花嫁にしたい女の子がいるんだ
考えるな。感じるな。読め。
白い空、青い雲。
明らかに常軌を逸した景色が見えるのはさておき、この俺立花宮は自転車を漕いでいる。トランシーを連れてピクニックに出掛けようとしたらトランシーがピクニックに行くのを拒否して家に籠ってしまったからだ。
まぁ、久しぶりに1人で外の空気を味わうのもあながち悪くない。酸素がないと人は生きていけない。ということは人を人とたら占める要素には酸素が必要ということになる。つまり空気中の酸素は人間なのではないかという考えを聞いてくれたトランシーは夕食を用意してくれなかったな。
まぁ、そんなわけで俺は自転車を漕いでいる。ここはグルリット市というところで近未来的世界観でお馴染みな高層ビルが立ち連なっているロマン溢れる住宅街だ。俺はその町にかけられてる高速道路を走っている訳だが、
「おや?なんだあれ」
男の子がいた。正確には道の真ん中に男の子が呆然と突っ立っていたのだ。
「引かないように気をつけないと。」
俺はそう呟いた。
次の瞬間、オレは男の子にぶつかった。
鈍い音が炸裂したが、痛みは不思議となかった
「痛ぇ...。あ、君!大丈夫かい!?」
自分のことよりも先にぶつかってしまった男の子を心配する俺は意外と優しい方なのかもしれない。
「立花宮さん、本人じゃないですか!」
「俺のことを知ってるのか?」
「当然ですよ!なんたってあのゼラムの首をチョンパした英雄ですもん!」
この回から読んだ人のために説明すると前回俺はゼラムの襲撃を阻止したのだ。それで俺は英雄扱い。全く、勘弁して欲しいものだ。
「立花さん、お願いがあります!」
「そうか、なんでも言ってごらん?」
「実は...」
男の子は口が詰まった。
しかし何かを覚悟したのか、じっとこちらを見つめてきて
「お付き合いしたい女の子がいるんです!」
割と普通の悩みだった。やれやれ、ガキンチョは直ぐに女の子の話になる。顔面偏差値で優劣が決まる子供たちの恋愛に魅力のこれっぽっちも無いのに。
「よし、この俺に任せとけ!」
「ありがとうございます!」
その後、俺は男の子「るけたうとさ」くんの家にお邪魔して話を聞くことにしたのだが、
「それで、その女の子はどういった存在なんだ?」
「存在なんて失礼ですよ!僕にとって乙女の中の乙女を貫いているであろう伝説の女神なんですって!」
今の会話だけでうとさ君の女の子への熱意が伝わったわけだ。それにしても存在はちっとおかしかったか。
「まぁ、その子についてなんですけど、僕が小学校に通うために乗っている電車で、僕が乗った駅の次の駅で毎回彼女が僕の車両に乗ってくるんですよ!この時点で僕と彼女は運命に導かれるべき関係だと明白なのですが、まだ驚くべき点があって...」
こいつ、話し始めたばっかなのにもう絶頂みたいだ。だが勢いはまだ止まらない。
「なんと僕が座る位置の正面に毎回いるんですよ!最初はたまたまなのかと思ったんですけどね。でもそれが毎日なんです。もう彼女の方が僕のこと意識してるとしか思えないんですよね。」
どうやらこいつが彼女を見つけて正面に座ってる訳じゃないらしい。そうなると脈アリだな。
「よし、早速その女の子をデートに誘うぞ。」
「な、何言ってんですか立花さん!?僕まだ彼女と話したことないんですよ!?ただ僕がじっと見つめてるだけで。無理に決まってるじゃないですか!!!」
「うるさい!お前は彼女を見逃して一生を過ごすつもりか!それに、お前が惚れた女がどういう奴なのか今すぐ見てみたいんだ!」
「立花さぁん...」
異世界転生要素はどこいったんだって疑問は一旦忘れてくれ。
3日後、俺とうとさは駅前で約束した。
「お待たせしました立花さん!」
「あぁ、それよりあれを見ろ。」
俺はうとさが来たことは正直どうでもよかった。それよりもホームにうっすらと見えたものに釘付けになってしまったのだ。いや、ものというより人に。
「おぉ!立花さんも気付きましたか!そうですよ。彼女が菜々森ちゃんです。3日前に話した女の子ですよ!」
「よし、今すぐホームに行くぞ!」
「はい!」
ホームに着いてすぐに奈々森ちゃんを見た。確かに彼女は可愛い。彼女が近付いてくる度にその可愛さを実感してしまう。それにしても大分近付い...
