であった。
今、間にある国の取り合いをしている形になっている。
どちらに付けば有利かと、他の国々も色々考えているようだが、もう一つの国は新興国で、どのような国か、そしてどんな国になるのかまだまだ不明で、新蘭国としては、安全策を取る事にしたのである。
慶国と同盟を結び、絆の証しとして、姻戚関係を持つ事となった。
慶国の王の妹を、娶る事となったのである。
「何で、俺が、んな見た事もない女を女房にしなきゃならないんだ!!」
と王は喚き散らしたが、
「国の為です!!」
と、一蹴されてしまった。
そして、慶国から来た王妹との婚儀の時を待っている所であった。
弱冠二十歳で王になり、妃を娶るなど考えてもみなかった王は、まだどうすればこの状況から逃げ出せるかと思案していた。
王妹は、王よりも年上であった。
女が、特に王族の女が二十歳を超えてまだ独身なのは珍しかった。
相当な醜女か、性格が悪いか。
何処にも貰い手のない妹を、押し付けられた気がしないでもなかった。
婚儀の式が終わるまで、お互いに顔を見せ合わないのが仕来りである。
顔を合わせるのは、初夜の寝所でである。
どんなどブスと夫婦にならねばならないのかと、胃の辺りがおかしくなってきていた。
兄が生きてさえいてくれれば、好きな女と夫婦になり、気楽に生きて行けたものをと、何度恨めしく思った事か。
まだ、そんな女が居なかった事だけが救いであろうか。
どんなに逃げたくとも、国の為だと言われれば逃げる事も出来ず、仕方なしに婚儀に出、隣に座った顔の前に布を垂れた女をチラチラと盗み見ては、溜め息を吐くのを我慢するのが精一杯だった。
そして、悪夢の夜がやって来た。
顔を見なければ何とかなる! 遊女を抱くのと同じだ!
と、自分に言い聞かせつつ、初夜の準備を進める侍女達の為すがままになっていると、にわかに外が騒がしくなった。
大切な婚儀の夜に何の騒ぎかと訝しんでいると、一人の使者がまろぶようにして部屋に飛び込んできた。
「た、大変でございます! お、お、」
「お? なんだ! はっきり言え!」
「お妃様がお倒れになりました!」
「あ!? 疲れでも出たか?」
慶国から長い旅をしてきて、婚儀を執り行ったのだから無理もないかもしれないと王は思ったのだが、
「い、いえ! だ、誰かにど、毒を盛られた可能性があると!」
と、使者は自分が毒を盛られたような青い顔をして叫んだ。
「毒だと!? 一体、誰がそんな……! ……隣国か!?」
慶国との同盟は、隣国にとっては厄介な物と映っているだろう。
王妹が新蘭国で毒殺されたとなれば、同盟もご破算になる確率は高い。
「それは、まだ……はっきりとは……」
「それで! 助かるのか!?」
「医師達が懸命に治療しておりますが……どうなるかは……わからぬと」
「なんでこんな事になんだよ! これじゃ、同盟なんて結ばない方が良かったじゃないか! あの妹は、殺されにここに来たってのか!」
「王! どうか落ち着いて……」
「また落着けかぁ!? わかってんのかよ! この国の為って同盟結んで! それで、一人の女が死にかけてんだぞ! これが落ち着いてられるかよ!」
王の言う通りであったので、臣下達もこれ以上は口を開かなかった。
王妹は一応命は取り留めた。
だが、結局犯人は誰かわからずじまいであった。
理由は、心当たりがあり過ぎた、であろうか。
王の婚儀となれば、各国よりの祝いの使者が訪れていた。
現在、友好的な国ばかりではあるが、慶国と新蘭国の同盟を快く思っていない国は多い。
いうなれば、いつかは新蘭国に牙を剥く可能性のある国ばかりとも言えるのだ。
そして何より、王妹の毒殺未遂の件はひた隠しに隠されたので、大っぴらに犯人捜しをするわけにいかなかったのだ。
慶国に知られては、同盟の話しも無に帰すであろうし、王の妹の命を危うくさせたとあっては、戦を仕掛ける口実を与えるようなものでもある。
王妹を連れて来た慶国の使者は、婚儀が終わるとさっさと帰ってしまった。
