絶望を呼ぶローズワイン(後編)
「ちょっとお、宮!なに道のど真ん中で寝てんの!」
「ハッ!」
俺は目を覚ました。気付けば街の広場で眠っていた。そういえば、俺は彼女とデートしていたのだった。
「トランシー、ごめん。最近ちょっと忙しくて。」
「嘘つき。夜に誰と遊んでたの?」
「っ!?な、何故それを?」
「女の匂い」
「う、うぅ。ごめん!」
「別にいいよ。寝る前にたっぷり付き合ってもらうから!」
「はいはい、分かったよ。」
トランシーは俺の彼女。才色兼備で100年に1人の美女。それは変わらないのだが、
(何かがおかしい。)
そう、俺の心には違和感が残っていた。トランシーは好きだ。愛している。しかし、彼女にはなにか...。
「ちょっと宮、またボーッとしちゃって!」
「なぁ、トランシー。」
「どうしたの?」
「お前ってゼラムだったりするか?」
「え?」
俺は今なんて言った。トランシーがゼラム?なんでそんなこと言ったんだ?ちょっと疲れているのかな。彼女はすぐに答えた。
「なにを今更、この前話したじゃない。私はゼラムだって。」
「あははー、そうだよねぇ。...。え?」
理解が出来ない。彼女は一体何を言っているんだ?トランシーがゼラム。心の中で薄らと考えていたこと。しかしそれは現実とはかけ離れたことだと俺は思い込んでいた。だからこそ彼女の言ってることが理解出来ない。
「トランシー、ど、どういうことだ?」
「何度も言わせないでよぉ。いくら種族が違うからって、宮のことはちゃんと分かってるんだからね。」
「そ、そんな話じゃなくて...。」
「なぁに?ひょっとして今更私がゼラムであることに不満があるの?」
「うるさいなぁもう!」
「ちょっと、宮、どうしちゃったの?」
俺は叫ばずにはいられなかった。訳が分からない。いきなりトランシーに変な質問してしまったと思ったら、トランシーは何もないような顔して衝撃発言をするのだから。
「だって、おかしいだろ!ゼラムと言えば俺たち人間の生活を脅かす敵のことだろ!?周りの人達がどんだけ驚い...。」
その瞬間、俺は言葉が止まった。周囲を確認していた。そう、それだけだっのだが。
「ゼラムが、ゼラムが人と共存している...。」
俺は思考が停止しかけた。互いに憎みあっていた関係。ゼラムと人間。その二種族が手を取り合っているという異様な光景が目の前に広がっていた。
「そんな、今まで俺が見てきたものは一体なんだって言うんだ...。」
「宮、具合でも悪いの?でも私、こんな時どうしたらいいか分からなくて...。」
「いいから黙ってろよ!」
「なんでそんなに怒るの!?」
「お前のせいじゃないか!」
「なんで、なんでっ!なんでそういう風になるの!私が何したって言うの!?」
「こ、これ以上喋ったら、首を飛ばすっ!」
「!?」
それが正しい判断がどうかなんて俺にはよく分からない。でも、そうでもしないと心が狂っちまいそうだった。
周囲はすぐにざわつき始めた。そのうちの一人が俺に歩み寄る。
「おいテメェ、何脅してやがる!」
「知らねぇよ!恋人がゼラムだったんだ!」
「それの何が問題か言ってみろ!ええっ!!」
「う、うるさい!」
言葉より先に剣が動いていた。話しかけてきた相手に剣を振っていたのだ。相手の首が綺麗に飛ぶ。
「キャアアアアアア!!!!」
周囲は直ぐにパニック。当然の反応だった。
「お前ら全員粛清してやる...。ゼラムは敵だ!」
「逃げろ!みんなぁ!!!」
「覚悟!皆の衆!!!」
俺は剣を振るった。そのつもりだった。
「やめて。」
剣が抑えられたのだった。1人のゼラムに。
「トランシー、邪魔をするな。例え君でも俺は斬る。」
「させない。誰一人、私が傷つけさせない。」
「ほぉ、いい度胸じゃないか。それでこそ俺の女だ。」
俺は態度が変わっていることに気付かなかった。
「私、宮のことが好き。ううん、大好きだよ。でも、今の宮は違う。まるで何かに取り憑かれているみたい。」
「ぎゃああああっはっはっはぁ!!!言うようになったじゃねぇか、トランシー。お前に今の俺を殺せるかな?」
俺は彼女に問うた。そんな余裕が俺にはあった。やがて彼女も口を開く。
「私、宮のこと殺さないよ。」
「あぁっ?」
「私、宮のこと、助けたい。」
「なに?俺を助けたいだと?面白い、ここまで狂っちまった俺だぜ?随分心が広くなったんだなぁ。」
