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初恋拗らせ、早8年。婚約適齢期を過ぎたけど、今日も前向き元気です

「あ~~っ、どうしましょう! 先週はコレだったし、先々週はコッチだったし!」


 一室に色めき立つ声が響いた。緩めに編んだ一本の三つ編み。淡い亜麻色のそれが、か細い背中で揺れ動く。それと同じく、両手にもったワンピースも悩ましげに揺れていた。

 薄茶の目は二つのワンピースを品定めするように、世話しなく動く。


「サリアお嬢様」


 嬉しそうに悩んでいたサリアに一歩近づく、一人の侍女。深い紺青色の髪を後頭部でまとめ、髪色よりも暗い瞳は少し視線を外している。視線の先は、一着のワンピースをとらえている。裾に白く薄いレースがついた藤色のワンピースだ。


「こちらをお召しなられては、いかがでしょうか?」


「はぁ。週に一度お会いして下さるというのに、また同じ周期で着回すなんて。エリオット様に呆れられてしまうわ」


「…………それはないでしょう」


 サリアは儚げに頬に手を当て、大げさにため息を吐く。リースは何か言いたげな視線を宙に投げ捨てて、言葉を絞り出した。

 しばらくの間、二人の間に沈黙が続いた後、「うん」と力の入った声を出したサリア。藤色のワンピースをリースに向けて差し出した。


「時間もないことですし。リース、お願いできるかしら?」


「かしこまりました」



 藤色のワンピースで身を包み、その上に薄い灰色のショールを羽織る。表一面は草花模様がレースで表現され、裏一面は肌触りの良い絹の生地でできている。

 そのショールを肩から落ちないように掴みながら、廊下を進む。侍女リースが先導した先には、両扉の一室。リースがサリアに代わり、扉を叩いて声をかける。


「カタリナお嬢様、サリアお嬢様がおいでになられました」


 中から話し声が聞こえる。声が止むと、こちらに近づく足音が聞こえてカチャッと片方の扉が開いた。


「お待たせいたしました。カタリナお嬢様がお待ちでございます」


 室内にいた侍女が頭を下げ、中へと誘う(いざなう)。サリアは感謝を微笑みで返し、スタスタと入って行った。


 正面には壁を半分程覆うガラス窓。その手前には大きな茶色の机があり、一人の少女が座っている。サリアと同じ髪色、目色。可愛らしいおさげには藍色のリボンが結ばれている。

 妹のカタリナ。ペンを片手に持ったまま顔を上げた。


「お姉様、お出迎えできず申し訳ございません」


「いいえ、構わなくて宜しいのです。私こそ、忙しい時に訪ねてしまってごめんなさいね」


 申し訳なさそうに視線を下げた。が、すぐに机の上に視線を向ける。そこには数冊のお見合い写真が積まれ、手元には記入途中であった便せんがある。思った以上に忙しそうだ。


 コンナート子爵家には跡取り息子はいない。二人きりの姉妹だけで、どちらかが他家から婿を迎えることが決まっている。本来であれば、長女であるサリアが未来の子爵夫人になるべきだ。だが、初恋を拗らせたせいで四歳違いの妹が跡を継ぐことになった。


 カタリナに重荷を背負わせてしまい、申し訳なさそうなサリア。だが、今日の約束を思い出しすぐに表情が緩む。

 それをカタリナは見逃さず、ジロリと睨む。


「……心苦しいっていう表情してませんよね」


「ご、ごめんなさい。そんなつもりはないのよ、本当よ!」


 しまった! と、少しの罪悪感があるサリアは慌てだした。


「だだ、大丈夫よ。カタリナにもいつか運命の人が……」


「運命の人が写真を送ってきて、婚約しましょうって来たらどれだけ楽でしょうか、ね? 世間でそれがまかり通っていたなら、こんなに送られてこないと思います」


 妹、強い。山になった写真を叩き、量の多さを主張した。


 肝心な姉はぐぬぬぅ、と悔しげに胸の前で手を握る。次期コンナート子爵夫人として、着実に上手くなる口撃。それがサリアに残る姉としての威厳を刺激する。

 姉として、ちょっと良いところを見せよう。無い胸を張り、腰に手を当てて高らかに語る。


「でもでも、ほらほら! こんなにモテモテになったのも、自分で相手を選べることも……全て! そう全て! 恋をしたお姉様である、私のお陰でもあるのよ!」


「カタリナお嬢様、追加の紅茶を淹れさせて頂きます」


 スッと二人の間に侍女が現れた。そろそろ一休憩を挟みたかったカタリナは喜んで頷く。


「そう……そうなのよ! カタリナ、貴女は結婚相手に悩まされなくていいのよ!」


「どなたかお気になられた殿方はいらっしゃいましたか?」


「まぁ、実際会ってもいないから何とも言えないのだけれど。エスカレー男爵家の次男から四男まで紹介されたのは驚いたわ」


 次期子爵夫人の下には、跡目を継がない令息達を推す書状がいくつも届けられた。純粋にカタリナに興味がある者。エスカレー男爵家の数打ち芸などのあからさまに政略的な者まで。

