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夢みる蕀(いばら)・3

新書「夢みる蕀」3


蕀の城には、姫君ではなく、王子様がいました。


   ※ ※ ※ ※ ※


ルーミがいた。俺の隣で、並んで歩きながら、適当な話をしていた。時々、俺のほうを見て、笑いかける。

俺も笑顔で答えた。

いつの間にか、日が暮れ、夜になり、街の灯りは、すっかり落ちた。そろそろ、帰ろう、と、彼に言った。

隣にいたはずの、彼の姿がない。辺りは暗く、光はない。

《そうだね、帰らなきゃ…。》

彼の声が、歌声のように響いた。そして、光。


目覚めると、碧の瞳。

シェードだ。彼は、湿した布を、俺の額に当てていた。

「…シェード…シェード?!」

俺は、飛び起きたが、軽く目眩がした。正面から、シェードにもたれかかった。彼は、俺を支えながら、

「ええと、ラズーリ。」

と、名を呼んだ。

「丸一日、意識なかったんだ。熱もあったから、そうっと。」

「丸一日…。」

「出てきてから。」

見回す。簡素で小綺麗な部屋、俺はそこに1つしかない寝台にいた。部屋の壁は丸太だ。山小屋風の作りだ。

「ちょっと待っててくれ、医者の先生を呼んでくる。」

シェードは、部屋を出ようとしたが、入り口で、小柄な女性と鉢合わせをした。

「トパジェン先生。」

シェードが彼女の名を呼んだ。

少女のような、小柄でほっそりした女性だ。色白で黒髪、目は青かった。ブルートパーズのような色だ。

「私はトパジェンと言います。聖女の術の他、医術も習得していますので、治療をさせていただきました。」

静かな、落ち着いた声だ。響きが若干異なるが、コーデラ語だった。

聖女の術、聖魔法の系列だろうか。神官によく似た、長いローブを着ている。

同じ文明グループのワールドに飛ばされたようだ。確かに、近い所でないと、ワールド住人が、自力で「繋ぐ」のは、流石に無理だろう。

俺は自分の名を名乗った後、グラナドとミルファについて尋ねようとした。シェードは部屋を出ていた。呼びに行ったのだろう。彼が無事なら、今までの経緯からして、二人も無事だろうが、先に確かめておきたい。

だが、俺の質問は、入り口から聞こえた、

「ああ、気が付いたのか。」

の男性の声に、阻まれた。

かなり長身の、南方系の容姿の男性だ。彼は「サニディン」と名乗った。

「やあ、良かった。丁度、起きる頃だと思った。俺の勘は当たった。」

「あら、『あと三日は起きないだろう』と言ってた癖に。」

サニディンは、俺の近くに座った。彼は、くりっとした、大きな眼を向けてきた。その眼が変わっていた。

色は南方系に多い、真っ黒だ。だが、虹彩が二重になっていて、内側は明るいグレーだ。しかも、縦に細長い。

「あ、俺、魔族だから。面白い目だろ。いや、この眼を女性がほっとかないんだが、男性に効果あるとは思わなかったよ。」

俺はしげしげ見てしまったので、失礼を詫びるところだが、

「魔族?」

と思わず問いかけた。

「やっぱり、『異世界』の方ね。貴方の仲間達も、最初にそれを聞いたわ。」

トパジェンは、自分は「人族」だが、サニディンは魔族で、彼みたいに、人族に近いタイプを『魔族』、それ以外は『妖魔』と言う、と説明した。この他、

『神族』と言われている種族もいるが、人族や魔族に比べて、とても数が少ない、と言った。

三族とも、見た目はあまり変わらず、特に、俺のような余所者には、見分けにくい、と言う話だ。

人類以外の種族の存在するワールドか。魔族は珍しい物ではないが、現在、神族のいるところは、あまりない。守護者の存在に明確に気付いた場合に、そういう名で呼ばれるからだ。大昔、融合型がメインだった時代には、ありがちだった。

