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月の輪・6

新書「月の輪」6の1


目覚めた俺が最初に見たのは、ディニィとエスカーだった。

ディニィがエスカーの目をしている。

「ああ、気付いた。」

グラナドだ。ほっとした様子で、俺を見ていた。

俺は跳ね起きた。ベッドからではなく、地面から。

戦闘中だった。離れてはいたが、中空に大きな銀色の輪、いや、球体が見える。中心部は灰色になっていて、よく見えない。周囲には三重に輪っかがかかっている。一番外側の縁になる輪だけ、高速回転していた。回転しながら、銀色に揺らめいている。炎のようだ。火属性なのだろうか。

「最初は竜巻みたいだった。ジェイデアかリアルガーを狙ったみたいだが、たまたま攻撃の軌道に、お前がいたから。」

グラナドが解説する。意識が無かったのは、頭を打ったから、だけではないようだ。

すぐ近くにミルファがいる。ドルワイトスもいたが、部下と熱心に話している。

据え置き式の大型ボウガンが、いくつかある。連射式ではなさそうだ。これは先の戦闘には見なかった物だ。ドルワイトスが用意した物だろう。

ミルファは銃を持っているが、銃を使える者は何人か連れてきたはずなのに、俺たちといるのは、彼女だけだった。

球体の周囲では、味方は着かず離れずの距離を保ちながら、戦っている。外側の縁になる高速の輪に、武器で攻撃を加えるシェード。体当たりのように拳をぶつけるサニディン。ルビナの姿も見える。セレナイトとリアルガーも剣を抜いていたが、彼等より少し離れていて、攻撃はしていない。グロリア、アントンの姿は見えない。

「他の銃・弓使いと、魔法部隊は反対側にいる。あの丸いやつ、竜巻だった時は、攻撃スピードが早くて、分断されてしまった。ボールになってからは、止まってはいるが、縁が輪っかになって、何重にも防御が強化されてる。火の輪のように見えるが、属性は水で、魔法防御力が強化されている。輪の火は冷たく、物を燃やす力はないが、高速回転のせいで、飛び道具は半分は跳ね返してしまうし、軌道も反らされる。近接武器でも、軽い剣は持っていかれる。

輪を全部破壊して、なんとか中心を確保しようとしている所だ。」

グラナドは、ボールを指しながら言った。指す先で、シェード達が、外側の輪の破壊に成功した。セレナイト達が、すかさず近寄り、剣で攻撃、次の輪を破壊した。だが、最後の輪は、味方の攻撃が当たる前に、高速回転を始めた。再び、飛び退いたシェード達の、武器攻撃が続く。

「輪に再生能力はない。内側ほど強くなってるが。外側を破壊した時に、すぐ内側の輪が、高速回転を始めるまでには、少し間があるから、その時なら、ちょっと攻撃すれば簡単に壊れる。

一つ壊した隙に、次の輪を素早く壊す。だが、その次には間に合わない。それでも、あれが最後の一つだ。」

ドルワイトスの相手が、用意した武器が使えない、と強い口調で言っていた。部下ではなく、同格か、上のようにも見える。

俺はグラナドに、

「それでも、物理攻撃は利くんだろ。跳ね返り対策に、防御を強化して、一斉に、その大型ボウガンで攻撃した方が、早くないか?

回転と逆方向に、土魔法か風魔法で拘束魔法を掛ければ、止まるのは無理でも、遅くはなる。数打ちゃ当たるになるが、手っ取り早く中心を叩くには、使える手だと思う。」

と言ってみた。

「大きなダメージは、不味いの。」

答えたのはミルファだった。

「中心に、ジェイデアさんとイシュマエルがいるの。」


味方は、竜巻が街に入るのを阻止しようと、速度を弱めて包囲する作戦に出た。渦巻きの縁から、度々腕のような物が出るが、それが出ている間は少しだが、遅くなる。腕の付け根に魔法や飛び道具で攻撃すると、腕は消える。すぐ再生するが、竜巻はその分だけ、小さくはなった。この時は、竜巻を形成していたのは、幻惑術だったが、僅かに水属性を帯びていた。

この竜巻との戦闘の最中に、リアルガーがさらわれかけた。咄嗟に近くにいたイシュマエルが、魔法で助けようとした。すると、何故か矛先が彼になり、腕に巻き上げられる。彼の腕を掴んだジェイデアを巻き込んで。

