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夢みる蕀(いばら)・6

新書「夢みる蕀」6


細かく砕かれたそれは、氷粒のように見えた。


   ※ ※ ※ ※ ※


作戦の開始前、サニディンから、

「懸念っていえば、いきなりぴんぴんした君が現れて、グラナドが幻覚と間違わないかって事くらいかな。まあ俺達が一緒なら、それもないか。」

と聞いていた。


今度の「中ボス」は、洞窟城(石造りの、きちんとした建物だが、見かけ上、背後の山に密着し、洞窟の入り口に門を付けたように見えた。)の地下にに空いた穴を守っている。城の周囲には、大きな刺を持つ、蕀の林があった。人工的に強化されたもので、以前は、外敵に向かって蕀の鞭を振るっていたが、何故か、今は動かない。

固まって、石化していた。石というより、砂を固めたみたいな質感だが、触れただけでは崩れない。しかし、力を入れると、簡単に曲がるし、細い物は崩れた。


少年兵と魔法使いを中心に集めている、ここの責任者は、人族のマヅダオス、サヅレウスという二人の「魔導大将」だ。

この二人は、マヅダオスが土魔法、サヅレウスは風魔法で、「ザラストに師事した魔法使い」という触れ込みだった。だが、実際は、マヅダオスは軍の防具開発部、サヅレウスは医療部門の責任者で、その役職ではエキスパートだが、魔法能力は「人並」だった。

彼等は、カリグリウス時代の精鋭部隊にいて、能力は高かったため、早く出世した。彼等の所属部門と地位には、政治的な権力はないが、それが幸いしてか、カリグリウスの周囲が乱れている時も、安定した地位を保っていたが、最後には、暗殺に加わった。にもかかわらず、バドリウスにも仕え、さらに、今はザラストの配下になっていた。

この「寝返り歴」のため、魔族だけでなく、人族にも嫌われていた。だが、ザラストは好みなのか、こういう者をよく使った。

「一度、裏切った者というのは、意外に使えるからな。」

とセレナイトが言った。

「特に、裏切る時に、『正義』の怒りに燃えて、自分を完全に正当化するタイプはな。もう一度裏切ったら、大義があっても、非難は免れない。だがら、二番目の主が、どんな悪党であっても、『善人』とこじつけて、忠実に使える。

自分が『正義』でない事には、耐えられないから。

『大義』をちらつかせれば、なんでもやるし。」

なんとなくだが、ここに飛ばされる前、言い合いをしていた、若い騎士達の事を思い浮かべた。

「だけどさ、あいつらは、『裏切り』は二度目だろ。確かに、バドリウスは、まあ、あれだ。でも、それでザラストに着いても、『正義』なんて、だれか思うか?」

とサニディンが問い掛けた。しかし、皇帝が代わっても、人族内で地位を維持してきた彼等からしてみれば、仮に「正しい」と感じたとしても、いまさら、魔族に味方する訳にも行くまい。

「たぶん、本当に、『人目』を気にしないタイプなんじゃないか?人目っていうより、人とか社会とか、世間をほとんど気にしないタイプというか。」

専門用語でなんと言ったかは忘れたが。

「ラズーリ、ツボ付いたな。まあ、そうでなきゃ…。」

サニディンは、眼前にそびえる、崩れかけた穴蔵を指した。

「これを『楽園城』とは言わん。」


俺、サニディン、セレナイトは、三人で「楽園城」という名の洞窟――というか、崩れた砦というか、穴蔵というか――に、裏から忍び込む。

この城は、昔は、「巣穴城」「イバラ城」と呼ばれ、一応は観光名所だった。遠くからだが、独特の景観の見物に訪れる者はいた。近隣には、それで潤う町が点在していた。廃れて久しいが、マヅダオス達が、いきなり城を改築した時は、僅だが、歓迎する空気もあった。


