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救われる心、解決への鍵

「今のままではミーティア夫人に法の裁きを受けさせることはできない」


 ドーグが真剣な顔つきで語り始める。


「その論文は未発表な上に、国家機関の承認も今だなし得ていない。今の状態では有益な証明にはならない。医会に名の通る貴族ではない限り、三日後までには到底間に合わないだろう」


 国から認められた機関、医会からの承認が必要らしい。承認された論文でなければ、法的措置としての証明にはならない。貴族の権力もある程度通るが、連盟している貴族だけだ。


 しかし、話はそれだけではない。ドーグは悔しさをにじませながら話を続ける。


「所詮、貴族が連盟している国家機関だ。貴族が主体であり、貴族のためでなければいけない」


 大前提は貴族のための医療技術や知識を高める機関だ。だが、それだけでは話がみえない。サリアは怪訝な表情をした。だから、はっきりと伝える。


「患者が貴族でなければ、論文など通らないということだよ。一番効果的なのは、被検者として貴族が名乗りださなければいけない」


 庶民のためではなく、あくまでも貴族のため。貴族に害のない病気であれば、見向きもされない。そのことを知っており、憎らしげな表情をする。


「貴族というのは自尊心の塊だ。病気一つとっても、尊厳を失う機会になりうる。更に、戦後の運営が難しいこの時世だ。少しでも良く見せようとするだろう?」


 だから、名乗り出る貴族などいるものか。諦めの浮かぶ目がサリアに訴えかけた。


(つまり、エリオット様を被検者として世間に晒せ……と?)


 そう聞こえた。

 体調不良の原因は分かったが、これ以上無理はさせたくない。それに世間の目に晒せば、気が病んで体調を崩す可能性が高いだろう。でも、他の貴族が名乗り上げる保証はない。


 激しい葛藤でサリアはすぐに言葉を出ず、沈黙する。そこに追い打ちがかかる。


「ミーティア夫人がこの研究に目をつけたのは、貴族の中に患者がいるということではないかと私は思っている」


 見せたことのない鋭い視線。まるでサリアを試しているかのようだ。ドーグはただの街医者。貴族に対する侮辱で訴えれば、きっとこの街医者を罰することはできるだろう。だが、それでは何も解決しない。


 考えがまとまらず、俯くサリア。その姿を目の当たりにし、今度は優しく聞き出そうとする。


「……いるんだね、貴女の近くにも。ミーティア夫人の近くにも」


「そ、それは……」


 はっとして顔を上げると、見透かすような目が見てくる。思わず視線を逸らした。こんな大事なこと、相談もなしに決めていいのだろうか。エリオットが関わる重要な話だ、一人でなんて決められない。だが、悠長にしている時間もない。


 辛い決断を前に、自然とサリアの背が丸まっていく。悩んでいる姿を見て、ドーグは確信した。


「貴女にとって大事な人なのは分かった。だがね、大事に囲うことがその人のためになるのかい?」


 優しいのに残酷な言葉。サリアの肩がビクリと跳ねた。


(……エリオット様の立場で考えなきゃ)


 だが、すぐに考え方など変わらない。胸を痛めながら、何が最善かを考え続ける。


(エリオット様の手紙、原因が分かったことを凄く喜んでくれたわ。不治の病かと疑っていたけど、食べ物と分かったからって)


 体が辛かったのに、公衆の面前で感謝を叫ぶほど喜んでくれた。手紙にも嬉しい気持ちがあふれていた。少なくとも、知ることでエリオットは救われたはずだ。


 手を握りしめたサリア。背を伸ばし、俯かせていた顔を上げた。その顔には覚悟が浮かぶ。


「……キウイが駄目なんです」


「キウイ。やはり、そうなのか」


 ドーグは合点がいったように、ゆっくりと頷く。それから机に並べられた真新しい本を一冊取り出すと、ペラペラとめくる。あるページを開いたまま、文章を読み込む。


 サリアに向けてこんな言葉を伝える。


「もしかして、その人はバラも駄目だったりするかい?」


「っ!?」


 バラ。

 その単語に信じられないと立ち上がった。どうしてそれが分かるのか、知識のないサリアには理解できない。

 分かりやすい行動には、ドーグも苦笑いを浮かべる。


「ははっ、貴女はその人のこととなると素直過ぎる」


 さてと、と立ち上がるドーグ。ようやくテーブルのイスに座り、今度は真剣な顔つきで語りかける。


「患者を弱らせる原因は不安だよ。皆、不安に押しつぶされそうなんだ」


「不安……」


 その言葉には、思い当たることがあった。

 脳裏に浮かぶ、秘密裏に会っていた頃のエリオットの表情。心配かけまいと気丈に振る舞い、常に浮かべる笑顔。時折見せる不安そうな表情を見て、サリアは苦しく感じていた。


「気が滅入ると、誰だって悲観になる。それは病気を助長させるよ。だから、その不安を取り除くのも治療の一環なんだ。話を聞いて上げる、それがとても大事」


「……そうですか」


 言葉が心に染みた。

 今まで会っていたことは、エリオットのためになっていたかもしれない。誰かに言われて、心にあった不安が消える。押しつけがましいのでは、と心のどこかで思っていた。


 どことなくほっとした顔つきになる。サリアの変わった表情を見て、ドーグは嬉しそうにはにかんだ。


「貴女はその人の傍にいて、勇気づけてくれていたんだね。ありがとう、きっとその人は救われたはずだ」


 ポロリ、と涙がサリアの目から零れた。慌てて拭い、恥ずかしそうに顔を伏せる。ここでようやく気づいた。不安だったのは、自分自身だったと。ずっと空回りしていた。


 震える唇が勝手にしゃべり出す。


「私は、勝手な行動だと。迷惑ではないかと……」


「臆せずに本人に聞いてみなさい。きっと貴女の考えは否定されるよ」


 零れた言葉に、優しい言葉をかけられた。それだけで、心が晴れるようだ。エリオットも同じ心地だったのだろうか?


