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秘密基地にての会合

「ぼ、坊ちゃん! サリアお嬢様がお越しです!!」


「えぇっ!? い、今すぐ向かうよ!!」


 ケートス商店の倉庫。騒がしい声を聞き、グレイが大慌てで駆け出していく。中年男性を先頭に飛び出て、中庭を突っ切り、本館の扉を蹴破った。走って行きついた先は、本館の玄関先。

 身だしなみを整えることを忘れ、飛び出していった先に――――――いた。御者もつけずに、一人で御者台に座っているサリアだ。


「サリアお嬢様!? 今日はど」


「後ろに乗りなさい。貴方にとって良い話があります」


「えっ?」


 二人乗りの屋根のない馬車。御者台で貴族に馬を操作させ、庶民が悠々と座席に座る。そんな勇気はグレイにはなかった。


「わ、私が御者に……」


「いいから早く」


「~~っ! は、はいっ!」


 サリアに凄まれ、グレイは頷くしかなかった。座席に飛び乗ると、見事な鞭捌きで馬車を走らせていく。その腕前は御者の経験があるグレイが目を見張るほどだった。


 ◇


 馬車は石造りの歩道を走り抜ける。褐色と灰色のレンガの対比が美しい住居の壁。壁。壁。人通りがまばらな居住区を、馬車は進んでいく。

 その馬車が止まった先は――――――


「着きましたわ」


 レンガ作りのアパルトメントの前で止まった。3階建ての6戸。周りを見ても、同じ建物が建ち並んでいる。どうみても、庶民が住んでいる場所で間違いない。


「えっと……はい、ありがとうございます」


 とりあえず頷いた。反論や質問はしない。それが学んだことだ。

 急いで座席から降り、サリアを御者台から降ろす手助けをする。グレイの手を取って優雅に降りるさまは、貴族そのもの。先ほどまで馬を操っていたのが嘘のようだ。

 グレイは目的の建物の扉を叩いて、ゆっくりと開いた。そこは共有空間になっているのだが、何故か一人の侍女が待ち構えていた。思わず驚き、後退りをする。


「ご足労お掛けします、お嬢様」


「あら、リース。相変わらず、先読みが素晴らしいわね」


「とんでもございません」


 侍女リースが待ち構えていた。サリアの行動を予測し、事前に待機していたようだ。驚き固まっているグレイ。そんなことは気にせず、サリアは会話をしながら中へと進み、階段を上る。


「建物内は既に動き出しております。あとはお嬢様のお声かけ次第でございます」


「ありがとう、リース」


「お嬢様がお越しになられたので、邸宅に連絡を飛ばしたいと思います。宜しいでしょうか?」


「そうね、そうして頂戴。あ、先に飲み物お願いね」


「かしこまりました」


 話している間に、とある扉の前にたどり着く。そこは2階の一室。リースが扉を叩き、開く。二人が入っていく様子を見ていたグレイが慌てて追う。

 中は人が住むのに必要な家具はなく、殺風景だ。奥にある二つの部屋には、沢山の生地が納められている棚だけ。手前の部屋には大きな机と木の椅子、ソファーがあるだけだ。


 その部屋に一人の青年と二人の女性がいた。


「サリアお嬢様、ようこそお出でくださいました」


 青年がお辞儀し、他の女性も同じように続いた。

 こんなところに連れてきて、どんな用件なのだろうか。グレイは落ち着かない様子で伺う。その様子に気づいたリースが紹介を始める。


「グレイ様。真ん中の男性は、マクサティ皮革製品店のジン様。左の女性は、キャミルナ装飾品店のアーニャ様。右の女性は、ナパーロ生地屋のロロ様でございます」


「えっ、あっ……初めまして! 私はケートス生鮮食品店のグレイと言います!」


 突然の紹介に、慌てて挨拶をした。

 厳つく筋肉質、赤茶色オールバックのジン。優しげな表情を浮かべる、金髪で長髪ウェーブのアーニャ。少し逞しい体つきで、黒髪を後ろで束ねているロロ。

 三店舗の人物が何故ここに集まっているのだろう。不思議そうな表情をグレイが浮かべていると、ソファーに座ったサリアが答える。


「ここにいるのは跡継ぎが内定し、コンナート家に認められた者たちです。そして、この建物は共同で新しい商品を開発している、秘密の場所です」


(……今、さらっと凄いこと言った)


