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毒の正体

 ダダルク邸の玄関前に止まる、茶色の馬車。馬で追従してきたボルグが下馬し、馬車に近づく。扉を開けて横に逸れ、白い手袋をはいた手を差し出した。


「サリアお嬢様、お手をどうぞ」


 ボルグの端正な顔つきは一切の緩みがない。馬車の中から白い手が伸びて、ボルグの手にそっとのせられる。


「ありがとう、ボルグ」


 にかやかな表情を浮かべてサリアがゆっくりと降りてくる。地面に降り立つと、玄関に視線を向けた。顔見知りになってしまった王家憲兵二名。こちらに睨みを利かせて仁王立ちしている。

 いつも以上に警戒している姿を眺め、呆れたように肩を上下させてため息をついた。


「今日は貴方がいるから警戒心丸出しよ」


「申し訳ありません」


「さ、早く小言を終わらせて中に入りましょ。妨害はできても、阻止はできないからね」


 その言葉にボルグは口角を上げて小さく笑う。

 王家憲兵に全く気のない素振りをし、サリアは玄関に近寄る。それから、いつものように淑女の礼を欠かさない。


「ごきげんよう皆様。今日も宜しくお願いいたします」


 ◇


 向かう先は厨房。

 廊下を軽快に進む足音が二つ。帯剣をしたボルグに先導をさせ、サリアは後をついていく。いつもは王家憲兵が見張っていない道だというのに、今日は出会ってしまう。昨日エリオットが厨房まで来ていたことを怪しんだせいだろう。


 厨房の手前で二人、道を塞いでいた。


「おや、コンナート子爵のお嬢様。こんなところまで嗅ぎ回っているんですか?」


「道をお忘れなら送って差し上げますよ、玄関まで」


 中年男性と青年がサリアたちに気づき、立ちはだかる。冷めた視線を向けて突き放し、ダダルク邸から追い出そうとまでしていた。

 近寄ってくる二人を前に、ボルグが一歩前へ踏み出す。


「恐れながら、この場所は共有部分ということになっております。貴方がたの主張する立ち入り禁止区域にはなっていないはずでは?」


 ボルグは今回の王家憲兵派遣の概要を頭に叩き込んでいる。立ち入り禁止区域はあくまでもダダルク家の私的な空間、と決められていた。何かにつけてモリス憲兵組織を排除しようとする動きに、一石を投じる。


 青年はぐっと押し黙り、男性は眉間に皺を寄せた。


「ここにダダルク家の方が来ることもある。だから、見張って……お前、ボルグか?」


 説明しようとしていた口調が止まる。驚くように目を見開いて、ボルグの顔を良く確認した。

 ボルグは表情を変えずその視線を黙って受けた。すると、中年男性はいやらしく口角を上げて言葉を吐き捨てる。


「没落子爵が……今は白い軍服を着ているなんて笑えるな。そこのお嬢さんとお似合いだぜ」


「話は終わったか? なら、道を開けて頂きたい」


「いやいやいや、ちょっと面貸せよ」


 ボルグは全く相手にしなかった、が男性は食い下がる。嫌味な笑みを浮かべて近づいて来る男性。

 一歩、二歩。三歩目を踏み出そうとした時――――――


 電光石火の抜刀が風を突き抜ける。ヒュッ、と風切り音が響く。三歩目を踏み出した時には、レイピアの剣先は男性の鼻先で止まっていた。


「道を開けて頂きたい」


 深く一歩踏み込んだ姿勢に、真っすぐ伸びた腕。渾身の一突きを見せた。

 突きの技量を見せられ、男性は怒りで凄味のある顔つきになる。自身のレイピアを抜き、強引に弾き飛ばした。


「てめぇっ」


 レイピアを顔の前で構え、荒々しく強引な突きを繰り出す。しかし腕が伸び切る直前、手から衝撃と共にレイピアが消える。伸びきった瞬間にはレイピアは空しく宙を舞い、金属音を響かせて床に転がった。


 男性の前には、再度レイピアを構えていたボルグがいる。


「下がれ」


 剣先を回し絡ませ、一瞬で相手のレイピアを奪った。

 男性は呆気にとられた顔から、悔しさをにじませる。くそっ、と捨て台詞を吐き、その場から逃げるように去った。黙って見ていた青年は慌てながらレイピアを拾い、男性を追って行く。