 一息をついて落ち着こうとするサリア。何度も肩を上下させて、心を整えていた。その様子を優しい目で眺め、改めてサリアにお願いをする。


「情けない話だが、私だけでは力が及ばない。身命を賭してお願いしたい。どうか、人が健康でいられる未来を作る手助けをして頂きたい」


 テーブルに手をつき立ち上がり、頭を下げた。サリアはロイドに視線を向けると、しっかりと頷く。


 ――――――だが、その時。


 ドンドンドンドンッ!!


「うおっ!? な、なんだ!?」


 激しく叩かれる扉。感動で鼻水を垂らしていたボルグは驚いて扉から離れる。止める暇もなく、扉は勢い良く開かれる。


「話は聞かせてもらったぞ!」


 長髪な金髪をなびかせ、美青年が青い目を輝かせて入って来た。突然のことで皆が目を丸くしていると、一人だけ反応する人物がいる。


「貴方はっ!」


 驚愕した表情を見せたのは、立ち上がったサリアだ。急変した状況に慌ててロイドが尋ねる。


「どうしてここが!? 一体誰なんだ?」


「ルメネリオ侯爵の次男、ジャンドリク様です」


 ギリリッ、と歯を食いしばってサリアはジャンドリクを睨みつけた。一方、ジャンドリクは涼しげな表情をして、一つの書状を見せつける。


「残念だったな、サリア君。君の行動は私兵によって見張らせてもらったよ。いけない子だね、勝手に動いて貰っては困るんだよ」


「その印はお祖父様のっ!?」


 細かい文章は読めなかったが、書状の下にラインハーツ家の印が押されてあった。しかも、モリス憲兵組織で使っているものだ。


 ここでロイドは首を傾げた。突然現れた青年貴族はゲルハルト副監督官の承認の下、ここにいるということだ。それはつまり、ゲルハルトからの助っ人ではないだろうか?

 一歩前に出て、改めて尋ねる。


「失礼、ジャンドリク君。君はここに何をしに来たんだ」


「ふふ、よくぞ聞いてくれた! 勿論、私の親友であるエリオット君を助けるためだよ。彼とは紳士の社交場で交友を深めた仲だからね。ゲルハルト副監督官に今回の件でルメネリオ侯爵家の協力を仰ぎたい、とお願いされたんだ。あ、そうそう!」


 ペラペラと好き勝手に話し続けるジャンドリク。関係ないことまで次々と話し、哀愁の漂っていた雰囲気は一掃された。

 止まらない話にロイドは眉を寄せる。こそっ、とサリアに耳打ちをし始めた。


「その……どういう仲なんだ?」


「……エリオット様が病床についた頃です。ダダルク邸の鉄門前で最後まで抗議をしていました」


 苦虫を噛んだ、女性らしからぬ表情だ。

 令嬢が鉄門前で抗議を行った事実。ロイドは想像したが思考は追いつかず、サリアをどう見ていいか分からなくなる。

 そこでジャンドリクが呆れたように肩を上げる。


「そこで二人一緒に水を被った仲さ。まぁ、そんなことをしても水も滴る良い男と水の女神ができ上がっただけだよ」


 更に訳が分からなくなった。不可解だと困惑な表情をサリアに向ける。すると、今度は怒りのこもった目をジャンドリクに向けた。


「私の好敵手です」


 え、男だよな。

 ロイドは呆然としながら思った。だが、サリアにとってエリオットの隣を競う危険人物。友情でも恋でも関係なかった。


「はっはっはっ、私も君に好かれて嬉しいよ。まぁ、ともかくだ。論文は私の家の力を使ってくれたまえ。殺意の証明となる論文はどこかな?」


 ここに来てジャンドリクが勝手に話を進める。扉越しに内容は聞いていたのか、何が必要かは分かっていた。

 その言葉に真っ先に反応した人がいる。


「……模写したものがある」


「ドーグ先生!?」


 サリアは信じられないと声を上げた。先程はないと言っていたのに、まさか隠し持っていたなんて。一度ならず二度までも見抜けなかった。

 これにはドーグは素直に頭を下げる。


「すまない。私もまた腹黒い人間なんだ。そうでもないと、ただの庶民の意見は消されてしまうからね」


 それほどまでに慎重になっていたということだ。サリアは複雑な表情をし、ロイドは口髭を弄りながら感心したように口を開く。


「ふむ。だがこれで一機に好転するな」


 コホン、と一度咳き込んで話し始める。


「まずは模写した論文をルメネリオ侯爵家の力を借り、医会に三日後まで承認して貰おう。さすれば、論文の原本は殺意の証明になるだろう。サリア、ミーティア夫人が持つ論文を探してくれ。それが、全ての解決の鍵となる」


 論文の内容が承認されれば、同じ内容の原本は殺意の証明になりうる。食べ物で人が死に至ることを知り、それを利用して殺害しようとした。それが証明できるのだ。


 問題はミーティア夫人がそれをどこに隠し持っているか、ということ。と、なれば。諜報活動ができるサリアにその役を任される。


「私が必ず見つけます」


 強い口調で宣言した。

 残り三日。それまでに厳戒体制の王家憲兵が見回りを掻い潜り、ミーティア夫人の私的な空間で論文を見つけなければならない。


 サリアは臆するどころが、目の前に全てを解決する鍵を知ってやる気に満ちていた。


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