「あのー。ちょっとすみません。」
え、俺に話しかけてるぞ。
「どうしたんだ?」
「いえ、貴方じゃなくてそこのうとさくんに用があって。」
...。
...。
(俺じゃなかったぁぁ。恥ずかしい!なんて思いをさせてくれるんだ!それとうとさくんってこの女に名前知られてるぞ?一体どういうことだ!?)
「ぼ、僕に用があるんですか?」
「そう。いい加減あなたも本当のこと言ったらどう?」
なに?うとさの奴、俺に隠し事を?
「僕が何か隠してるとでも言うんですか?」
「当たり前でしょ?私知ってる。あなたがゼラムだってことを!!」
しばらくの沈黙。そして、
「「ええええええええええ!!!???」」
こいつ、今なんて言った?
「女!それは本当なのか!?」
「誤解ですよ立花さんっ!奈々森ちゃんも何言ってるんですか!?」
「本当よ!じゃあなんで名前を知ってるの?あなたに教えた覚えはないわ!」
「ゼラム覚悟!」
スパッ!思考よりも先に体が動いた。うとさの両腕が跳ねた。
「うわあああああああああ!!!痛い!痛い!!!」
「おのれゼラムっ!よくも俺を騙したな!!!」
俺は言葉が止まらなかった。
「俺はお前を応援してた!!!菜々森ちゃんの彼氏になろうとするお前に情が移ってた。お前の役に立てればいいと思ってた!だけどよ、そうやって俺を騙して、何も知らない俺を逃げ場のない電車に誘い込んで、挙句の果てに菜々森ちゃんまで巻き込もうとした!許さない!」
「ぢがう...。菜々森ぢゃん...。なんでごんなことを...」
「黙れ!!!」
俺はすぐに斬りかかった。違う、斬ろうとした。刃は彼の頭に触れる直前、
「そこまですれば充分よ立花ちゃん♡」
「え?」
気付いたらホーム上から吹き飛ばされた。何が起きたか分からなかった。
「ふ、ふふふふふふふ。あははははははははははははははははははは!!!!!!」
菜々森ちゃんが不思議と笑ってた。彼女が笑う理由が分からない。俺が吹き飛ばされた理由も分からない。何もかもが分からない。
「ご苦労様。うとさが邪魔だったの。少なくとも出血死は免れないわね。」
瞬間。
ビヨヨヨヨーン。
彼女、菜々森の姿が二度と見たくないものに変身した。全てを理解するのに時間はかからなかった。俺が線路上に飛ばされたことも、うとさがゼラムじゃなかったことも、そして菜々森が...、
「ゼェェェラァァァァムゥゥゥゥ!!!!!!」
「本当はうとさがゼラムだって嘘を信じさせるためにいくつもの証言を考えておいたのだけれど、まさか私が何も言わないままうとさの腕を切り落とすなんてつくづく笑わせてくれるわね。」
殺す。俺は剣を抜いた。しかし、
「じゃあね♡立花ちゃん。」
ビュウウウウン。
直後、真横からの運動エネルギーを体感した。なにもかもが真っ白になる。
電車に引かれた!?
