殺意の証明~対峙する二人~
最終日の朝。
ダダルク邸は朝の音であふれていた。鳥のさえずり。木々のざわめき。
――――――そして、男たちの怒号。
「今日はまだ制約期間中だぞ! 中へ入れろ!」
「こちらの配置がまだ終わっていない。完了するまで鉄門の外で待て」
朝も早くから、第一憲兵と王家憲兵が小競り合いをしていた。
最終日とあって両者は激しい衝突を繰り返す。鉄門を強引に開けそうなほど切羽詰まった第一憲兵。少しでも時間を稼ごうと問答に応じない王家憲兵。
一触即発な雰囲気が漂う。それもこれも、今日は普段いなかった人物がいるせいだ。
第一憲兵からはロイド。既に重要な指示を終えて応援に来ていた。
王家憲兵からは現場の責任者として、一人の青年が配属されている。黒軍帽から絹糸のように流れ落ちる、艶やかな一本の銀髪。白い肌に切れ目の赤い瞳が印象的な美青年だ。
口髭が印象的な白軍服のロイド。銀髪が映える黒軍服の青年。長身な二人の目線はほぼ同じ。鉄門越しに二人は穏やかに睨み合う。
「約束を守って頂けないと困りますなぁ……マクスウェル殿」
「いえいえ、配置を完了していない間は中に入れることができません。どんな強行手段を使われるか分かりませんからね。我らは統一王より、ミーティア夫人をお守りするよう仰せつかっていますから」
短く言葉を切るロイドに対し、マクスウェルと言われた青年は長々と返答した。これも時間稼ぎの一貫だ。
二人が話し終えると、待ってましたと言わんばかりに外野が騒ぎ出す。こうして、無駄な時間は過ぎ去ってしまう。
そこへ、一台の馬車と騎乗したボルグが近づいて来た。第一憲兵はその馬車に道を譲り、堂々と鉄門前で停車する。下馬したボルグが扉を開けると、中からサリアが降りてきた。だが、今回はサリアだけではない。
腰の曲がった老人がサリアのエスコートを受け、ゆっくりと降りてくる。白糸で細やかな刺繍が施された黒の法服。縦長の黒帽子、後ろには波打つ絹飾りが垂れ下がっていた。
その姿を見て、誰もが緊張で息を飲み込んだ。
「ほっほっほっ。これはまた賑やかなことで」
口元を隠す長い白髭が揺れ動き、深いシワが刻まれる目尻。穏やかな老人がこの場の喧騒をかき消した。
「おやおや、静かになってしもうたわ」
残念だと毛深い眉を寄せる。老人はサリアの補助を受けながら、睨み合っていたロイドとマクスウェルに近づく。
「ご足労おかけします、ワーグマー司法顧問」
「おお、ロイドか。いつのまにこんな立派な姿に」
ロイドが両手を差し出し、ワーグマーの片手を握った。二人が公衆の面前で友好関係を示す。モリス憲兵組織は国家機関である司法省と密接だと見せつけている。いわば、牽制だ。
ワーグマーはロイドと軽く言葉を交わすと、今度は鉄門の中にいるマクスウェルに視線を向けた。
「さて、マクスウェル隊長殿。わしの法の知識が間違っていなければ、今の状況はまっこと由々しき事態だと思うのじゃが。王家憲兵がその権勢を振るう場所は、本当にここで宜しいのかな?」
シワで埋もれそうな目が、マクスウェルを射ぬく。一瞬表情が固まったマクスウェル。だが、すぐに笑みを浮かべお辞儀をした。
「これはこれは、まさか法の番人がこちらに赴くとは知りませんでした。しかし、我々も」
「ほっほっほっ。統一王や国王も、今の法を無視できる器量はない」
ワーグマーは穏やな口調で言葉を遮った。これにはマクスウェルも表情を消し去り、従うしかなかった。王家の名を借りた者も法の下では無力に等しい。
それから、嫌がらせのようにゆっくりと開かれる鉄門。隙間ができると第一憲兵は次々にダダルク邸に入っていく。
ようやく動き出した状況。それを見越したようにダダルク邸の玄関が開く。メイドによって両扉が開かれると、ミーティア夫人が現れた。
