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手がかりを求めて

 ふと意識が戻り、眩しさに起こされた。温かい日の光だ。遮るように手で目元に影を作る。


「……あ、朝日?」


 顔をしかめながら、机に預けていた体をゆっくりと起こす。後ろを振り向くと、カーテンの隙間から眩しい朝日が差し込んでいた。目を擦りながら、サリアは立ち上がる。カーテンに手をかけ、シャッと音を立てて開く。


 強い光が襲いかかり、耐え切れず目を細める。少し慣らした後、ゆっくりと瞼を持ち上げた。

 視界の先には、建ち並ぶ様々な邸宅と外壁が眩しく照らされている。点々と植えられた木々は朝露に濡れ、朝日が反射しキラキラと光輝いて見えた。


 目の前の清々しさに誘い出されて窓を開けた。頬を撫でて通り抜ける、ひんやりとした朝風。草花の目覚めに香り立つ空気。それを目一杯に吸い込み、吐き出す。


 徹夜の疲れが少しだけ消えた気がした、残り四日目の朝。未だに手がかりは掴めていない。


 六日目はモリス憲兵本部に泊まり込み。過去の捜査資料を洗い直し。五日目は足を棒にしながら駆けずり回った。が、結果は散々たるもの。思った通りにいかないと、精神的にも肉体的にも堪えるものがある。


 ため息を吐き出しそうになる気持ちを引き締め、大きく背伸びをした。


「んー、はぁっ。今日も頑張りましょう。ですが、その前に……」


 呟いて窓を閉める。後ろを振り向くと乱雑に書類が置かれた机。その端に木製の装飾された箱がある。イスに座り、箱を開けた。

 中には一枚の皺の寄った手紙と、銀のチェーンに通された銀の指輪。それは先日エリオットが投げたもの。


 頬杖をつき、こみ上げた笑みのまま眺める。


 手紙には体調不良の原因を見つけてくれたことへの感謝。自身の体は大丈夫だから心配しないで、と気遣う心配り。文の最後には、全てが落ち着いたらゆっくり話がしたい。と、つづられていた。


 内容を思い出すと絞まりのない顔つきになる。それから頬を染め、緩みきった笑みを浮かべた。


「ふふっ、エリオット様とまた……」


 嫌われていなかった。不安が解消されて、止めどない嬉しさがあふれ出してくる。全部終わってもまた会ってもいい。その言葉だけで、どんな辛く寂しい夜だって乗り越えられそうだ。


 そして、指輪。

 指先でつつく。堪えられない笑みが浮かぶ。いとおしさに目が細められ、口元は緩みっぱなしだ。銀のリングには細かな装飾彫りが施され、見るにも楽しい。いや、一番楽しいのはこの指輪で色々と想像することだ。


(あぁ、これはどういった意味でしょうか? 指輪なんて親密な男女でも中々贈れない品物だわ。それにこの装飾はもしやエリオット様が!? 何を想って彫られたのでしょうか? もし、もし……私のためだとしたら!?)


 都合のいい妄想をしながら、一人百面相をしている。


(だったら、この指輪は……こ、こ、婚約指輪なのかしら!? いやぁぁっ、エリオット様!! 私、心の準備が……いつでも大丈夫ですぅ!! 今から式場予約したほうがいいのかしら!?)