「ケートスも跡継ぎ決まったんですか。良かったな、少年!」


「は、はい! ありがとうございます!」


 ジンが人懐っこい笑顔を浮かべて、グレイの肩を叩く。そこから、段々実感が湧いてきて、少しずつ顔がにやけてくる。一時は跡継ぎを認められない、と思っていたが違っていたようだ。心の底から安堵がこみ上げて、深く息を吐く。

 そこに、アーニャが手を叩いた。


「ケートスって、果物が一番の売りのところですよね~」


「は、はい! 数年前に親族が果樹園に成功しまして、オレンジ、キウイフルーツ、ブドウが絶賛売り出し中です!」


 アーニャが朗らかに笑い呟いた。知ってくれていたことが嬉しくて、グレイは商品を売り出そうと懸命に言葉を捻り出す。

 二人の会話中にリースがワゴンを押して現れ、サリアに紅茶を注ぐ。一口二口、とサリアが口をつけると会話が続く。


「安心して、アーニャ。今回は顔合わせと、日頃の労いを込めていますから。ケートスから好きなだけ、注文取っても宜しいです」


 その為に、グレイを連れてきたようなものだ。顔合わせは次点ということ。

 グレイにとっては仕事が増えただけだが、大量注文に内心喜んだ。しかも、上手くすれば三店舗との伝手ができる。

 思わぬ収穫と労いに、ひそかに感動するグレイ。その近くでは、アーニャは猫なで声で喜ぶ。


「わぁ! もう大好き、サリア様」


「あたしはブツよりも注文が嬉しいんだが……です」


「もう! ロロちゃんったら、仕事のことばかりは、めっ! 従業員の人心掌握にはブツが一番だって!」


「お前は、どこまでも現金な奴だな……」


 リースから配られた紅茶を飲みながら、グレイは三人の様子を伺う。事業拡大をして、そんなに日が経っていないのに、とても仲良く見える。共通点のない店同士、というのにだ。

 その和気藹々な雰囲気に飲まれたグレイは――――――


「でも、ここで一体何をされているんですか?」


「あら、貴方の耳には届いているはずですよ」


 ふと、疑問に思ったことを口走ってしまった。目を細めて伺う姿勢をするサリアに、グレイの背筋が凍る。焦りながら共通点を探すと、あることを思い出した。


「……事業拡大で、協力しての新商品開発でしょうか? でも、そしたら何故ナパーロ生地屋がここにいるのでしょう?」


「ふふっ、全ての情報を外に漏らすと思っているのかしら?」


 市井に出回っている話は、マクサティ皮革製品店とキャルミナ装飾品店が協調しているということだけだ。そこにナパーロ生地屋の名前は、一切出てこない。

 素直なグレイの言葉に、サリアは怪しげに笑う。


「表向きの情報は囮で、隠した情報が本命です。新しい商品には新しい風が必要ですからね。ここぞ、というところで使える情報は隠しているのです」


「お、御見それしましたっ」


 どうしても、恋愛脳サリアの印象が強くて、目の前のサリアを疑ってしまう。やはり、この人はとても優秀な方だ。改めて、自身の不出来を認めて、より精進しようとグレイは思う。

 そして、今度は巻き込まれるよりも自ら飛び込んでいく。


「宜しければ、ここで何を開発しているのかお聞きしても?」


「そうね……強いて言いますと、新しい組み合わせでしょうか。ジン」


「はい、ただいま」


 ジンは隣の部屋にいき、一体のトルソーを持ってきた。それは黒光りするオーバーオールを着ている。


「……炭鉱夫の作業着ですか?」


「まぁ、形だけみればそうだな。だが、これを着るのは炭鉱夫ではない」


「私よ」


(…………ん?)


 可笑しい、また変な言葉を聞いた。ゆっくりと視線を動かすと、真面目な顔をしたサリアがこちらを見ている。


「……はい?」


「私専用のレザースーツよ」


(……はい?)


 今度は言葉が出なかった。意味が分からない。


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