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本領発揮!

 煙管(きせる)に吸いつく真っ赤な唇。名残惜しそうに離れ、煙がゆらゆらと吐き出される。煙は女の顔をぼかす。ふう、と軽く息を吹きかけ、煙が薄く広がって雲散した。


 はっきりとしてくる、ミーティア夫人の醜悪な笑み。今日もけばけばしい金の眼鏡をかけ、相手を冷笑する。


「銃が見つかったんだ。さっさとこの邸宅から、出て行ってくれないかね」


 不機嫌を露わにして、言葉を吐き捨てた。黒革ソファーに深く腰かけ、背を沈める。サイドテーブルに手を伸ばし、丸めた刻み煙草を煙管の先端に詰めた。


 目の前にロイドがいるが、お構いなしだ。ロイドは一人用の黒革ソファーに腰かけ、膝を組んでいる。


「依頼捜査は犯人確保だけでは終わりません。原因の究明、証拠や証言を整理し、正しく裁くために必要なのですよ。見つかった、だからで終わっては意味がありませんな」


「元のお役目が終わった憲兵組織が。今更しゃしゃり出てくるなんて、世も末ね」


 そう言って、夫人は何度目かの煙管を吹かし始めた。


 戦時中の憲兵の役割は軍組織のために存在し、時には犯罪を犯した軍人を裁く立場にあった。

 だが、大戦が終結し、国は軍の一部を解体し始める。憲兵はあおりを受け、無用の長物に成り果てる。軍と一緒に、一部を残し解体された。


 その後、貴族や庶民を取り締まる立場として生まれ変わり、新しい憲兵組織と成った。時代の流れを見て、ラインハーツ伯爵家は逆らわずにのった結果が今。


 あざ笑う夫人を前に、ロイドの表情が希薄になり目の鋭さを増す。その様子を見て、夫人は満足げに口角を上げて得意げになる。


「ふふっ。どこもかしこも、落ちぶれた馬鹿ばかり。大戦は続くべきだったのよ」


「語るに足らん」


「戦いが起これば、物が売れる。経済も回る。増えるだけしか能のない庶民は減るし、良いこと尽くめじゃない。大陸の清浄は、いつか必ず必要になるわ」


「愚劣極まりない話だ」


 可笑しい、と笑う夫人の話をロイドは厳しい口調で一蹴した。厳しさを変えず、話を変える。


「報告書によれば、あの男が貴族壁内に入れたのは、とある貴族の紹介状があったからだと」


「なら、その貴族を当たればいいじゃない」


 至極当然だ、という表情で教えて上げた。ふん、ロイドは鼻を鳴らす。


「どうやら捏造みたいでね。しかも、そのとある貴族というのが貴女が通っている夜会の主催者の物」


「へぇ、可笑しな話ね」


 喉を鳴らしながら夫人は笑う。それから全く関係ないと顔を背け、煙管を吹かせる。夫人の態度が煮え切らなくても、ロイドの追求は止まない。


「そして、先日その男はダダルク邸を訪れた」


「あら、お話しておりませんでしたわ! えぇ、その男なら我が家を訪れました」


 疑いをかけられているのに、簡単に肯定した。ロイドは怪訝な顔をすると、夫人は得意げになりながら口を開く。


「なんでも、横領の罪に問われていたようです。冤罪だと訴えるために、私を訪ねて来ました。あぁ、その時少し席を外しまして、銃を盗んだのはその時だったかもしれませんね」


