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崇高なる慕情の前に障害は存在せず!

「あのクソババァァァアっ!! 絶対、絶対にダダルク家から生きて出ていけると思わないでよおぉぉっ!!」


 ソファーから立ち上がり、怒りで我を忘れていた。これでも良く我慢できた方だ。

 カタリナは盛大にため息を吐き、気を取り直して声を張り上げる。


「お姉様、落ち着いてください! 忘れたのですか、十三年前の事件でダダルク家が背負った罰を! ミーティア夫人に手を出してはいけません!」


 その言葉にサリアは叫ぶのを止めた。その顔は悔しそうに歪んでいる。


「……分かっては、います。夫人がダダルク家の罪の象徴であることは」


 こればかりは、どうすることもできない事情があった。


 十三年前、その年に政令された国家事業がある。新しい技術が次々と生まれる昨今。それを利用し人の往来や流通を活発にさせ、経済に刺激を与えて回す。戦後不況に悩む大陸の救済措置がとられた。

 それが、都市間を結ぶ大規模な鉄道の整備だ。国家予算から数十年の算出が決定している。そう、それがダダルク家が請け負っている公共事業だ。


 しかし、当時この事業には利権絡みの派閥争いがあった。国の官僚から地方の貴族まで、様々な立場の者たちが関わった。結果として、二つの派閥が癒着し利権を総取りした。その中にダダルク家もいたのだ。


 事件が起こったのは、その関係者が集まったパーティー。賑やかなパーティーで終わるはずだった。だが、突如百人以上の乱入者によって場は騒然となった。他の派閥やそれに属さない者たちが結託し、除籍を辞さない構えで乱暴者を雇い乗り込んできたのだ。


 死者4名、重体者9名、重軽傷者87名を出した戦後最悪の「モリス内乱」と呼ばれた。そして、重体者の中には容態が悪化して死亡した者もいる。それが、ダダルク伯爵家前夫人のセリアだ。


 統一王は事態を重く受け止めた――――――退位を決断するほどに。

 不正を行った側に重い罰、乱を起こした側に軽い罰を与える。そして、ダダルク家に与えられた罰の一つが、派閥外の娘を夫人として招き入れることであった。それは事実上、ダダルク家の乗っ取りを統一王自ら推奨していると示している。


 それがミーティア夫人。統一王の勅令で嫁いできた夫人を、誰も害することができなかった。手を出すこと、それは統一王の勅命に異を唱えることになる。

 戦後不況で悩む中、派閥外の他家から介入を許さなくてはいけない状況。ダダルク家はじっくりと侵食され、没落の一途をたどっていた。それが罰。


 退位したとしても、統一王の威光の影響力はある。カタリナはその部分を軽視できなかった。


「私たちのような新興貴族が統一王の勅命に手を出したら、すぐに消えてなくなります! まずは正しい手順を踏んで、訴えていくのが上策です」


 後ろに統一王の影がちらつく人物に、一体誰が手を出せるだろうか? 夫人の存在を軽視すれば、危ういのはこちら側だ。カタリナはいつも以上に真剣に訴えた。

 それでも尚、サリアは声を上げるのだ。


「ですが、手順を踏んでいたらエリオット様のお命が危な」


「危ないのは、お姉様です!!」


 カタリナは立ち上がり、力の限り叫んだ。それにはサリアも驚き、目を丸くする。

 苦しげに顔を歪めるカタリナ。それでも、苦しくても見つめる目には慈愛がにじみ出ていた。


「どうして……どうして恋の一つで、命をかけられるのですか? 恋する相手なんて、どこにでも沢山いるではないですか!! なんで、なんで…恋をした人がエリオット様なのですか!?」


 涙ながらに訴えた。卑劣な手を使う夫人に、サリア一人でどうにかできるはずはない。その身が危険になるだけだ。だったら恋なんて諦めて、エリオットなんて諦めて……傍に居てほしい。零れる涙が頬を伝い、ポタリと落ちる。


 サリアはゆっくりと立ち上がった。


「カタリナ、それは違いますよ」


 一切の躊躇はせずに言い切る。カタリナの傍まで歩み寄り、優しげな声で語り始めた。


「恋はね、するものじゃないの。生まれて、育つものなの。人が生きるのと同じようにね。それに、エリオット様に恋をしたのではなくて、エリオット様だから……私の中で恋が生まれて、育ったのです」


 真っすぐに伝えることができる、大切で愛おしい気持ち。恋が生まれて八年、決して短くはない年月。それでも恋する気持ちは色褪せることはなく、可憐に色づいて華を咲かせた。今も瑞々しく花開き、いつか実を結ぶ日を待ちわびている。


