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殺意の証明~手が届いた証拠~

 しん、と静まり返った室内。部屋の中央でサリアは指先をミーティア夫人に向けている。


「な、にを……」


 言葉に詰まるその顔は驚愕に染まり、何か言おうと口先を動かす。が、上手く言葉が出ない。

 サリアは手を下ろし、曲がりない意志を視線に込めた。


「なぜ証拠を手元に残したのか、答えは簡単です。まだその知識が新しく、医学書などに載っていない病気だからですよね。知識はそこしか記載されていない。エリオット様殺害が上手くいかない今、捨てるには惜しい知識です」


「知らな」


「ターマズ調剤店」


 その名を聞いた夫人の目が大きく見開かれる。


「私がそこにたどり着いたのは、本当に偶然でした。……いいえ。きっかけはありましたが、今は置いておきましょう。そこで私が見聞きした先には誰がいたと思います? ドーグという街医者です」


 とうとう夫人の顔から血の気が引いた。口を開くが、すぐ閉じる。ここで何かを言ってしまえば証言として捉えらえてしまう。きつく唇を噛み締め、言葉を必死に飲み込む。


 サリアはさらに追い詰めていく。


「ドーグ医師の話によれば、その病気は戦後に急激に増えたとのことでした。豊かになり過ぎた故の病気だと推測しているようですが、まだ検証が不十分ではっきりとは教えられていません」


「待て、その話しがどう繋がるんだ? 言われなき罪はそのまま貴女に返ってくるぞ」


 マクスウェルがサリアの言葉を止めた。確かにその話しだけではマスクウェルどころか、事前に話を聞いていない者たちは首を傾げてしまう。唯一、過剰に反応するのが夫人。俯いたまま、顔を上げようとはしない。


 コホン、とサリアがわざとらしく咳ばらいをした。


「ターマズ調剤店の支配人とドーグ医師が長年協力の下、その病気についてまとめた論文。本来であれば医会に提出し承認を受け、人々の健康のために世に広まるはずでした」


 ですが、と強調する。


「私欲のために研究結果を外へと出さず両者を脅し、研究だけを進めていましたね。それもこれも、無害と言われていた食べ物でエリオット様を殺害するために。そして、自分だけは罪から逃れるために用意周到にことを運んだ。でも、論文だけはエリオット様が亡くなるまで捨てれなかった」


 ゆっくりと歩き出すサリア。夫人の脇を通り過ぎて、ある場所へと向かう。


「もし、論文が早く承認されていれば亡くなる貴族はいなかったかもしれません。もう少し早く、世に出ていれば苦しむ者は減っていたことでしょう」


「な、んでっ……」


 サリアが向かった先には壁一面に黒のクローゼットがあった。夫人は信じられないと言った顔をして、光景を見ていることしかできない。動いたとしても、疑われるのは夫人自身。強い葛藤の中で、夫人はただ見つめていた。


「これが全てを証明してくれることでしょう」


 取っ手を掴み、勢いに任せて開く。中には黒色のドレスが均一に並べられている。その中に入り、一つの宝石箱を手にして出てきた。

 それを見た瞬間、夫人の顔色が一層変わった。絶望を塗り固め驚きと怒りが入りまじる、言葉に表せない顔つき。


 それでも、夫人は自棄になることはなかった。目を泳がせつつも、活路をみいだそうとしている。

 そんな夫人が出した言葉は――――――


「昨日、誰かが侵入した形跡があったわ。その誰かが置いた可能性があるのよ。クローゼットには鍵がかかっていない。誰でもそんなものはいつでも置けるわ。それに、なぜ貴女がそれの場所を知っている? その箱を置いたのが貴女だという証明になる!」


 考えを巡らせ、サリアに対し鋭い指摘をした。それにはサリアも目を丸くして驚く。まだ夫人に冷静になれるほどの余裕があるということだ。少し考え、何かを決めたように頷く。