イシュマエルとグラナドは、故郷を追われて、共に旅をして、ここに流れ着いた、という触れ込みで、潜り込んでいた。ただ、グラナドは、街の女性と恋愛中という設定で、時々、「外泊」として、本拠地に戻っていた。彼の恋人役はグロリアが担当し、グラナドが本拠地に戻るか、彼女が会いに行くかで、情報を交換した。

無理やり連れていった子供達については、親が行っても返さないが、自分からやって来た、一定以上の年齢の者に対しては、「締め付け」は緩かった。

マヅダオスとサヅレウスは、魔法はやはり大した事はなく、穴については、制御しかねていて、どうやら、積極的に使用したくない様子らしい。それでよく俺達を召喚できたな、と思ったが、元々は、向こうから「弾かれた」のだったな、と思い直した。


忍び込むにあたり、セレナイトかサニディンのどちらかは、守護対象のジェイデアの側にいなくてよいのか、と思ったが、今回は、時空魔法に強い(と見なされている)、守護者三人で行くほうがいいだろう、ということになった。穴を塞ぐのはセレナイトしか出来ないし、サニディンは、一度、中に入った事があった。

ジェイデアの護衛は、グロリア他、女性の飛び道具部隊が引き受ける。ミルファは、銃が使えるため、彼女達と行動を共にする。

このワールドの銃は、完全な魔法銃で、自分の使える魔法を弾にして発するため、銃の腕の他、精霊魔法が使える事が条件になり、使用者は少ない。魔法能力はそれほど高くなくて良いが、命中させるのは、訓練がいる。

これは、意外にも、魔族ではなく、人族の開発した武器だった。

人族では、精霊魔法が使える民族は、「魔族の仲間」として、居住地を山や離島に制限された歴史があった。彼等が独自に開発した、狩猟の道具、ということになる。

制限自体は、カリグリウス以前に、とっくに撤廃されていた。が、バドリウスが後に復活させてしまい、反抗した人々が、武器として使用するようになった。

《グラナドは、えっと、ラズーリさんの元気な姿を見たら、安心すると思う。》

ミルファは、俺をラズーリと呼ぶか、叔父と呼ぶか迷っていたようだ。

彼女は、母のラールから、俺の事を、「たいてい、何でも出来たし、なんだが、神様みたいな人だった。」と聞いていた。「本当に、神様だったの?」と聞かれた時は、当然「違う」と答えた。

ラールは、火のエレメントの時に、「何か変わった」と気付いていたようだ。


シェードは、医療・看護班を率いるトパジェンの護衛に着いた。護衛、と言っても、この作戦では、医療チームは、かなり前に出る。砦の中には、近隣から無理やり連れて来られた人族・魔族取り混ぜた、少年兵が大勢いた。

彼等には話を通していて、合図で、一斉に蜂起する予定だったが、中にはかなり衰弱した子供たちもいるので、作戦は、迅速な保護を優先していた。

《つまり、あんたは、自分の意思で、ずっと俺達の味方をしてくれてるんだな?》

彼は、「融合」やなんやかんやはどうでもいい、一番、肝心な所は、それだ、と断言した。

彼の周囲には、ホプラスと直接面識のある者はいなかった。(騎士団で同期のエイラスが、地元で陸地側の自治会長的な立場だったが、彼とは直接は話したことはあまりなかったそうだ。)

ただ、ロサマリナ市とラズーパーリは比較的近いので、ホプラスの墓所には、行ったことがある、と言っていた。墓に遺体が無いことは周知の事実だが、生きて目の前にいる(体は別だが)のには、「融合」の説明をしても、まだ分かりにくいようだった。

《とにかく、一緒に、やりとげよう。》

彼は、転送魔法は使えなくなっていた(ワールドにないためだろう。)が、素早さは上がっていたので、今回の役割は適任、ということだ。


魔法剣は、このワールドには同じ技はないが、剣に属性魔法を付けて、弱点をつく技はあった。俺は守護者なので、体に付加された技は使える。

新しい物を使ってみたい気持ちはあったが、敵は火属性ではないし、慣れた技のほうが、使い勝手は良い。

「今回の穴を塞ぐと、君達のワールド間とは、直接の行き来は出来なくなる。塞ぐ前に、向こうに送ることも考えたが、不安定な物には頼らないほうが良い。サニディンの時とは、状況も異なる。」

