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コンナート家とラインハーツ家

 毒の手がかりを求め、サリアはボルグを連れて潜入を続けた。昼は軟体技を使い人目を(あざむ)き、夜は狭い煙突からの潜入。回数を追うごとに、サリアの技術は研ぎ澄まされていった。


 だが、肝心の毒の手がかりは一切出てこない。裏帳簿を作っている取引先は数少なく、あったとしても内容が陳腐(ちんぷ)なものばかり。ミーティア夫人と内密な取引をしている形跡がなかったのだ。


 一応、裏帳簿があったところは内容を書き写し、(しか)るべき時に捜査依頼をするつもりである。その辺りはサリアとて、監理官であるコンナート家の自覚はあったようだ。


「ですが、令嬢が潜入などいたしませんからねお姉様」


「ご、ごめんなさいね……」


 一通り取引先を潜入し終えたサリアはカタリナに会いに来て、説教を受けていた。


 夕食も食べ終わり、自室で日中の疲れを癒している時にサリアが訪れた。二人ともラフな室内着のワンピースを着て、温かい紅茶を片手に一息。

 日常の義務をこなしながらの潜入捜査。少し疲れた表情をした姉の姿を見て、カタリナは不機嫌さを隠さない。


「もう! お姉様の身に何かあったら、どうされるつもりでしたの? 令嬢が潜入などせずとも、他にやりようはあるでしょうに! しかも、あのボルグとかいうおっさんと二人だけでって……お姉様が襲われでもしたら!」


「ご心配、おかけしましたわ……」


 腕を組んで説教をするカタリナに、サリアは何も言えなくなった。確かにその通りだと、今更ながら思ってしまったのだ。

 反省するように、沈んだ表情を浮かべる。しかし、今回ばかりは(ほだ)されない。


「それで、お姉様。どんなことをして潜入したんです?」


「えっと、動きやすい服装をして。煙突から入ったり、荷物に紛れて潜入したり、ですね」


「……見つかりそうになったら、どうされたのです?」


 話の内容からして、可笑しい。とりあえず、気にしないそぶりをしながら冷静さを保ち、尋ねた。


「えっと、家具になりすましたり、シーツを被って箱になったり、棚とか隙間に入って隠れたり」


「……そ、そうですか」


「あ、実践してみましょうか?」


「いえ、結構です」


 目の前で、姉の軟体技を見たくない。しゅん、とサリアが落ち込む。何だか複雑な思いになったが、気を取り直し話を続ける。


「裏帳簿さえ見つかれば、毒取引の証拠を手に入れられると思ったのですが。ミーティア夫人もその辺りは用意周到らしいですね。内密な頼みごと、しかも定期的と過程すると金銭のやり取りも膨大になります。それを管理しない販売者は、いないはずです」


 貴族の内密な頼みごと。危険を犯してまで手に入れた金。どれだけの収入があった、と管理をしない人は居るだろうか。必ず裏帳簿を作り管理しているはずだ。

 しかし、結果は空振り。探し場所が悪かったのか、と二人は頭を捻る。


「なら、正規の帳簿改竄(かいざん)の線はどうかしら?」


「改竄としても、どこをどう変えたのか……記した何かがあるはずです」


「裏帳簿を探すだけではなくて、手帳やメモも探して調べればいいのね!」


「人が肌身離さず持ち歩いているものを、奪うのは危険ですよ」


 再びやる気を出したサリアに、すかさず釘を指す。すると、プクッと頬を膨らませる。ご立腹の様子だ。


「このまま時間がかかってしまったら。いつ、エリオット様のお命が奪われるか分かりません! やはり、私がエリオット様の寝台の下に潜んでっ!」


「それはお止めください、お姉様」


 椅子から立ち上がり、今からでも潜入しそうな勢いだ。慌ててカタリナが再び釘を刺し、落ち着かせるよう話しかける。


「地道に証拠を探すしかありません。一応、何かあった時のために手は打ってあります。憲兵を派遣して貰えるように、ラインハーツ伯爵家には伝えてあります」


「お祖父様と叔父様ですね。後で感謝の手紙と、()()()()()()()()をまとめて贈っておきます」


 姉妹の祖父は、準軍事組織であるモリス憲兵組織の副監督官。貴族地区担当の第一憲兵隊には叔父が隊長職についてる。


 ラインハーツ伯爵家は大戦時から、憲兵組織に縁深い貴族。国を内側から守ってきた家。外側から守ってきたフランシュペルズ公爵家。いがみ合うことなく、お互いを認め合い、縁を繋いだのが大叔母である。


 コンナート家はラインハーツ家と縁続きになったが故、フランシュペルズ公爵家の意図により監理官に仕立て上げられた。公爵家の深い考えで二家は協力体制を築き、お互い持ちつ持たれつな関係だ。