今日も髪を結い上げ、黒のドレスをまとい、金と散りばめた宝石が目立つ眼鏡をかけている。傍に突き放していたヨハンを控えさせて。
その様子を遠くから見ていたサリア。信じられないと目を見開いてヨハンを見た。遠くからではその表情は伺い知れない。が、明らかに心細いと背を丸め俯いていた。激情で体が震える。
「サリア嬢、落ち着きなさい」
ワーグマーの声を聞き、我に返った。体を支えていた手に余計な力が入ってしまったようだ。
「大丈夫、心配しなさんな。堅物のゲルハルトに頼まれたんだ、無体なことはさせんよ」
シワシワの手が優しくサリアの手を撫でる。ポンポンとあやすように叩かれて、自然と心の乱れが消え去った。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そうかそうか、それは良かった。精一杯頑張りなさい」
見ているからね、と可愛らしくウィンクをした。
ワーグマーをボルグに託し、サリアはロイドと共にダダルク邸の玄関に向かう。そこでは夫人がヨハンの手首をきつく握りしめて、こちらを睨みつけていた。
「昨日の泥棒が今日も入ってくるなんて。憲兵の職務怠慢は深刻ね」
「ごきげんよう、ミーティア夫人。泥棒なんて人聞きが悪いです。現に私は昨日大部屋に居ましたでしょう?」
「よくもぬけぬけとっ……」
昨日、カバンを見つけた夫人は王家憲兵を集めた。その後、第一憲兵が詰めている部屋を訪れると、なに食わぬ顔をしたサリアがいた。その後は侵入した、しないの押し問答をしたばかりだ。
あくまで知らぬ存ぜぬのサリアに対し、夫人の怒りは爆発寸前。手首を握る力が強くなり、ヨハンは呻き声を上げる。
「でしたら、話し合いしてみませんか?」
感情を表に出さず、夫人を誘い出す。自信に満ちたサリアに対し、夫人は無表情を貫く。
「お互いが納得できるようにです。私はエリオット様の体調について常々不信を抱いていました」
「……その言葉、侮辱として受け取って上げるわ」
「はい、是非そうしてください。話し合いの結果、訴えられても構いません」
「そう。いいわ、貴女を牢屋に閉じ込める絶好の機会だわ」
夫人は怪しげな笑みを浮かべた。これから自身が追い込まれるとも知らずに。
◇
夫人の私室に主要人物が集まる。
部屋ので入り口付近では、ロイドとマクスウェルが立ち。ワーグマーは用意された一人用のソファーに腰かけ。呼ばれたエリオットはその近くでソファーに寝そべり、近くにはクライムが立っている。
部屋の中央、サリアと夫人がソファーに深く腰かけながら向かい合っていた。夫人の傍にはヨハン、執事長、侍女長を控えさせている。
一件穏やかに見えるが、中央の二人の目は笑っていない。
「さあ、貴女は何が言いたいのか聞かせてもらえないかしら」
話の始まりを促すのは夫人だ。余裕を見せるように、煙管を吹かし始めた。
「私は夫人がエリオット様を故意に殺害しようとしている、と考えています」
「マクスウェル、聞いたわね。こんなのは侮辱よ、侮辱」
「はい、はっきりと聞きました。統一王にご報告いたします」
開始早々からはっきりと言い切ったサリア。すかさず夫人はマクスウェルに同意を求めた。逐一意思疏通をし圧力をかける算段だ。
一方でサリアは全く物怖じせず、話を進める。
「まぁまぁ、そう焦らないでください。まだこれからなのですから」
にこり、と笑った。その顔面目がけ、離れた位置から煙を吹きかける夫人。サリアの視界は煙で覆われるが、表情一つ動かさなかった。
「私の顔が見たくなければ、目を逸らしても構いませんよ」
引き下がるどころか、喧嘩を売った。