なんとも冷たいものであったが、こういう事態になると有り難かった。
長旅と婚儀で疲れ、熱を出したことにして、使者達への挨拶は王だけがした。
密かに居場所を移し、厳重な警戒を敷いているが、それでも王は不服そうな顔をして、どっかと椅子に腰を降ろし、机に両肘をついて手の上に顎を乗せて口をへの字に曲げていた。
「王、いい加減に機嫌を直されてください」
「機嫌? 俺の機嫌の問題じゃないだろう! 犯人もわからずじまいでは、この先だって命が狙われる可能性があるってことじゃないか!」
「それはそうでございますが……。こうすることが一番……」
「国の為か!?」
「……はい」
ダン! と、王は机を叩いて立ち上がった。
「王妹は慶国に帰す!」
「は? な、何を言われだされるのですか! そのような事をすれば同盟は……」
「同盟も破棄だ!」
「王!!」
「女の命と引き換えにする同盟なんぞ、ごめんだ!」
「我らが、命に代えてもお守りいたします! それに! …………」
「それに、なんだ?」
先代の王よりつかえ、今の新蘭国を実質的に動かしていると言っても過言ではない老臣が口ごもるのは珍しかった。
「もしやすると、王妃様に毒を盛ったのは、慶国の者かもしれませぬゆえ……」
「はぁ~~!? 自分の国の王族に、なんで毒を盛るんだ? じいさん、ついにボケて来たか?」
忠臣であり、猛将であった豊真に、王は幼い頃より武術を習って来たので、臣下の中で一番信頼していたのだが、これはちょっとヤバいかも、と思ってしまった。
「ボケてはおりませぬ。同盟より婚儀までの期間が短かったゆえ、お妃様に付いては良く調べられなかったのですが、今回の件でいろいろ聞いて回りましたところ、ある噂を耳に致しまして」
「噂? 自国の者に殺されかけるような、何か悪い事でもしでかしたのか?」
「いえ。悪い事でもなければ、あの方自身が何かなさったわけでもないのですが」
「ああ~~!! はっきり、あっさり、すっぱり言え!!」
と、王に言われて豊真が語った王妹の噂はこうであった。
王妹の母は、その昔、神々に仕えていたと言われる家の者で、今は占術を生業としていた。
良く当たるとの評を聞いて、王宮に呼び寄せたところ、王が気に入り妾にした。
そして、娘が生まれた。
娘が生まれた時に、母親がこう言った。
”この娘は、覇王の傍に居る運命を持って生まれた娘にございます”
「覇王~~~!? なんだ、それは?」
「覇王の言い伝えをご存じあられないのですか!?」
「それくらい知ってる!」
小さな子供でも知っている事を、知らないのかと驚かれ、王は憤慨気味に叫んだ。
つまりは、逆に言えば、この娘が居る所に覇王が現われる、となるのではないか、と慶国の前王は考え、
”この娘は誰にも嫁がせてはならぬ!”
と、言ったと言う。
「んな与太話、信じたのか、前王は」
「はぁ……。ですが、慶国が他の国を制圧して、大きくなり始めたのは二十年ほど前から。その娘御……お妃様がお生まれになられた頃からにございます」
「俺が言った与太話ってのは、覇王の言い伝えの方だ」
「は?」
「な~にが、神々がいずれこの地を治める覇王が現われると言った、だ! んなの、実際に聞いた奴が何処に居る? 神さんがこの地に居たってのも眉唾もんだろうが」
「王……!」
「何人の! 我こそ覇王なり! て奴が出てきた? それで、何人の人が殺された!? んな嘘か出鱈目かわからねぇ言い伝えの為に!」
嘘も出鱈目も一緒でしょう、と言う突っ込みをぐっと喉の奥に押し込み、
「覇王伝説の真偽はとにかく、前王の言を守ろうとしたか、母親の占術を信じた者が、お妃様のお命を狙った可能性があるかと」
と、豊真は辛抱強く、諭すように言った。
「どうして、現王は俺の所に嫁がせたんだ?」
「そこの所も気になりましたが、直接聞くわけにも参りませんので推測でしかありませんが……。前王が亡くなられた後も、慶国の領土は広がっております。ただ、それが、妹が居るお陰……と言われますれば、少々……お気に触られていたかと……」