 今回の私利私欲のために潜入捜査をしたが、不正の疑いがある。監理官の家として、見過ごせないだろう。


 それに、何やら黒い噂もあるようだ。カタリナが話し始める。


「叔母様が教えてくださったのですが。ミーティア夫人……数年から周りのお友達に、かなり厳しく当たり散らし始めたそうです」


「ええ、それは聞き及んでいます。私の情報網だと、昔の恋人を追っているだとか、夜遊びが多くなったとか。まあ、録でもない話ばかり届いていて、腸が煮えくり返る思いです」


 カタリナは知らない情報に、驚いた表情を浮かべる。知ってはいたが、サリアが独自に繋がっている貴族は少なくはない。手に入れられる情報も、多種多様だ。


「……お姉様の情報網も優秀ですわよね」


「ええ、それは勿論です。いずれ、ダダルク家に嫁ぐ身の上です。今からでも、自分だけの交遊関係を広めなくてはなりませんからね」


「正直、お祖父様にお姉様が捕まる日がこないことを祈ります」


 尊敬した後、落とされるのはいつものことだ。満面の笑みで言われても、言葉は恋愛脳に染まったものだ。ついつい、脱力してしまう。

 そしてまた、いつものように突っ走る。


(そうよ! 直接夫人の周りを調べればいいんだわ!)


 サリアは新たな目標を掲げた。その横で……


(まーた、悪いこと考えている顔だわ)


 それに気づかない訳がない、姉思いの妹だった。


 ◇


 大きなガラス窓から差し込む朝日。広い部屋を明るく照らして、清々しい気持ちにさせてくれる。はずだが、部屋にいる人たちは一人を除いて表情は曇っていた。


 部屋の中央、一人の男の子が立っている。白いシャツに黒いベスト、黒いズボン。金の長髪を、黒い紐で結んで後ろに流す。無表情で翠色の目には、覇気がない。

 その周りを、ゆっくりと歩く女性がいる。黒いロングドレスを揺らす、ミーティア夫人だ。歩きながらヨハンにずっと視線を向け、ようやく話しかける。


「昨日の試験の件、聞きましてよ。半分も間違っていたらしいですわね」


「はい、母上」


 厳しい視線がヨハンに注がれる。そして、夫人は手に持っていた細長い指示棒を振りかぶり、ヨハンの後頭部を叩く。その瞬間、周りにいた侍女やメイドは声を出さないように、必死に唇を噛み締めた。