 選別するだけでも苦労は絶えない。


「カタリナのお相手のことで、お父様やお母様も心を痛める日々は無くなったことでしょう。あぁ、私はいつの間にか家族を救っていたのですね!」


「まぁ! 餌を撒けば一人は食いつくだろう、という下らない魂胆が見え透いております」


「一応無碍にはできないから、しっかりお返事を返さないといけないのよね……三通も」


 ここで対応を間違えれば、例え格下の男爵家だとしても揚げ足取りをしてくる。それから醜聞として広め、弁明させて子息をねじ込むこともできよう。

 まったく七難しい相手だ、と父母も苦慮していた。それを思い出したカタリナの表情に、呆れがまざまざと浮かぶ。


「それは全て……私に心を決めた殿方がいるお陰なのです! 本当に泣く泣く、泣く泣くではありますが……カタリナに譲って」


「それでお姉様。心に決めた殿方は射止めたのでしょうか?」


 熱弁するサリアを余所に、カタリナは湯気の立つ紅茶に一息かけて何気なく言い放った。

 ピシリ、と時が止まったように動かなくなったサリア。しかし、すぐに我に返った。両手で顔を覆い、力なくその場に座り込む。途端に「うおぉぉおおぉ」という、地獄の底から吐き出た嘆きを部屋に響かせた。


 カタリナは一口紅茶を飲むと、ソーサーに無音でカップを置く。それから肘を机の上につき、ゆっくりと指を絡ませ、その上に顎を載せる。目を細め、口角を上げて微笑んだ。


「未だに返事を貰えずにいて、貴族の義務に縛られることもなく、好きな殿方を追えることは普通はできませんよね? 心からお父様とお母様に感謝しないといけませんね、お姉様が」


「あ、ありがとうございますっ……ありがとうございます! お父様、お母様の子供に生まれて……本当に! 心の底から! 神に感謝を捧げたいです!」


「えっ?」


「妹様に感謝を捧げたいです!」


 床の上から天井に向かって、涙ながらに感謝の祈りを捧げたサリア。だったが、カタリナの威圧に真に感謝をするべき人物に心からの感謝を捧げ直した。

 しかし、カタリナの小言は終わってはいない。


「そして、その義務を妹に放り投げられる……と」


「あぁ、お父様! お母様! 妹を授かって下さって、本当にありが」


「はぁ?」


 再び威圧感たっぷりの低い声がサリアに向けられた。すくっと真顔でサリアは立ち上がり、腰を90度に折った。


「妹様、この度は次期子爵家の跡目に関して多大なるご迷惑をおかけしたことを謝罪すると共に、子爵家の発展と繁栄に大いに尽力して下さり、その努力と誠意に深く感謝致します」


 サリアにとっての絶対王者、妹カタリナ。今まで迷惑をかけたことはあれど、かけられたことが無い。姉よりも秀逸(しゅういつ)を極めている。それに呑気に胡坐をかいているサリアは()()()()()()()()のだ。

 そんな姉の姿を見て、カタリナは小さなため息を吐いて姿勢を正す。


「顔を上げて下さい、お姉様」


「……カタリナァ」


 恐る恐る、涙目の顔を上げるサリア。


「まぁ、お姉様の恋のお陰で私は希望に沿った相手を見繕う事ができます。そのことに関しては、感謝をしているのです」


「カ、カタリナ……」


 感激して胸の前で手を組むサリア。


「昔王家より降嫁を受けたことのあるダダルク伯爵家と縁を結ぶことができれば、我がコンナート子爵家の地盤はさらに強固になるでしょう」


「カタリナ!」


 両膝を絨毯に下ろし、カタリナを女神のようだと仰ぎ見るサリア。


「だから、ではないのですが。お姉様にはエリオット様と結ばれて欲しいと、思っているんですよ……」


「カーーターーリーーナーーーッ!」


 結ばれた時を妄想し、恥ずかしくて顔を両手で覆った。体を異常なまでに逸らす。ドン、と音を鳴らし頭頂部を絨毯に押しつけるサリア。


 厳しいことを言いつつも、姉の幸せを心から願っている。少し恥ずかしげに顔を背けて眉を寄せると、少し言い辛そうに呟いていく。


「……思っているんですけど、少し……寂し」


「任せて下さい! 今日こそはビシッとバシッと決めて参ります! それでは、失礼しますね! ―――――エリオット様ぁぁ!!」


「…………」


 カタリナの思いなどいざ知らず。パァッと満面の笑みを浮かべたサリア。叫びながらドタバタと部屋を出て行ってしまった。

 一方、言葉を途中で遮られたカタリナ。そのままの状態で固まって、一切動かない。そこに、侍女のキュリーがカタリナの視線の端に現れる。生暖かい視線を向けて、微笑を浮かべたまま小さく頷いた。


「伝えたい言葉は先に述べた方が宜しいと、愚考いたします」


「……う、うるさいわねっ! そ、そんなことより、お姉様を一人で行かせないでよ!」


「先駆けでリースが従者の手配を行っておりましたので、ご心配には及びません」


「そ、そう……なのね! なら、私から言うことは何もないわ! ……さっさと用事終わらせて、休むわ!」


「かしこまりました」


 一人で慌てながらも、無理やり自己完結。気を取り直し、目下の憎たらしい手紙に意識を向けた。

 静寂の中でペンを走らせる音がカタリナの部屋に広がる。先ほどの嵐が嘘のようだが、本当だ。遠くから叫ぶサリアの声がここまで届いているのだから。


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