第一話 青年
「お兄ちゃん、おはよー!」「おはよぉ!」
朝の気持ちの良い日差しと、元気な声がカラニを起こす。「んー……」と適当な返事をしながら寝返りを打つと、小さな手で体をバンバンと叩かれた。
「わかった、わかったから……」
ゆっくり体を起こせば、そこにはカラニの目覚ましがいる。弟のレアと妹のサラ。毎朝お兄ちゃんを起こしに来るのだ。
「朝ごはんできてるよ、下にいるからね!」
どたどたと階段を下りる音が頭に響いてくるため、カラニにとっては良い眠気覚ましであるが、そんな二人の様子を見るのが嬉しいと思うのだ。
それは一年前のこと、レアとサラの両親が相次いで亡くなり、まだ年端もいかぬ子どもだった二人は友人であったカラニの母親が引き取ることになった。当初は悲しみととまどいの中にあったレアとサラも、徐々に打ち解けてきている。血こそつながっていないものの、今では家族だ。
一階に行くと、すでにレアとサラは食べ始めていた。母親がスープを差し出してきた。
「カラニ、御飯を食べたら宿屋へ行きなさい。あなたに会いたいって人がいるの」
「俺に? 誰それ」
「うーん、都から来たとは聞いたわ。今日の朝にね、いきなり訪ねてきたの。……まぁ、この前みたいに夢うんぬんなんじゃない? お礼ははずむから、ぜひって」
「お礼……まぁわかった、食べたら行くよ」
世界に数多ある魔法の中でも、夢をどうこうできる魔法を使える人物というのはごくわずか。カラニのもとには、ときたま悪夢をどうにかしてほしいと来る人がいる。人のためになれるならと二つ返事で引き受けてきたし、今まで重くひどい悪夢を見たことはなかったため、今回も、と軽い気持ちでカラニは宿屋へ向かった。
「おじさん、おはようございます」
「おはよう。君を待っている人なら、そこの部屋にいるよ」
宿のおじさんに挨拶をし、部屋へ向かう。コンコンとドアを叩くと、中から「どうぞ」と返事があり、カラニはドアを開けたが、そこで思わず立ち止まってしまった。なぜならカラニを待っていたのは、金髪で明らかに身なりの良い青年で、ここら辺の人物ではないとわかったからだ。
「おはよう、えーっと、カラニ君で間違いないね?」
「あっ、はい……」
「私はセシル。よろしくね」
驚きつつ、促されるまま椅子に腰かける。
一体何だ、悪いことじゃなければいいけど……。
「突然に君を呼び出して、申し訳ない。ただ、これは君でないとダメだと思ってね」
「はぁ……」
「私の知り合いに悪夢に悩まされている人がいるんだ、もう一週間前からずっと。治療のための魔法とかを試したけれど効かなくてね。これはもう、夢自体をどうにかするしかないだろうって話になったんだ」
「それで、俺に?」
「うん、君に助けてほしいんだよ」
「それは構いませんが―」
「そうか、じゃあ今から街に行こう!」
「えっ!?あの、ちょっと!」
「あー、その前に母上にいってきますしないとねぇ」
* * *
「……と、いうわけで、いってきます」
「ずるいよ俺も!」
レアがカラニの服を引っ張る。母親が心配そうにこちらを見つめる。
「大丈夫なの?」
「ご安心ください、無事に家に帰しますので」
「でも、困っている人がいるのよね? 力になりなさい」
「うん、行ってくる」
悪夢を見ている人は街にいるため、カラニに来てもらわねばならない。急のこととはいえ、引き受けた以上はやるしかない。
セシルの馬車に乗り込み、街へ向かった。