彼女は震えていた。当然、俺の豹変っぷりに心がついていけないのだろう。殺すのは簡単だった。だが、彼女は言葉に耳を傾けることにした。
「宮は覚えてる?私と出会った時のこと?」
「さぁな。今更関係ないことだ。」
「私は覚えてるよ。3年前、私が年上の人にナンパされてた時、たまたま出くわした宮がなにをしたか、自分でも覚えてないの?」
「あぁ、俺は何をしたんだ。」
「宮は何もしなかった。」
「ぎゃああああっはっはっはー!当時の俺は優しくもなんともなかったみてぇだな!!!」
「いいや、宮は優しかったよ。だって、連れてかれた後もずっと私のこと見張ってたじゃない。暴力沙汰にならないか。」
「...。」
「私、知ってるよ。宮はその頃、とても弱かったことを。けれど、弱いなりに私のことを守ろうと必死になってたことも。」
「...。」
「私、それが嬉しかった。宮のその優しさに私は惹かれたの。」
「そうか、だが過去の話だ。」
「だから、宮には優しいままでいて欲しい。それで、私のそばにずっと居て欲しい。」
「随分とワガママなお嬢さんなこと。」
「そうだよ、私はワガママ。だから、宮も助ける。」
彼女は笑顔だった。
「なら、俺を救うために死んでくれ!」
俺は一瞬で彼女に迫った。武器は持っていないようだが、何があるか分からない。だが、勢いは止まらなかった。
「死ねぇ!!!」
・
・
・
彼女の首が跳ねた。思ったより簡単に終わったのだった。
「トランシー、お前はいい女だったよ。」
呆気ない幕切れ。しかし、戦場では常に一瞬で勝敗が決まる。こういうものなのだろう。
「俺はどうかしていたのかもな。なんで、トランシーを...。」
俺の心は鬼に侵食されかけていたが、辛うじて正気は残っていた。
「ごめん、トランシー。」
「別にいいわよ♡」
「え?」
一瞬だった。俺の手足がトランシーに喰われたのだった。
「うぎゃああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!???」
「アッハハハハハ!!ミヤァ、貴方の体って何回食べても美味しいのね♡」
「痛い!イタタアアアアアアアイ!!!」
「んふ。貴方の今の顔、結構好みよ。」
「一体、何が...。」
「貴方、どうしてゼラムが敵だったこと知っているの?」
「う、ううううう〜〜〜〜〜〜!!!」
「あぁ〜、成程。世界の真理に近付いている、というより、世界の真理を既に手にしてしまったのね♡」
「何の話だ...。」
「貴方の記憶、全て真実よ。」
「く、くそぉ。」
そうだ。やっぱりゼラムは俺たちの敵だったのだ。だが、それが今更なんだって言うんだ。
「手足を回復させたい?ミ〜ヤ〜くん?」
「か、回復手段が、あるとでも...言うのか?」
「そうよ♡すぐにでも出来る簡単なこと。」
「トランシー、今まですまなかった。どうか許してくれぇ...。」
俺は泣きながら彼女に頼んでいた。
「全然怒ってないよ、ミヤくん。それより、手足が戻る方法知りたくないの?」
「し、知りたい、です...。」
「簡単なこと、私を食べればいいの♡」
「え?」
またも理解が及ばなかった。俺の手足を食べたトランシーが俺に食べられる?そんなこと、彼女が許すはずない。
「いいのか。トランシー。」
「というより、私、ミヤに食べられたい。貴方に私の全てを味わって欲しい!あぁ〜、ウィンウィンってこういう関係のことを言うんだね!!!」
「...。」
彼女を食べれば、手足が戻る。だが、俺にそんなことが。
「トランシー、俺には無理だ。」
「え?なんで?私を味わうのがそんなに嫌?」
「違う、俺は君が好きだ。だから、そんな君を食べるなんて俺には。」
「ミヤくんったら素敵♡」
俺の気持ちは彼女に届いたらしい。
「でも、私、もう我慢出来ないの。貴方が断るというのなら、私は強硬手段。貴方の体を操作させて貰うね♡」
俺の気持ちは彼女に届かなかったらしい。
「レコキチの名とともに。ミヤの異食欲向上を希望します♡」
次の瞬間俺の脳内に雷が落ちた。
「あああああああああああぁぁぁ!!!」
俺の意識が飛びかけた。不思議と痛みはなかったが、体が勝手に彼女の元へ向かっていく。俺の意思に反して、体は彼女を求め始めた。
(なんだこれは!?体の制御が効かない!)