「馬鹿ねぇ。すぐにホームに上がれば良かったものを。電車に引かれるなんて意外と惨め。」
「菜々森ちゃん、いや、ゼラムっ...!」
うとさはすぐに途切れそうな意識を彼女に向ける。
「僕は、ゼラムに惚れていたのか...。ふ、ふざけんな...」
彼女は笑い続けている。駅のホームにいた他の人たちはあっという間にパニック状態。ゼラムが出現しただけでなく、電車に引かれた人までいるんだ。騒ぐのは至極当然のことと言える。
「僕は最後まで惨めだった。」
これまでの記憶が蘇る。
「なにをするにしても周りより不器用で、それを受け止めるメンタルもなくて、それで自信がなくなってきて、そんな僕でも初めて自信を持てたこと。それが、菜々森ちゃんへの愛情だったのに...。僕はもう終わ...」
「なにこれ...。」
後ろから声が聞こえた。すぐに分かった。いつも電車で見る顔だった。
「なによこれ。どういうこと?それにうとさくん、両腕がない!大丈夫!?しっかりして!」
「あらぁ?本人じゃない?」
そう、菜々森ちゃんだった。本人だった。これまで見てきた彼女はゼラムじゃなかった。
「菜々森ちゃん...。良かったぁ...。」
「なんて酷い姿。でも私は何をすればいいの?」
彼女は焦っていた。
「うとさくんに何をしたの、ゼラム!!」
「彼には何もしてないわ。私はね♡」
「嘘!絶対に許さない!!」
「どのみち2人ともここで死ぬんだから関係ないでしょ?」
「菜々森ちゃん...、逃げろ...。」
「嫌よ!うとさくんを見捨てるなんて、私!」
「死ねぇ!!!」
ゼラムの奇声と同時に触手が迫ってきた。散々な人生だった。間に合わない。もう手遅れだったんだ。
「いいや、お前の相手は俺だ。」
瞬間、目の前にまで迫ってきた触手が跳ねた。
一瞬のことで頭が整理できなかった。
「ぎゃあああああああ!!!!!!!」
「俺をノーマークだったのが仇となったな、ゼラム!!!」
「だぁぢばなぁさぁぁぁぁぁん!!!」
ゼラムは震えていた。
「なぜ...、なぜ生きているっ...!!!」
「貴様は俺が引かれたと観測した。だけど、もしも俺が俺自身は引かれてないと思っていたらどうなる?」
「まさか、お前っ!」
「そう、貴様が観測した事実は俺の観測した事実と違えるものだった。」
「私は騙されていたとでも言うの?」
「いや、これには訳があってな。人によって見えるものが違う法則ってのがあるんだ。名前は忘れたが。」
「そんなぁ。私が見えていたものが真実ではなかっ...。」
「おっと、手が滑った。」
ゼラムの頭が宙を舞った。その軌道は美しかった。
「彼は一体...。」
菜々森ちゃんの目はすぐに彼を追っていた。
「立花さんは僕が尊敬する勇者だよ!」
俺はちょっと嬉しかった。
「あぁ、そうだな。俺はお前の師匠だ。」
「あの!」
菜々森ちゃんが俺に声をかけてきた。
「菜々森ちゃんがもう1人だと!?さっきのは偽物っ!?」
「えっと、その...。」
なにかムズムズしているぞ。チャックでも空いているのか?だとしたら一大事っ!確認する。よかった。空いていなかっ
「私と結婚前提で付き合ってください!」
「え?」
「永遠の愛を誓いますか?」
「「はい、誓います。」」
俺たちは結婚した。お互い一目惚れだったのだ。俺の人生は色付いてきた。菜々森ちゃんがそばにいてくれたおかげで。
式場は歓喜に満ちていた。
「ちょっと照れくさいなぁ〜。」
「いいのよ。貴方とならどこへでも行くわ。」
「立花さ〜ん!!!」
うとさだった。
「2人とも、幸せそうで何よりです!」
「うとさ、ありがとう。お前にも会えて嬉しい。」
「うとさくん、私今生きてて楽しい!貴方も想い人と結ばれることを祈ってるわ!」
菜々森ちゃんは嬉しそうに口に出した。
そう。
俺たちは幸せ。
それを邪魔する奴は全て殺す。
「それが運命なら。」