今は見ない、と言うことなら、昔の名残が伝承になっているだけかもしれない。

「あ、心配しなくても、先に来た、貴方の仲間たちは、みな、怪我はしてなかったわ。貴方を含めて、五人とも…。」

「五人?」

シェード、ミルファ、そしてグラナド。俺が認識しているのは、三人だ。俺を勘定に入れたとしても、五人では合わない。

「ラズーリさん!」

ミルファの声が聞こえた。戸口から、真っ直ぐ、駆け込んできた。サニディンが、「もてるな。」

と、軽く言った。トパジェンが、彼を軽く一瞥してから、

「貴方、ミルファの叔父さんなんですって?そう言われてみれば、似てますね。」

と続けた。

ミルファは、顔はラッシル人のラールと、狩人族のキーリに半分ずつ似ていた。俺は、祖父の悲劇の皇太子パシキンに似ているらしいが、母親は東方系の血が混じっていた。姉のラールにすら似ていなかったので、姪のミルファに似ていると言われて意外だった。

しかし、ミルファが俺を叔父とはっきり言ったのか。ばれているとは思ったが、複雑ではある。

廊下で、声がした。女性の物だ。サニディンが、少しだけ廊下に出て、また室内に戻る。

「ああ、俺、そもそも、トパジェンを呼びに来たんだよ。」

と言った。

「ジェイデア様が、患者が落ち着いてからでよいから、会議場の方に来てもらえないか、ってさ。グロリアが戻ったから。」

「あら、もう?それじゃ、直ぐに行くわ。」

トパジェンとサニディンは、すぐ戻るから、と出ていった。

ミルファは、出ていく二人に声をかけ、止めようとしたが、サニディンは、

「君も要るだろ。多分、シェードも。」

と返事をし、俺には、

「後は、綺麗所から説明を。」

と微笑み、ミルファを連れ、さっさと出た。廊下の声が、何か言い返していた。

ミルファと入れ替わりに、廊下から、その人が、入ってきた。先程から、声はすれども、姿の見えなかった人物だ。。

「彼らには、協力して貰っている。積もる話は後ほどに。」

女性の、突き抜けて鋭い、シンプルな声が響いた

瞬きをした。

背の高い、ゴールデンブロンドが輝いていた。

「ルー…。」

いや、違う。髪の色は似ている。背格好も同じくらいだが、顔は違う。東方系の物だ。ファイスに混じっている、「堅い東方人」(ソウエンから東シュクシンに多い系統)の顔立ちだ。同じ東方系でも、ホプラスが母親から継いだ、「柔らかい東方人」(シーチューヤ西方に多い系統)のとは異なった特徴を持っている。

髪は金、色白なので、一見、アンバランスだが、それが人工的で金属的な雰囲気を醸し出していた。

しかし、「金属的な」印象は、何よりもまず、その「透き通った」目によるものだった。

目は、色素がないと、血管の色が見えるため、赤く見える。無色透明な瞳、というのはあり得ないが、彼女の目は、それだった。厳密に言えば、極めて薄いグレーだったのかもしれないが、灰色すら感じさせない、透明な瞳だった。

「私はセレナイト。」

彼女は言った。俺もラズライト、と名乗ろうとしたが、続く彼女の言葉に、思わず後は飲み込んだ。

「この世界、No.24601の守護者だ。」


   ※ ※ ※ ※ ※


No.24601の守護者は、元々はセレナイトではなく、別の者が担当していた。彼女は、本来は計画者の補佐で、No.24601には、守護者時代に一度降り立った事がある、と言った。俺のいたNo.24602を含め、周囲のワールドで起きた、「アクシデント」の調査と対策、連絡の取れなくなった守護者の保護と回収のため、一時的に降り立った。

ここの守護者は、つい最近まで、「背後型」(精神体の形で、決まった時間帯だけ、守護対象に知られないように道を示唆する。)で、「ジャスパー」という男性が勤めていた(彼とは同期だ。)。守護対象の勇者が変更になったため、守護者も変わる事になり、ついでに、今の俺のような新型が導入された。「リアルガー」という、新人の男性だったが、またしても急な配置替えが決まった。

ところが、交代の辞令を発行した時点で、急に連絡が取れなくなった。リアルガーは、配置替えを嫌がっていたようだが、そういう逆らい方をするとは思えない。セレナイトは、まず、交代要員として、リアルガーの指導係でもあった、アノソクレス(名前だけは聞き覚えがあった。)を派遣した。

だが、彼とも連絡が取れなくなった。

そこで、セレナイトが降り立った。

「ここは、魔族と人族が、戦争と平和を、幾度も繰り返していた。リアルガーには、荷が勝ちすぎたか、と思ったのだが、今は魔族と人族は共闘しているし、『前線』を希望していたから、良いかと思ったのだが。彼は、モチベーションは高かったから。