 ようやく解放されたボルグは胸を撫で下ろす。レイピアを鞘に戻し、サリアに向き返る。それから、わざとらしくお辞儀をした。


「お待たせしました」


「流石ね。私にはとてもできない芸当だわ」


「何をおっしゃいますか。お嬢様も似たようなものではないですか」


 お互い、冗談みたいな誉め言葉を口にして笑い合った。


 ◇


「皆様、どうか楽にして下さい。責任を問うことはいたしません」


 サリアはにこやかに笑い、厨房関係者を見渡して伝えた。


 今は厨房の外、裏口に関係者が集まっている。皆の心境は様々で不安そうな者、落ち着かない者が大半を占める。また、厨房関係者とは別にグレイもこの場に呼ばれて、緊張した面持ちでサリアを窺っていた。


「まずこちらをご覧ください」


 そう言って取り出したのは、ビンに入った加工品。関係者に向けて高く掲げて見せてみる。関係者は一様に呆気に取られた顔をして、次になんであれが? と、不思議そうにしかめた面をした。


「この加工品について、どのように関わってきたか教えて頂けますか?」


 始めは不可解だと疑心暗鬼になり、ざわつくだけだった。そんな中でゆっくり手が上がる。その人物は前に事情聴取をしたことのある、料理人見習いだった。


「俺、その加工品作りを手伝わされました」


「それはダダルク邸に入ってからいつ頃の話ですか?」


「二年前からここで雇われているけど、手伝わされたのは半年位前でした」


 はっきりとした口調で伝え、偽りがないことを態度で示す。それに釣られ、料理人が思い出したように口を開いていく。


「そういやー、いつも買い入れで済ましていたのに突然作ることになったよな」


「でも、その一種類だけでしたよね」


「そうそう。訳の分からない指示でしたよね。種類豊富に作れば良いのにって思いました」


 関係者は次々と言葉に出し、その加工品について語る。


「まぁ、でもお陰で料理の味に深みが出たな」


「えぇ、好評でしたよね。定期的に色んな料理に入れていました」


「例えば、どんな時に使いましたか?」


 雑談になりつつある会話にサリアが質問をした。関係者は少し難しい顔をして思い出していく。


「そうだなぁ……パンに練り込んだりしたな」


「味つけのソースにも使いましたよね」


「後は甘味を加えるのに使ったな」


「なら、日常的に使っていたことになりますね。指示はルーベルト料理長で宜しいですか?」


 誰もがその名に頷き、次に驚く表情をした。


「ま、まさか!? それが坊っちゃんを苦しめた毒なんですかい!?」


「そんな!?」


「嘘だろ!? 俺たちだって日常的に食ってたじゃねーか!」


 途端に信じられないと騒ぎ出した。ある者は罪の意識に際なわれて顔を青くし、ある者は毒を食べていた恐怖に頭を抱える。騒ぎが次第に大きくなると、サリアが手を叩き注目を集めた。


「皆様、落ち着いて下さい! これには一般的に言われている毒物は入っておりません。作った方は怪しいものを入れた記憶がありますか?」


「……普通の材料しか入れていません」


「もし、毒物ならダダルク邸には倒れる者が続出していたはずです」


 言われてみれば、と騒ぎが次第に静まっていく。その時を待っていたサリア。今度はグレイに声をかける。


「グレイ、この材料は年中取れますか?」


「い、いえ。私の地域では秋頃に実をつけます。すぐに食べることができないため、追熟が必要です。その追熟させる期間のおかげで遠方にも届けられるものになりました」


「……ケートスの今後主力になる予定でしたね」


 不必要に優しげな眼差しがグレイに注がれた。始めは状況が呑み込めず、呆然とした態度だったグレイ。だが、次第に頭の中で整理できたのか表情が変わっていく。


「まさか……」


「まだ不確定ではありますが、原因は……キウイでしょう」


 サリアの言葉にグレイの顔色が悪くなる。

 他の関係者は話の内容が信じられず、ざわつくだけだ。皆の視線がグレイに集中すると、口を堅く閉ざし俯いた。握り締める手は震えている。


「嘘だ……父さん、母さん」


 呟いて地面に力なく座り込んだ。絶望すら感じさせる姿。関係者たちは心配そうに遠巻きにして見ていた。

 重苦しい雰囲気の中、グレイの声がはっきりと聞こえてくる。


「終わりだ……再起を賭けた果樹園だったのに」


「以前は果樹園の跡継ぎだったそうですね」


「……はい。ケートス商店の跡継ぎが駆け落ちしたようで、甥の僕に声がかかりました。始めは他にも候補はいましたが、果物の売れ行きが好調を理由に跡継ぎに選ばれたんだと思います。主力商品に繋がり深い僕がなることで……」