俺は、向こうで、グラナド達の姿が見えた話をしていたが、彼等は、出てきたストーンサークル付近をうろうろする事が多かったかららしい。

あれは「補整」の役割も果たしているらしく、実際、偶然にもあれが無ければ、「楽園城」に出ていたかもしれない。

「よし、行くぞ。」

俺とセレナイトは剣を抜いた。向こうで使っていた剣は、刃は無事だが、持ち手が曲がっていたので、直してもらっている。だから、ここで借りたが、俺の使う「両手剣」に相当するものはないので、「直剣」の中から、一番太いタイプを選んだ。それでも比較すると、細かった。

魔族の剣士は、重い盾は持たず、軽く薄い盾を魔法で強化するか、完全な魔法盾を使う。人族には正式の軍隊としては、重装兵がいて、大きな金属の盾を使っていたが、武器は片手槍だ。盾を使わずに、両手で剣を持って戦う剣士は、前述の属性剣を使用する場合が多く、ここでの「魔法剣士」とは、「無属性の魔法剣を使う神聖騎士」ではなく、「属性剣を使う剣士」を指していた。

「途中で出くわすとしたら、少年兵だが、彼等は、無理やり連れて来られたのが多いから、戦意はない。だけど、中は通路がくねっとして、見通しが悪いんで、出会い頭だと、咄嗟に攻撃してくるかもしれん。剣より、盾をメインにして、進んだ方がいいが、視界が悪くなるんだよなあ。」

サニディンに言われたので、透明度を上げた、水の盾を出してみた。彼は、

「へえ、そういう手があったか。さすが、新技か?」

と、えらく感心していた。

蕀を抜け、狭い内部に、裏口から回る。隠し扉ではない、ただの裏口だが、見張りも鍵もなかった。

入ってすぐは、がらんとした部屋だった。倉庫のようだが、特に何もない。中に通じる出入り口が、ぽつんとある。

そこから暫くは、微妙に蛇行した廊下と、石か土か、自然物の数段の階段が続くだけだった。遠くに花火のような音も聞こえる。

石の狭い廊下を難なく抜け、薄汚れてはいるが、赤い派手な敷物の、広い廊下に出た。とたんに、花火、いや、表の戦闘の音が、よりはっきりと聞こえた。岩の洞窟のような建物には、上方に、ガラスのない窓が無数に開いていて、空がモザイクのように見える。

表からは、数階建てに見えたが、違った。

「あれ?まじで、戦闘?戦意ないはずじゃ?」

「魔術士が二人とも、表にいるようだな。」

それで、中に誰もいないのか。中の警備に人数を確保できなかったのかもしれないが、無用心だ。

広目の回廊の中央に、敷物と同じ色に塗られた、派手だが、古い扉がある。ここも鍵は無いようで、蝶番が一部外れていた。

罠を警戒したが、気を付けよう、と言う前に、サニディンが、勢いよく開けた。

「探知魔法が使えないなら、勢いで押しきるしかない。ここまで来たんだ。」

だが、目的の場所は、地下だ。この、いかにも広間な扉は無視しても良いのではないか。

だが、これは正解だった。

扉を開けた途端に、火の玉が飛んで来た。俺とサニディンは、咄嗟に魔法盾を出した。セレナイトは、盾より広い、ベールのような保護幕を出した。俺たちではなく、部屋の中に向かって。