 飛び抜けて前向きな思考のおかげで、溜まった疲労もなんのその。みるみる活力がサリアにみなぎっていく。今日も一日、張り切って捜査の続きができそうだ。


「……はぁ、また交換日記とかできるかしら」


 未だ妄想に(ふけ)り、中々戻ってこない。すると、手が机の一番下段に伸び、深い引き出しを開けた。身支度を後回しにして、今度は過去の日記でも読み返そうとしている。


「あら、これは……」


 見慣れない分厚い日記が一番上に置かれていた。それは初めて侵入したターマズ調剤店から見つけた支配人のポエム集。


「そういえば、何かに使えると残してありましたね」


 一気に現実の思考に戻る。モルクティルク伯爵家傘下の商会などは摘発が近づいているため、今は無闇に詮索はできない。


「まだしっかりと確認してませんでしたね」


 内容に何かの手がかりがある可能性も高い。サリアは分厚い日記帳を手に取り、一ページずつめくって内容を確認する。

 しばらく読み進めると、ポエム調の日記になっていたことが分かった。比喩的表現をうんざりするほどに使い、日々の出来事や自身の感情を情緒的につづっている。


「これは確かに隠したくなりますね」


 癖の強い日記を読み進める。半分を過ぎたところで、ページをめくっていた手が止まった。半年以上前の内容に気になる言葉を見つける。指先で文字をなぞり、ポツリと呟く。


「宝石の輝きをまとった金蝶……」


 その言葉にサリアはある人物を思い出す。再びページをめくると、時々その名称が登場していく。あるページに差しかかると、手が完全に止まった。


「まさか……こんな所に」


 驚愕した表情で呟く。

 ――――――神罰を下す果実に群がる金蝶。

 思いがけない手がかりが傍にあった。


 ◇


「はぁ……」


 小太りの中年男性が深いため息を吐き出した。ソファーに深く座り、項垂れている。伏せぎみの顔は暗く、気落ちしている様子だった。


「あぁ……」


 薄くなった頭を手で抱え、言葉にならない声を出す。気持ちのいい日差しが部屋全体を照らすが、男性は俯いたままで動こうとはしなかった。


 と、そこへ扉を叩く音が響く。


「……なんだ?」


 顔を上げ、扉に向けて言葉をかけた。だが、しばらく経っても応答がない。仕方なしに男性は立ち上がり、扉に近づく。


「一体どうした? 入ってきてもいいんだぞ」


 そう言って扉を引き、視線を上げた。


「突然失礼します」


 全身黒づくめで黒いマスクをした女が立っていた。もちろんサリアだ。


「ヒィッ!!」


 予想もしない怪しげな人。男性は驚き、あたふたと後ずさる。だが、それがいけなかった。サリアがその隙に中へと入り、扉を閉める。カチャッ、と鍵をかける音が部屋に響いた。


 男性の顔が青ざめ、脂汗が流れ出る。様子を眺めていたサリアは少し考えた後、腰を折ってお辞儀をした。


「驚かせてしまい、申し訳ありません。決して貴方に害を加える怪しい者ではありません」


「じゅ、十分怪しいぞ! ら、乱暴する気だろ! いたいけな私に!」


 太い腕で守るように胸と股間を隠し、ガタガタと震えだした。一方、サリアはというと。


「今のところは害を与えませんが、貴方の返答次第では……」


「ヒィィィッ!!」


 ネイルハンマーの尖った部分を見せつけ、脅した。その目は冷めており、実力行使も辞さない構えだ。

 サリアの強硬な態度に男性は悲鳴を上げ、従う他なかった。サリアがソファーを指差すと、男性は何度も頷く。慌てた様子でソファーに腰かけ、サリアも向かいのソファーに座った。


「驚かせてしまい申し訳ありません。ですが、どうしても侵入しなければいけない事案がありまして」


「ししし、侵入!? まさか、私の寝込みを襲う気でっ!」


「訳あって素性は隠しております」


「まさか、やんごとなきご婦人に見初められた私が拉致されてしまうのか!?」


 怯えながらも、その目は少年のように輝きに満ちている。

 スゥ、とサリアの目から感情が消え去った。再びネイルハンマーを持ち出すと、男性は血の気が引いた顔をして大人しくなる。


「まずは、これをお返しします」


 落ち着いて話せるようになり、サリアは盗んでいた日記帳をテーブルの上に差し出した。


「そ、それはっ!?」


 男性は日記帳を見るや否や、小さな巨体でテーブルに飛びつく。ガン! っと額をテーブルに叩きつけながらも、両腕で日記帳を抱えてソファーに戻った。怯えた目を向け、恐る恐る尋ねる。


