表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/50

カタリナの長い一日 前編

 今にも降り出しそうな空模様の下。薄暗い貴族街の道を進む馬が二頭。飛ぶように駆ける。騎乗している者たちは姿勢を低くし、手綱を強く握りしめるだけ。鞭は打たずに、馬に気持ちを託すかのようだ。


 人通りの少ない道は、その者たちの独壇場。お互いを急かし、急かされながら自由な道を行く。

 そして、ある建物を前にすると一直線に突進した。


「そ! そこの者たち! 止まれ、止まれぇぇっ!!」


 正面の鉄門に憲兵が一人。帯剣に手を伸ばし、怯えながらも叫んだ。目と鼻の先まで迫る二頭。

 憲兵が耐え切れず、目を閉じた。


 馬は憲兵に突撃しない。鉄門の前で大きく旋回して距離を稼ぎ、徐々に速度を落とす。憲兵が恐る恐る顔を上げると、既に並んで止まっている馬が二頭、目の前にいた。

 内一頭から、少女が飛び降りた。


「ごめんなさい。驚かせてしまって」


 淡い亜麻色のおさげを、藍色リボンで結んだカタリナだ。黒色の上着にブーツ、白色のシャツに茶色のパンツを履いた乗馬姿だ。


「カ、カタリナ様でしたか。驚かせないでくださいよ」


 見知った相手を見て、胸を撫で下ろした憲兵。柄から手を離し、右手を上げて敬礼した。


「ようこそ、モリス憲兵本部へ。受付へご案内します」


 そして、重々しく巨大な鉄門がゆっくりと開いていく。

 貴族街に囲まれた中心部には、国営機関の本部が建ち並ぶ。その中にモリス憲兵本部はある。


 赤茶色と象牙色のコントラストが映える、レンガ作りの外壁。その中にある、四階建ての白亜館が本部だ。門や館の頂上には黒、白、赤、青、緑の五色が均一に並んだ、憲兵の象徴と言える旗が風になびく。

 館前に広がる庭や木々の景観は美しく。門から館へと続く歩道は白亜で塗り固められ、歩く者はここが憲兵本部だと忘れてしまいそうになる。


 カタリナはボルグを引き連れ、白亜の道を先導される。館の前まで来ると、扉の横にある受付窓から慌てた女性の声が聞こえた。


「カタリナ様!? 今は不味いですよー!」


「何かあったの?」


 窓を全開し、身を乗り出して手の平を突き出す受付嬢。異様な態度に怪訝な顔を浮かべると――――――


「お噂のミーティア夫人が居座っちゃってるんですよー!」


「な、なんですってぇっ!!」


 顔は驚愕に染まり、声を上げた。


 ◇


「ほらほら、あの応接間にロイド様を呼びつけているんです。本当にお噂通りの高慢な方ですよね! 受付嬢として、感情は表情に出しませんでしたけど!」


「あ、ありがと……」


 プンプンと怒っている受付嬢は、カタリナを一階の奥まで連れてきた。来客の情報を洩らしたことに呆れ顔を浮かべるが、助かっているのは事実。両者が信頼関係で強く結ばれているおかげだ。


 コンナート家は監理官として取り締まり義務があるため、憲兵組織と密接に関わる。憲兵職員と何度も関わり合いになっており、両者共に良好な関係を築いていた。

 難しい顔を浮かべたカタリナが、本題を聞き出す。


「お祖父様、ゲルハルト副監督官はどちらに?」


「あっ! 本日は王宮へ、月一度の報告会に出向いています。お帰りは夕方を過ぎると思いますよ」


「そう。叔父様を待つしかありませんね」


 重々しいため息を吐き、肩を落とす。受付嬢は慰めるように背中に手を置き、別の応接室へカタリナを誘導する。


「カタリナ様、並びにサリア様にはいつもご足労いただき、感謝しております。おかげで迅速な検挙、捜査の精度には外部よりお褒めの言葉を頂いておりますよ」


 監理官が不正を見つけ、憲兵が捕まえて調べ、司法が裁く。この形がここ十数年で確立されていた。専門知識がある者の目利き、商会などに直接関わっている者に頼った方法は成果を上げている。


 だが、今回は違う。悠長にしている時間が惜しい。気持ちが焦り始めるカタリナに、受付嬢は気を逸らそうと違う話を始める。


「サリア様は素晴らしい感性をお持ちでしたが、カタリナ様は誰にも劣らぬ知性で的確に立案、判断していますよ。自信を持ってください!」


「……ありがとう」


 突然の誉め言葉に、気恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「ところで貴女、受付は大丈夫なの?」


「新人君を座らせましたから、大丈夫です。私はお得意様、カタリナ様の大事なお世話係に抜擢されました」


 ふふっ、と笑って自信げに胸を叩く受付嬢。


(……体よく、外されたんじゃ)