 まるで、事前に考えた台詞を喋っているように見える。他の証言が集まっていない今は、偽証していると強く問い詰められない。


 だが、ロイドは何かに気づき、目を細めた。口髭を指先でなぞり、軽快に口を開く。


「ほう……庶民の話を聞いたのですか。貴女が」


「……っ!!」


 夫人の顔が凍りつく。固く閉じられた口の端、ほうれい線が浮き彫りになる。わなわな、と震えた後は乱暴に煙管を吸う。

 しばらく二人の間に静寂が降りた。苛立つ夫人はかかとを小刻みに揺らし始める。


「エリオット君は、本当に病気なのかな?」


 ピタリ、とかかとが止まった。


「邸宅の者は毒でも盛られているようだ、と話してくれているのだが」


 ロイドは夫人に揺さぶりをかけた。俯いた夫人の肩が震え、強く握った煙管は今にも折れそうだ。


「あははははははっ!!」


 部屋に響く、夫人の笑い声。ようやくこの質問が来た、と喜びの声に近い。


「ようやく、言ってくれたじゃない! でもねぇ!」


 上げた顔は妖美な笑みを浮かべている。待ち望んだ言葉に肩の荷が下りた、と言わんばかりに脱力した。

 そうして、ひとしきり笑い終えると――――――決定的な一言を残す。


「毒なんて、この邸宅には初めからないんだよ! 名誉毀損で統一王様に訴えてやるっ!!」


 ◇


 サリアが倒れ、一夜明けたダダルク邸。朝早くから第一憲兵隊が、無駄のない動きで邸宅に入って行った。


 少し時間が経つと、一台の茶色い馬車がダダルク邸に近づいて来る。悠々とした動きで憲兵が見張る鉄門を通り、玄関先までたどり着いた。

 御者が素早い動きで台から降りる。慣れた手つきで馬車の扉を開け、頭を下げた。


「お嬢様、着きました」


「えぇ、ありがとう」


「くれぐれもご無理はせぬよう、お願い申し上げます」


「分かっているわ」


 降りてきたのはサリアだ。昨日の今日で体調は万全ではないが、一日たりとも無駄には出来なかった。


 歩き出すと正面玄関は素通りして、裏口へと回る。まるで勝手知ったる庭のように、一直線に目的の場所へと向かう。そこは、いつもサリアが秘密に出入りしていた厨房の扉。


 コンコン


 二度叩くと、少しの間をあけて扉が開かれる。現れたのはグレイだ。


「サリアお嬢様、お待ちしておりました。体調は大丈夫でしょうか?」


「無理はしないわ」


「お入りください。関係者は集めてあります」


 中へと促されて入って行く。朝食が終わった厨房に賑わいはない。それどころか、神妙な面持ちの人々が落ち着かない様子でサリアを見ていた。

 緊張した空気を察し、サリアは警戒を薄めるために淑女の礼を取る。


「朝早くからお時間を頂き、ありがとうございます。コンナート子爵家が長女、サリア・コンナートと申します。以後、お見知りおきを」


 顔を上げて微笑みを向けると、厨房関係者達は幾分か緊張を和らげた。これで少しは話しやすくなる。サリアはできるだけ言葉を選び、話を進めた。


「私はエリオット様の身に何が起こったのか、原因を究明したいと考えております。皆様も作った料理でエリオット様が倒れられるこの状況、心苦しく感じられているでしょう」


 最後の言葉に、全員が何度も頷いた。同じ心を持っていることに、とりあえずは安堵をする。


「まずは、昨日のランチに携わっていたかどうかを調べ、事情聴取をする人をより分けたいと思います。どうか、嘘偽りなきよう……お願い申し上げます」


 もう一度頭を下げ、懇願に近い要求をした。サリアの低姿勢は、関係者の警戒心を解くには十分な効力を発揮する。


 ◇


 残ったのは五人。

 調理全般を請け負った、ダダルク家料理人。パン粥のパンを作った、パン職人。素材の下ごしらえをした、料理人見習い。食器類を並べたり、調理を補佐した下積み中の見習い。食材を持ち運んだ、グレイ。