「……よ、読んだのか」


「えぇ、読みました」


「うおおぉぉぉぉっ!!」


 両手で顔を隠し、心の嘆きを叫んだ。ちなみに他の従業員は誰も来ない。最近はこれが日常茶飯事で、呆れ果ててしまった結果だ。


 思う存分叫び終えたのか、死相の浮かぶ顔を上げて掠れた声を出す。


「……して、君は何が目的なんだ」


 自暴自棄になりながらも、声を絞り出し尋ねた。サリアの待っていた質問だ。焦らずじっくり言葉を選び、話し始める。


「こちらにミーティア夫人が内密で訪れていますよね?」


「ど、どこでそれをっ!?」


「貴方の日記から、その痕跡を見つけました」


 名前を聞き、男性は隠すこともせず驚愕する。続けた言葉にも、驚き過ぎて口が半開きになっていた。呆然としている男性に向かって、止めることなく言葉を続ける


「とある食べ物が不特定の人に悪影響を与えていることについて、こちらでは何らかの研究が成されているのではありませんか?」


「どうしてそのことまで!!」


 深く踏み込んだ内容にも男性は素直に驚くだけだ。思わず立ち上がり、サリアを見下ろす。その表情には困惑の色が浮かんでいる。が、内密のことが知られて焦っている様子はない。


 サリアは慎重に男性を見極める。表情、呼吸、体の震え。一つも見逃さずに観察し、この男性の立ち位置を推測する。


(……ミーティア夫人に協力している様子ではない? どちらかというと、内密だと強要されているほうでしょうか)


 さて、これからどうやって聞き出そうか。そんなことを考えていると、男性は脱力しソファーに音を立てて沈んだ。


「君は……いや、これでは話が進まないな。私は、私たちはミーティア夫人に脅されているんだ」


 天井を仰ぎ見てポツリと話し始めた。その内容はサリアが思っていたよりも複雑だ。


「私、たち……ですか」


「そう、私たちだ。可笑しな事象を私と先生で追っていてね、長い期間研究を行っていたんだ。この調剤店はミーティア夫人の実家、モルクティルク伯爵家の傘下だ。その研究がミーティア夫人の耳に入り、研究結果を外に出すことを禁じた」


 そう言って、苦笑いを浮かべた。とても悔しそうに見えたのは、きっと錯覚ではない。


「研究だけは進めて、成果は外に出さない。あんまりの仕打ちだよ。でも、いつか論文を発表できる機会を夢見て、私たちは今も諦めずに研究を続けているんだ」


「あの! その論文というのは、どこにあるのですか!?」


 男性の言葉に黙っていられなかった。立ち上がって問い詰めると、男性は驚いた顔をしてサリアを見上げる。


「それがあれば助かる人たちがいるんです! 私はその人たちを助けたくて、諦めずに探し出してここまでたどり着けました! お願いします、私にその論文を預けてくださいませんか!?」


 切実な思いを吐き出し、心からの懇願をした。すがるような視線を向けて、男性の言葉を待つ。だが、男性は残念そうに眉を寄せて首を横に振った。


「残念ながら、論文はここにはないよ」


「では、どこにありますか!?」


「……一つ聞かせてもらいたい」


 真剣な眼差しが向けられる。背けることは許されない、そんな威圧があった。それに応え、サリアは強く頷く。


「相手は統一王様の庇護下にあるご夫人。君はどこまで、罰せられるんだ?」


 様々な思惑が混ざる言葉。

 サリアの考えを見通して、終着点を探る。論文を差し出し、相応の対価が返ってくる相手なのか。男性は目を見つめて、見極めようとしていた。


 鬼気迫る視線を受け、サリアは緊張で喉が鳴る。下手なことは言えない。けど、強い想いがそれを邪魔する。

 余計な言葉はいらない。


「私はミーティア夫人を司法の下で必ず断罪させます」


 そして、それに関わる人たちを助けたい。

 曲がらない真っ直ぐな思いは、マスクの下でも変わらなかった。


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