 あんなに騒いでいたのなら仕方がない。そう思いながら、カタリナは受付嬢に付き添った。


 ◇


 昼を過ぎてもロイドは来なかった。ランチを受付嬢と一緒に取り、その後一人になっても、誰もこない。

 とうとう降り出した雨。次第に雨脚は強まり、音が部屋の中まで響いてうるさい。赤褐色の振り子時計が一定のリズムを刻む音が混ざり合う部屋で、カタリナはひたすら待った。


 そして、三つの鐘の音が鳴り響いた後。廊下から足早に近づく音が聞こえる。


 コンコン


「はい」


 カタリナが短い返事をすると、数秒後に扉が開く。現れたのは、待ち人のロイド。


「すまない、カタリナ。待たせたな」


 亜麻色のオールバックに、目尻の皺と口髭。白のワイシャツに赤いスカーフを巻き、白色のスラックスを履いている。片手に銀色のトレイを持ちながら、部屋に入ってきた。

 カタリナは立ち上がって淑女の礼を取る。


「お忙しいところ時間を取って頂きありがとうございます、ロイド隊長」


「よせ、今はランチ中だ。楽にしたい」


 疲れた様子でため息を吐いた。対面のソファーに深く腰かけ、サイドテーブルにトレイを置く。赤いスカーフを乱暴に取り、ナプキンを首筋に結ぶ。


「マナーはなっていないが、許せ。まずはカタリナの話を聞こう」


 ボトルワインに口をつけて、喉を鳴らし飲み込む。それから、山ほど盛られた多種多様のサンドイッチを貪る。

 叔父の体を心配しつつ、カタリナはサリアのことを話し始めた。


 ◇


「これがお姉様が残した絶縁状です」


 そっとテーブルに封筒を差し出し、カタリナの話しは終わった。ロイドも最後のサンドイッチを食べ終わり、残りのワインを豪快に飲み干した。

 それから、少し考えるように腕組をしたロイド。心決めた、と一つ頷く。


「ふむ。絶縁した暁には、是非とも我が第一憲兵隊の諜報員として採用しよう」


「そういうことではありません!」


 また始まった、と思って叫ぶ。対してロイドは自分のペースを崩さない。サンドイッチのカスをナプキンで拭き、眉を下げて呟く。


「……だが、どちらかが憲兵隊に入ってくれる、と昔から約束したではないか」


「ロイド様や伯爵様の子息がいますでしょ!?」


「約束は、約束だ」


 譲りたくない、と首を横に振る。


 ラインハーツの血筋はこだわりの強い人物が多い。サリアは恋愛、ロイドは約束。

 話しが進まず不機嫌になるカタリナは、ぷくっと頬を膨らませる。


「……して、話は聞いた。どうやら、ミーティア夫人は良からぬことを考えているようだ」


 気を取り直したロイドは話し始める。

 役職柄、憲兵組織の情報漏洩には厳しい。だが、こうして話してくれるということは、憲兵組織と監理官が協力して取り組むべきと考えた結果だ。


 叔父は協力してくれる。懸念していた憂いがなくなると、話が進む。


「銃が盗まれたらしい。明日の朝に依頼捜査を希望されたよ」


「……そ、それは!」


「筋書きがあるらしいな」


 夫人の嘘、殺害予定の翌日への依頼。あきらかに、何かを狙った動きだ。ロイドは顎に手を当て、予測を立てる。


「今夜、男がエリオット君を殺害。翌日に銃の依頼捜査を装い、我々を殺人現場へと連れだそうとする算段だろう」


「と、なると……男がいずれ邪魔になりますね。お姉様の話だと、横領の罪があるとか」


「その男に全てを着せるつもりだろう。銃の窃盗は偽装で、本命はエリオット君の殺害」


 状況は全てミーティア夫人の都合が良いように展開している。 と、なれば。不都合がある男をミーティア夫人は生かすのか。という、疑問が生まれた。


 神妙な顔つきのまま、ポツリとカタリナは言葉を零す。


「確実に消されますね」


「あぁ。消されたら証言がなくなる」


「ボルグ、分かっているわね。()()()()、お姉様の命が最優先よ」


 部屋の隅に座っていたボルグに、鋭い視線を突き刺さす。ボルグは戸惑いもせず、大きく頷いて見せた。

 大体の予測を立て終わると、ロイドは違う議題を出す。


「さて、我々に出来ることは明日のことだが。カタリナだったらどう考える?」


「そうですね、お姉様がエリオット様を守り、男を捕まえた場合で考えましょう」


 笑みを浮かべ、自信満々に言い切った。すると、ロイドが呆れたように笑う。


「信頼しすぎだ。と、言いたいところだが……サリアだったら無事乗り越えてくれるだろう」


「勿論です。私のお姉様なのですから」


 危なっかしいところがあるサリア。でも、信頼は厚かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