ベールの向こうには、グラナドがいた。

俺は、思わず彼の名を呼んだ。彼は、俺を見て、

「ラズーリ!お前、怪我は…。」

と言ったが、

「気をそらすな!」

と怒号が飛ぶ。

グラナドは、はっと振り向き、飛んで来る土礫を、土の盾で防いだ。礫は盾に防がれた。少し柔らかい表面に埋没している。盾を解除すると、埋まっていた礫は落ちた。

土礫に見えたそれは、金属片だった。弾丸のような、特定の形は取っていない。形は様々で、妙にぎらりとした尖った断面が、氷のように光っている。

「盾の表面を柔らかくして、受け止めるようにしてくれ。柔らかすぎると貫通してしまうが、硬すぎると、跳ねて、勝手な方向に飛んで行く。それで、あれだ。」

グラナドは、そう言いながら、怒号を飛ばした人物の方を、指し示した。

グラナドより少し小柄な、ほっそりした少年がいた。ルビーみたいに、真っ赤な目をしている。肌は浅黒く、髪も黒い。恐らく、魔族だろう。

彼は怪我をしていた。地べたに座っている。黒い服を着ていたが、所々、避けて血が滲んでいる。

傍らに、ローブ姿の白髭の老人と、十歳くらいの少年が二人と、赤く光る剣を持った、長身の、青い髪の青年がいた。

少年は二人とも、腕に少し、怪我をしていた。サニディンが、

「お前にしちゃ、手こずってるじゃないか。」

と、声をかけた。青髪の青年が、

「さっきまで、もっと、砂嵐みたいに、荒れ狂ってたんです。縄や鞭みたいでした。今は、なんとか、ここまで、押さえましたが。」

と説明した。彼の目は、片方が、紫に光っている。

傍らで、赤い目の少年が、咳き込んでいた。咳に血が混じる。白髭の老人が回復をかけているのだが、うまく働かないようだ。

グラナドは、セレナイトに、

「調度良かった。回復を頼む。あんたなら、なんとかなる。」

と、早口で言った。

青年は、

「回復が終わったら、彼等は外に出しましょう。彼が、あの傷です。かなり出血しましたから。」

と、剣を構え直した。刀身が赤みを増した。火の属性剣らしい。

彼が、イシュマエルだろう。魔法の専門家だと思っていたが、ジェイデアの護衛官なら、剣も得意なのは納得だ。

彼は、剣を地面に突き立てると、呪文を唱えた。グラナドが唱和する。先程のセレナイトのヴェールに似た、バリアが広がった。

剣を立てた場所の他に、二ヶ所、杖がたてられている所があった。三点で三角のバリアの基点になっていた。

床は土のようだが、それほど硬い物ではないようだ。

「もう、わかったろう。」

グラナドが、子供たちに向かって、言った。

「お前達の村がどういう所かは知らんが、この城は、魔族だろうが、人族だろうが、普通に暮らせる所じゃない。マヅダオス達は、お前たちを騙したんだ。」

それから、俺達に、

「残ってた子供達は、彼らで全部だ。後は、全部、表に行った。サヅレウスは、一緒に行った。マヅダオスは、留守を守っていたが…消えた。」

と語った。

「吸い込まれたのか?」

と俺は問い返したが、そうではなく、向こうから吸い上げたエレメントを、全て自分の体に取り込もうとして、体が消滅した、という話だ。

グラナドは事情を簡単に語った。

彼とイシュマエルは、魔力の高さで、うまく取り入った。

グラナドは子供の魔法教育、イシュマエルはマヅダオスの助手として、穴の管理を任された。グラナドは、村と城と本拠地を往復したが、子供を取り返したがっている大人達が、彼の目的を悟り、協力を申し出た。魔法が使えないと中は危ないので、村人のほとんどは、グロリアに話して、本拠地に回した。

魔法が使える者に関しては、「子供達が帰れないなら、協力するから、側にいたい。」という話にして、中に連れ込んだ。

「子供達は、全員無事だ。資質があまりないのに、魔力を搾り取られて衰弱している者もいたが、サヅレウスは、一応は医者だから、そういうものは休ませていた。だが、マヅダオスはな…。相方に比べて、勘だけは良かった。一緒に戦いに行ったのに、戻ってきて、俺が見張りの子供を説得してる所を見られた。その途端に、なし崩しに…。」