「そうですね、昨日侵入したのは私です」


 衝撃の告白に全員が驚愕した。それに真っ先に反応したのが、夫人だ。


「マクスウェル、不法侵入で捕まえなさい! 牢屋行きよ!」


 叫ぶのだが、マクスウェルはすぐに動けなかった。不思議そうにサリアを見つめ、確認するように尋ねる。


「分かっているのか? 貴女は自供したんだ。罪を背負うことになるだろう」


 夫人の罪を暴くどころか、自身の罪を暴かれてしまう。とても重要なことだ。それなのに、サリアは全く興味がなさそうに答える。


「ええ、認めます。聞いてくださいました? ワーグマー司法顧問」


「ふむ、確かに聞き届けた。これが終われば、サリアを事情聴取するしかあるまい」


「サリア嬢!?」


 味方だと思っていたワーグマーがサリアを責めることになってしまった。それにはエリオットも思わず声を上げてしまう。心配そうに見つめるが、サリアは大丈夫だと微笑みで返した。

 再び表情を引き締め、今度は周囲に視線を配る。


「ですが、忘れないでください。今日までが第一憲兵の制約が効く日だということを」


 一体それが何を意味しているのか。今の時点で理解している人は少ない。静かになった室内で今度はワーグマーが話を進める。


「して、自供によりその箱が夫人の所持品である、と断言できなくなったわけじゃが。一体、これからどうやって証明するのかね?」


「流石です。そう、これで箱の中身に殺意の証明の力はなくなってしまいました。今は」


「今は?」


 鋭い指摘にもサリアは慌てない。それどころか質問を待っていたかのようだ。ワーグマーは興味を引かれ眉をピクリと上げる。


「この箱には鍵がかかっています。その鍵のありかで、箱の中身に証明の力を再び持たせてくれることでしょう。ですよね、ミーティア夫人」


 箱を見下ろしていた視線を夫人に上げて、微笑みを作る。


「貴女の眼鏡、貸していただけますか?」


 手を差し出して要求した。全員の視線が夫人に集中する。

 夫人の顔から力が抜けていた。先ほどの勢いはなくなり、信じられないと目を見開いて口が震えている。

 一向に反応を示さない夫人に対し、サリアはゆっくりと近づいていく。


「どうしました? ただの眼鏡ではありませんか。それとも、貸していただけない深い理由でもあるのですか?」


 何かを確信した、自信に満ちた表情だ。宝石箱をもって近寄ると、夫人の顔が醜く歪む。微かに震える手で眼鏡をゆっくり取ると、後ろに控えていたヨハンに投げ渡す。突然のことで驚いたヨハン。顔を上げて様子を窺うと、顎でサリアに渡せと伝える。


 ヨハンは無表情ながらも、おどおどとした様子だ。何度も夫人の顔を見返して、ゆっくりと離れてサリアに近寄っていく。

 そんなヨハンをサリアは笑顔で迎え、眼鏡を持った手を優しく包み込む。安心させるように手を撫でて、それからようやく眼鏡を受け取った。


「エリオット様、この眼鏡を解体してくださいますか? 私、不器用なので壊してしまいます」


「……分かった」


 振り向いた先には、いつの間にかソファーに腰かけたエリオットがいた。近づいて眼鏡を渡すと、いろんな角度から眼鏡を観察する。時折指で押したり、軽く叩いたりして何かを確認しているようだ。


「……ん?」


 何かに気づいたエリオットが、クライムに小声で何かを指示する。慌てて部屋を飛び出し、時間にして数分後には息を切らして戻ってきた。小さな木箱を手にしている。

 木箱を受け取り、中から小さなねじ回しを取り出す。アームを繋げているネジを緩めて外す。手にしたアームを両手で引っ張ると、分離した。


 分離した先、鍵の形状をした突起物が現れる。瞬間、ざわつく室内。


「ありがとうございます。さて、この鍵は果たしてこの宝石箱に合いますでしょうか? 試してみましょう」


 周囲の様子を気にする素振りを見せず、エリオットから鍵を受け取った。

 そして、宝石箱の鍵穴に差し込み――――――

 カチャ、と音が響く。

 この瞬間、夫人が肌身離さずかけていた眼鏡が宝石箱の鍵だと証明された。


 固唾を呑んで見守られるサリアは宝石箱をゆっくりと開き、中を確認する。

 そこには、木の表紙でつづられた紙の束が現れた。


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