「あの形になったのは、二人を取り込んでからだ。水属性が強化されて、依然、魔法が利きにくい。積極的な攻撃がなくなり、足が止まったのは、二人が押さえているのだと思うが…。

リアルガーによると、オディアネに持たせた薬は、お前たちのの技術を応用して作った物で、単なる魔力強化じゃないらしい。細かい理論はわからないが、ジェイデアに飲ませるつもりだったようだ。

飲ませたとしても、奴の望み通りになったかは解らん。…今のオディアネの『中身』、どうやら本人のようなんだが、『意志』とか、『魂』なんて呼べる物じゃない。こんな曖昧なのは、珍しい。」

薬学か化学か、リアルガーには心得があったのだろう。だが、ワールド内の物資だけで、彼の望みの物が作れるとは思えない。その結果がこれだ。

ミルファは、

「魔法弾は弾かれないけど、吸収されてしまうの。大型ボウガンは、上に打ち上げるタイプだから、的が絞りにくくて、輪っかを全部壊しても、ジェイデアさん達の状態によっては使えないし…。」

と、悔しそうな顔をする。グラナドは、

「ああ、それについては…」

と言いかけたが、ドルワイトスが呼んだので、遮られる。

ミルファは、俺に

「まだ、無理しないで。」

と言ってから、揉めている彼等の方に行った。

俺は立ち上がった。剣は鞘ではなく、俺の横に置かれていた。確かめるが、刃零れなどはない。

「どうする気だ。」

グラナドは、ミルファに着いて行こうとしていたが、俺が剣を手にしたので、足を止めていた。

「物理攻撃、人手がいるだろう。意識が戻ったんだから、攻撃に加わるよ。」

「待て。」

「心配いらない。俺は頑丈にできてるし。」

「そういう事じゃない。」

グラナドは、俺の腕を掴んで、離さない。正直な所、立ち上がるときはふらついてしまったが、

「騎士なんだから、守らせてくれよ。」

と、笑顔で答えた。グラナドは、なんだか、妙に口ごもり、

「いや、つまり…」

と言いにくそうに、目を反らす。照れてるのか、と思って、顔を上げさせようとしたが、

「持ってきた!」

の、大声に、俺達二人は、一斉に声の主を見た。

グロリアが、大きな矢を持っている。赤と黒に彩られた派手な矢羽、木製のようだが、菱形の石のくくりつけられた先端は、金属製らしく、黒光りしている。彼女と一緒に走ってきた、大柄な警官は、大きな弓を持っていた。ボウガンではなく、長弓だ。キーリの使っていた物を、大きくしたような形で、赤と黒で塗られている。

グラナドは、やはり言いにくそうに、

「魔族との戦闘で、一時的に、人族が使っていた、オリガライトの矢だ。先に少し使われているだけだが、魔法の影響なく真っ直ぐに飛ぶようにと開発された。あの形式の弓は、狩人族…狩猟民族しか使わないから、普及しなかったが、ハイコーネの資料館にあったのを、グロリアが覚えていた。」

と説明した。

ドルワイトスが、俺の顔を見て、

「ああ、気が付いたんですか。良かった。」

と、早口で言った。続けざまに、

「住民は避難させてるが、町からよく見えるから、パニックになって収拾がつかない。私と弓隊を十人残して、後は町に向かわせたい。」

これも早口だ。

彼は、俺達の返事は待たずに、部下に指示を出した。

グラナドは、グロリアから弓矢を受け取り、説明を始めた。


作戦はこうだった。


球体が剥き出しになったら、オリガライトの矢で狙う。水属性を無効にして、魔法が効率よく効くようにしてから、「中身」を救出する。

「球体は、中に取り込んだ二人の力を利用している。それで強弱関係のある二属性を、同時に使用できるわけだが、弱い方の、つまり火がかなり押さえられている。イシュマエルがセーブしている、とも取れるが、単にジェイデアの属性が勝って、表面に出ている、とも考えらるる

どちらにしても、まず、矢で、表に出ていて、魔法の盾になっている、水属性を弱める。バランスが崩れて、火属性が表に出てくるだろうが、水の盾で味方を防御しつつ、セレナイト達で術を使う。幻惑術は単独で攻撃には転化しないから、エレメントの繋がりを絶てれば、一気に弱体化する。ここまでくれば、改めて属性魔法も有効だろう。二人の状態によっては、回復優先になる。回復は聖女術のほうが強いが、連れてきているのは、属性魔法の使い手が殆どだからな。だから、属性魔法が普通に使えるようにしたい。」