「能書き垂れてる間は、ないぜ。勢いの落ちた、今がチャンスだ。」

回復の終わった、赤目の少年が遮った。グラナドは、聞こえないように、「生意気なガキ。」と呟き、

「お前は、じいさん達と出ろ…と言いたいとこだが、動かないほうがいいな。まともに喰らってんだ。片付くまで、座ってろ。」

と言った。確かに、少年は、立ち上がりはしたが、二人の子供に、左右から支えられている。

「完全に傷を塞ぐには、全部、金属片を取ってしまわないと。ここでは、無理だ。出血多量になる。」

サニディンが、真面目な声で言った。イシュマエルが、

「しかし、彼がいないと、魔法が…。」

と言った。最高の魔法使いの割に弱気だが、属性魔法の効きが弱まってるなら、慎重な発言と言うべきか。しかし、改めて少年を見て、ふらつく様子に、黙りこんでしまった。

「わかったら、大人しくしていろ。君まで庇う余裕はない。」

とセレナイトが冷静に言った。少年は、子供の手を振り払い、進もうとしたが、サニディンに阻まれた。

「その体じゃ、無理だ。無茶したんだろ。」

少年は、直も降りきろうともがいた。老人が、「その子は、私達を庇って…」と、おろおろと言った。

俺は、サニディンに支えられたままの彼に近づき、その目を覗きこんだ。

透明な、深みのある、赤い目だ。血が透けて見えているのではなく、茶色の変種のようだ。それでも、こんな色の目は、はじめて見た。

俺は、その目を真っ直ぐ見ながら、言った。

「今から、俺達は、穴を塞ぎに行く。腕は信用してくれて良いが、正直、何が起こるかわからない。こちらのご老人達だけで、戻すのは、危険だ。だから、ここにいて、いざという時には、彼らを守ってくれ。」

最後に、いいね、と、ホプラスの口調で念を押した。

少年は、少し考えてから、小声で了解した、と言った。

「流石だな。」

サニディンとグラナドが、同時に言った。どういう意味だと、突っ込む余裕は、残念ながら無かった。イシュマエルが、あ、と短く叫ぶ。

指した指先、広間の奥、きらきらした渦がある。金属片がまばらなため、厚みは感じさせず、渦の背後に、幅の拾い、下り階段が見えた。

地下への道は、ここにあったのか。それなら、そうと、と思ったが、サニディンも驚いていた。

「さっきまで、塞がれてたんだ。サヅレウス達の私室か、庭の古井戸の隠し階段からしか行けないはずだったが、吹き飛んだ拍子に、見つかった。」

グラナドが、俺達を見回しながら、説明した。何をどう吹き飛ばしたが気になったが、セレナイトが、

「あの向こうだな、行くぞ。」

と、剣を構え直した。

「腕」は飛んできたが、勢いはない。ただ、剣で攻撃を当てると、四散するので、盾でうまく止めないと、砂埃のようになって、視界を奪う。階段の方向に進めばよいので、それほど不自由はないが、タイミングをよく見て、吸い込んでしまわないように、注意する必要はあった。

盾にはまった欠片は、最初は灰のように白くなり、勢いがなくなったかに見えたが、いつまでも埋まっていると、ほんの少しだが、煌めきを取り戻してしまう。頃合いを見て、盾を解除して、床に落とした。

地下に降りてしまうと、欠片は飛んで来なくなったが、急激に脚が重くなった。

というよりは、壁に向かって、圧力を掛けられているようだった。だが、イシュマエルは、

「なるべく、入り口近くにいないと、引きずられます。」

と言った。

「押す力と、引く力は、交互に来ます。引く力のほうが強いんです。さっきの砂嵐は、切り替わる時に起こるようなんですが…。」

彼は、これに気づく前に、怪我人が出た、と付け加えた。

部屋の中央には、「鏡」があった。金属やガラスでできた物理的な鏡ではなく、水の魔法盾に似た、半透明の平たい板だ。表面は虹色を帯びている。色彩の中に、向こうの様子だろうか、人の顔や町並みが、ランダムに浮かんで消える。