だが、前任のジャスパーでさえ、気づかなかった、『伏兵』

がいた。」

魔族と人族の共闘の理由、それは、共通の、「大いなる敵」だ。

人族の側に、失われた古代王国を復活させようと、時空魔法で異世界からの召喚を行い、魔族と人族の両方に攻撃をしかける団体が現れた。

もともと大した事はやらず、金のために、高価な像や、怪しい薬を売り付ける程度だったので、問題にしていなかった。人族の帝国には、より脅威な暴君の皇帝と、お抱え魔法使い、邪な騎士などがいて、自国の民まで攻撃対象にしていた。ボスには事欠かなかった。

しかし、中ボスの団体に見えた、皇帝のお抱え魔法使いの部下に、「能ある鷹」が隠れていた。

その魔法使いは、『ザラスト』と呼ばれていて、「召喚魔法」を引っ提げ、クーデターを起こした。

彼は便宜上、皇帝の妹に当たる、トランシアという女性を祭り上げていた。

だが、召喚の力を持つのは、実その仮の女王で、ザラストも、もともとは、彼女に異世界から、偶然召喚された、と言うことだ。それが、トランシアを手玉に取っている。

「召喚されたのが何時か、はっきりしない。我々の目をごまかしたのか、単に力を蓄えるまでに時間がかかったか。

こう言ってはなんだが、妙に手際が良い。」

まさか、またエパミノンダス、マイディウス、あの複合体事件の時の面々を思い浮かべた。俺のワールドの者と決めつけるのは早計だが、グラナドばかりか俺まで揃って引き込まれていることを考えると、無関係と考えるのは、都合が良すぎる。

セレナイトは、俺がエパミノンダスの名前を上げると、

「おそらくは。」

と言いはしたが、断言はしなかった。

リアルガーは、結局、見つからなかった。アノソクレスは見つかったが、精神を疲弊していて、普通の状態ではなく、話は聞けなかったそうだ。彼の使用していた体は、ほぼ「乗っ取られて」いた。というより、召喚した者を保存しておく、「入れ物」に使われていた。

一つの体に複数の精神、その状態では、一つの意思で体を動かす事はできず、体のほうも、見つけた時は拘束されていた。

彼は、直ぐに上に送られた。

その時、ザラストは逃げ、他の者達は、肉体が残っている者は戻り、ない者は、とりあえず保護して、上に送った。しかし、アノソクレスの体から、最後の一人だけは、抜け出る事が出来なかった。

「アノソクレスを、先に出してしまったのが、まずかっようだが…。

彼の肉体は残っていなかった。装備品や服は残っていたから、召喚後にザラストが意図的に消したのかもしれない。

元のワールドで戦闘があり、どうやら大怪我をしたらしいので、そのせいかもしれないが、そこは、はっきりしなかった。

上に送って調べるべきだが、このままでいいから、戻してくれ、と懇願された。一人だけ特別扱いも何だが、私は本来は計画者なので、裁量は利く。発覚が遅れたのはこちらの責任でもある。異例だが、守護者の体を付けたまま、彼を本来の世界に帰した。」

これは驚いた。計画者や監視者は、俺達守護者と違い、ワールド住民に対しては、もっとドライだ。もちろん、守護者にも色々で、俺でも、もともとは、情け容赦のない、徹底した仕事ぶり、と言われていた。だが、普段からワールド住人と接点のある守護者と、それ意外の役職では、「情け容赦」の基礎が違う。

また、ワールド間で人や物を行き来させると、オーパーツの発生を促す。番号の近いワールドは、元が同じこともあり、文化文明は共通点が多いので、柔軟にしているのだろうか。

種族が違うが、魔法の盛んなワールドの人間は、容姿の認識に柔軟性があるから、と、セレナイトは、早口でつけ足し、俺の目がまだ丸いうちに、話題を切り替えた。

「さらに調査を続けようとした矢先、直ぐに、再び、離れた土地で、ザラストが「召喚」を行った。たいした物は召喚されず、どうも失敗に終わったようなのだが、数ヵ所に時空の穴を開けてしまった。そして、上と連絡が取れなくなった。

私は、アノソクレスが守護するはずだった勇者と、仲間と共に、穴を守る『中ボス』を倒し、各所の穴を塞いで来た。

今から塞ごうとしているのは、最後の一つだ。君のNo.24602に通じる穴だが、塞げば、直接の行き来は出来ないが、時空の歪みは解消されるので、上との連絡が復活する。

