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軟体令嬢は恋愛成就を目指してカバンに隠れていた

「本当に、本当に……申し訳ございませんっ」


「だ、大丈夫だから。顔上げて、座っていいからね?」


 時間をかけて平常心に戻ったサリアは今、謝り倒している。根気強く待っていたエリオットは、疲れた顔も見せず苦笑い。

 イスに座るよう腰に手を添え誘導すると、ようやくサリアは着席してくれた。一息ついたエリオットも座り、冷めた紅茶を一口飲む。サリアも習い、紅茶を一口飲んだ。


「さて。良かったら、話してくれないかな」


 腕をテーブルの上に置き、身を乗り出して話を進める。優しい問いかけに、サリアの心が温かくなっていく。心で寄りかかりながら、意を決して口を開く。


「ミーティア夫人の話、覚えていますか?」


「あぁ」


「ダダルク家嫁入り頃から、ずっと燻ぶっていた他者への劣等感。それが表に出た、きっかけ。それが十歳の交流会の時でした。私とエリオット様が親しげにしていた光景が、夫人の内に秘めた劣等感を刺激してしまったのです」


 最後まで分からなかった、夫人の動機。まさか、サリア自身が関わっているとは思いもしなかった。様々な要因が重なり、夫人の劣等感が育ったのだろう。その最後の要因がサリアになってしまった。それだけなのに、心に重く圧しかかる罪悪感。


 俯き、顔に影を落とす。その姿は全ての罪が自分にある、と訴えかけているようだ。エリオットは黙っていることができず、すぐさま言葉をかける。


「まさか、出会わなければ良かったなんて……言わないよね?」


 その表情は少し不安げだった。サリアは口を一度固く結び、躊躇いがちに言葉にする。


「……思いました」


「それはサリアの問題ではない」


 呟いた言葉の後、すぐに否定が飛んできた。

 サリアは窺うように顔を少し上げると、二人の視線が強く絡み合う。押しに負け、すぐに視線を外してしまった。


「裏でミーティア夫人を煽っていた貴族もいたでしょう。おもちゃにしたのか、派閥の争いなのか。確かなことは分かりませんが……」


「それだけ分かっているなら、どうして?」


 お友達、と言っていた貴族がとても気になっていた。きっとそのお友達が夫人の劣等感を煽り、弄んだのだろう。夫人は心の闇を充たす甘い言葉にだけ、耳を傾けてしまった。


 そこにサリアが気負う部分があるのか?

 エリオットの疑問に、サリアは困ったように笑う。視線を逸らし続け、ポツリと話しだす。


「さぁ、どうしてでしょう。分かっているのに、です。ダダルク家の惨状は色んなことが重なった結果だと、頭では理解しているつもりです」


 理屈ではない。

 いつも理詰めで物事を図り、答えを導いて完結していた。でも、今回はどうしても完結できない。机の下でぎゅっと手を握り締め、顔を歪ませて思いを吐き出す。


「悲しみ苦しみ、その中で耐えてきたダダルク家をずっと見てきました。あの時、正しい対応をしていれば変わったかもしれない未来。それを望んでしまったからだと、私は思います。もっと上手く立ち回ることができれば……」


 ダダルク家の使用人たち。振り回されたイーガ伯爵とヨハン。そして、エリオットの存在。


 いつの間にか勝手に大切な人たちだと位置づけていた。そんな人たちが苦しんだ日々を、あの時の立ち回りで回避できたかもしれない。そう思ってしまうと、思考の沼に陥ってしまった。様々な負の感情が沸き上がり、沈んでいくようだ。


 後悔が今になって襲いかかり、苦しげに目を閉じた。

 暗い視界に誘われて、このまま罪悪感の闇に吸い込まれそう――――――と、した時。


「サリアは僕たちのために、最善の行動をしてくれた」


 飾らない言葉が、一筋の光になって導く。ゆっくりと開けた視界の先で、愛しい人の温かな眼差しが降り注ぐ。


(あぁ、また……救われた)


 心に降り注いだ光が、闇を消し去っていく。トクン、と優しく脈打つ鼓動はとても心地がいい。


 こんなにも好きなんだ。

 自然と綻んでいく口元。潤み出しそうに細められる目。鼓動は少しずつ早く鳴って――――――


「それでも、あの格好は絶対にダメ!! なんて格好をするんだって、内心怒ったんだからね!」


 突然のお説教に、一瞬で我に返ってしまう。

 きょとん、と目を丸くしてエリオットを観察する。眉間に皺を寄せ、腕組みをしていた。見せつけるように怒っている様子だが、とても理解できなかった。


 話しが急に変わり、困ったように頬に手を当てる。何について怒っているのか。ゆっくりと答えを考えてみた。


「え、えーっと……レザースーツですか?」


「あ、あんなハレンチなものを着て、ダダルク邸を移動してたって皆に聞いたんだよ」


「ハレンチと申しましても、動き回るのに必要なものでしたし。私の体にとても馴染んで」


「ちょ、ちょっと! なんでそういうところには疎いの!?」


 レザースーツの何が悪かったのか、何がハレンチなのか……サリアには理解できなかった。目の前で必死になって訴えるエリオットの意を汲もうと、精一杯考える。


「…………顔は隠していましたよ」


「違う、そこじゃない!」


 えっ、違うの?