最後に、合ってるよな、と俺に尋ねた。

「聞くまでもないだろ。だが、矢は、射つより、近づいて直接刺した方が確実じゃないか?水の盾を使えるなら…」

「それも考えたが、刺した『騎士』が逃げ遅れたら、元も子もない。」

答えたのはグラナドだった。俺が行く、と言おうとしたのを見透かされたようだ。

「ついでだが、この矢は、ボウガンには合わないから、弓で射る必要がある。」

距離なら大型でも小型でも、ボウガンの方が、という意見も先手を打たれた。

「向かいのアントン達には伝令済みだ。距離を取って防御させる。ドルワイトス、貴殿方は、部下をつれて、安全圏まで下がってくれ。納得は行かないだろうが、頼む。

ラズーリは、射ち手を守れ。もっと近づく必要があるから。俺も途中までは盾を使う。…ということだから、ミルファ、頼んだぞ。」

グラナドの言葉に、俺は驚いてミルファを見た。ミルファも驚いていた。


「え、グロリアさんは…。」

ミルファが、辺りを見回すが、グラナドは、黙って、球体の方を示した。いつの間にやら、グロリアは、セレナイト達の所にいた。

「彼女は、この手の弓は、あまり使った事がない。この中では、お前が一番慣れてる。属性も土だろ。他はともかく、命中率補正は高いんだから、問題ない。」

「待って、私も…。こんな大きな弓は、初めてで。」

弓は資料館から持ち出した割りには、新しく、よく手入れされた、しっかりした実用的な物だ。だが、何分、強いものは大きく、引くには力がいる。ミルファは背はすらっとしているが、全体的にほっそりしており、腕も脚も細い。彼女の父、キーリの弓でもこれより小型だった。彼はパーティ内部では一番の長身だった。剣士に比べて細身ではあったが、腕や肩はがっしりとしていた。土属性でも魔法があまり得意でない彼は、命中率と威力を、幼少期からの、狩人族の訓練で上げていたからだ。だが、ミルファの今の武器は銃だ。昔は弓だったようだが、外せない一発勝負は懸念がある。

だが、グラナドは、

「大丈夫だ。俺が補佐する。」

と、まだためらうミルファを促して、準備を始める。確かにグラナドが土魔法で補佐すれば、命中率も軌道も問題ないだろう。

目的からすれば、当たれば良いので、射抜く必要もない。

「確実な距離まで近づこう。シェード達が輪を破壊したら、盾を消すから、射ってくれ。射ったら直ぐに、また盾だ。」

俺、グラナドとミルファの順で進む。一度、輪に弾かれて、誰かの曲刀が飛んできたが、後は小石程度だった。俺の盾は水属性のため、魔法防御向けだが、勢いはあっても、小石程度なら楽に止まった。ただ、俺の武器は両手剣、魔法手は左なので、盾を出していると、右手だけで剣を持つことになるため、魔法剣は使えない。

充分な距離に近づいた時、折よく、最後の輪が破壊された。その反動か、シェードが反対側に派手に飛ばされたが、グロリアが助けに走っていた。セレナイトが前に出たように思えたが、サニディンに肩を引かれて、俺達の方に下がり始めた。

球体は、人が二人(三人?)入っている割に、小さく思えた。中は不透明で見えない。それでも弓の的には充分な大きさだ。後続の中では、一番、球体に位置が近い俺は、盾のタイミングを計るために、グラナド達を振り返った。

ミルファが球体を指して叫び声を上げた。再び向き直り、球体を見た。

リアルガーが、球体に突進していた。一度は派手に弾き飛ばされたが、さらに突進した時は、何だか球面に張り付くようにしていた。反対に、逃れようともがいているように見えた。剣を持っていた片腕は、球体に入り込んでいる。

セレナイトは、再び球体に近づこうとしたが、剣を取り落とした。サニディンが彼女を抱え、俺達の所まで連れてきた。

セレナイトは、大怪我こそ無かったが、傷だらけだった。かなり消耗している。剣は先端が欠けている。グラナドが回復をかけようとしたが、制止し、下ろしてくれ、と言ったが、サニディンは降ろさない。

