第二話 夢と宝石 その1
村から目的の街までは馬車で約三十分の道のりである。目の前に座るセシルは、とても身分の高い人のように思える。
ガタガタと揺れる馬車の中で、彼を見つめながらそう思った。
「あの、セシルさん。その知り合いというのは、どのような人で?」
「ああ、まあ仕事上の付き合いだよ。ジェインという人なんだけど。偶然彼が悪夢に悩まされていると聞いて、そういえばどこかの村に悪夢を止める魔法を使う人がいると聞いたことがあったなと思い出してね。聞き込みをしたらあの村にいるというからきたんだよ」
正確には悪夢を止めるものではないのだが、似たようなものだろう。カラニの祖母がこの夢の魔法を使って困っていた人を助けていたため、そのような噂が流れたのだろう。カラ二はまだ祖母ほどうまく魔法を扱えるわけではないのだが。
街へ着き、馬車は一軒の大きな屋敷の前で止まった。カラニはセシルとともに玄関へ行くと、恰幅の良い上等な布を着た男性が一人、重そうな足取りでこちらへ駆け寄ってきた。
「おお、やっときたか。その隣のが、悪夢を解決できるとかいうヤツか?」
「カラニ君です」
「はじめまして、カラニです」
子どもとは思っていなかったのか、不服そうな顔をしているジェインを見ながらカラニは軽くお辞儀をした。「なら、さっそくだが聞いてもらおうか」と、二人は応接間へと通された。
向い合せに長椅子に座り、出された紅茶を飲みながら、ジェインは話始めた。
「そうだな、あれは二週間くらい前のことだ……」
ジェインは地元の名士の生まれで、農業を長年経営しているが、最近、街から離れた山のとある場所に綺麗な宝石が採れる洞窟を見つけたという。たまたまキノコ狩りに入った山で道に迷い、たどり着いた先にそれはあった。
「見たことない種類で、光の加減によって赤になったり緑になったり、きれいな石なんだ。これはと思ってな」
すぐさま転がっていた宝石を拾い、知り合いの商人に見せると、思っていたよりも高く売れた。そしてもっとほしいとせがまれるようになったため、独占して儲けようと考えたのだった。そんなある日、ジェインが夜眠りにつくと、奇妙な夢を見た。
自分が見つけた洞窟の中に一人で立っている。夢に見るとは、これは宝石を売ってもいいという神の許しかなどと思っていると、洞窟がガラガラと崩れはじめたのだ。危ないと思い外へ出ると、森が枯れ木も地面もネトネト溶け出している。逃げようとするも足を取られ、地面に倒れこんでだところで目が覚める。
「毎日その夢を見るんだ。せっかく一儲けしようと考えていたのに、クソ! この変な夢を見たままじゃ安心して商売できん! 報酬ははずむから、どうにかしろ」
金儲けのためかと思いつつ、依頼された以上は解決するしかない。なんとかしますと返事はしたが、日中は眠れないとのことで、彼の夢を見るのは今日の夜ということになった。それまで屋敷に籠るのもなんなので、誰にも場所を教えないとの条件つきで例の洞窟へとセシルと向かうことになった。
「俺、あの人苦手かもです」
馬車で移動中、カラニはセシルに愚痴っていた。
「ん~、ああいう感じだからね。敵は作りやすいかも」
窓の外を見ながらセシルはくすっと笑った。森の入口で馬車を降り、ここからはたった二人で行くことになる。「何かあっても魔法が使えるから、大丈夫!」と呑気なセシルとともに、森の奥へと入っていく。
「その洞窟って、そんな綺麗な宝石があるのに、よく今まで誰も手をつけませんでしたね」
ジェインの話を聞いていて、ふと疑問に思ったことをセシルにたずねた。
「それは私もそう思ってた。もしかすると、単なる洞窟ではないのかもね」
「?」
どれくらいの時間が経っただろうか、ジェインからもらった地図を片手に静かな森の中、舗装されていない道を進んでいき、ようやく見つけた。
「あった、あれだ」
セシルが走りだし、カラニもそれに続く。目の前まで来ると、確かに洞窟の奥のほうが、うっすらとキラキラして見える。
「どうする? 入ってみるかい?」
カラニが頷き、洞窟へ一歩足を踏み出したそのとき。
ガサガサッと、斜め後ろのほうから音がした。まさか、魔物だろうか。二人の間に緊張が走る。唾を飲みこみ、恐る恐る振り返ると、そこには思いもよらないものがいた。