 声には出さないが、驚いた顔で訴える。じっと見つめ、真意を見極めようとした。すると、エリオットが流暢に語り出す。


「生地は良質だし、露出も少ないのは素晴らしい。けどね、僕が問題視しているのはそういうところじゃないんだ。顔を隠すのはとても重要なことだから、そこも褒めてもいい。駄目なのは、その、あの……微妙な形の……うんんっ! 馴染むのは良いんだけど、体に負担をかけるのは駄目だよね。構造は良く分からないけど、肌は擦り切れて……いや、その」


 ポッカーーーン。

 口を半開きにして首を傾げた。言っていることは分かる。が、話の筋が見えない。答えが分からず混乱してしまう。様々な表情で話していたので、感情が読み取れず頭を捻って考える。


 でも、分からない。


「た、大変申し訳ないのですが。おっしゃっている意味が良く分かりません。具体的にどこの何がいけなかったのでしょうか? 改良を加えさせて頂きます」


「…………こう」


「こう?」


 エリオットは気まずそうに顔を背けた。次に両手を宙でぎこちなく動かして、何かをかたちどる。サリアも同じ行動をするが、これが分からない。


「エリオット様、これは何を表しているのでしょうか?」


「これは、その……」


「はい」


 何度か手で同じ動きをするが、サリアにはさっぱりだ。直球に尋ねると、また顔を背け口ごもった。


「か、か、か……」


「かかか?」


 か、が三つ。単語を思い出そうとするが、記憶の中に知った言葉は見つからない。

 じっと見つめると、エリオットは顔を両手で覆い体を丸めた。心なしか頬や耳が赤く染まっているように見える。体調が悪くなったのだろうか?

 心配して声をかけようか迷っていると、突然!


「体の線が浮き彫りになるのが、ダメだ!!」


 叫びだし、力強く両手をテーブルに叩きつける。立ち上がり、身を乗り出して力強い視線で気持ちを訴えた。

 その豹変に驚き、また目を丸くして様子を窺う。やはり顔は赤く火照っている。怒っているせいなのか、体調が悪くなったせいなのか分からない。


「もうなんなの、あれ!! ダメでしょ!! あれを着て外に出るんなら、コートとかを体の線が分からないように羽織ること!! 後、絶対にジャン殿には知られたくないからね!! あの人、手が足が腰がって言い寄ってくるでしょ!?」


「大変申し訳ございません。ジャンドリク様については、返す言葉もございません」


 まだ理解できていない頭でも、反射的に謝ってしまう。何を考えているかは、一旦置いておくとして、ジャンドリクの存在は迂闊だった。好敵手でありながらも、こちらに変な興味も持っているので厄介だからだ。


「あと、ちゃんと自覚してね!! サリアは自分が下級貴族だからって色々と容姿を卑下しているようだけど、むしろ誇ってもいいくらいだからね!! そこらの令嬢とは比べられないくらいに、体の線が細いから男心をくすぐるんだ!!」


