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黒は女を強く美しくする武器

 訳が分からないグレイ。視線を残りの三人に向けると、誰も視線を合わせてくれない。


(……きっと僕が悪いんだ。よし、もう一度しっかり見るぞ!)


 目頭を揉んで、今度はしっかりとレザースーツを見ることにした。


 鈍く黒光りする高級そうなレザーを使った、普通ではないスーツ。全身を包み込むように作られ、それは人の形をしていた。真ん中には銀色のチャックが伸び、首筋から股の近くまで縫いつけられている。そして、その手足。まるでグローブやブーツが直接つけられている造形をしていた。


 顔以外の全身を覆うように出来ている。つけ加えるとしたら、体のラインが浮き彫りになるので、男には刺激が強い。


(これをサリアお嬢様が?)


 想像して、ゴクリと喉が鳴った。

 ちょっと妄想に更けるグレイに、ジンが話しかける。


「それが三店舗の団結により完成した、サリアお嬢様専用のレザースーツだ」


(唐突に語り始めた!)


 宙を見つめながら語ったジンに、ロロが続く。


「お嬢様の柔軟性を生かすために、無駄な生地を取り払った結果だよ。あたしたちがいきついた、究極の服」


(加わってきた!?)


 一体何が始まるんだ。混乱したグレイを余所に、真面目な表情を浮かべたジンが語り出す。


「材質は馬革(ばかく)。軽くて柔らかい、強度もそこそこある。天然のなめし剤で柔らかくした後、さらに蜜蝋とオイルを塗り込んでいる。滑らかな肉質で自然な光沢を維持している」


「なんか凄いですね」


「だが、足元だけは丈夫な材質だ。希少な馬の臀部の革、コードバンを使っている」


「コードバンッ!? めちゃくちゃ高いやつじゃないですか!?」


 どれだけの贅沢品が使われているのか。それを考えただけで、レザースーツが神々しく見えてくる。

 しかし、それだけではない。ロロがレザースーツの裏側をグレイに見せつける。


「裏地に絹を縫いつけてあるんだよ」


「き、絹もっ!?」


「馬革は摩擦に弱いっていうからね。内部からの摩擦を減らすためさ。それに、お嬢様の着心地も重要視したい。ジンに用意してもらった馬革に、あたしが絹を丁寧に縫い付けてやったのさ」


「ヒェェッ……」


 こんな最高級品を何に使うつもりなのか。貴族は怖い、と改めて思う他なかった。

 そこにアーニャが手を上げて、陽気に話しを繋げる。


「はいはーい! 私は一番良く出来たチャックを持ってきたんですよ! でも、チャックをサリア様の肌に直接触れさせるのは、すっごく心配だったの。だって、傷つけたら首を刎ねられそうですし!」


(どうしてそんなことを陽気に言うんだ!?)


「だから、チャックの裏側に生地を添えることによって、それを防止したのです。この欠点改善は、今後の服とチャックの相性をより高めてくれるはずです! もっとチャックを売って、大富豪に……私はなる! そして、金の力で貴族に嫁ぐ!」


(最後、言っちゃうんだ!?)


 アレにはどれだけの英知が詰まっているのか。考えただけで、恐ろしい。だが、それ以上に恐ろしいのは、欲にまみれたアーニャの脳内。この拡大事業が成功すれば、巨万の富を手にする可能性はある。

 サリアのわがままで、アレは作られた。そこに至るまでの過程は何物にも得難い。技術、知識、協調……既に新しい商品を生み出す下地は整っていた。


(もしかして、サリアお嬢様はこのことを狙って?)


 まさか。そんな思いがぐるぐる回る。こう見えても、侮れないのがサリアだ。意を決して尋ねてみる。


「あの、サリアお嬢様。どうして、このような服を所望されたのですか?」


「あぁ、それはね……」


 少し悲しげに目を伏せて口を開く。


「カバンの策が使えなくなった時のためよ」


「そ、そんなっ!」


 カバンが使えなくなるなんて、初耳だ。常識外れな行動ばかりするサリアだったが、その想いは本物だ。辛い思いを感じ取り、グレイの胸が締めつけられて苦しくなる。


「えぇ、今は使えないの。その時がいつかくるかもしれない。そう思って、レザースーツを作らせたの」


 諦めていない。その目に力を込めて、はっきりとした口調で伝えてくる。


「エリオット様の寝室に単独で潜り込み、寝台の下に潜むためです」


(ああぁぁぁっ!! やっぱり貴族って怖い!!)