「いいじゃん。覇王になれるかもしれないし」
「男なら! 自分の力で! と思うものにございましょう」
「俺は思わねぇなぁ」
「少しは気概と言うものをお持ち……」
「誰のお陰だろうがぁ、覇王になる奴が出て来て、戦がなくなればそれでいい!」
「それは……」
「あ~~あ、ンと余計なこと言って消えてくれたよなぁ、神さん達。ホントに居たらの話しだけど」
豊真は、時折りこの若き王を不思議な思いで見やる事があった。
武術に関しては、呑み込みが早く実に優秀な教え子であった。
が、学問や礼儀作法の時間はいつもどこかに雲隠れし、それを探すのも豊真の役目になっていた。そんな時は大抵、市井の子供達と野山を駆け回っていた。
それでも、時にして、今のようにハッとするような事を口にする。
誰も思わぬような事を。
そして、それが真を突いているのでは、と思うような事を。
豊真が若き王を見やりながらそんな事を考えていると、一人の家臣が入って来た。
王妹、今は王妃となりし者に付いている医師であった。
「お妃様に何か?」
容体が悪くなったのかと、豊真が眉を曇らせて問うと、医師は首を横に振った。
「いえ。反対にございます。今日は体調も良く、気分が良い故に、是非とも王にお会いしたいと申されておられまして」
「は!?」
突然の申し出に、王は素っ頓狂な声を上げた。
自分の妃になったとはいえ、まだ一度も顔を見た事がなかったのだ。
王宮の東端に、小さな庵がある。
そこに王妃を密かに移した。
王宮の妃の部屋に置いておけば、また何者かの手が伸びるやもしれぬし、騒がしい王宮の中に居てはゆっくり休めないであろうとの配慮もあった。
その庵の前に立ち、若き王はジィ――――っと庵の扉を睨み続けていた。
ここに来る前、王妃が会いたいと伝えに来た医師がこう続けた。
「王妃様にお会いになられる前に、これだけはお伝えせねばと、私が参ったのでございますが……」
「ん? なんだ?」
「これよりのご回復具合にもよりましょうが……。おそらくは……王妃様におかれましては、お子様を望めぬようにおなりかと……」
「何!?」
これには、豊真も絶句するしかなかった。
「お命だけは何とか取り留めは致しましたが、身体の内への毒の影響は大きく……。子を為す行為も……お厳しいかと……」
つまりは、夫婦の営みも出来ない身体になった、と言うことであった。
「それを……王妹……ああ、いや、王妃は知っているのか?」
王が声を絞り出すようにして聞いた。
「……はい。てっきり、お休みなっておられると思っておりまして……。部屋の外でその事を話していたのをお聞きになられてしまわれたようで……」
「なにやってんだ!」
「申し訳……」
「いずれは! いずれは……話さねばならぬ事にございましょう」
「そうだけど……!」
まだまだ完全に回復しきれていない時に、そんな話を聞かせなくても……と、王は豊真を睨みつけた。
「この度、王にお会いされたいと申されましたのは……廃位の覚悟をされての事かと……」
「廃位!? なんだ、それは」
「妃の位を廃する……と言うことです」
「はぁ!? 何も悪い事をしていないのにか!?」
責めるように言う王に、医師と豊真は眉根を寄せて俯くしかなかった。
「跡継ぎ……と言う問題がございましょう」
「跡継ぎって……んなの、誰でもいいだろう!」
「そういう訳には参りません!」
「それじゃ、次兄の子を次の王に……長兄の娘に王に相応しい婿をとってもいい」
「王……!」
「何もわからない他国に来て、命狙われて! その上、子を産み、母になる喜びも奪っておきながら、廃位する!? んなの、俺は絶対にしないからな!」
つい先ほどまで、妃を生国に帰そうと思っていた王であったが、これでは子を産めない身体になったから用無しになったと言わんばかりになってしまう。
で、どんな顔をして会えばいいのかと、ジィ―――っと扉を睨み続けているのだ。
「怒ってる……いや、恨んでるよなぁ、きっと……」