「一回、食らってるんだから。」

「直撃は避けた。」

しかし彼女も、彼の腕から逃げ出すだけの力はないようだ。大人しく捕まっている。サニディンは、俺を見ながら、

「シェードと俺は、体当たりで弾かれるが、こう、力が抜ける感じにはならない。ヒット&アウェイに徹してるからかもしれんが、セレナイトやお前は違うみたいだな。リアルガーは…ああなると解らん。」

片腕を突っ込んだリアルガーは、鈍い動きになり、ぐったりしている。意識はあるようだ。俺が気絶した事を考えれば、影響は弱くなってる、とも言える。守護者とそれ以外で反応が違うようだが、サニディンの体も守護者の物だ。魔族ベースか人族ベースか、ワールド住人の体から転用したか、も関係するかもしれないが、今は確認のしようがない。

ミルファは、

「今、射ったら、リアルガーは?」

と躊躇った。

作戦はグロリアが伝えたはずだ。リアルガーは、それを無視した。

「彼も守護者だ。ジェイデアを助けようとした結果なら、悔いはないだろう。」

セレナイトが、苦しそうに言った。

本来なら肉体が破損したら自動回収だが、今は修復中とは言え、システムエラーの真っ最中だ。正直、リアルガーがどうなるか解らない。

だが、グラナドは、

「一先ず、下がってろ。」

と、ミルファを背後に、一歩前に出た。

セレナイトもサニディンも、目を丸くしていた。俺もだ。ミルファを気遣ったのかと思ったが、

「あの位置だと、邪魔だ。リアルガーに当たる。球体に当たらないと意味がない。」

ということだ。それは最もだ。サニディンが、剥がしてくる、と、セレナイトを俺に預けようとしたが、彼女は、サニディンから降りると、自分の足で立った。しんどそうだ。

サニディンは素早く球体に近づき、リアルガーを引っ張る。抵抗しているようで、何かやり取りがあった後、サニディンの拳が、リアルガーに当たった。

サニディンは、反動で球体に触ったようだが、弾き飛ばされはしていない。リアルガーは、うずくまっていたが、殴られたせいか、力が抜けたせいかは不明だ。

サニディンがリアルガーを立たせ、文句を言いながら、引っ張る。

腕の抜けた穴から、「気」が吹き出した。球体は収縮を挟みながら、徐々に膨らむ。サニディンもリアルガーも、慌てて離れようとしたが、リアルガーがうまく走れないようだ。サニディンの動きも重くなる。

「盾で防ぐ。射て。」

俺は、二人のもとに駆けつけると、水の盾を出して、二人を覆った。さっきまでとは変わり、俺には影響がない。サニディンは、俺の盾の内側に、土の盾を作った。

ミルファを見る。右手に弓を構え、左手に矢をつがえる。グラナドが、彼女の左側に立ち、手を添えていた。

一瞬、風の複合体の時、同じような悪条件で弓を射た、キーリの姿に重なった。狙いを定め、息を止め、引き絞って、放つ。やや上向きに、それたように見えたが、魔法で軌道修正がなされ、球体の上方に当たった。

見る見る表面の灰色が消え、透明な幕のになった渦が、僅に球体の輪郭を留める。中心には、ジェイデアとイシュマエルがいた。

ジェイデアは意識がないのか、イシュマエルにもたれ、動かない。彼女の体は青く光っている。イシュマエルは、彼女を抱きかかえているが、彼は紅く光っていた。

火で水を押さえていた。その豊かな魔力は、次期に球体を復活させてしまうかもしれない。盾をサニディンに任せ、魔法剣を使い、薄い球体の縁に当て、透明になった、残りを払う。

併せて、向かい側から、風が飛んできた。シェードとグロリアだ。セレナイトが、魔法で、幻惑術の名残を消す。色々限界だったようで、膝から力が抜けていた。続いてグロリアとシェードが二人を保護。人が殺到し、ルビナが先導して、連れていった。

思ったより魔力の反動は低かったので、俺の盾にも予想したほどの負担はなかった。ただ、先に準備しておいたからで、提案通り、手で矢を刺してから、盾を出していたら、どうなったかはわからない。

向かい側から魔法が飛んできた時は、なぜかと思ったが、今回の「原因」に対する物だった。

だが、原因、つまりオディアネは、服を残して消えていた。中が見えた時点では、服は(すでに布切れ状態だが)、宙に浮いていた。今は地面に落ちているが、胸の部分に当たると思われる所に、握り拳三つくらいの大きさの、穴が空いていた。他の裂けた部分と比べると、丸く型抜きをした状態で、明らかに要因が異なる。全体的には、状況を考えれば、服の損傷は少ない。

