表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/50

二人

(レザースーツ、常備しておいたほうがいいわね)


 建物の角に身を隠しながら、サリアはそんなことを思った。

 白いワイシャツ。若草色のフレアスカート。茶色で細いヒールのあるロングブーツ。動くには相応しくない格好だ。今になって、あれは動きやすさに特化した素晴らしいものだと実感した。


 あの後、昼食を取って行動を開始。憲兵に協力してもらい、二階の窓から外へと脱出する。皆、サリアの身のこなしを見て驚く。が、すぐに小さな歓声を上げて見送ってくれた。

 それから窓に姿を映さぬよう慎重に進み、今は裏口が見える位置で待機している。


(一体、誰が……)


 もしこれが王家憲兵の罠であれば、姿を見られれば捜査打ち切りを動機を与えてしまう。ここ数週間で板についた、隠密行動と心構え。突出することもなく、吟味ができるようになっている。今はひたすらに待つ。


 どれだけ待ったかは分からない。そろそろ日が傾きだす時、扉がゆっくりと開いていく。サリアは目を凝らし、その人物を観察した。が、確認した途端に自然と足が前に出てしまう。一歩、二歩と隠れていた角から歩み出る。


(エリオット様!?)


 震える手で杖をつき、扉から出てきた。一人で。今にも倒れそうなほどに体はふらついている。顔色も悪そうだ。部屋で休んでいなくてはいけない体なのに、どうして。


 気づいたら、走っていた。芝生に足を取られながらも早く、速く。


 視界の先で、ふっと顔がこちらを向く。少々呆けた表情が、ぱっと明るくなるのを見た。四歩手前で立ち止まると、呑気な言葉がかかる。


「……良かった、届いていたんだね」


 立つのもやっとだろう。杖一本に体をゆだね、震える体で必死に立つ。なのに、こちらに近づこうと少しずつ、少しずつ寄ってきている。


「い、イス持ってきますね!」


 心配で気が狂いそうになる。

 慌てた調子で厨房に入ろうとすると、中から一脚のイスが押し出された。驚き顔を上げる。そこには下積み中の見習いが、申し訳なさそうにイスを差し出していた。


「……ありがとうございます」


 面を食らっても、なんとか感謝を言えた。それから、静かに閉まる扉。あっという間に、二人だけの空間が出来た。


「あっ、申し訳ありません。どうか、お座りください!」


「ありがとう。遠慮なく座らせてもらうね」


 イスにゆっくりと腰かけるエリオット。ふぅ、と息を吐いて体の力を抜く。

 一方、サリアは状況についていけず、一人で困惑していた。体の悪いエリオットが何故ここにいるのか、不思議でたまらない。

 サリアの心配を余所に、やれやれと疲れた様子で話し始める。


「黒にも困ったものだね。あの人たちも貴族の出だから、下手なこともできないし」


「え、えぇ……」


「着いてくるって言った時は、心底うんざりしたよ。でも、詰めが甘いよね。僕らがここで会っているなんて知ったら、どんな顔するか」


 今は廊下で見張っているよ、と笑った。黙って聞いていたサリアは、ここにきてようやく状況を整理し始める。


(あの赤い紙は、エリオット様から私への言伝。細工をして、王家憲兵を騙して会いに……)


 この短時間でエリオットが王家憲兵を出し抜いた。理解したとしても、大きな疑問が頭に残る。寝ていないといけない体なのに、安静にしていないと駄目なのに、なぜここへ?


 未だに納得がいっていないサリア。その困惑した様子を見ていたエリオット。緊張気味に深呼吸をし、表情を引き締めて宣言する。


「僕はもう、黙って見ていることはやめにしたよ」


「で、でも……お体が」


「体のことだってそうだ。いつまでも悲観ばかりしていては、良くなるものも良くはならない。だからね、サリア嬢」


 急に真剣な視線を向けられた。今まで見たことのない、力強く熱を感じる視線だ。ドキリ、と心臓が脈打って締めつけられる。


「僕の体を使って毒を見つけるよ」


「えっ……」


 その言葉に頭の中が真っ白になる。


「これから一つ一つの食材を僕が食べていく。そしたら、きっと毒の正体が分かると思うんだ」


 揺るがない決意。確固たる意志。引き締まった表情に、真っすぐに見つめる目。穏和でどこか一線を引いていた雰囲気が消えた。


 突然の宣言と変化した雰囲気。サリアは呑まれてしまい、口を噤んだままだ。それでも一つ一つの情報を自身の中で整理して理解する。


(つまり、エリオット様自ら毒を……)


 途端に血の気が引く。思わず詰め寄って、必死の形相で訴える。


「いけません! どんなものかも、どれほど危険があるかも分かりません!」


「大丈夫だよ。少しずつ食べていくし、変だと思ったら吐き出すよ」


「そういうことを言っているのではありません!!」


 これ以上、毒を食べさせるわけにはいかない。これ以上、辛い目に合わせたくはない。過剰な心配は怒りに変わり、遠慮なくぶつけた。少し睨みながら、まだ口を開く。


「私が、私が食べて毒を見つけます!」


「それは駄目だ」


「何が駄目なのですか!? 私の体は健康です。簡単には倒れません!」


「先日、過労と栄養不足で倒れたじゃないか!」


 二人は言い争い、負けたのはサリア。


 エリオットの指摘に言葉を詰まらせ、口を閉ざしてしまう。だが、怒鳴ったせいで体に負担をかけてしまったのだろう。エリオットは小さなうめき声を上げる。苦しそうに腹を手を押さえながら屈む。瞬間、サリアの中の怒りは消え去る。心配になり、おろおろと落ち着かない様子で窺う。


 どうしていいか分からずに右往左往した。すると、絞り出した声が聞こえてくる。


「知っていると思うけど、誰かでは駄目なんだ。僕の体ではないと見つけられない」


「で、ですが……」


 言いたいことは分かるが、簡単には呑み込めない。口ごもり、俯いてしまう。


 体に負担をかけないよう、できる限りのことをして上げたかった。元々は強い願望で始まったこと。巻き添えにして、さらに体調を崩すことになれば本末転倒になる。

 サリアの心情は複雑だ。色んなことを考えすぎてしまう。肝心な意見がまとまらず、言葉が出ない。早く止めないと、と気持ちだけが焦ってしまった。


 そして、先に口を開いたのはエリオットだ。


「貴女が諦めないから、僕も諦められなくなったよ」


 その言葉に顔を上げた。エリオットは少し困ったように微笑む。


「まったく、貴女のせいだ」


 撫でるような優しい声。少しだけ呆れを感じる吐息。

 ゆっくりと伸ばされる手が、遠慮がちにサリアの指を掴む。弱く握られても、二人の温度は交じり合う。


「貴女のせい、だから……」


 顔は俯き、表情は伺い知れない。

 分かっているのは、握られた指から伝わるもの。

 徐々に力が入り、少しだけ痛い。

 熱くなる二人の体温。


 ――――――きっと、眩く照らす夕日のせいだ。


 傾きかけた日が空を、建物を、二人を染めていく。

 世界が橙に包まれて、色がぼやける。

 黄昏いく景色の中、繋がった影が濃く伸びた。


 夕日は二つの影を際立たせて、逢瀬を遂げた男女を壁に映し出す。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