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殺意の証明~事件の概要~

「まずは、これまでの流れを整理しようと思います」


 静まり返った室内でサリアの声が良く通り、響いた。


「事は一年ほど前までさかのぼります。あの頃までのエリオット様は寝込むほど体調を崩していませんでした。が、突然急変します。お話では一人で食事を取っていた時、倒れられたということです」


 サリアの視線にエリオットは頷きで肯定を示す。


「その後、療養生活を余儀なくされたエリオット様。状況が一変したのは半年前。ダダルク伯爵家当主イーガ様が国家事業の件により、この邸宅を長期間空けてしまいます。そこからミーティア夫人の過剰な抑圧が始まりました」


 はん、と夫人は鼻で笑い、煙管を吹かす。


「まずは外部への接触禁止、手紙は返戻。邸宅に訪れたエリオット様の関係者を、見境なく追い返しました。例え継母の立場だとしても、異常とも言える抑圧ではないでしょうか?」


「外に出るといつも体調崩して帰ってくる、そこのろくでなしが悪いんじゃないかね?」


 下らないと言葉を吐き捨てる夫人。悪いのはエリオットだ。その言葉にサリアの笑みが深くなる。


「軟禁状態に近いエリオット様は体調が良くなるどころか、日増しに悪くなっていったと聞き及んでおります。体調を崩す原因が外出ではなく、この邸宅にあると考えられないでしょうか?」


 簡単に言葉を返された夫人の表情が歪む。煙管に刻み煙草を詰めると、今度は強引に吹かし始めた。


「半年前から体調が悪化したエリオット様。果たして原因はどこにあるのでしょうか? なんでも体調を崩されるのは決まって食中か食後、だとか。なので、調べてみました」


 持ってきたカバンの中から、十枚以上の書類を目の前のテーブルに広げた。ワーグマー、ロイド、マクスウェルが近づき書類の内容を改める。


「コンナート子爵家が管轄している商店、ケートス商店の納品書の写しです。中身に嘘偽りのないことを誓いましょう」


「ふむ……いつ頃のものですか?」


「エリオット様が初めに倒れた日前後のものです。明らかに必要以上とも言える材料が納品されていますでしょう? しかもミーティア夫人の指示で行われた、決定的な書類がこちらです」


 マクスウェルの問いに簡単に説明し返すと、さらにカバンから夫人直筆の契約書を出した。


「これは在庫のキウイフルーツを買い占めるためのもの。それに関連して砂糖の大増量にレモンの増量が指示されています。そして、その三つを合わせ何ができるでしょうか?」


「それは我々貴族が知るところではないですね」


 肩を上げて呆れ顔の上級貴族マクスウェル。小馬鹿にした態度が下級貴族サリアの琴線に触れたのか、作り笑みをして言ってやる。


「切ったキウイを砂糖と鍋で煮込み、水分を飛ばします。仕上げにレモンを入れると、粘り気が出て色鮮やかになるそうです」


「ほう。ご教授感謝します。それで、そのジャムがなにか?」


 わざとらしくお辞儀をして、見下すように目を細める。


「それこそ、ミーティア夫人がエリオット様を殺害しようとした毒だということです」


 その言葉に室内の空気が一層張りつめた。夫人は何食わぬ顔をして煙管を吹かすだけ。変わりにマクスウェルが口を開く。怪訝な表情を浮かべて指摘を始める。


「ただのジャムですよ。こんなものに人を殺せる力があれば誰だって利用して、国中死体だらけになっている」


 こんな馬鹿な話があるものか。鋭い視線で訴えかけるが、今度は違う話題を出す。


「こんな話、知っていますか?」


 そこでようやく用意された紅茶を一口飲んだ。勿体つけてから口を開く。


「近年の貴族たちの話。それも内密だと隠されていた噂話。食事中に倒れた貴族がいまして、その日に全ての料理人を解雇したそうです。後日新しい料理人を迎え、しばらくは平穏でした。ですが、ある日突然その貴族は亡くなりました。いつだと思います? それも食事中でした」


「その話には何も説得力はない。それこそ、ただの噂話だ。突然死くらい誰でもなる。それがたまたま食事中だったということ。こじつけもいいところだ」


 マクスウェルの表情が険しくなった。実のない推測を聞いて、あからさまな嫌悪を示す。

 が。

 ふふっ、と口元を手で隠し笑うサリア。


「亡くなられた貴族は他にもいまして。また、他家にも食事をすると体調を崩す貴族もいらっしゃいます。そうですよね、ミーティア夫人。貴女が積極的に通っていた貴族の中に、そんな方々がいらっしゃいましたよね?」