 なんなんだ、それは!? 普通は逆じゃないのか!? いや、普通もありえないが!!

 他にも様々な思いがグレイの中で駆け回っては、理性を削ってくる。


「影ながらお守りするには、その場所が適任だと考えました。いざ、という時に敵を鈍器で打ちのめします」


 真剣な表情で拳を作り、振り上げて勢い良く振り下ろす。

 背筋が凍った。明らかな殺意を感じたのだ。


「そそそ、そうなんですか……」


「それでは、着て参ります」


(ええぇぇぇっ!? 今、着ちゃうんですか!?)


 辛うじて声に出さないことに成功した。グレイの技術がまた上がった。


 ◇


 上質な馬革で出来たレザースーツ。光に当てると、上品な光沢が表面の滑らかさを浮き彫りにする。全体的に細い寸法で作られている。着こなせるのは細身のサリアぐらいしかいないだろう。


「出来はよさそうね」


 木の椅子に座っている、下着姿のサリア。リースからレザースーツを手渡されると、早速着衣を試みる。


 チャックを開き、細く白い足先を滑り込ませる。狭い内部だが、肌触りの良い絹のお陰で抵抗なく進む。足先はあっという間にコードバンで作られたブーツの中へ入った。そこだけ周囲の固さが目立つが、足元を支えるには絶妙な固さだ。


 両足を入れ終わり、立ち上がる。するとリースが近寄り、背後からレザースーツを広げて持ってくれた。腕を通すと、足の時と同様に抵抗なく中に入った。グローブの中に指を一本一本通す。まるで吸いつくようにピタリとはまる。


 最後にチャックだ。ゆっくりと上げていく。肌に直接当たらないように工夫されており、接触により冷たさや痛みなどない。慎ましい胸元を隠し、首筋まで持ち上がった。


「いかがでございましょう」


 細い足、細い腕に吸いつくレザースーツ。腰はコルセットいらずなので、くびれが美しい曲線を描く。お尻は小ぶりで、寄っている皺が上品な光沢を表現していた。

 唐突にゆっくりと後屈(こうくつ)する。両手を床につき、滑らかな動きで足を持ち上げた。ゆっくりと曲線を描きながら、足先を床に下ろす。体を起こして手を握ったり、上半身を曲げたりして感触を確かめる。

 一通り確めると、上品な笑みを浮かべた。


「素晴らしいわ。動きに一切の抵抗を感じないの」


「それを聞けて安心いたしました。……おや?」


 リースの視線の先、窓の外に一羽の鳩が見えた。窓を開け鳩を招き入れると、リースの肩に止まる。


「カタリナ様から、サリアお嬢様に伝言だそうです」


 リースは鳩の足についていた小さな紙筒を取る。サリアに手渡すと、開いて読んでいく。

 そこには、モルクティルク家傘下の店の名前が書かれていた。そして、最後に「裏帳簿を探してください。無理はしないでください。」と、カタリナの走り書きがあった。


「あの子ったら……でも、本当にありがとう」


 嬉しさで表情が崩れる。胸の奥が熱くなって、止めどない愛おしさと感謝があふれてきた。

 ぎゅっとそれを胸元で抱きしめ、しばらく余韻に浸る。


「お嬢様、これをお持ちください」


 顔を上げると、リースが両手で何かを差し出してきた。それは、レザースーツと同じ材質で作られたマスクだ。


「お顔がばれないよう、着用をお願いいたします」


「えぇ、ありがとうリース」


 本当にこの侍女は気がつく。心からの感謝を伝えるが、相変わらず素っ気なくお辞儀をするだけだ。

 皆の協力のお陰で、サリアはここにいる。そのことを忘れないよう、強く心に感謝を刻みつけた。


「少し寄り道をしていきましょう」


 サリアに緊急任務、潜入と重要証拠の入手が発生した。

 全て初挑戦。


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