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カタリナの長い一日 後編

 姉を信じる妹の姿に、ロイドは嬉しそうに目を細めた。


「良く言った。足並みを揃えて、モルクティルク家の不正関係者とミーティア夫人を一網打尽にするぞ」


 サリアが諜報活動で得た、モルクティルク家と商会の間での不正証拠の写し。水増し請求に収支報告偽造、それに伴う脱税疑惑。もっと叩けば、まだ出てくるはずだ。

 大物取りになりそうだと、深い笑みを浮かべるロイド。対してカタリナは表情を曇らせ、懸念を零す。


「ですが、ミーティア夫人は統一王の……」


「知っているぞ。正式な手続きを踏んで、嘆願書を上に届けようとしているだろう?」


 その言葉に驚き、カタリナは勢い良く顔を上げる。すると、ロイドは得意げに笑って見せた。対してカタリナは、一枚上手を行くロイドに少しだけ悔しさをにじませた。眉間に皺を寄せながら言うのだ。


「成功するか失敗するかは問題ではなく、やったことに大きな意味があると考えています」


「はっはっはっ! その年で牽制を覚えるのは、ちと早いんじゃないか?」


「私に出来ることは、頭を働かせることですから。独自の感性と行動力で、道を切り開いてきたお姉様には敵いません」


 正式な嘆願書は様々な役職、人物が目を通すコンナート家の意思そのもの。

 しかも、嘆願書の内容が心象の悪い夫人のことだ。肩を持ってくれる家は表向き、嘆願書申請の件を良い行動だと噂を流してくれる。巻き込まれたくない家は聞き流すだけで終わるので、実害はない。


 問題は夫人に肩を持つ家だ。もし、肩を持てば腹黒い何かがあると疑われ、二次被害を受ける可能性もあるのだ。つまり、この嘆願書は表向き、夫人に協力する家への牽制、炙り出しだ。


 優秀な姉妹を見てきたロイド。憲兵組織に入隊してくれないのが、口惜しい。とても残念そうにため息を吐き、すぐに表情を引き締めた。


「明日、一芝居打つとするか。男は容疑者疑いで検挙。夫人は子息殺害未遂の疑いの主犯格として検挙するには、決定的な証拠がない。だが、ダダルク邸への介入はもぎ取るぞ」


「その間に、決定的な証拠……毒の手がかりが掴めれば夫人は子息殺害未遂の容疑者です。また、同時期にモルクティルク家と商会の不正摘発ですか。またお忙しくなりますね、叔父様」


 言葉を並べれば、山積みの課題が表面化する。それでも、解決に向けて進んだ実感は掴めた。ようやく、方針が固まったところで再びボルグに声をかける。


「ボルグ、話しは聞いていたわね。お姉様に助力してきて頂戴。終わったら、ここに連れてきて明日の相談をするわ」


「分かりました」


「お姉様の安全を最優先にお願いね」


「はい」


 寡黙な対応をし、ボルグは足早に部屋を出ていく。

 自信満々に見送ったが、だんだんと表情が優れなくなる。近くで見ていたロイドは傍に寄り、肩を叩いた。


「心配するな。アイツはあれでも、憲兵だった頃は優秀だったんだ」


「本当なら隊を率いて、ダダルク邸に乗り込みたいです」


「それは……」


 率直な考えにロイドの肝が冷える。顔色を悪くした叔父を見て、苦しげに顔を歪めた。


「分かってます、不法侵入は罪。表沙汰には絶対に出来ない。でも、それはお姉様だって同じことです」


「あぁ、そうだな。きっと、上手いこと機転を利かせてくれるさ」


 サリアがダダルク邸に侵入したことは、絶対に知られてはならない。一つの悪評で下級の新興貴族など、簡単に揺らいでしまうからだ。


 カタリナは手を胸元で組み、祈りを捧げる。


(お姉様、無事でいてください)


 ◇


 雨脚が弱まりつつある夜中。エントランスホールの片隅がぼんやり灯っている。静寂に包まれながら、カタリナはその場に一人でいた。


 外が見える窓口の席に、身を縮めて座っている。灯りは手元にあるランプと、窓から辛うじて見える鉄門に吊るされたランプのみ。薄明りに照らされる表情は陰り、悲壮感を漂わせる。


 雨が降り続ける夜は室内でも肌寒く、人肌が恋しくなった。


「お姉様……」


 想うは、無茶を重ねる姉のこと。


 やはり行かせるべきではなかった。強い後悔が押し寄せて、胸を苦しめる。姉の想いは大切にしたい、と今度は情愛があふれてきた。

 相対する感情。その葛藤に、少しずつ精神が削られていく。


 小さな雨粒一つ一つ、音が鮮明に耳に入ってきた。単調に続く雨音が、次第に小さく遠くに聞こえてくるようになる。朝から働きづめの十四歳の体だ。疲労が蓄積して、意識を削り取られていく。


(お姉様を、待っていないと……)


