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諦めない信念

 その日の昼過ぎ。


 サリアと第一憲兵が滞在している大部屋に差し入れが入った。ポットに入った温かい紅茶。ふんわりとバターの香るスコーンとキウイジャム。エリオットから、らしい。

 直接会うことは難しくなったが、こうしたやり取りは王家憲兵と言えども止めることはできなかった。


 少し早めのティータイムでくつろぐ第一憲兵。ゆったりと休憩する者、急いで流し込み休みなく働こうとする者まで様々いた。

 二枚の大皿に乗った山盛りのスコーンとキウイジャムはあっという間になくなり、紅茶も残りわずかとなる。


 その時を待ちかねたサリア。

 スコーンのなくなった大皿に手を伸ばし、下に敷いていた折り畳まれた紙ナプキンを手に取った。それを丁寧に崩すと、中から一枚のメモが出てくる。メモを手にして、与えられていた机に着席した。


 サリアの行動を見て、集まる第一憲兵。皆が覗き見て、関心したように声を出す。


「いやー、良く思いつくもんですね。そんな隠し業」


「流石に黒の奴らもそこまで確認しませんって」


「サリアお嬢様って本当にお嬢様なんですか?」


 立ちながらスコーンをかじり、紅茶をすする第一憲兵。久しぶりの共同戦に浮足立ち、距離が近くなっていた。そんな行儀の悪い第一憲兵に呆れながら言葉を返す。


「こういうのは信頼があってこそ成り立つものですから。簡単だと思って真似したら、痛い目に合いますよ」


 真面目に注意をすると「へーい」と気の抜ける返事が聞こえる。が、やはり気になるのか背後から離れる様子はない。諦めてそのメモに視線を落とす。


「どうでした、サリア様」


「エリオット様、大丈夫でした?」


「まさか、暗号解読中ですか?」


 外野がうるさすぎる。

 集中を刈り取られそうになりながらも、メモに書かれた文字を目で追う。読み終わると悲しげに目を伏せ、深いため息を吐き出す。


「どうやら、当たりだそうです」


 メモはクライムの文字でつづられている。キウイジャムを食べたエリオットが嘔吐した、と。原因がはっきりして良かったが、エリオットの体が心配だ。メモを両手で包み込んで、無事を心から祈った。


 心配なサリアを差し置いて、第一憲兵は好き勝手に言い始める。


「じゃー、普通の材料で作ったジャムが人体に影響与えたってことですよね」


「でも、問題は果物のほうだろ? 俺たちは別に異常なかったもんな」


「……私たちは実験されていたんですね」


 第一憲兵を利用して異常が出ないか試食して貰っていた。結果は誰も異常なし。美味しそうにスコーンにジャムを塗って食べていただけだった。

 ただのジャムでは説得力に欠ける。折角手に入れた物証が無駄にならないように、サリアは次の一手を考えた。


「私も異常はありませんでした。ロイド隊長に同様の事故や事件があったか調べて貰いましょう。何か殺意の証明に繋がる手がかりが見つかるかもしれません」


 過去の事故、事件を洗い直す。膨大な仕事量増加に第一憲兵は嫌な顔はせず、敬礼してその場から散って行った。

 一人残されたサリア。だらしなく腕を伸ばして机に突っ伏すと、目線だけを外に向けた。自然とため息が出る回数が増えていく。


(でも、それだけじゃ駄目ね。エリオット様の医者も黒によって囲まれちゃったし、直接聞きに行けない。貴族の中で同様の事故や事件が起こったのなら、そこに手がかりが……)


 医者の話では、貴族の中でエリオットのような突発的で不可解な患者が出ていると言っていた。その周辺を洗い直せば、何か解決の糸口が見つかるかもしれない。


 それは一握りの希望。

 どうにかして殺意の証明をしなくては。

 そう思った時、サリアの中で何かがひっかかった。


(ミーティア夫人は入念な準備をしてエリオット様を殺害しようとした。自分が罪に問われないように慎重に行動していたはずだわ。でも、なんで……)


 なぜ、男を使ってエリオットを殺害しようとしたのか?