「確かに。卑下しすぎて、いらぬ誤解を受けてしまうこともありますでしょう。以後、言動を見直して態度を改めたいと思います」


 今はエリオットの言葉を理解するのを優先した。なるほど、と頷きながら問題点を洗い出して、解決策を提示する。


 淡々と語り、仕事人風を装っているサリア。一方、エリオットは頭を抱えて唸っていた。


「そうなんだけど、なんか違うっ!! とにかく、あんな格好で出歩くのだけはやめて欲しいんだ!!」


「それはどうしてでしょう?」


「そ、それは……」


 ダメばかり言われて、よく分からない。中々答えにたどり着けず、少しの苛立ちすら感じ始めた。サリアは立ち上がり、問う。

 勢いづいていたエリオットだが、問いにしぼんでしまう。口元を手で隠し、憂いのある目で俯いている。落ち着かない様子で言おうか言わないか、迷っている感じだ。


 サリアは黙って待つ。小さく唸るエリオットの声だけが聞こえた。そして、言葉を詰まらせながら話してくれる。


「見た目が……何も着てないように見えて、心配なんだ。その、他の男に……見られていたと思うと、嫌だったんだ」


 裸のように見えていたのか。サリアは冷静に解釈し、不味いものを見せてしまったと反省した。


「そうでしたか、大変失礼いたしました。宜しければ、嫌だと感じた理由をお教えいただいても?」


「それはっ……その」


 もう少しで答えにたどり着けそうで、堪らず積極的に働きかけた。答えをいうのに躊躇している姿を見て、少し心苦しくなりながらも……待つ。

 微妙な空気が二人の間に流れる。時間が経てば経つほど、エリオットは挙動不審になっていく。


 胸に手を当て、大きく深呼吸をするエリオット。

 その時が来たと、心構えをするサリア。


 今まで泳がせていた目が、真っすぐに見つめてくる。ゆっくりと前で歩み出ると、手の届く距離まで近づいた。


「……好きな人の、そういう格好を……見られたくない」


「なるほど、そうで……ん?」


 反射的に頷いたが、不可解な言葉に首を傾げた。落ち着いて頭の中で言葉を何度も再生して、ようやくその言葉の意味を理解する。

 理解すると同時に、片手を両手で優しく包まれた。徐々に力がこもるのを感じ、束縛されている錯覚を覚える。


 不意に出会った視線。

 もう目が離せない。


「ずっと、貴女が……好き、でした」


 言葉を詰まらせながら、積もって隠していた想いを告げる。紅潮した顔を隠すこともせずに、緊張で震えて少し汗ばむ手。決して手放さず、逃がさないと包む手にさらに力がこもる。


「卑怯かもしれないけど。今……答えを聞かせてもらえないだろうか?」


 待てるほど、心の余裕はない。

 視線で切実に訴えて、手の震えが少しずつ強くなり、急かされてしまう。


「こ、答え……」


 信じられない、と目を見開いて呟いた。握られた手から伝わる熱が、現実だと強く訴えている。嘘じゃない、嘘じゃないんだ。


「そんな、の……そんなのっ」


 今まで積もりに積もった想いが、津波となって押し寄せた。諦めようとした想いが、独りよがりだと思っていた想いが――――――


「決まってますっ!」


 エリオットの震えている手を強く握りしめ、引き寄せる。


「私も貴方が好きです! ずっと前から、ずっと……ずっと! 出会った時から、好きでした!!」


 伝えたかった言葉を叫ぶ。この瞬間をどれだけ夢見たことだろう。嬉しさで涙があふれて止まらない。

 もっと伝えたい。そう思った時――――――エリオットの手が離れる。


「なら、もう一つ伝えたいことがあるんだ」


 そう言って、向かった先はサイドテーブルに置かれた小箱。手に取り蓋を開けて、中身を取り出す。チェーンつきの指輪だ。


「今日これを持ってきてくれて、本当に良かったよ。こっちが、その……本命だったんだ」


 チェーンを外して、残ったのは銀の指輪。大事そうに手のひらに乗せて、サリアの前に差し出す。


「……僕は全てを諦めていた。でも、本当は諦めたくなかったんだ。それを教えてくれたのはサリア、だったよ。本当にありがとう」


 目を固く閉じて、悔いた。すぐに開けて、今できる精一杯の笑顔を向ける。


「今は頼りない僕だけど。まだまだ、力不足な部分も沢山ある。迷惑だってかけてしまうだろうし、もしかしたら泣かせてしまうかもしれない。だから、これからの僕を傍で見ていて欲しい。今以上に、惚れさせてみせるから」


 臆病な心が、弱気な言葉を助長させてしまう。振り払うように首を振って、真っすぐにサリアを見た。


「僕と結婚を前提にお付き合い下さい」


 震えは消えていた。手のひらの上、銀の指輪が輝かしい光沢を放っている。


 呆然と見ていたサリアの表情が次第に変わっていく。泣きそうに歪められたと思ったら、口元は歓喜で微かに震えている。

 あふれ出す涙を拭いて、拭いて。それでも、止まらない。気持ちだけが高まって、あふれてくる涙をそのままに口を開く。


「……はい!」


 満面の笑みには、喜びが満ちていた。


 エリオットの手が、サリアの左手に伸びる。優しく持ち上げられた、白く細い手。指輪を摘まんで、ゆっくりと薬指に通す。不思議とピタリとはまった指輪は、あるべき場所へと収まった。


「サリア」


「……エリオット」


 愛しい名を呼んで、合わさった視線。

 惹かれ合って離れない。

 お互いに手を伸ばし、体を寄せる。

 重なる体から伝わるのは、羞恥心をあおる熱と激しい鼓動。


 どちらともなく近づいて、目を閉じる。

 熱い吐息を感じながら、重なる唇。

 離れていた想いが重なり合って、二度と離れることはない。






 軟体令嬢は恋愛成就を目指してカバンに隠れていた。






 その後、はっちゃけて帰宅したサリアを見て、カタリナにめっちゃ叱られてしまう。

 それはまた、別の話。


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