殺意の証明~全てが揃う時~
「残念じゃが、この内容では殺害未遂として夫人を裁けない」
論文の中身を改めたワーグマー。残念そうに首を横に振る。
「この内容ならば、医会に病気として承認される可能性は大いにある。しかし、それだけじゃ。食べ物と死因の因果関係の記述は、どこにも見当たらない」
ワーグマーの指摘を聞き、室内に居た者は様々な顔をした。
複雑な心境の執事長と侍女長。心配そうにサリアを見守るエリオットとロイド。サリアの隣で震える手で裾を掴み、俯くヨハン。難しい表情のまま顎に手を当て、考え込むマクスウェル。
小さく口角を上げ、あざ笑うミーティア夫人。
そして、サリアはというと――――――
(やはり、まだ隠してましたか。流石ですミーティア夫人)
ワーグマーの言葉を受けても、絶望には染まらない。至って冷静に事実を受け止め、心の中で夫人を誉めた。
(可笑しいと思ったわ。辛抱強く感情を押し殺し、言葉を呑み込む判断力。ここぞという時に鋭い指摘もできた。きっと最後の砦に、絶対の自信があったはずよ。それが、これなのね)
まんまとしてやられたのは、サリア。夫人は最悪の場合を想定して、重要なページだけを抜き取っていたようだ。だが、おかげでこれが最後だと確証できる。それだけで十分だった。
頬に手を添え、その肘に片方の手を添える。トントン、と頬を人差し指でリズムを取りながら推理する。
(さて、ミーティア夫人なら重要な書類をどこに隠すでしょう。ドレスをひんむいてもいいのですが、わいせつ罪で捕まっても嫌ですしね。第一そんなところには隠さない)
ちょっと冗談を考える心の余裕もある。いつもの調子が出そうだった、時だ。
「どうしたんだい、何か言ったらどうなの? 自分が間違ってました、と床に額をつけて謝ったらどうなんだい!?」
夫人がうるさく騒ぎ立てる。あまりにも大声で叫ぶものだから、思考を巡らせていたサリアは苛つく。
「……ちょっと静かにしてください、クソババア」
「くそばっ!? 今なんて言った!?」
「あ、失礼しました。積年の恨みがポロリと」
流石の夫人も怒鳴り散らした。仕方ないので片手で宝石箱を持ち、スカートの裾を広げて謝罪を示す。
カタッ
宝石箱からだ。違和感のある、微かな振動。
(今、何か……動いた?)
宝石箱の中身を見ても、何も変なところはない。一度閉じて、上下に振ってみた。微かに何かが動く感触がする。
(まさか……)
もう一度中を開き、宝石箱の中に手を入れた。内面の高さを指で測り、今度は外面の高さを測る。
(やはり、これは……)
サリアは違和感の正体に気づいた。ちらりと夫人を窺う。今まで見たことがない、ひどく焦った表情になっていた。余裕は一切見当たらない。
(そういうことですか、ミーティア夫人)
感情を押し殺さない姿を見て、確信ができた。少しかがんで、ワンピースの中に片手を突っ込んだ。
「サ、サリア!? はしたないことは止めなさい!」
思わず声を上げるのはロイド。慌てて自分の上着を脱いで、周りの視線から守る。周りも直視しないように、親切心から視線を外していた。
「色仕がけとは感心せん」
「まさか、そんなつもりはありませんよ。これです」
眉を寄せて怒ったロイド。対してサリアは平然と答えて、取り出したものを見せる。銀色に光る、ネイルハンマーだ。
「いざ、という時に持ち歩いてました」
「ちょっと待て。どこに隠し……いや、いい」
少し疲れたように首を振り、ため息を吐き出す。ラインハーツの血筋は変わり者が多い。ロイドでさえ姪のサリアはどこか掴み切れていなかった。
そんなロイドをしり目に、サリアは宝石箱とネイルハンマーをワーグマーに見せる。
「これをこれに使っても?」
「ほっほっほっ。弁償は己でするんじゃぞ。だが、場所が問題じゃな」
ワーグマーは全てを見通した。愉快だと笑い、髭を撫でながら一つの課題を出す。
「ロイド隊長。宝石箱の中身が分かるように、持っていてくださいませんか?」
宝石箱の中身が見えるよう、ロイドに持たせた。それだけで、夫人の顔色が一層悪くなる。
「マ、マクスウェル!! 早くその小娘を捕まえなさい!! 早く、早く!!」
怒鳴りながら近寄って命令した。だが、マクスウェルは動かない。真剣な表情を浮かべながら、こんなことを話す。
「貴女が無実なら黙って見ていられるはずです」
突然の変わりように夫人は絶句した。マクスウェルが動かないと知ると、酷く表情を歪ませる。舌打ちをして、サリアに向かって駆け出す。が、その両肩を強く掴まれた。マクスウェルにだ。
「離しなさいっ!!」
「さぁ、良く見ていてくださいね」
「くっ、このっ!! 小娘ぇぇっ!!」
室内に響く夫人の絶叫。
そして、振りかぶるネイルハンマー。宝石箱の内底に向かって、深々と突き刺さった!