バランスの球体に似ているな、と思った。そういえば、こういう事態になった場合、バランスの球体の色や輝きは、どうなるのだろう。

文明が濫熟しすぎると白く、高等生物が減ると黒く、その他、七色のバランスにより、ワールドの状態を知ることができる。今のように、オーバーテクノロジーがあると白に傾きそうだが、エレメントが不正に行き来しているなら、黒みと縞状にでもなるのだろうか。

「おい、ぼっとするなよ、手を貸せ。」

グラナドが、声を掛けてきた。今は、それほど強くはない、押す力の中だが、確かに、考え事をしている状況ではない。

グラナドは、俺の手を取った。もう片方は、イシュマエルが握っていた。彼の片手は、入り口の壁を、しっかり掴んでいる。そのイシュマエルを、サニディンが抱き抱えるように、固定している。グラナドは、魔法を縄状にして、繋がりを強化した。

セレナイトは、剣をしまい、俺の片手を取った。もう片手を伸ばし、鏡にぎりぎりまで近づく。とは言っても、触れるまでには、もう一人、出来れば二人はいる所だ。

俺はサニディンを見たが、彼は、

「グラナド以外は、属性の出が悪くて。」

と言った。

イシュマエルは、ここで最強クラスの魔法使いと聞いていたが、やはりグラナドの方が強かったか。確かに、こういう場合、「火縄」を出されても困るが。

セレナイトは、「これだけ近づければなんとか。」と言い、鏡に向かって、「呪文」を唱え始めた。音声認識を確認したようだが、特に何もなかった。

続いて、彼女の手から、白い光の筋が出た。光は、押しかえされつつも、ゆっくりと鏡を覆って行く。

急に、スピードが増した。同時に、鏡が光だし、鮮やかさを増した。押す力が、引く力になった。

地面がざわざわとする。鞭状になる気配はないが、お互いの緊張が腕から伝わる。俺はセレナイトを、少し引っ張った。

背後で、誰が叫んだ。サニディンのようだ。グラナドが、鏡が、と言った。俺は、鏡を見たが、グラナドが続けて、

「見るな、鏡を、目を閉じとけ。」

と言った後になった。

鏡は、虹色を保ってはいたが、全体的にセピア色に傾いていた。鈍い色調の中に、人の姿が、いくつも浮かぶ。喪服の女性や、海岸で遊ぶ子供や、騎士の制服の青年など、向こう側の残像を、限りなく映し始めた。

その一つ、煌めくマントをまとった、明るい髪の青年の像に、目を奪われた。

「ルーミ!」

一瞬だが、確かにルーミだ。昔の、死に別れた時と、同じくらいの、青年の姿のまま。華やかな服を着ていた。

「離すな!」

グラナドが、俺の手を引っ張る。俺は、改めて、手に力を込めた。だが、何かが、ちょうど繋いだ部分にぶつかり、手から、セレナイトがすり抜けてしまい、鏡に吸い寄せられる。

弱いが、鞭状の「腕」は復活していた。

「離して、魔法を。」

「いや、これでは…。」

俺は、背後の会話には構わず、グラナドを振り切り、セレナイトを捕まえた。うまく回転し、体重の軽い彼女を、反動で、グラナドの方に突き飛ばした。グラナドは、彼女を支えた。俺は、鏡に向かって、急速に吸い寄せられたが、鞭が足に当たり、転んでしまったため、反対に運良く、鏡にもろにぶつかるのは、避けた。

見上げる。鏡の中のルーミは、俺を見た。だが、それは鏡のこちら側の俺ではなく、向こう側、ルーミの手前にいる誰かを見ていた。黒い頭が、彼に近づく。そして、像は乱れ、別の人々の、別のドラマを映し始めた。

これは、残像だ。歴史の中から、無作為なひとこまを映す。融合型より前、監視者と守護者の区別が明確でない頃、監視用具に使用していた装置に、似たものがある。残像を無作為に映すだけなら、これは監視の役には立たないが、同じ原理だろう。