「それは……なんとも。お会いになってみられない事には……」
「だよな……」
ここでこうして扉を睨んでいても仕方がないかと、王は一歩足を踏み出そうとして、止めた。
「名前……なんてったっけ?」
「は!? 玉蘭様です! 紅 玉蘭様!」
豊真に怒鳴られ、ああ、と王は思い出した。
名に「蘭」の字があるとは、新蘭国の王妃に相応しいな……と思ったのを。
なのに、どうしてこんな事になったのか……。
王は大きく息を吸い込み、一気に強く吐き出すと、よし! と気合いを入れて扉の方へと足を踏み出した。
侍女たちに案内され、王妃が休んでいる部屋の扉が開かれるのを、地獄の門が開いていくのを見ている気分で見つめた。
小さな庵の、小さな部屋の牀に王妃は休んでいた。
扉の開く気配に身を起こし、少し髪に手をやり、身なりを整えながら王の方を見やってきた。
玉蘭の花は、白くて小さな繊細な花である。
牀の上に佇んでいる妃は、まさに玉蘭の花のように、ひっそりとした雰囲気を漂わせ、透き通るような白い肌をした、儚げな女性であった。
「陛下にございますか?」
姿に似つかわしい、細く柔らかな声で王妃は問うてきた。
「へ、へいか?」
何の事やらと言う顔をする王の後ろから、豊真が、あなたの事でしょう! と言うように背中を突っつく。
「あ~~! ん! ん、ん!」
言葉にならずにただただ頷くだけの王に、豊真が後ろで首を振る。
王妃、玉蘭は牀の上で身体の向きを変え、居ずまいを正して王に相対すと、ゆっくりと頭を垂れた。
「この様な所までご足労いただきまして、誠に申し訳ございません。また、この度の不始末、如何様に詫びても詫びきれぬ思いにございます。心より謝罪申し上げます」
「は?」
こっちが謝らねばならぬのに、先に妃に謝られて、王は戸惑いながらも何かを決心したように部屋の中へと入って行った。
そして、玉蘭が座っている牀の横に置かれた椅子にどっかと腰を降ろした。
意外な行動に目をぱちくりさせている玉蘭に、
「俺は、妾妃が産んだ四男坊で、王になるなんてこれっぱかしも思ってなかったから、堅苦しいのは苦手だ」
と、ぶっきらぼうに言った。
「は、はぁ……」
「だから! 気になっていた事を、単刀直入に聞く!」
「何でございましょう……?」
「おのれ自ら、服毒したのではないのか?」
この問いに、慌てたのは豊真であった。
「な、何を言い出されるのですか、王!」
「他国の! 顔も見た事もない男の元に嫁ぐなど、俺なら死んでもごめんだ!」
口をへの字に曲げ、片方の頬を膨らませる王を見て、玉蘭は穏やかな笑みを浮かべた。
「私は、一生誰の元にも嫁ぐことはないと思っておりました」
「ああ、あの覇王の傍に居るとか何とかで……」
「ご存じでございましたか」
「あ~~、風の噂でちょっとばかり」
まさか、自国の者に殺されかけたのではと疑って調べたとは言えず、何とか誤魔化した。
「兄の華やかな婚儀の式典や、姉達の嫁ぐ準備を嬉しそうにする様を見ては、羨ましいと思うておりました」
確かに、華やかな式典だったなぁ……と王は心の中で独りごちていた。
慶国の、当時はまだ王子であった現国王の婚儀の式典に、父親や兄と共に出席したのだ。
華やかで、煌びやかで、退屈だった。
ので、いつもの様に抜け出そうとして、父からこっぴどく怒られたのを思い出していた。
「ですので、こうしてあなた様の元に嫁げしこと、心より喜びこそすれ……死にたいと思うたことは一度もございません」
「そうか! ならいい! 良く養生をして、早く元気になれ!」
「は? はい。ありがとう存じます。それで……」
「聞きたい事はそれだけだ。ん! ではな!」
「え? あ、あの、お待ちを!」
玉蘭は、さっさと立ち上がって、出て行こうとする王を呼び止めたが、
「おまえは、俺の女ぼ……妃だ! 一生な!」
スッキリした満面の笑顔でこう言われ、次の言葉が出てこなかった。
豊真は苦虫を噛み潰したような顔で王を出迎えたが、心の中で、王らしいな、と呟いていた。