 サリアの中で疑問が浮かぶ。

 誰かを使って殺害しようとする手段は下策ではないだろうか。犯行に関わる人数が増えれば増えるほど、内容が露呈する確率は高い。姑息に動いていた夫人が考えもなしに、第三者を使おうとは考えないはずだ。


 ならば、第三者を使わないといけない事態に陥ったとしたら?


(……もし、もしもよ。あのジャムを使うことによって不都合が起きた。それで予定が狂ったんだわ。予定はきっとダダルク伯爵が帰ってくるまで。そう、それまでに決着をつけたかった。でも、エリオット様は生き延びた)


 あのジャムの殺傷能力は万全ではない。

 では、なぜ――――――


(殺そうとしたのに、どうしてそんな不完全なものを使おうとしたの?)


 だったら毒を使った方が早かった。どこかで本物の毒を混ぜることだってできたかもしれない。だが、夫人は本物の毒を使う下手を打たなかった。バレる可能性が高いからだ。


(……最初は現物のキウイにその殺傷性を見出した。だけど、ジャムに加工したことによって、その殺傷性が減ったんじゃないのかしら)


 分からない、まだ分からない。

 考えがまとまらず、ついに顔を伏せてしまう。


 専門的な知識もなく、そんなことは軽々しく決めつけられない。でも、そうとしか考えようがなかった。きっとその知識は新しく、認知も広まってはいない。検証だって進んでいないはずだ。でも、少なくとも夫人はキウイに殺傷能力を見出していた。


 サリアの中で疑問がさらに大きくなる。


(ミーティア夫人はどこでそれを知ったの? どこでその知識を手に入れたの?)


 ぞくぞく、と脳が震える。

 頭の中で話が組み上がっていく、独特の快感が込み上げた。


(ミーティア夫人は様々な社交場に出ていた。その場で貴族が内密にしたい話を聞いたんだわ。そういう不可解な食べ物がある、と)


 ただの点と点が結ばれ、線が繋がっていく。


(もし、その食べ物で実際に死んだ貴族がいたら……絶対にミーティア夫人は利用する)


 夫人の確証した時。そして、実行しようとした時だ。

 ガタッとイスから音をたて、立ち上がった。


(最後は……そうよ、その知識を求める! 探すべきは、食べ物と死因の因果関係について論文を発表している知恵者だわ!)


 その論文さえあれば、特定の食べ物が人を死に至らしめる事実がある、という証明ができる。そして、それは殺意の証明になるはずだ。


 ようやく掴んだ解決への糸口。高ぶる感情のまま、声を張り上げる。


「手が空いている方、集まって下さい!」


 サリアが集合をかけた。

 すると、全員が手に持っている物を置いて周りに集まる。強面の顔が視界一杯を埋めた。思わず口元がひきつってしまう。


「あの、手が空いた人だけで……」


 遠慮がちに断ろうとした。が、第一憲兵は皆一様に何も持っていないことを示すように手のひらを差し出す。


「サリア様、この時を待っておりました!」


「これより不眠不休でも大丈夫ですぞ! あ、残業代は増しでお願いします!」


「やりますか、とうとうやっちゃいますか!?」


 異様な熱気を前にサリアは気が引けた。それでも、皆の顔が明るいのが唯一の救いだろう。存分に命令することができる。


「では、皆様……」


 背筋を伸ばし周囲に目配せをした。すると、第一憲兵は張った胸に握った手を添える。皆、期待に満ちた表情をサリアに向けていた。内心呆れながらも、引き締まった顔つきで口を開く。