 夫人の表情は毅然(きぜん)として厳しい。


「貴方は本当に出来損ないですね。所詮、不正の恩恵で貴族が続けられる程度の血筋。ダダルク家の腐った血筋よ」


 冷たい視線。容赦ない言葉。指示棒が何度も、何度もヨハンの体を叩いた。

 微動だにしないヨハン。跡が残るほどの、強い痛みではない。それなのに、見ている者たちの心を抉る。


「野蛮な西の王家の血も入った、忌まわしい子。血も優れない、頭も優れない……貴方には何が残るんですか?」


「はい、母上です」


「そう貴方には、この母上しか誇れるものがないのです。その母上の思いを、貴方は裏切ったのですよ?」


「申し訳ありません、母上」


 ヨハンが謝罪を言葉にすると、その頬に指示棒が突き刺さる。夫人は無表情だというのに、その手は怒りで震えていた。指示棒が大きく変形するほど、強く押しつける。


「分かっていますね。寝る時間を削っても、その空っぽな頭に知識を植えつけるのですよ」


「はい、母上」


 そう言って指示棒を離すと、頬には赤い跡がついていた。ヨハンは抑揚のない口調で言葉を返し、その部屋を出ていく。後にはメイドが続いていく。


 部屋には夫人と侍女の二人だけになった。侍女は何も言わず部屋の隅に立ち、夫人は空気のように扱っている。

 ソファーに腰を下ろし、窓から見えるバルコニーに視線を向けた。色とりどりの花がプランターの中で咲き乱れ、見た者の心を和ませる――――――はずだった。


「ねぇ」


「はい、奥様」


 バルコニーを指差し、微笑を浮かべた夫人。


「バルコニーにある花、全部捨てておいて。目障りよ」


「……はい、そのようにいたします」


「じゃ、片付くまでいつもの部屋にいるわ。あ、ルーベルトを呼んできてね」


 嬉しそうな口調で言葉を吐き捨てた。頭を下げる侍女を捨て置き、一人で部屋を出て行く。

 ダダルク家で今、夫人に反論できる者はいない。


 ◇


 昼間だというのに、少し狭い部屋は薄暗い。日当たりが悪いせいもあるが、一番の原因は窓。黒いレースカーテンが、大きな窓を覆っている。ここだけ世界が違うようだ。


 部屋には夫人が一人。ソファーに寝そべりながら、煙管(きせる)を吹かしていた。刻み煙草の煙が充満し、薄暗い部屋は更に視界や空気が悪くなる。

 プカプカ、と口から吐き出される煙を見つめ続けていた時。


「……うわっ! げほっ、ごほっ!」


 ノックもせずに扉を開け、ルーベルトが入ってきた。だが、充満している煙が多いのか、強く咳き込む。


「くそっ、昼間から吹かしすぎなんだよ!」


「貴方が来るのが遅いせいよ」


「料理長がランチをサボれるわけねぇーだろ!」


 ルーベルトの片手には、栓の開けられたワインが2本。もう片方には、つまみがのった大皿。それをソファーの前にあるテーブルに置き、自身は向かいに腰を下ろした。

 疲れた様子で背もたれに寄りかかり、深く息を吐く。夫人も体を起こし、待ちきれないとばかりに尋ねる。


「今日は入れてくれた?」


「あ? ああ、入れたぜ。まーた、吐き出されると不愉快だがな」


「ふふ、そうね。メイドも大変ね」


 愉快だと口角を上げた。それだけ聞いて、上機嫌になる夫人。


 煙管を置いて、ワインを鷲掴みにする。そのまま口に含み、喉を鳴らしながら飲む込む。

 酷い姿を見て、ルーベルトは呆けてしまう。すぐに可笑しそうに笑い、自身も同じようにワインをあおるように飲む。そうして、昼間の小宴会が始まった。


 ◇


 ワインとつまみを堪能した二人。夫人は再び煙管に手を伸ばした。ルーベルトはテーブルに置いてあったシュガーケースから、葉巻を取り出す。


「よく、そんなめんどくせぇの吸えるな」


「慣れると、楽しめるわよ」


 一度に使用する葉が少ない煙管は、葉巻に比べ長持ちしない。何度か吸うと、逆さまにして灰を落とし、再び刻み煙草を丸めて詰めた。テーブルにある蝋燭の火で、適当に火をつける。それからソファーに寝そべりながら、すすって吐く。


「そういえば、ちょっと私の家が騒がしくなったのよ」


「不正でも見つかったのかよ」


「そんなヘマしないはずだけど。でもね、ダダルク家の契約店全てに、不審者が出入りしていたらしいの」


 サリアが潜入した跡は残ってしまっていた。残した跡と書類を荒らされた形跡から、家主に気づかれてしまう。でも、それだけだ。殆どの物は取られていないのだ。


 傘下商会の出来事は直ぐに、モルクティルク伯爵家に知らされた。勿論、契約先である夫人にも報告は来る。

 ルーベルトはその話に身を乗り出し、神妙な面持ちで口を開く。


「……憲兵が密かに探っていたわけじゃねーんだな?」


「手口が何通りかあるの。だけど、荒らされたのはどれも似たような場所。重要書類が保管されているところよ」


 夫人の言葉で場の緊張が高まった。ルーベルトはあからさまに驚いた顔をして、緊張からか喉を鳴らす。


「ますます、憲兵が怪しいじゃねーか!」


「ふふ、そしてね……最近はコンナートの小娘が大人しいのよ」


「な、なんだよいきなり。小娘がどう……ラインハーツ伯爵家の差し金か?」


 貴族の間で恐れられている、コンナート家とラインハーツ家の協調。コンナート家傘下の商会と契約を結んだせいで、不正がばれてしまうことが度々あった。ただの新興貴族の監理官だと思ったら、とんだ食わせものだ。


 察知されたと思い不正の証拠を隠そうとすれば、その前に憲兵が派遣されてしまう。恐るべきはコンナート家の鼻。不正を見破るのが、的確であるということ。

 不安そうなルーベルトの言葉を受け、夫人は鼻で笑うだけだ。


「さあ? でも、きっかけはあの気持ちの悪い小娘よ。何かの証拠でも、探しているのかしらね」


「だったら、危ねぇじゃねーか! アレはしばらく使わない方が!」


「大丈夫よ。絶対に見つからないし、気づかないわ。そんなことより、いい話があるのよ」


 焦るルーベルトに対し、夫人は酷く落ち着いていた。それどころか、他に重要なことがあるとさえいうのだ。

 怪訝な表情を浮かべるルーベルト。


「なんだよ、それって……」


「実は私の実家で、仕事に失敗した男がいてね。その処分に、あの出来損ないを使おうと思っているのよ」


「ん? どういうことだ?」


「ふふっ、それはね」


 妖艶な微笑みを浮かべた夫人。右手の親指と人差し指を伸ばし、残りの指を折りたたむ。人差し指をルーベルトに向けた。


「ばんっ」


「……なんだそりゃ」


「エリオットを殺させて、あとは……ね?」


「……そりゃいい。俺の仕事も楽になるぜ」


 ニタリ、と煙の向こう側で男は笑う。


「ようやく、この喪服も役立つ時がきたわ」


 女は恍惚な表情を浮かべ、煙管をすすった。


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