ドルワイトスが近寄ってきて、現場は保存してくれ、とグロリアに話していた。俺は、服の残骸を囲んでいる彼等を、一回り置いて見ていたが、シェードが近づいてきて、

「ジェイデア達は怪我はないらしい。魔力だけなら、回復するのも早い、ってアントンが言ってた。でも、すっきりしないな。」

と、話しかけてきたので、

「まったくだな。でも、君は大丈夫か?派手に飛ばされてたが。」

と尋ねた。シェードが、

「ああ、それは回復でなんとかなった。あんたこそ、いいのか。」

と聞き返してきたが、俺が返事をする前に、叫び声が上がった。

リアルガーが、現場保存を指示するドルワイトスに、突っかかっていた。へたれていたと思ったが。サニディンが止めようと、背後から羽交い締めにしていた。

「服を、くれ。」

リアルガーは、そう叫んでいた。サニディンが、「落ち着けよ。」「気持ちはわかるが。」と、口でも宥めている。

「なんだ、勝手な奴だな。そんな気持ちがあるのなら、どうして、あんなに追い詰めたんだよ。」

シェードが、怒りと共に怒鳴った。リアルガーは、オディアネを利用しただけだと思ったが、さすがに、これでは罪悪感を感じるな、という方が無理だ。

だが、次にリアルガーの口から出た言葉は、度肝を抜いた。

「もう一瓶、あったはずなんだ、それがないと、あの人が!この世界の未来のためにも、あの人は、俺と!それが、皆のためだ!」

サニディンが、絶句して手を止める。リアルガーは、振り切って、服を持った警官に向かうが、その前に、地面に仰向けに転んだ。

俺が殴ったからだ。

「いい加減にしろ!」

俺は、ここの計画の詳細は知らない。セレナイトから聞いた限りでは、リアルガーは「拡大解釈」をしている可能性が高い。だが、詳細はどうでもいい。

上の計画も大事だ。ワールドの秩序も大事だ。だが、守護者は、計画者や監視者とは異なる。最終的には、勇者を守る者だから、守護者なのだ。単に計画を遂行するだけなら、そもそも俺達は必要ない。

俺も、今まで、はっきりと意識した事が、何度あったかは、自分でも疑問だ。しかし、リアルガーに対して感じていた、釈然としな違和感の正体が、ようやく理解出来た。

「俺は、君に文句を言う資格はない、そう思った事もある。だけど、他はともかく、せめて、最低でも、大切なら、自分の全てを引き換えにしてでも、対象を、守り通せ。

今、ジェイデアはどうなってる?よく、見ろ。」

リアルガーは、動きを止めた。血混じりの嗚咽。鼻か口からわからないが、顔の下半分は赤い。

グラナドが、セレナイトを支えながら、いつの間にか、近づいてきていた。彼女をミルファに託し、「俺に」回復を掛ける。

「シェードのウィンドカッター、耳のとこに当たってる。ミルファの土礫は、俺が止めたが。」

リアルガーの位置に俺が入ったため、代わりに当たったようだ。我に返ったシェードが、謝り出した。

俺は大丈夫だ、と答えた。

サニディンが、

「お前、もう少し、殴る時の力加減、覚えろよ。慣れなきゃ。」

と軽く言い、一応、医者に、と、リアルガーを担いで連れ出した。

「ジェイデアさん達とは、別の医者にね。」

と、ミルファが、普段より、低い声で言った。

セレナイトが、

「すまない。『私達』が、きちんと叩き込んでおくべきだった。」

と言った。

「ラズーリでも、手が先に出る事、あるんだな。」

「でも、いい事、言うよね。ちょっと、感動しちゃった。」

「まあ、次は力加減を覚えろよ。いい事言ったのは、確かだが。」

十代三人は、次々と言った。セレナイトも笑った。

さすがに、誉められると居心地が悪い。

所在なく、警官隊のいる方、球体のあった場所を眺めた。

地面が、環状に削れていた。高速の縁の跡だ。内側の三つまでは、はっきりしている。

月明かりに、白と黒の跡は、色違いの、「月の輪」のように、儚い光りを帯びて見えた。


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