「靴底に穴が開くまで真実を求め、駆けずり回って下さい」


「「「五色の軍旗の下で忠実なる犬になりましょう!」」」


「一つの悪事を見逃さないよう、目を凝らし続けて下さい」


「「「五色の軍旗の下で誠実なる鷹をお約束します!」」」


「司法の下に悪事を晒し、平等に救われる世を目指しなさい」


「「「正義は我にあり!!」」」


 見事に揃った声は部屋に響き渡った。熱く静かな闘志をたぎらせて、今一度心を一つにする。残り時間は多くはないが、諦めるにはまだ早い。


 ◇


 サリアたちは動き出す。


 滞在に三名を残し、残りは全て出ていく準備をした。

 目的は貴族内で起こった不可解な事故や事件の洗い出し。食品と死因の因果関係について記された論文を見つけることだ。時間はいくらあっていい。足早に大部屋を退散する。


 突然の大移動にダダルク邸が騒がしくなる。王家憲兵は不可解だと警戒心を高め、第一憲兵の動向を見張りを強化する。

 騒がしくなるエントランスは人でごった返した。邸宅を出ていく時も持ち出し物がないか、王家憲兵が身体検査を行う。お互いをあおり立てながら、それぞれの職務を優先させた。


 そんな中で一番に検査を終わらせた、サリアとボルグ。玄関を抜け、待機させてあった馬車に向かって歩いていく。今後のことを話し合いながら進んでいくと、窓が開く音がした。


「サリア嬢っ!」


 声が聞こえて、思わず見上げる。


「あっ……」


 驚いて立ち止まった。

 見上げた二階の窓、エリオットが大窓を開けてこちらを見下ろしている。離れていても目立つのは青白い顔。窓枠に寄りかかり、今にも倒れそうだ。


 会えて嬉しいのに、それが苦しかった。辛そうにしている理由は分かる。午前のできごとを隠さず伝えて、キウイジャムを実食させてしまったから。その後、体調を崩して寝込んでしまったのだろう。


 苦しそうにしていた姿を思い出し、息が詰まるほど辛くなる。昨日の恥じらいよりも、今日の愚行への後悔が強かった。何か言わないと、と気持ちを焦らせながら考える。自然と俯いてしまう。


 その時、言葉は降ってきた。


「ありがとう……本当にありがとう!」


 再度驚いて顔を上げると、満面の笑みを浮かべたエリオットがこちらを見下ろしている。

 サリアは訳も分からず瞬きをして、働かない思考を巡らせた。その時、男の声がエリオットの背後から聞こえてくる。王家憲兵の声だ。エリオットの声を聞きつけ、部屋に侵入してきた。


「エリオット様! 私のことよりも、ご自身の体をっ!」


「お願い、受け取って!!」


「えっ?」


 サリアの心配を余所に、エリオットは全身を使い何かを放り投げた。キラリと光った物が放物線を描き落ちてくる。慌てて両手を広げて、なんとか受け取った。


「エリオット様、今は面会をお控え下さい!」


「おい、エリオット様が何か投げたぞ! 奪い返せ!!」


 瞬間、王家憲兵に取り押さえられた。窓から引き離され、姿が見えなくなる。その声はエントランスにいた王家憲兵に届き、慌てた様子で玄関を開けて出てきた。サリアの姿を確認すると、一直線に近寄ってくる。


「何を持っている!」


「手に持っている物を出せ!!」


「お嬢様、ここは任せて下さい!」


 エリオットが投げた物を奪い返そうと駆け寄るが、ボルグはそうはさせまいと間に割って入る。お互いに立ち止まり睨み合いをしていると、エントランスも騒がしくなった。揉みくちゃになりながら王家と第一が争い始めている。


「お前らそこをどけ!!」


「なんか分からんが、サリアお嬢様を守れ!!」


「お嬢様、馬車にお早く!!」


 場は騒然となり、今まで静かだった邸宅の庭に怒声が響き渡る。掴み、殴り、投げる。お互いに一歩も引かない様相は止める手立てがない。


「……ごめんなさい、ありがとう」


 サリアも引けなかった。今更、手に持っている物を王家憲兵に渡せるほど、従順ではない。手を強く握り、決して落とさないようにする。エリオットの想いだ、絶対に離したりはしない。したくはない。


 それでも目の前の光景は心が痛む。思いをぐっと堪え、後ろ髪を引かれながらサリアは馬車に飛び乗った。


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