 サリアの問いかけに、感情のない返答が淡々と続けられた。だが、何かを思い出して言葉は弱弱しくなり消える。

 戦後、苦しい経営を余儀なくされたのは貴族だけではなく、庶民も同じだ。それは貴族よりも凄惨であった。


 コンナート家の教育があったサリアはその生活を知っている。地面の上で項垂れるグレイの傍にしゃがみ、優しく肩を叩いた。


「農園の経営は厳しかったでしょう」


「……物が売れませんでしたからね。売れたとしても買い叩かれて終わりです。地方の農園は皆、苦しい生活を余儀なくっ……」


 言葉が続かなかった。その目からは大量の涙が流れ、指先が地面に埋もれて土を握る。


「あんなに頑張ったのに、今度こそ楽しく笑っていられる日が来ると思っていたのにっ!」


 悲痛な叫びが響く。

 グレイにはどうしようもなかった。貴族の子息を苦しめていたのが、地方の命運を賭けた果物。淘汰されるのはいつの世も弱い庶民のほうだ。果樹園が消えるのは必然だろう。今も醜く残る階級思考が絶望を生む。


 しかし、サリアはまだ言葉を繋ぐ。


「貴方は何を望みますか?」


 泣き叫ぶグレイに優しく問いかけた。すると、泣きながら何度も頷き、心で叫ぶ。


「な、なんでも……なんでも、しますからっ! どうか、僕たちを……助けて下さい!」


 涙声で必死に訴えた。地面に頭を擦りつけ、何度も何度も懇願する。サリアは両肩を掴み、優しくその体を起こす。その顔は涙と鼻水で濡れ、今もあふれ続けている。


「ふふっ、貴女は会った日から図々しい人でしたね」


 落ち着かせるように微笑みかけた。取り出したハンカチで涙を拭き、鼻水でさえふき取る。それから、近くで控えていたボルグを呼び、カタリナから貰った封筒と、サリアが新しく書いた手紙を受け取った。

 サリアは手紙をグレイの手に握らせる。


「今日の仕事は終わりましたね」


「……はい」


「なら、この手紙を急いでハルマンに渡しなさい。ここには、解決策が記されています」


「えっ」


 グレイの目が大きく開かれた。目の前には自信のある表情をしたサリア。優しくグレイを叱咤する。


「次の収穫まで時間があるでしょう? その間にやるべきことが山ほどあります。商人は時間を無駄にしてはいけませんよ」


 突然のことで話が良く呑み込めない。未だにグレイは呆然として、見つめるだけだ。サリアは少し困った顔をして、次の言葉を考える。


「我がコンナート家はとても評判がいいです。諦めが悪い、と関わった皆が口を揃えて言うほどですもの。貴方も同じだと嬉しいのですけどね」


 言い終わると、グレイの表情に生気が徐々に戻る。目が輝いていく。勢い良く立ち上がり、サリアに向けて深々とお辞儀をした。


「ありがとうございます、サリアお嬢様! このご恩は一生忘れません! 大変失礼かと存じますが、急用がありますのでこの辺りで失礼します!」


 まくし立てるように早口で感謝をして、足早に裏口を出て行った。その後ろ姿を見ていたボルグ。呆れたようにため息を吐く。


「全く羨ましい奴ですね。お嬢様にあんなことまでさせて、早々にいなくなるなんて」


「悪態ついたら駄目よ。それに、大変なのはこれからなんだから……」


 去って行くグレイの背を目を細めて見つめるサリア。最初は穏やかな表情で見守っていたが、次第に曇っていく。


 視線を地面に置いていた瓶に向ける。そっと手を伸ばして掴むと、憂いのある目で見下ろす。瓶に入ったくすんだ緑色のジャムだ。サリアは悔しげに顔を歪める。


(でも、これでは……ミーティア夫人を捕まえることができない)


 ただのキウイジャムだけでは、十分な殺意の証明にはならない。

 残り六日。

 毒の正体は分かったが、殺意の証明はふりだしに戻ってしまった。


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