バキッ
板が割れる音だ。力の限り引き抜くと、板が割れながら床にボロボロと落ちていく。
「これは二重底ですね」
夫人を見ながら、言ってやる。
本当の底に手を伸ばし、数枚の紙を取り出した。皆に見せるように掲げて見せると、周りがどよめく。夫人は今も叫び続け、マクスウェルに止められていた。
それを横目に見て、サリアは紙をワーグマーに手渡す。しばらくワーグマーが紙に視線を落とし、文章を読み込んでいく。夫人以外が固唾を呑んで見守っていた。
目元が優しく細められ、皺が深くなる。
「この紙には、明確なことが書かれておる。食べ物と死因についての因果関係を事細かにじゃ。しかもご丁寧に、誰かの直筆の走り書きも確認できた」
「……というと?」
夫人を抑え込んでいたマクスウェルが尋ねた。
「殺意の証――」
「いいや、ならないね!!」
夫人がワーグマーの言葉を遮った。肩を掴まれながらも、夫人はまだ認めていない。
「それは医会に認められていない論文! 司法の場では認められないもの! だから、誰も私を罪に問えないわ!」
最後まで残しておいた切り札だ。司法が裁けなければ、罪にはならない。まるで自身に強く言い聞かせるようだった。歪んだ表情で口角を上げ、笑い出す。
「あははははっ!! 最後に笑うのは、この私よ!!」
勝った、勝った!
手を広げ、天井を仰ぎ見て高らかに笑う。夫人の笑いを止められる者はいない。
「……残念ですが。そうはいきませんよ」
呆れたようなサリアの声。視線は扉に向けられていた。皆がサリアの視線を追って、扉を見た次の瞬間――――――
一人の美青年によって盛大に開かれる。
「はっはっはっ! 待たせたな、諸君!!」
タイミングを見計らったかのように、騒々しいジャンドリクが現れた。突然の乱入者に一番に驚くのはマクスウェル。
「ルメネリオ侯爵家のっ……い、いや。部外者はこの場から立ち去って」
「ルメネリオ……?」
その名にミーティア夫人でさえも反応し、ジャンドリクの存在に驚く。その表情は次第に歪み、憎悪をにじませながら叫ぶ。
「売国奴のルメネリオっ!! なぜ、ここにいる!?」
「はっはっはっ、褒めて頂けて光栄だよ。だ、け、ど。残念だが、今はそんな問答をしている暇はなくてね。これをみたまえっ!」
両手で広げた書状。前面に向けながら、ツカツカと室内を進んでくる。誰も書状の文字を判別できていないが、そこに捺された印だけははっきりと分かった。
金印。それは、統一王しか捺せない印だ。
「食べ物が人体に与える事象について、医会より承認を得られた。そして、統一王よりこの件で罪に問えればミーティア・ダダルクの庇護を抹消することを断言された!」
ジャンドリクの声が響き渡った。始めは誰も反応できない。何が起きたのか理解できないのだ。
静寂に包まれる室内。その静寂を打ち消す足音が聞こえる。廊下から走り寄る足音は、開いた扉の前で立ち止まった。白軍服を着た第一憲兵だ。整列して部屋の外で敬礼する。
「モルクティルク伯爵家の摘発完了しました!」
「傘下の商会も摘発完了しました!」
「そうか、報告ご苦労」
ロイドは落ち着いた様子で報告を聞いた。しかし、サリアとワーグマー以外の人たちは、何が起こったのか理解できていない。夫人でさえも理解が追いついていない様子だ。
そこでようやくサリアが口を開く。
「皆様、驚かせて申し訳ありません。こちらで少し秘密裏に動かせて頂きました」
「な、何を?」
穏やかに言い終えると、夫人が話しかけてきた。信じられないと目を見開き、力が抜けた表情をしている。まだ、思考が追いついていないのだろう。他の関係者の視線を一身に受けながら、サリアははっきりと伝える。
「この日に合わせて、モルクティルク伯爵家と傘下の商会の不正を摘発させて貰いました。順調に終わったようですよ」
あぁ、そうそう。
と、続けざまに思い出したフリをし、言葉を続ける。
「あの論文が二つあったことはご存知でしたか? なので、この日に合わせてもう一方の論文を提出をお願いしていたのです。結果として、医会に承認して頂けました。あら、ということはですよ。こちらにある原本の論文の内容は、医会が承認したものと同等ではありませんか」
にこり、と夫人に向けて微笑む。
「司法の下で裁ける手筈が、全て整ったということです」
サリアが言い終わると、夫人は膝から崩れ落ちた。