やがて俺の体は俺のものではなくなった。
俺は彼女を食べ始めたのだった。
「トランシー、逃げて!!!」
「アアアアアアアアッ!!!!!!」
彼女は絶叫してた。しかしすぐに落ち着いて、
「ミヤァ...。ミヤァ...!凄い、私、本当に食べられてる!痛い、痛いけど、なんだろう?すっごく満たされてるぅ!!!」
彼女の裸体は既に血まみれだった。しかし、ゼラムであることが信じられないくらい彼女の体は美しく輝いていた。
(やだ、やだああああああああ!!!トランシー、君が剥がされていくっ!)
トランシーも既におかしくなっていた。痛みを感じているはずなのに、同時に彼女は高揚していたのだ!
「あぁ〜!!!ミヤアアアアア!!!私が、私が私じゃなくなっていくっ...!ウゥッ!グハッ!痛い!!!ミヤアアア!!!」
俺は彼女から離れない。いや、離れられない。
(やめてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!トランシーが、トランシーが傷付いていくっ!俺のせいで、俺のせいでっ!!!)
「ミヤァ、好きだよ...♡ミヤァ、大好き!私、美味しいかな?ミヤの舌に望まれてるかな?ハァ、ハァ、ッ!!」
「トランシィィィィィィィィィ!!!」
彼女は体感的に辛いはずなのに笑顔だった。その姿が美しくて俺はなんとも言えない気持ちになってしまった。
「ハァ、ハァ。ミヤァ。どうしてそんなに辛いな顔してるの...?グハッ!」
(トランシィ、君を食べているからだよ...。俺には、俺にはこんなこと...。)
「そっか。ハァ、ハァ。宮は優しいから、ヴゥ!、私を食べるのが、アァン!、辛いんだね...。」
彼女は辛そうに俺に話しかけた。
「でも、私は幸せだよ...。ミヤを食べて、そしてミヤに食べられて、私、すっごい満たされてるよ♡」
「トランシィ!」
「だから、ミヤには喜んで欲しいな...。嬉しそうに食べるミヤの姿、グフッ!、見てみたいから...。」
俺は彼女に答えるしか無かった。
「トランシー、美味しい。すっごく美味しいよ!トランシー...。俺は君を食べたい。もっと食べるんだああああああああ!!!」
「アアアアアアアアア!!!!!ミヤ、好き!大好きいいいいい!!」
その後も俺は彼女を食べ続けた。何回も気絶しかけたトランシーだったが、笑顔を絶やした時は1度もなかった。そんな彼女に俺は答え続ける。
やがで、俺は彼女の全てを喰らい尽くした。
「はぁ。はぁ。はぁ。」
気分は嬉しくも悲しくもあった。なんだか不思議な感じだ。
「トランシー、美味しかったよ。君が俺の彼女で良かった。」
俺は彼女を食べきった後の余韻に浸っていた。
「彼女に満足出来たようだね。宮くん。」
「!?」
後ろを振り返ると、そこには1人の人物が。
「これで、私の計画は成功に近付いた。君には本当に感謝している。」
「何が言いたい...、ローズワイン!!!」
その男、ローズワインは俺に答えた。
「君にもいずれ分かるさ。いや、君にしか分からないだろうね。」
「何を言って...。」
彼は既に消えていた。
「ローズワイン。貴様は一体...。」
何一つ分からない。だが、なんとなく分かることがあった。絶望的な戦いがこれから始まるということが。