こちらとしては、ラスボスを倒さないと終わらないが、穴を塞げば、ザラストも疲弊しているし、新しい召喚の余裕もなさそうだから、解決も早まる。

そこで、君の勇者にも、協力して貰っている。

私の勇者の第一の部下も、優秀な魔術師なので、彼と一緒に『潜り込んで』いる。」

だから、今はここにはいない、と、セレナイトは結んだ。

事情は飲み込めた。だが、別世界の勇者に、潜入任務を任せたのは、仕方がないとわかってはいても、引っ掛かった。

グラナドは魔導師としては優秀だが、潜入任務は、魔法だけではこなせない。ギルドの仕事だと、魔導師が一人で行動することは、まずない。同行している人物が、剣士ならともかくも、彼も魔術師という話だ。

俺の思案顔に、セレナイトは、

「彼も、君が目覚めるまで、ついていたかったみたいだが。」

と言った。俺は、「え?!」と、声を上げた。

俺が来る前に、「任務」に出ていたと思ったのだが、そうではなかったようだ。付き添ってくれていたのか。

「まあ機嫌は良くは無かった。うわ言で、君が、『ルーミ』ばかり言うから。」

今度も、「え?!」と言ったが、声にならなかった。

確かに、長くルーミの夢を見ていた気がする。だが、登場人物はルーミだけではなく、昔の仲間達もいた。恐らく。

「すまない。からかうつもりは、無かったんだが。」

セレナイトが、本当に申し訳ないと言った調子で、謝った。当然、俺は、気を悪くしたわけではない。

「後で、改めて、私の勇者から、説明があると思う。『ジェイデア』という、魔族と人族のハーフの女性だ。立場的には、魔族の次期女王、ということになる。」

「…へえ。魔族系とは珍しいな…。」

と、俺は変えた話題に着いていこうと、賢明に答えた。セレナイトは、構わずに話を続けた。

「アノソクレスを送り込む前に、リアルガーの事で、少し話したが、どうやら、彼は、ジェイデアに、特別な感情を持っていたようだ。

ジャスパーが守護していたのは、彼女ではないが、交代の時に、忠告はされた。

『次の勇者は、魔族のジェイデア王女という話ですが、新型にするなら、守護者は女性のほうが良いと思います。』

と。

しかし、背後型から新型に切り替えるなら、そういうリスクを乗り越えるのも、課題のうちだ。確かに、新人に当ててしまったのは迂闊だった。

だが、慣れた同性の守護者だからと言って、そうならないとは限らないし…。」

セレナイトは、淀みなく喋っていたが、「あ。」と言って、急に黙った。

「いや、勿論、君の場合は、世界を救う仕事は、完璧にこなしたし、融合も、守護対象を助けるためだったのは、承知している。」

リアルガーは、モチベーションが高い、と言ったが、そういうタイプには、思い入れが激しくなりすぎる者もいる。ジャスパーは、昔の俺ほどではないが、職務にクールなタイプだ。それが、そこまで言う訳か。

まだ気まずそうなセレナイトを余所に、「ジェイデア王女」というのは、どういう容姿をしているのか、気になってきた。

「夕食の時に、会えるよ。」

見透かしたように、男性の声がする。見ると、いつの間にか、サニディンが入口にいた。

「俺が女性担当で、彼女が男性と、俺の魅力のわからない女性担当ってとこかな。」

セレナイトは、話を聞かれた焦りなど、欠片もない様子で、それじゃ、世の中の九割の女性は、ジェイデアが引き受ける事になるだろう、と言った後、会話を続けた。

「会議は終わったのか。」

「確認だけだった。もともと、別動部隊になる、俺達には、関係が薄い。トパジェンが、昼飯がまだだったから、妹が戻ったついでに、休憩させてやろうと思ってな。今、食事している。」

俺は、サニディンとセレナイトを、交互に見た。

「ああ、説明し忘れた。例の、アノソクレスの使用していた体に入った男性だが、再度召喚されてしまった。今は上にも送れないので、協力してもらっている。守護者が二人、というのは異例だが、私は本来は計画者。この状況がそもそも異例なので、特別だ。こんな奴だが、適性もあるし。」

サニディンは、こんな奴とは何だよ、と軽く言ったあと、さらに軽く、

「とりあえずよろしく。」

と笑いかけた。

猫目の二重虹彩が、まるで月長石のように光った。


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