「避けろ!」

波動が飛んでくる。味方の物だ。鏡を砕いた。セピアの縞は、完全に形から解放されて、鞭と共に、うねり始めた。吸い込む力は、なくなっていた。押し返す力もない。だが、うねりは拡大していく。

サニディンが、棒を持って、俺の隣にいた。彼が魔法で、鏡を飛ばしたらしい。

「『装置』を壊したら反動が…。」

とイシュマエルが言ったが、サニディンは、

「後は、塞ぐだけだろ。仕方ないさ。ほら。」

と、棒を剣のように構え、

「セレナイトに、あれが近づかないように、魔法剣で飛ばせ。方角は考えなくていい。元を絶とうとするな。細かいのは、グラナドに防いでもらう。」

と、俺を促した。

「すまない。」

「謝るのは、後だ。…やるぞ。」

俺たちは、姿勢を低くして、セレナイトの邪魔にならないようにし、上に下に、魔法剣を駆使して、鞭を弾いた。低い姿勢を保つのは、長身の俺達にはきつかった。サニディンは、剣ではなく、金属製の、あまり長くない棒を使っていたので、難儀していたが、それでも器用に当てていた。

セレナイトは、グラナドの近くにいた。彼女の回りは、僅かだが、うねりの寄ってこない、隙間がある。だが、本人は気付かないのか、視界を開こうと、剣で切る動作を繰返し、うまく術に集中出来ない。グラナドは土の盾を使っていたが、ふと俺の顔を見ると、透明度の高い、水の盾に切り替えた。

俺は、魔法剣を使い、力を下に押し付けるようにして、彼女の顔の回りをあけた。サニディンも、俺にあわせた。

セレナイトが、最後の仕上げとばかりに、古代ラッシル語(に似た言葉)で、

《理に反する物よ、原子と何もない空間に帰れ。》

と唱えた。

うねりは、表で見た、砂の蕀のようになって、砕けて散った。

途端に、嘘のように、地下が明るくなった。

上空に、採光の窓が見える。地下室ではあるが、さっきの廊下で見たような、高い天井と、窓がある、独特の作りの部屋だ。

「マヅダオスがどうなったか、気になるが…。穴は塞いだ。数日で落ち着く。」

セレナイトは、穴があったと思われる、鏡の台を調べて言った。イシュマエルは、彼女に近づき、

「ハリガン村事件の時は、術者の体が中心にあった、と聞いてましたが。」

と、一緒に覗きながら、話していた。

俺とサニディンは座り込んでいた。サニディンが先に立ち上がると同時に、グラナドが近づいてきて、俺に手を差し出した。その手を取ろうとしたが、グラナドは、掌を翻し、俺の頭を、横様に殴った。