 そっと、優しくカタリナを抱きしめた。

 あやす母のように、寄り添う姉のように、共に泣き笑う友のように。


「馬鹿な姉を許して頂戴、カタリナ。貴女は私の一番の妹、愛しているわ」


「お姉様……ばかばかっ!! 本当に……ばかぁっ!」


 そんなこと言われたら、怒りなんて消えてしまう。精一杯の抗議を胸の中でするが、涙声では意味を成していない。

 いつも許してくれるカタリナには感謝しかない。震える肩を掴んで優しく離す。少しふくれっ面のカタリナを見下ろし、困ったように笑った。


「だから、ではないのだけれど……」


 本当は直接言いたくない、お願いがある。また迷惑をかけてしまうのだから。

 サリアがそう言い終えると、体を反転させ部屋の扉に向かって――――――逃げるように駆け出した。


「後のこと、宜しくね! 待っていてください、エリオット様あぁぁぁ!!」


「……本当にばかぁぁっ!! キュリー、止めて!!」


 家族愛の涙でサリアを引き留めよう作戦は、失敗に終わった。カタリナの命令でキュリーがとっさに動き出す。逃げ出すサリアに追いつき、左手首を掴んだ。


(このまま腕を捻り上げ、床に押さつければっ)


 そんなことをキュリーは考えていた。腕を力の限り引っ張る、と関節が外れる鈍い音が響く。


「ヒィィッ!!」


 いつも冷静沈着なキュリーは悲鳴を上げて、その手を離してしまった。当の本人は全く気にするそぶりを見せず、肩を抑えながら出ていく。その後をゆっくりとした足取りで付き従う侍女の如く、リースが追っていく。


「カタリナお嬢様、申し訳ございません!」


「仕方ないわ、お姉様の関節は外れやすいからアレは事故よ。そんなことよりも、皆の協力を仰ぐわよ!」


 カタリナは机に駆け寄り、引き出しを開けた。中から金色に光るトランペットを出す。それから息を吸い込んで、「者共であえ、であえ~」と軽快な音を邸宅内に響き渡らせる。


 邸宅内は緊急指令サリア包囲網が発令された。


 ◇


「お、お嬢様! お静まり下さい!」


 廊下を駆け出すサリアの前に、メイドが二人立ちはだかった。手と足を広げ、通せんぼしている。このまま進めば、二人にぶつかってしまうだろう。だが、サリアはあえて二人の真ん中を突破しようと、速度を上げた。


「ひっ、お、お嬢様っ……申し訳ございません!」


 通り抜けようとしたサリア。その両腕にメイドが決死の思いでしがみつく。体重をかけ、サリアを床に引き落とそうと――――――


「「ギャアァァァッ!!」」


 上半身が後屈(こうくつ)した。それも頭頂部が床につきそうになるほど、体が曲がっている。人間に見えない光景にメイドは悲鳴を上げ、腰を抜かした。


「ごめんなさいね!」


 そのままの態勢で話しかけてくるものだから、メイドは卒倒した。

 メイドを放っておいて、さらに先へと進む。と、角を曲がって人影が現れた。


「お嬢様!!」


 重量級の厳つい……メイド? が駆け出してきた。手を広げ、迫力満点に正面から体当たりを仕掛ける。サリアの体は腕ごと抱きしめられ、体が持ち上がる。ギリリ、と力を込めて逃がさないように拘束された。万事休すか?

 しかし、サリアは諦めない。勢い良く両足を後方に振り上げ、足先をメイドの後頭部まで反り上げて重心を変える。


「なっ!?」


 重心が傾いて、メイドは盛大に後ろに倒れ込んだ。サリアは緩んだ腕を抜け、まだ前へ進み続ける。

 今度は道を塞ぐほど、大人数がいた。


「き、来ましたよ!」


「後ろは任せたよ!お前たち!」


「「はーーい!!」」


 4人のメイドがシーツを持って現れた。その後ろには、下男やメイドの見習いである少年少女4名が待ち構える。シーツが目の前一杯に広げられ、避ける隙間は見当たらない。

 いいや、あった……下だ。だが、後方にはシーツを突破したことを考えて、見習いたちが待ち構えている。事前に考えていたのだろう、抜かりはない。


 サリアは少し考えた。

上体を床と水平になるように大きく後ろに反らし、手を床につき、逆四足歩行で下の隙間を潜り抜ける。再びメイドの悲鳴が響き渡った。そして、後屈したままの上半身を股の下に潜らせた。


「ああぁっあぁぁぁっあうぁうぁあっ!!」


 表情を歪め、奇声を発し、この世のものとは思いたくない何かが誕生した。


「きゃぁあっ!!」「うわぁああっ!!」「わあぁぁああっ!!」


 それだけで少年少女たちは泣き叫び、散っていってしまった。少し悲しい気持ちになる。もう一度気を取り直し、突き進んでいく。


 その後も、邸宅から悲鳴が上がったのであった。


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