 話しにならないのはこちらの方だ。

 マクスウェルを捨て置いて、夫人に直接投げかけた。夫人は真顔だったが、すぐに口元を歪ませて声高々に笑う。


「あははははっ!! それが一体なんだっていうんだい? ろくでなしの殺害証明にはならないね!!」


「貴女は失敗を三つしました」


 ぴしゃり、と言い切る。

 それには夫人も口を閉じ、変わりに睨む目を鋭くした。


「一つはキウイをジャムに加工したことです。エリオット様が倒れた日の献立、見させて頂きました。生のキウイがデザートの一部として出されていたようです。その時は凄まじい症状だったそうですね」


「はん、今度は人の家の献立をこそこそと。恥知らずとはあんたのことだね」


 軽蔑の視線が向くが、そんなのいちいち気にしていられない。


「その後、エリオット様の食事にはその日使われた食材が毎食のように出されていました。そして、キウイが献立の中に入っていた日、また倒れてしまったのです。その日に貴女はキウイがエリオットに影響があると気づきました。先ほどの噂も耳にしていた貴女なら、食材を疑う知識はあったはずです」


「ジャムに加工した失敗はどうしたんだい? 嘘っぱちかい」


 今度は無理矢理、話を巻き戻す。サリアは冷静に順を追って答えるだけだ。


「キウイは季節の果物。秋に収穫し追熟をさせ、冬頃に合わせて出荷します。冬の果物はどこだって重宝しますから、あっという間に人気商品になりました。ですが、季節が過ぎるとキウイは出回りません。なので夫人は在庫を買い占め、腐る前にジャムに加工して保存しました。ですが、それが失敗でした」


「はっきり言ったらどうなんだい!?」


 あからさまに苛つく。思わず立ち上がってしまうほどに。

 サリアは余裕を見せつけるように、もう一度紅茶を飲む。カチャリ、とカップを置いてから夫人を見上げた。


「貴女は加工品の効力を確認せず、全てジャムにしました。実際驚いたでしょう? 生とジャム、エリオット様の体調の変化に差異が出たことに。ですが、そのミスでエリオット様は存命できました」


 見下ろす夫人の顔が醜く歪んだ。責められているかのような表情。

 サリアも立ち上がり、二人の視線は真っ直ぐにかち合う。


「そう……貴女は焦ったのです。これが二つめの失敗でした。いくらジャムを使っても、生とは比べ物にならない。ダダルク伯爵がいない今。殺害できるまたとない機会。それも夫人を焦らせる要因となってしまったのです。だから、銃盗難に見せかけた直接手を出す下策を使ってしまいました」


 その場から歩き出し、レースカーテンを向いて視線を外す。


「私は不思議でした。ここまで用意周到に準備をした夫人が、どうして証拠が残りそうな下策を実行したのか? 堪らない焦りを忘れるように、お酒を沢山飲んだのではないですか? ケートス商店からワインの納品が増えていたみたいですね」


「うるさいっ!!」


 振り向いたサリアに向かって、煙管が投げつけられた。それを軽く避け、止まることなく問い詰める。


「使い勝手のいい、罪を負った庶民。利用する手はないでしょう。ですが、そのためには貴族の認証が必要な貴族壁を越えなければいけません。ダダルク家の印を使ってしまっては疑いの目が向く。だから、夜会の時に他家から密かに拝借した。一つのミスからまた罪を重ねてしまいました。違いますか?」


「私がやったっていう証拠があるのかい? ただの疑いでしかないよ!」


 夫人の鋭い指摘に、厳しい顔つきをしたマクスウェルも同調する。


「サリア嬢、これ以上の誹謗中傷は名誉毀損、侮辱罪に値する。今までの話は疑いでしかなく、ミーティア夫人を罪に問える力はない」


「確実な証拠はあるのかい!? それもないのに疑われれば、こっちが訴えてやるわ!!」


 辛抱ならない、と激昂した夫人はわめき散らした。皆の視線がサリアに集まり、誰もが次の言葉を待つ。


「失敗の三つ目は――――――」


 真剣な眼差しで夫人を見つめ、腕を伸ばして指す。


「証拠を貴女が隠し持っていることです」


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