 どんどん重たくなる瞼。起きていないと。ぼんやりとした頭で考える。

 待たなきゃ、待たなきゃ。気持ちを置き去りにして、意識だけが遠くなっていく。


 ◇


「どうしたの、カタリナ。お勉強嫌いになっちゃった?」


 あれ。お姉様、帰って――――――


「ダメダメばっかり! もう、いや!」


 あぁ、夢か……


 ぼんやりと浮かぶ懐かしい景色。小さなお姉様と私がいた。


 あの頃は勉強や習い事が上手くいかなくて、良く拗ねて逃げ出したわ。

 自室にこもって寝台に転がっていると、いつもお姉様が来てくれたの。優しく頭を撫でて、私の機嫌が良くなるまで傍に寄り添ってくれた。


「ふふっ、そうね。気晴らしに一緒に楽しいことしましょうか」


「えっ、本当!?」


 拗ねた私を、いつも元気づけてくれたのよね。


「見てカタリナ、箱人間!」


「ぎゃあぁぁっ!! お姉ちゃんが死んじゃうぅ!!」


 ……そうそう。お姉様は昔からずれてたわ。ちょっと残念なのよね。

 で、でも! 気晴らしのおかげで厳しいお稽古も一緒に乗り越えられたわ。


 一番苦手だったのが、マナーのお稽古だった。


「姿勢が曲がってます! 足先、指先まで意識をしなさい!」


 そうそう。立ち姿、歩き姿のお稽古で良く先生に怒られたわ。凄く厳しくて、毎回半泣きになりながら指導を受けていた。でも、一緒に受けていたお姉様が励ましてくれたのよ。


「カタリナ、私を見て。ちなみにこれは悪い例よ」


「ぎゃあぁぁっ!! お姉ちゃんが折れちゃったぁ!!」


「っんまあぁぁぁっ!! サリアお嬢様、いい加減にしてくださいませ!!」


 ……なんでも出来る凄く素敵なお姉様! って褒めたのが悪かったのかしら。あれね。お父様やお母様も寛容だったのが、いけなかったのね。


 厳しいお稽古よりも、もっと嫌なことがあったわ。交流会という名の、酷い差別会。


「お前、庶民なんだろ。父上と母上が言っていたぞ! 帰れ!」


「庶民はここに来ちゃいけないのよ!」


 庶民の血筋が混じった新興貴族だから、と小さい頃から責められていた。頻繁にある訳じゃなかったけど、たった一度体験してしまうと萎縮してしまうのよ。だから、外出が嫌で嫌で仕方なかった。


 でも、お姉様がいつも助けてくれたわ。


「皆様、少々宜しいでしょうか?」


「「「ぎゃあぁぁっ!!」」」


 振り向いたら、ヤツがいた。一番酷いヤツを披露していたわ。

 新興貴族だから、波風立てない方法が一番賢いと思うわ。身を削るやり方はお姉様にしか出来ない。そう、特別な方法。


 まあ、でも本音は……もうちょっと格好良く助けて欲しかった。


 少し頼りなくて、ちょっとずれているけど……誰かのためを思って躊躇なく行動する姿は憧れていた。自分を後回しにして、周りを優先させていたわ。

 そんな優しいお姉様が大好き。


 だから、初めて周りの意思よりも優先した恋を、私は応援したかった。


 あれは、久しぶりに二人で一緒に寝ようとお姉様がお願いしてきた時。


「私ね……好きな人が出来たの」


 何度も夢の中で出てきた光景。嬉しそうに頬を染めて、はにかむように微笑んだ。いつもとは違う。初めて見た表情は、心からの喜びにあふれていた。

 恋を自覚してから、別人のように生き生きと日々を過ごしたわ。


 ……応援したかったの。夢を見ることを止めたお姉様が、見た夢。

 でも、ただ見ているだけは辛かった。


 ◇


 優しい微睡(まどろ)みが溶けて消えていく。じわりと戻ってくる感覚は、肌寒さと微かに聞こえる雨音。


(寝てしまったわ……)


 壁に寄りかかった上半身を前に倒し、カウンター上でうつ伏せになる。顔を上げ、窓の外を見た。小雨になっただけで、誰かが来た様子はない。

 深く息を吸い、盛大に吐く。その時、視界の端で何かが動いた気がした。


「ん?」


 素早くて見えなかった。思わず身を乗り出し、目を凝らして見る。

 人影だ。大小の影が、いつの間にか敷地内に入っている。寄り添いながら、憲兵本部の玄関に向かって来ていた。


 ガタッとイスを揺らし、立ち上がる。確認もせずにランプを強引に引っ張った。淑女の作法など投げ捨て、勢い余って玄関の扉に体当たり。狂う手元で丸棒かんぬきをずらし、肩で扉を押し開ける。


「お姉様っ!?」


 堪らず声を張り上げ、床を蹴って進んだ。全身が雨で濡れる。一歩踏み出す足元は、弾け飛ぶ水溜まりで汚れた。ランプをかざしても、まだ見えない。


 はっはっはっ。

 短い距離でも途切れる息。

 お願い、お願い……早く声を聴かせて。

 届かぬ懇願を心の中で叫ぶ。


「カタリナ?」


「お姉様!!」


 ランプを投げ捨て、小さな影に飛びついた。覆っている厚いコートごと、サリアに抱きつく。コートに染みた水分が、じわっと乾いた衣服に染み込む。それでも、抱きしめる腕の力は緩めない。


「もう、本当にっ……もう!!」


 言いたいこと沢山あった。今度という今度は! と、厳しく言おうとしたのに。

 どうして、こんなに――――――


「無事で、良かった……本当に」


 あふれ出す喜びが目尻を濡らし、喜びが膨らんで弾けそう。本当に長く、苦しい一日が終わった。


「カタリナ……ただいま、戻りました」


 ゆっくりと回される、細い腕。添えている腕は徐々に力がこもる。そして、耳の中を優しく撫でる声色(こわいろ)


「ありがとう、カタリナ」


 暗闇に包まれながら、お互いの存在を確かめた。

 止まない雨。抱擁は膨らんだ気持ちが落ち着くまで続いた。


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