 持ち運び時には必ず従者のクライムが監視しているために、そちらの関係者は除外された。


 五人共に証言が一致した部分がある。

 皆が食材や料理を味見し、その後体に変調が起こった者は誰もいない、ということだ。監視の役目を負っていたグレイも可笑しなところはなかった、と首を横に振った。


「皆さんの動きを憲兵さんとしっかり見ていました。何かを隠して入れたりしている様子はありません。入れた食材の味見は勿論、食器にはケートス商店から持ってきた未使用のタオルで再び拭きました。配膳後には、残った料理や調理器具についた残りなども口にしましたが、エリオット様と同じ症状になった者は誰もいませんでした」


 決定的なことは、何も分からなかった。また、サリアの観察眼を持ってしても、関係者の様子で怪しいところは一切ない。それどころか、皆が皆、真実を知りたそうにしていた。


「……畜生! 何が、何が悪いっていうんだ!! 俺の手が悪いのか!?」


 料理人が頭に被った帽子を床に叩きつけ、悔しげに手をに見つめた。


「坊ちゃんが一口でも二口でも多く食べてくれるように、努力はしました。ですが! どれだけ気をつけても、坊ちゃんはっ」


 そう言って涙ながらに語るのは、ダダルク家唯一のパン職人。丹精込めたパンがエリオットの毒になっていたかもしれない、と酷く気に病んでいる様子だった。


 パン職人に続き、料理人見習いや下積みも悔しげに表情を歪ませる。


「俺は素材を切る前に包丁もまな板も、綺麗に何度も洗いました! 自分の手だって、皮がめくれるくらいに綺麗に洗ったんです。こうすれば、目に見えない悪い生き物がいなくなるって聞きました」


「ぼぼぼ、僕もです! 手も洗ったし、食器は綺麗に拭きました! グレイさんにも見て貰って、問題ないって言われました!」


 エリオットの体を心配しているのは、サリアだけではない。このダダルク家に仕える者たちも同じ気持ちであった。

 分かったのはそれだけ。唯一の救いは、皆がエリオットを心配してくれていたことだ。


「……教えて下さり、ありがとうございます」


 改めて頭を下げ、感謝を示した。悔しい感情を押し殺し、微笑みを浮かべて。


 ◇


 応接室に移動したサリア。ソファーで一休みしていると、扉を叩く音がした後に開かれる。


「サリア様、医者を連れてきました」


「お忙しい中、ありがとうございます」


 憲兵にお願いをして、エリオットの主治医を呼んで貰っていた。感謝を述べると、憲兵は微笑み返す。


「いえ、とんでもございません。ロイド隊長が具合が悪くなったら、すぐに相談するように……とおっしゃられておりました」


「はい、万全を尽くします」


 憲兵は敬礼をして部屋を出る。残されたのは初老間近の医者。少し不機嫌そうな顔つきで部屋に入り、サリアを睨んでいた。その医者に対し、いつも通りの紹介を始める。


「お初にお目にかかります。コンナート子爵家が長女、サリア・コンナートと申します」


「……下級の貴族、しかも女子か。どうする気か分からんが、ワシは幾つかの中級貴族で雇われている身だ」


 警戒心を強めないように尽くしたが、医者は敵対心剥き出しで突っかかってきた。サリアよりも上級貴族を盾に使っている。

 身構える医者ににこりと笑いかけ、目の前のソファーに手のひらを向けた。


「えぇ、分かっております。私は貴方様に危害を加えるつもりはありません。もし、与えてしまった場合は中級貴族に訴えかけても構いませんわ」


「そ、そうか。なら、少しは話を聞こう」


 我が身は守られると錯覚した医者は、サリアの向かいに座った。そんなものは裏から手を回せば、どうとなることを……この医者は知らない。

 油断させるように微笑みを向け、再び頭を下げる。


「この若輩者にお教え願えませんか」


 その言葉を皮切りに、メイド達が二人の前に紅茶と菓子を出す。いつもなら受けない持て成しに、医者は満更でもない雰囲気を出した。

 正面には微笑みが絶えないサリア。その目はただ、じっと医者を見つめていた。


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