「殿下、何も、殴る事は。いきなり、あんなのを見たら、動揺しますよ。」

「そうだな。注意しとかなかった俺も悪いな。だから、火の玉をぶつけるのは、勘弁してやる。」

グラナドは続けて、どうせ俺の力じゃ、頭蓋骨は砕けん、とか、背の高いこいつが座っている今が、千載一遇の殴るチャンスだ、とか、物騒な軽口を叩いた。

「まあ、あまり気にするなよ。俺も、最初に、娘達の姿を見た時には、後先考えずに突っ込みそうになったから。」

と、サニディンが励ましをくれたが、グラナドは、

「いや、多いに気にしろ。忘れるんじゃない。語り継いでやる。」

と言った。

俺は笑い出した。

「え、おい、大丈夫か、ネレディウス。ちょっと、利き手で殴るからですよ、殿下。」

「ごめん、緊張ほぐれて、安心したんだ。有り難う、グラナド。そして…ガディオス。」

サニディン、つまりガディオスは、二重虹彩の猫目を、一杯に見開き、ぽかんと口を開けて、俺を見ていた。

「まあ、ばれるだろうな。」

と、グラナドとセレナイトが、同時に言った声が、室内に響いていた。

彼は何か言いたげだったが、部屋の外で大声がし、扉からシェードが飛び込んで来たので、一斉に皆の意識は、入り口に向かった。

「表は片付いた。サヅレウスには逃げれたが、捕まってた人達は、全員、無事だ。こっちは?怪我人は一人だけか?」

その言葉に、赤目の少年を思い出した。全員で地下を出て、広間に戻る。かなりの人数がいた。ミルファが、駆け寄ってきた。

「結局、全員、突入したのか?」

と、セレナイトが尋ねた。ミルファが、

「ううん。表が終わったから。サヅレウスが逃げたから、マヅダオスだけでも、って事で。でも、怪我人がいたから。」

と、広間の中央を指した。

赤目の少年の回りに、ジェイデア、トパジェン、グロリアがいた。俺達が近づくと、座って彼を覗き込んでいたジェイデアが立ち上がり、笑顔を向け、歩いてきた。

それと同時に、少年も立ち上がった。トパジェンとグロリアが支えようとするが、振り切る。歩き出したが、倒れ込んでしまった。トパジェンが叫んだので、俺は素早く、駆け寄って、彼を支えた。気を失ってはいないが、目を閉じ、ぐったりしている。

「傷は直したけど、出血が多かったから。」

と、トパジェンが言った。俺は、彼を抱きかかえた。ジェイデアが、

「俺が運ぶから。」

と言ったが、グラナドが、

「それは止めてやってくれ。」

と、なんだか困った口調で言った。

兵士の一人が、捕まえたやつらに、重要な情報があるから話したい、というのがいますが、どうしますか、と聞きに来た。ジェイデアは、名残惜しそうに、少年の髪を整えた後、

「お願いしますね。」

と俺に言い、ミルファとグロリアを連れて行った。トパジェンは、シェードが、「捻挫したみたいだな。」と、座っている兵士に言うのを聞き、声の方に進んだ。グロリアもトパジェンも、去る前に、俺に、お願いね、と言った。

トパジェンと入れ替わるように、一人の女性が、駆けてきた。声は、少女のように高いが、背はある。

「サイアン!怪我をしたって…。」

と叫んだ。

少年の名前、サイアンか。青、という意味だったか。名を聞くより面影は当たらず、と言うが。年は彼女が上のようだが、姉というには似ていない。

俺は、サイアンをかかえたまま、彼女に近づいたが、彼女は俺を素通りし、イシュマエルに飛び付いた。

「心配してくれたのか。怪我はないよ。」

イシュマエル、いや、サイアンは、彼女に優しく微笑んでいた。

俺は、目を丸くして、二人を、腕の中の少年を、そして、グラナド達を見た。

「彼が、イシュマエルじゃないのか?」

だったら、先程の老人だろうか。いや、彼は、回復のみだった。

「彼は、地元の協力者の一人だ。さっきのじいさんが、孫を探しに乗り込んだから、予定にないが、着いてきた。助かったけどな。」

とグラナドが答えた。

「それじゃ、イシュマエルは?」

選択肢は一つしかない。セレナイトが、

「君が今、抱えてるだろう。」

と、少し目を丸くして言った。

「そういえば、人相風体の説明を忘れていた。すまん。」

とサニディン、いや、ガディオスが言った。

改めて、見直す。

声変わりしていたし、恐らく年は、グラナドと同じくらいだと思うが、体格は、より小柄で細い。魔法使いは、ここでも、あまり男性的な外見にはならないのか。だが、彼は、「護衛官」だと言っていた。騎士のような剣も振るう役職だと思っていたのだが。

「信じられないって顔だな。魔族中でも、寿命の長い種族だそうだ。まあ、見てくれは、ただの生意気な小僧だが、一応、ここじゃ、最高の魔導師だ。そして…。」

真の女性担当だ、と、それぞれ用事を済ませ、一目散にやってくる、三人の女性を指し示しながら、グラナドがにやりと笑った。



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